表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

3年前

 

 エデンに召喚されて10年。たくさんの人間が召喚され、そして死んでいくのを目にしてきた。この地獄に救いなどない、あるのは残酷なまでの現実のみだ。


 視線を向けた先――中空に浮き出てきたステータス画面に、プレイヤーのステータスが投影され闘技の開始を告げる鐘の音がコロッセウム内に響き渡る。


 表示されているステータス画面には、同じダンジョン内において闘技に参加する者の人数と個別の情報が表示されており、ひと目で闘技中のプレイヤーの状態が確認出来るようになっていた。


  (6人か……)

 今日、同じ地獄コロッセウムに投じられたあわれな犠牲者の数。そこには自分の名前『神庭 彰』も表示されている。


 ステータス上には、顔に名前、年齢……他にも細かい記述はあるが、これが灰色になったプレイヤーは死デッドしたと判断され処理されてしまう。闘技が開始されたばかりだから、とうぜん誰のステータスも灰色にはなってはいない。


 ――コロッセウム内に、神々の歓声が響き渡る。


 エデンにおける実質的な支配者である神。

 不老であるがゆえに感情が希薄であり、不死であるがゆえに執着心がない。そんな神々にとって、週に一度開催されるこの饗宴きょうえんだけが唯一の娯楽楽しみなのだ。


 「行くか……」

 愛用の大剣――彰は、自身の身の丈よりも大きいそれを肩に担ぎあげると、無機質な土くれの壁を睨みつける。


 コロッセウムは、毎回その姿形を変えてプレイヤーを出迎える。複雑な構造を要したコロッセウム内の迷宮――ダンジョンにおいて、規定時間を過ぎるまで、あるいは、そのダンジョンのボスを倒すまでの間、プレイヤーはダンジョン内に実質閉じ込められ、内部に放たれたモンスターと死闘を行い観客の目を楽しませる。これが、闘技における唯一のルールだ。


 「今日は通常エリアか……」

 彰はそうつぶやくと、ダンジョンを慎重に探索していく。


 ダンジョンは、幾つものエリアによって構成される。どのエリアに割り当てられるかは、闘技開始までプレイヤーは知るすべがない。極寒、灼熱……さまざまな表情を持つダンジョンを攻略するため、プレイヤーは実践で積み上げた経験値、知識を武器に過酷なサバイバルへと日々挑んでいく。


 通常エリア――数あるエリアの中では比較的難易度の低いこのダンジョンの特徴は、入り組み複雑に絡み合うように伸びている巨大な壁、それは文字通りの迷宮ダンジョンを構成している。


 プレイヤーは、この迷宮内をさ迷いながら生存を掛けて戦うわけであるのだが、

ゴールを目指すという趣旨でもないため、手慣れたプレイヤーにとっては視界の悪さを逆に利用できる比較的安全なエリアと認知されていた。


 複雑に入り組み見通しの悪い迷宮を、彰は右に左にさまよい行く。思考は次の瞬間に予想されるであろう危機への対処のため、常にフル回転させ続ける。

 やがて、彰の五感がダンジョン内をうごめく微かな違和感を捉えた。


 「2体、いや……全部で3体か」

 T字の突き当たり……その右側の通路から、息を、足音を殺しながら近づく複数の気配を彰は正確に捕捉した。

 「吼えろ、グラム」

 彰はそう呟くと、肩に担いでいる大剣を上段に構え、何かが動いている壁の向こうへと無造作に振りおろした。

 ダンジョンの壁を切り裂き破壊する凄まじいまでの爆音と、切り裂かれた大気が巻き起こす衝撃が彰の体を揺らす。


 (一体……残ったか)

 土煙が巻き上がり、彰の視界が遮られる――だが、そんなものは関係ない。彰は出来るだけ、立ち昇る砂煙を吸い込まぬよう左手で口元を押さえながら、神経を集中させる。


 「そこか……」

 片手で大剣を横なぎに振るう。漆黒の大剣は、彰の要望に応えるかのように空を切り裂き再び吼えた。

 辺りに立ち込めていた砂煙が消し飛ばされ、コソコソと彰の首を狙っていた、姑息なモンスターの姿をあらわにする。


 (ゴブリン……)

 体長は1メートルあるかどうかの凶悪なモンスターの一種。力はしれているが、知性があり群れる。型にはめられると、長年生き残ってきたプレイヤーでも、辛酸を舐めさせられかねない油断ならないモンスターだ。


 自分の身を隠してくれていた砂煙が取り払われ、ゴブリンは予定が狂ったのか、一瞬足をすくませる。

 その一瞬を見逃すほど、彰は甘くはない。無言で再度振り下ろした彰の剣は、情け容赦なくゴブリンの胴を切り飛ばし絶命させた。


 ――戦闘評価E、評価者1名。報酬:1コル――


 戦闘終了後、彰の目の前にいきなりメッセージが表れる。先ほどのゴブリンとの戦闘を観戦していた観客神々が、プレイヤーに対してくだした戦闘への評価だ。Eというのは戦闘評価としては最低のランクである。


 ただ単に戦闘に勝てばいいというものじゃない。あくまでもプレイヤーは、観客神々を楽しませるためだけに存在している。

 どんな死闘であれ、観客神々が楽しめなければ評価はされない。

 ふざけたルールだと彰は思う。だが、連中がルールである以上、生き残りたくば理不尽だと思っても戦い抗うしかない。

 それが、エデンにおけるプレイヤーに与えられた唯一の自由であるとも言えた。


 彰は無心で剣を振るい続けた。左の首筋に穿たれた印が熱くたぎるのを感じる。熾烈な戦いの連続の中であっても、彰の息があがる事はない。

 刻印を通して、プレイヤーは神々から戦い抗うための能力ちからが与えられる。

 彰が息があがる事なく戦い続けられるのも、この能力ちからのおかげであった。


 何度目かの戦闘を終えた後、とつぜん彰はその場に立ち尽くし……それから、空を睨みつけた。

 生暖かい風が、迷宮を縫うように吹き抜けていくのを五感で感じる。雲ひとつない空はどこまでも青く、その向こう側にある真実を覆い隠しているように彰の目に映った。


 彰はおもむろに大剣の柄に手を掛けた。

 身体を突き抜けていく風の音に混じって微かに届く気配。それは初めのうちはか細く、徐々に明確な形を取り始める。

 彼我の距離10メートル以上は離れているだろうか。視界遮る迷宮の壁の向こう側に、確かに感じる動く者の気配。


 (ずいぶんと、お粗末なものだ)

 彰は思わず苦笑してしまいそうになる頬を軽く叩き、相手が飛び出してくるだろう場所に向けて、いつでも大剣を振るえるように準備をする。

 印によって鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が、迷宮を構成する壁の向こう側の情景を的確に伝えてくるのを感じる。

 プレイヤーか、それともモンスターか。

 彰は相手が飛び出してくるのを待ち続けていた。

 モンスターであれば、即座に斬り殺すまでであり、プレイヤーであっても、敵対してくるならば無力化してしまうだけの事でしかなかった。


 連中神々の評価など知ったことではなかった。

 敵が現れれば切り飛ばす――ただそれだけの事だった。


 ◆◇◇◆


 「だっだれか……たすけて!」

 叫びながら角を飛び出してきた存在に、相手の出現に備えていた彰は、一瞬我が目を疑ってしまった。

 子供だった――それもまだ年端もいかない少年だ。

 何かに裂かれたのか、身にまとった衣類のあちこちが裂け、朱に染まっている。 追われているのか、おぼつかない足取りで必死に助けを求めながら駆けてきた少年の後ろから、さらにもうひとり男が姿を見せた。


 身にまとった装備、全身から発する気配。強化された彰の五感でも、ここまで接近されるまでその存在を察知出来なかった事から見て、相当手練れなプレイヤーなのだろう。


 (胸くその悪い……)

 彰はそれらを見て、この場の状況を一瞬で理解したと同時に、少年の方へ向けて駆け出した。


 ハント――プレイヤーの間で、そう勝手に呼んでいる観客神々を喜ばせるためのショー。

 召喚されるのは人間だけに限らず小動物などの場合もあるが、どちらにせよプレイヤーとしてではなく、ただの狩りの対象として放り込まれるだけの存在。要するに神々に捧げられるだけの、ただの供物である。


 ハントにおいてターゲットを狩った者には、莫大なコルがもたらされる。

 通常、戦闘で得られるコルの最大値が100に対して、ハントで得られるコルは最大値が1万もあるため、ハント対象者は例えそれが赤子であったとしても、コル目当てのプレイヤーによって容赦なく殺されてしまう事となる。


 「やめろ……神々やつらの言いなりになって、同じ人間をいたぶり殺す事に何の意味もありはしない」

 彰は男と少年の間に割って入ると、男に向かって大剣を突き付ける。

 「なんだぁ、お前は……正義の味方のつもりか?それとも獲物の横取りか?久しぶりのハントなんだよ。1万コルは渡さないぜ」


 男は、彰の持つ得物、体格、全てを見て瞬時に間合いをとってくる。

 彰が一撃を加えることの出来ないギリギリの位置、その間合いを瞬時に見極めてきた。


 (……できる)

 相手の力量に対して、彰の中の相手への警戒レベルが跳ね上がる。

 彰と男の間でしばらくにらみ合いが続く――かと思われたのだが、とつぜん彰に対して男がハッとした表情を見せると、いきなり口を開いた。


 「その手に握る漆黒の大剣……」

 男は、急に何かを思い出したかのようにつぶやくと、腰から片手剣を抜きさり隙の一切ない構えをとる。だが、男から先ほどまでの威勢の良さは感じられない。彰に対して構えをとるその剣先は、恐怖からくるものか小刻みに震えてしまっている。


 「か……神殺しなのか」

 男は、唇を震えさせながら言葉をつむぐ。そこにいるのは、歴戦のプレイヤーではなく、疲れ、求め、渇望し,あの頃の当たり前の日常を望みあがき続ける憐れな男の姿であった。


 「俺は……俺は何を犠牲にしてでも、元の世界に帰るんだ!」

 男はとつぜん叫ぶと、先ほどまで見せていた慎重さをかなぐり捨てさり、血走った目で彰の事を睨みつけながら突進し斬りつけてきた。

 彰は、その様子を冷静に見つめ――男の剣の刃先が届くかどうかのタイミングで体を捻る。男は斬りつける事に失敗したままの勢いで態勢を大きく崩す。


 (同情はする――気持ちは分かるが……)

 彰に、男を非難しようとする気持ちはない。それどころか、異端なのは自分の方だとさえ思う。

 (それでも俺が斬られてやる理由にはなりはしない)

 彰は体を捻らせたままの勢いで男の脇腹へと蹴りをおみまいする。遠心力を乗せた蹴りは強烈で、男は後方へ吹き飛ぶと両膝を地面につけて苦しそうに脇腹を押さえながらうずくまってしまった。


 「気持ちは分かる……が、目的のために手段を見失ってしまった時点で、俺たちは人間じゃなく、ただの飢えたケモノと同じになってしまう」

 「うるせぇ!気持ちが分かるだと!ふざけるんじゃねぇ、お前は……お前は、俺たちプレイヤーの中で一番……」

 男が最後まで言い終わらないうちに、とつぜん迷宮の壁が崩れはじめる。すさまじい量の砂煙が起こり、辺り一面を一瞬で覆い隠してしまった。


 視界が利かない中で、何か重く硬い物が大気を裂く音と、地面が割れ砕ける爆音が鳴り響く。


 ――敵襲――


 彰の体は考え理解するよりも早く行動を開始し始める。

 彰はすぐ背後で腰くだけになってしまっている子供の首根っこをひっ掴むと、まだ比較的安全だと思える場所へ投げ飛ばす。『ぐっ……』地面へと激突した瞬間、子供は小さいうめき声をあげて、そのまま気絶してしまった。


 (死ぬよりはましだ、どのみち生き残った所で待っているのは、死よりもつらい地獄。ここで終わらせてやるのも慈悲なのかもしれない)

 そんな事を考えながらも、彰の体は何かに反応するかのように反射的にしゃがみ込む。直後、空を斬る鋭い音と共に彰の頭上を何かが通り過ぎていった。


 彰はしゃがんだ状態のまま、大剣を両手で握り直しつつ急速に身体を起こし、直感だけで砂煙ごと斬りはらうように横なぎに体を回転させながら大剣を振るった。肉をえぐる確かな手ごたえと、くぐもった呻き声から、彰は未だ姿の見えない敵にダメージを与えた事を確信する。


 (それにしても……さっきの敵のうめき声、相当高い位置から聞こえてきたな)

 彰は、砂煙の向こうにいるだろう相手の事を睨みつけながら考える。

 (ダンジョンの壁を崩しプレイヤーの視界を奪いつつ奇襲をかけれるような大型のモンスターとなると……)


 ダンジョン内に出現する敵は、単純にふた種類に分けられる。ボスモンスターとその他のモンスターだ。

 属性地形の違い、要するにエリアによって出現モンスターの種類は変化するのだが、この通常エリアにおいてダンジョンの壁を崩落させれるほどのモンスターは彰が知る限り一体しかいなかった。


 「サイクロプス……」

 巨大な単眼のモンスターの名をつぶやきながら彰は左手で頭を掻く。

 コロッセウムが開始されてまだ、半刻も経っていないだろう。ハントの現場にエリアボスとの遭遇。

 短時間にこれだけの出来事が発生するなど、10年戦い続けている彰でも、こんなことは初めての経験だった。


 (まぁ、だから何だというのだ)

 やることは変わらない。敵が現れれば斬るだけの事だ――彰は、そう考えながらゆっくり立ち上がると、少しずつ晴れてきている砂煙の向こう側に微かにゆれている単眼の怪物を睨みつける。


 左手が何かを感知し勝手に動いた。視界が利かない中を、空を切る音と共に再び襲いかかってきた何かを、彰は左手の親指と人さし指のみで掴みその場に止めてしまった。

 ちょうどいい――うっとうしい砂煙が晴れるまでの間、彰はそのままでいてやろうと、動かなくなった武器を動かそうと、モンスターが必死になるさまを左手を通して感じながら、その場をじっと動くことなくただ待ち続けた。


 やがて霧が晴れるように砂煙が収まる。彰の目にまず飛び込んできたのがサイクロプスの醜悪な顔と、その青っぽい色をした巨体だった。

 ダンジョンを構成する巨大な壁をやすやすと破壊してみせる怪力と、驚異的な再生力と生命力を誇るエリアボス。

 その手に握られている巨大な戦斧、彰の左手で縫い止められたその刃先が、血肉で汚れているのを見て、彰は反射的に上空のステータスに目を走らせる。


 「デッド……」

 さきほど、彰に襲いかかってきた男……そのステータス画面が灰色に変わっていた。

 彰は、無言で単眼の魔物へと視線を戻す。奴はぴくりとも動かない、己の武器を必死に動かそうともがき足掻く。

 デカイ図体をしているだけあって、相当腕力には自信があったのだろうが、今回は相手が悪い。

 彰は、右手一本で相棒である大剣……漆黒の魔剣グラムを構えると戦斧を掴んでいた左手を離す。

 予告もなく、いきなり自分の得物が解放されてしまった事で、サイクロプスの巨体がよろめいて態勢が崩れる。彰は残った左手も剣の柄に添え、両手持ちに切り替えると単眼の巨人へと突っ込んだ。

 驚愕した様に単眼を見開き見つめてくるモンスターに対して、彰は何の感情も抱きはしない。

 サイクロプスの懐深い所へ一瞬で飛び込むと、彰は猛烈な勢いで大剣を振るった。


 ――神を斬り、神の血に染まり、神の魂に穢けがされた剣。


 魔剣グラムは斬る相手を選ばない。それがなんであろうが等しく斬り殺す。

 サイクロプスは斬り殺されたと思う暇もなかっただろう。単眼の巨人の五体がバラバラに裂かれ、その首が地に落下するまで数秒しか掛からなかった。


 「起きろ、坊主」


 ――戦闘評価A、評価者1163名。ボス撃破ボーナス×10、報酬:820コル――


 戦闘結果を告げる表示をうっとうしそうに手でかき消しながら、彰はいまだ気を失ったままの少年の頭を、足のつま先で軽く小突いた。


 「ん……」

 ぴくっと体が反応したかと思うと、モソモソと少年が起き上がる。最初、ここがどこなのかしばらく周囲を見渡していた少年は、徐々に正気を取り戻すにつれ、怯えた表情を作りガタガタと体を震えださせはじめた。

 「恐怖も、怒りも、悲しみも、今日一日で全部出し切っておけ。お前の面倒は俺が見てやる……生き残りたくば、死ぬ気で付いてこい」

 観客神々の歓声がコロッセウムに響きわたり、ボス討伐により闘技が終了した事を告げる鐘の音が鳴り続ける中で、いまだ座り込み続けている少年に彰は手を差し伸べるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ