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新人

 月形つきがた 沙耶さやは、肩で大きく息をしながら駆け……青年と目が合った瞬間に、突然その場で足を止めた。

 「おい、おまえ……」

 「い、いや」

 月形 沙耶は、そう小さくつぶやくと青年を見、青年の手にしている剣を見、そして、地面に転がるモンスターの死骸を見て2、3歩後ずさる。

 「おい、ちょっと待……」

 『おい、ちょっと待て』青年が言葉のすべてを言い出さないうちに、月形 沙耶は踵を返すと元来た道を引き返そうとして、再び足を止めた。

 少女が来た方角から、ダンジョン通路を塞ぐような形で3体のモンスターが姿を現す。

 リザードマン――簡潔にその姿を言い表すなら、トカゲが武装して二足歩行しているだけの話なのだが、最初に戦ったゴブリンとオークよりは手強い、通常エリア内では中レベルクラスのモンスターだ。

 (3体か……)

 今回の新人は、相当ついていなかったようだな。多少戦い慣れはじめた初級プレイヤーでも、1対1でギリギリまだトカゲ優勢かという強さはある。

 ゴブリン相手なら、新人とはいえ20人もいれば、数次第では勝てただろうが、リザードマン相手では分が悪い。一方的に虐殺されて終わるのがオチというものだ。

 「こっちに来い!月形 沙耶!」

 青年の叫びに少女が振り返る。返り血を浴びたのか、少女の全身は血痕で汚れていた。皮の胸当てに、腰にショートソード、左腕にバックラーと、いかにも新人というお粗末ななりで茫然と突っ立っている。

 「聞こえてるのか!月形 沙耶!」

 少女は、いやいやをするように小さく首を横に振ると、涙を流しその場に座り込んでしまう。

 「くそっ」

 めんどくさい女だ。青年は背負ったばかりのグラムをパージすると、ディフェンダーを両手で握り猛然と走り出した。

 いま青年がいる位置からでは、全力で駆けてトカゲよりギリギリ少女の元へ俺の方が早く着けるかというところだ。

 ステータス更新で敏捷値にコルをまったく投入していないため、俺の敏捷パラメーターは、元々の肉体に備わっている脚力に、ステータスの敏捷値を足したもの……言ってみれば、新人とそうたいして変わらない程度の敏捷値しかない。

 まぁ、3年間ダンジョンで鍛えられた足腰分は勝ってはいるだろうが、相手はリザードマンだ。人間同士の駆け比べなんかじゃない。脚力だけでいうなら、トカゲの方が敏捷性で遥かにこちらを凌駕していた。

 青年が駆けだしたのを見て、3体の内の一体が少女を目指して駆け始める。

 「ちっ」

 やはり、オークとかとは物が違う。3体同時に動いてくれれば、その得意とするところの敏捷性を封じつつ、一瞬で片をつけてやれるものを……出てきたのは一体だけ、一体はすぐに援護が可能な位置に、もう一体は他にプレイヤーがいないか気にしつつ、後方の警戒にあたる様な位置に自然な足運びで移動を完了させている。

 新人の、しかも腰を抜かして立てなくなった少女を庇いつつ、リザードマン3体相手に高評価は厳しい。

 青年は駆けながらそう判断すると、手にしたディフェンダーを投げ捨てる。この場は秒殺することに決め、手にした剣を捨てたことで更にあがったスピードで、青年はリザードマン目掛けて特攻を仕掛けた。

 俺も……俺の師である彰さんも、防具は一切身に付けない戦闘スタイルをとっている。彰さんが言うには、防具に頼りだすとコルが幾らあっても足りない。だいたいのプレイヤーが、防具の修復、新調でコルを毎回大量に消費している。

 エデンにおいて、コルは俺たちが生き残り明日へと命をつなぐための生命線に他ならない。極力使わないスタイルを確立していくことが、長くここで生きていくためのコツとなる。彰さんは口癖のように、それを口にしていた。

 青年の武装を観察したトカゲが、手にした盾を全面に構えながら、剣を突き出すように切っ先を青年へと向けてきた。

 懐には入らせない、時間がかかったとしても突き攻撃で道着しか着装していない青年の体にダメージを与えつつ、弱り疲れはじめた所を援護のため待機しているもう一体が仕留める――そんなところだろう、青年はトカゲの構えから相手の意図をくみ取ると、座り込む少女の脇を駆け抜けて、青年がくるのを待ち構えているトカゲへと攻撃を仕掛けた。

 (俺はまだ、彰さんには遠く及ばない……)

 青年はトカゲの目の前までくると同時に、深く腰を落として地面を思い切り踏みぬき、トカゲが構えた盾に向けて突きを放った。

 「がっあ……」

 トカゲが驚愕の表情を浮かべる。地を割り砕くほどの勢いで、踏み込み放った青年の渾身の右の正拳突きは、トカゲの盾を破壊し大きく態勢を崩させる。がら空きになった懐に、青年は素早く体を滑り込ませると、態勢を立て直す間も与えずにトカゲの腹を蹴り破いた。

 (まずは、一体)

 青年は援護のため、待機していたもう一体に素早く詰め寄る。仲間の死に戸惑っているのか、対処が遅く、慌てて剣を突き出し青年との間に距離を作ろうとしてくる。

 「そんな突きではダメだ」

 青年はそうつぶやきながら、突きだされた剣を左手の指先だけで掴みとる。剣先は、新人たちの血痕が乾いたものがこびれ付いていた。

 青年はそれを無表情で眺めると、慌てて剣先を引っ込めようともがくトカゲに対して、無造作に左手で剣先を掴んだまま自分の方へと引き戻した。

 剣をあきらめて、とっとと手を離せばいいものを――青年はそんな事を考えながら、剣先ごと引きずりだされたトカゲの上半身へと突っ込むため、いきなり剣先を掴んでいた左手を離す。

 綱引き状態から、いきなり解放されたトカゲは完全に体のバランスを崩してよろめいた。ぐらつくトカゲの懐に青年は飛び込むと、右フックをトカゲの体に叩き込んだ。

 パンッという乾いた音が俺とトカゲの間で鳴り響き、トカゲは膝から真下へストンと倒れ込むと口から泡を吹き出しピクピクと痙攣するだけとなる。

 仲間たちが一瞬で倒され残った一体は、理性も知性もかなぐり捨てて、剣を構えて突進してきた。

 「これで……」

 青年はそう言いながら、地面に転がっていたトカゲの剣を拾うと、力任せにトカゲに向けてナイフ投げの要領で投げつけた。

 「終わりだ」

 青年が言い終わるのと、トカゲの体を剣が貫くのとがほぼ同時のタイミングだった。

 

 「おい、大丈夫か?」

 青年は自分の装備を回収すると、いまだ座り込んで動けずにいる月形 沙耶へ声を掛けた。

 「えっと……」

 まだ、心が現実に戻れていないのか、青年の方へと顔を向けた少女の目は、どこか遠くを見つめているかのように見える。顔は血痕とホコリと涙でぐちゃぐちゃになってしまっている。

 「月形 沙耶、あんたは助かったんだよ」

 青年は少女にそう言いながら、先の戦闘の評価がまだ出てない事に気付き、いまだ体を痙攣させているリザードマンの元へ行くと、その頭に足を乗せ無造作に踏みつぶした。

 ――戦闘評価C、評価者384人。報酬32コル――

 へぇ……思ってたよりはいい評価だな。中級モンスター相手の速攻撃破が、思っていた以上に観客受けしたらしい。

 「あなた、人間?」

 「月形 沙耶……助けてもらっておいて、その恩人にいきなりそれか」

 「なぜ、わたしの名前を知ってるんですか?」

 少女は、青年の話を無視して質問をかぶせてくる。

 「なんで、知ってるかって……」

 青年が、自分の頭を掻きながら少女の質問に答えようとした……その時だ。

 荒い息づかい、地をゆっくりと踏みしめる音……こちらに向かってゆっくりと確実に歩を進めてくるモンスターの気配に、青年はまだ何か言おうと、口を開きかけている少女の口を手で軽く押さえた。

 「ごめん、言いたい事、聞きたい事、後でちゃんと聞くから……」

 青年の見せる真剣な表情に、少女は口を俺に塞がれたままコクリと頭を軽く縦に振る。

 「無事……生き残れたら、だけど」

 青年はそう言うと、少女を背中に庇うように立ち上がる。

 (3年ぶりか――)

 青年の背中に冷や汗が流れる。足音の主がゆっくりとした動きで、その姿を現した。

 「サイクロプス……」

 青年はそう言うと、手にした大剣を油断なく構える。サイクロプスの単眼と青年の目が交錯する……実力は明らかに相手の方が上。

 (負けるわけにはいかない……)

 背後にかばう少女のためにも、なにより自分が生き残るためにも。

 「ここを、動くんじゃないぞ」

 青年は彼女を安心させるように微笑みかけると、サイクロプスへとゆっくり歩を進めるのだった。

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