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 目が覚めて、最初にわたしの目に映ったのは木製の天井だった。

 見知らぬ天井――沙耶はそれを自覚すると、上体を起こし周囲を見渡した。

 簡素で質素な部屋、人口の灯りに照らされた木製の狭い室内に、小さな丸テーブルがひとつ。壁にはボロボロにやぶれ、血に汚れた黒い衣服が掛けられている。わたしは部屋にひとつっきりのシングルのベッドに寝かされ、体が冷えないように毛布がかけられていたらしい。

 「くしゅん……」

 少し気分が落ち着いてきたのか、沙耶はくしゃみをひとつする。部屋の温度は少し低いのか肌寒さを感じ、両手で自分の体を抱きしめる様にして、初めて自分が下着姿だということに気が付いた。

 「気が付いたな」

 部屋のドアを開けて、男の人が室内に入りながら声を掛けてきた。

 「あっあの……わたし」

 「ごめん。着ていた衣服は、血で汚れていたから脱がせた。ベッドが汚れるからな。下着までは脱がせてないから、安心しろよ」

 そう言いながら、部屋の隅に置かれていた小さな木製の丸椅子を引っ張りだすと、男の人は腰掛けわたしの顔を見つめてきた。

 「えっと、わたし……ここは、いったい」

 聞きたい事はたくさんあるはずなのに、頭の中がぐしゃぐしゃになってまとまらない。沙耶は体を毛布で隠しながら、男の人の顔を見つめ返す。

 「まぁ、落ち着け」

 男の人は、そう言うと手にしていたカップを沙耶の方へと差し出してくる。湯気が立ち上る暖かい飲み物はのど越しが良く、沙耶は自分の心が落ち着いていくのを感じた。

 「まず、ここはエデン――神々が住まう世界だ。月形 沙耶……あんたは、俺たちと同じプレイヤーとして神々を喜ばせるための遊戯の駒として召喚された」

 男の人は沙耶の目を見ながら、ゆっくりかみ砕くように語りかけてくる。

 「召喚?エデン?かみって、あの神様?」

 「落ち着け、月形 沙耶。最初はみんな混乱するんだ。俺が今までの経緯を話してやる、つらい事を思い出させるが、現状を把握し自分の置かれている状況を理解するためにも必要な事だ」

 そう言うと、男の人は話し始めた。今日起きたすべてを……

 「やめて!」

 沙耶は、男の人の話をさえぎり叫ぶと耳をふさいだ。聞きたくない……トカゲのような姿をした爬虫類の怪物に、次々と殺されていく見ず知らずの人達。わたしを庇い先へ行けと叫んだ人達、そして……目の前に現れた単眼の巨人……

 「泣き虫なんだな」

 男の人はそう言うと、沙耶の頬を伝う涙を指ですくいとる。

 こんな事が以前にもあったような……わたしは思い出す。わたしを背に庇い、単身で、単眼の巨人に挑んでいった男の人の事を。

 「あなた、あの時の……」

 男の人は肯定も否定もせず、ただ笑みを浮かべただけだった。

 「せっかくキレイに拭いたのに、また顔が汚れるぞ」

 「拭いて……くれたんだ、もしかして体も?」

 沙耶は、自分が下着姿だって事をあらためて思い出すと、体を守るように毛布で包んで抱きしめる。

 「言ったろ、血で汚れてたって。お前、あの時はなんとも思わなかったけど、キレイな顔してるよな」

 「なっ」

 面と向かって、気恥かしげもなく告げてくる男の人に、沙耶は自分の顔が火が出るほどに赤くなるのを感じた。

 「さてと、お前にはいろいろと教えないといけない事がある――が、まず先に忘れないうちに済ませておきたい事がある」

 「済ませておきたい……事?」

 『そうだ』男の人はひとつ頷くと、右腕を沙耶の前に突き出してきた。

 「月形 沙耶、お前とこれから絆を結ぶ。これと同じ痣が、お前の体のどこかに浮いているはずだ。それをまず見付ける。着ている下着をすべて取れ」

 なにを言ってるの、この人。出来るわけないじゃないそんな事。命を救ってもらったとはいえ、恋人でもない他人の……名前すら知らない男の人の前で、全裸になれって何を考えてるの。

 「いや……そんなこと出来ない。だいたい、さっきから月形 沙耶ってフルネームで呼び捨てにしてるけど、あなただれなの?なぜ、わたしの名前を知っているの?」

 「ちっ」

 男の人は、面倒くさそうな表情で舌打ちをすると、手を伸ばし沙耶の腕を強引に掴む。

 「なにするの!痛い、離して!」

 「俺を信じろ!」

 男の人は少し、腕を掴む力を緩めると、真剣なまなざしで沙耶の目を見つめてくる。

 「知りたければ俺の腕の痣に手を触れるんだ。口で説明するより、その方が早い。そもそも、お前をどうこうするつもりなら、気を失っている時にどうとでも出来た。俺はお前の服を脱がせ体を拭いているんだ」

 たしかにそうだ。この人がわたしをどうこうしようと思えば、いつでもその機会はあったんだ。

 「信じて……いいの?」

 「信じたいと、少しでも思うなら早くしろ」

 (なんて、偉そうなやつなんだろ)

 でも、命を救ってくれた。体に付着した血痕を拭ってくれた。凍えないように毛布を掛けてくれた。ここが、どこでどういう場所かは分からない。まだ、この人のすべてを信じたわけでもない―― けど、あそこで起きた事は、紛れもない現実。目の前のこの人は、見ず知らずのわたしをその背に庇い、困難に立ち向かってくれた……

 「わかった……」

 沙耶はそう言いながら、おそるおそる男の人の右腕にある痣に手を触れてみる。

 「いい子だ」

 男の人は満足そうに頷く。

 「何も起こらないじゃない」

 「手の、痣に触れている部分に意識を集中させるんだ」

 (こう……かな?)

 沙耶は男の人の言葉に黙って頷くと、意識を痣に触れている部分に集中させていく。

 いきなり、沙耶の目の前に画像が現れる。そこには、男の人の顔に名前、年齢、それ以外にも細かい情報が書かれていた。

 「すめらぎ……あきら?」

 「ステータス画面を出せたみたいだな」

 「うん、出てきたって……あなた、わたしと同い年なの!?」

 沙耶は、素っ頓狂な声をあげて男の人の顔を見た。言葉使いや態度から、年上だと思っていたけど……確かによく顔を見てみれば、年上というよりは年下なんじゃないかという幼い雰囲気の顔立ちをしている。

 「言われてみればそうだな。俺はお前と同い年だ、接しやすくなったか?ステータスが出せるようになったなら、次は、いよいよ絆を結ぶんだが……」

 皇 晶はそう言うと、少し困った顔をしてため息を吐いた。

 「俺のステータスに『コル』の情報欄があるはずだ。そこを見てほしい」

 「コル?」

 沙耶は、皇 晶のステータス欄に目を通していき、お目当ての項目を探し当てた。

 「50021536コルって表示されているけど……」

 「それが、俺の所有する全財産だ」

 ただの自慢?16歳でそんな大金を所有してるってすごい事なのかもしれないけど、それを他人に見せびらかすってどうなの?それに……コルって単位がわからないから、わたしにはそもそも、そのすごさが伝わらないよ。

 「そんな、変な顔をするな。自慢をするためにお前に俺の所有する財産を見せた訳じゃない。コルの説明は今度ゆっくりしてやる」

 皇 晶はそう言うと、少し考えるような仕草を見せて……やがて、ゆっくりと口を開いた。

 「お前を死なせないために、これから俺は50000000コルを消費し、この場に一体の神を召喚する」 

 「えっ神様を、この場に?」

 「そうだ」

 皇 晶はひとつ頷くと話を続ける。

 「その神の前で、ふたりで宣誓するんだが……相手は神だ。お前の中に少しでも迷いがあると、神は消え去り、俺たちに絆は結ばれない。結果、お前は次の闘技をひとりで乗り越えなければならなくなる」

 「それは、どういう意味?」

 「そのままの意味さ。あの地獄をお前はひとりで戦い抜かなければならなくなる」

 「そんなのは……いや」

 また、あの地獄へ行かなければならない。それだけでも恐ろしいのに、たったひとりで乗り越えるなんて出来そうにない。

 「いやなら、俺を信じて神が言うすべての質問に、心から同意し俺の事を受け入れろ」

 「神様の言う事に、心から同意するだけでいいの?」

 「そうだ……それだけでいい、チャンスは一度きり。失敗した時点で、俺はお前を助けれなくなる」

 「でも、あの時……皇君はわたしを助けてくれた。絆?っていうのを結ばないと、なんで次は助けれないの?」

 「あれ自体が奇跡だったんだ。本当はあの時、お前の命運は尽きていた。俺がたまたま、あの場に居合わせたから助けてやれた。ただ、それだけのことなんだ」

 ん~、よくわからないなぁ。だいたい、その闘技というやつに参加しなければ、そもそも危険な目にあう事もないんじゃ。

 「いろいろと考えてるみたいだが、お前が考えているていどの事など、先人たちがとっくに考え実行に移した事ばかりだ。お前が現状助かる為の確実な手は、俺と絆を結ぶ事だけだ」

 「わかった……皇君、君を信じる。で、絆を結ぶには神様を呼んで宣誓するだけでいいの?」

 「いや、だめだ。宣誓する者同士、互いの痣に触れた状態で誓いをたてないといけない。俺はお前の痣がどこにあるのかを知らない。だから、全裸になれと言ってるんだ」

 (なるほど、そういうことか――)

 でも、全裸にはなれないしなる気もない。まして、目の前にいるのは同い年の男の子。そんな事しろと言われて『はい。やります』なんて返事が返せるものでもない。

 「皇君……後ろを向いて」

 「なぜだ?」

 「向かないとわたしは協力もしないし、あなたの事も信じない」

 沙耶の言葉に、やれやれと呆れたような首を横に振ると、皇 晶はくるりと沙耶に対して、背中を向ける。

 (さてと……痣を探すのね)

 あの言い方だと、わたしの服を脱がした時に手や足、腕に顔、目につくところは全部見たと思っていいだろう。下着をとれって事は、下着の中までは確認しなかった――つまり、彼はわたしの裸までは見ていないという事になる。

 わたしは、そんな事を考えながら全身を見ていき……すぐに痣を見付けれたんだけど……

 「あった……けど、絆ってお互いの痣を触るんだよね」

 「見つかったか、どこにある?」

 皇 晶は、沙耶の方へと再び体を向けてきた。

 「胸……わたしの左胸の乳房の上あたり」

 「そうか……よし、触りやすい場所に痣があって良かった。では、絆の宣誓を行うから、もう少し体を近づけてくれ」

 「やだ、恥ずかしい。絶対むり」

 「そんな事を言っている場合か。生きるか死ぬかなんだぞ、お前は自分の置かれている立場と状況が本当にわかっているのか?」

 わかるよ。わかるけど……痣を触るってことは、目の前の同い年の男の子が、わたしの胸を触るってことなんだよ。わたしだって命は惜しい。皇君がわたしのために一生懸命なのもわかった。けど、それでも……すぐに割り切れるものじゃないよ。

 「少し……少しだけ気持ちを整理させて。お願い」

 「わかった。俺も焦らせて悪かった。女が異性に自分の体を触らせる意味は、俺にでも分かる。決心出来たら声を掛けてほしい」

 そう言うと、皇君は黙ってその場で目を閉じてしまった。

 なんで、こんな事になっちゃたんだろ。今日、朝起きて学校に行くために制服に着替えて、いつもどおりに家を出ようと玄関のドアを開けて外に出たら、よく分からない場所にいて、着ていた制服が別のものに変わっていた。

 皇君も同じだったのかな?わたしは、目の前の男の子を見つめる。

 わたしと同い年なのにここの事をよく知っているような口ぶり。ずっと、あんな事を繰り返してるんだろうか、だからそんなにも大人びて見えるんだろうか。

 わたしは、駄々をこねて皇君を困らせているだけなのかもしれない。彼に下心はない。本心からわたしの事を助けたいと思ってくれている……

 「わかった……いいよ。すごく、すごく恥ずかしいけど我慢する」

 「ありがとう、沙耶。よく、決心してくれた。痣は左胸の、乳房の上あたりだね」

 そう言うと、皇君はわたしが体に掛けている毛布の隙間から手を差し入れてきた。

 「毛布は取らなくていい。下着の上を外してほしい」

 沙耶は頷くと、素直にブラジャーを体から外す。

 皇君の手がわたしのからだに触れる。わたしの胸を探り当てようと手がわたしの体を少しづつ這っていく。恥ずかしい――あまりの羞恥にわたしの頭は沸騰したみたいになってしまう。

 わたしは、皇君の手を取ると自分で胸の痣の場所へと、皇君の手を押しつけるように当てがう。そのほうが、体中をまさぐられるよりはましだと思えたからだ。

 「沙耶、俺の痣に触れるんだ」

 「わかった」

 沙耶は素直に頷くと、晶の右腕の痣に、手を触れさした。

 「よし、絆が結ばれるまで決して手を離すなよ」

 晶はそう言うと、自由の利く左腕を宙にあげて叫んだ。

 「ノードゥス!」

 晶が叫ぶのと同時に、部屋全体がガタガタと揺れだして、沙耶は思わず晶の痣から手を離しそうになってしまう。

 「落ち着け、俺が傍についている」

 そう言って、晶が沙耶の離れかけた手を左手で押さえてくれる。

 ――我が名はヘーラー。絆を望みし、汝の願い叶えるため召喚に応じる――

 頭に直接響く美しい声。部屋全体を包む明かりが強く眩しく、沙耶は目を開けていられなくなってしまう。

 ――我に宣誓せよ、互いの思いが同じであるならば、そこに絆は生まれるであろう――

 (宣誓……いよいよ始まるんだ)

 沙耶は、深呼吸をして気分を落ち着ける。

 ――皇 晶……汝は、目の前の月形 沙耶を、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか――

 「俺は誓う。月形 沙耶を守ると」

 ――月形 沙耶……汝は、目の前の皇 晶を、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか――

 (これって……)

 沙耶は光に包まれた中で、晶の顔を見つめる。晶も沙耶の事を見つめていた。

 (宣誓って、そういう事なの?)

 わたしにはまだ、そこまでの心の準備が出来ていない。

 ――どうしました?――

 女神の声がかすんだように感じられる。部屋を包む光が弱々しくなってしまう。

 「沙耶!」

 晶が叫ぶ。

 「俺を信じろ!俺はお前を裏切らない!死なせない!俺はお前を……沙耶を守り抜いてみせる!」

 沙耶は、晶の目を覗き込むように見つめた――瞬間、心の中で何かがカチッとはまったような気がした。

 「はい、わたしは誓います。皇 晶と共に歩み続ける事を!」

 部屋全体がすさまじい光の奔流に満たされていき……あまりの光量に、沙耶の意識までが、飛びそうになる。

 「沙耶!」

 ベッドから落ちそうになった沙耶の体を、晶が慌てて支えた。

 「終わったよ、沙耶。よく応えてくれた」

 あれほどに眩しかった光は消え去り、部屋は元通りの落ち着きを取り戻していた。

 晶は左手の薬指を見せてくる。そこには、キラキラと輝く指輪がはめられていた。沙耶は、それを見て自分の左手の薬指も確認してみる。晶とおそろいのキラキラ輝く指輪が同じくはまっていた。

 「これで、絆が結ばれたの?」

 「あぁ、そうだ」

 (でも、これって……わたしと皇君が結婚したって事なんじゃ……)

 「沙耶、いろいろ思う事はあると思うんだが、その、なんだ……」

 晶は言いづらそうに口ごもると、困った表情を見せた。

 「胸が、丸見えになってしまってるんだが」

 言われて、沙耶は視線を自分の胸へ持っていき、慌てて両手で胸を覆い隠す。

 「エッチ」

 「今のは不可抗力だ。落ちる沙耶を受け止めようとしてだな」

 真剣な表情で言い訳をする晶を見ているうちに、沙耶はなんだか、おかしくなって笑ってしまうのだった。

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