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アドナイ陥落

 一難去ってまた一難。とは一つの災難が過ぎてほっとする間もなく、また次の災難が起きること。まさしく今の状態である。


「……なんの冗談を言ってる。オークの軍勢は退けたぞ」


 戦場となった平地の死屍累々の状態を整備している傍らで軍部の偉い人が多分、通話テレフォンでアドナイの街と通信しながら怒鳴っている。


 上は二十代半ば程度までしかいない若い志願兵の多い傭兵団の皆と違い四十代、下手すれば五十代の歴とした現役の職業軍人のオーラを醸し出している。


 大陸開拓を基本、傭兵団に任せている彼らは普段何をしているかと言えば勝ち取った大地の維持と管理である。他勢力から人族領域として獲得できたとしても当然、広大な大陸であるので人族や人に類似した種族の住めない環境の土地と言うのは相当数存在している。


 未開拓の土地には固有の魔物達が住んでいたりして、けっこうな頻度で自然と交わるような開拓途中の人里では人的被害の出る接触があるのだ。そういった領域内の事態を治めるのに出るのが軍部である。


 他にも傭兵くずれの道を外した山賊集団の討伐や比較的若い集団である傭兵団を後方から支援したり街の治安維持と管理、人族の大陸進出の予算を七国機関から捻出するための書類仕事などもついて回る。


「もう一度、最初から落ち着いて話せ」


 再確認する為、また通話テレフォンの向こう側の人物に声をかける軍部のお偉いさん。


 この通話テレフォン機能も俺の世界にもあるスマホとたいして変わりはない。腕時計型だと言うだけでそのディスプレイに表示された任意の認識番号へと呼び出し(コール)するとホログラムが視界端に展開し各腕時計型の魔道具に付けられている個体識別番号へと繋げる仕組みだ。具体的な構造内容は俺にはよく分からないが正解だろう。言うなれば魔力と異世界のファンタジー科学の賜物と言ったところか。


 各々の識別番号は個人管理が基本で、唯一行政を司っている人族の七国機関の情報庁のみが全ての識別番号の閲覧と管理を担っているらしい。


 そもそも人族でも志願した傭兵団や軍部の人間のような戦闘職のみ所持を許される代物で、生産職などの一般人は傭兵経験組ぐらいしか持っていない。


 気のあった者同士はお互いに接続リンクを張ったりしているが、この世界のいつなんどき死ぬかもしれない現状で俺の世界にあるような気軽な番号交換は今のところ見られていない。


 余談だが俺の接続リンクに入っているのはファリアさんとケインのみである。決して俺がボッチ属性な訳でなく、連絡がつかなくなった魔道具に相手の死が連想されてしまうから出来るだけ少ない方が精神的に楽だからだ。


 仮に入れるとしたら作戦などの有用性を考えられる分隊メンバー同士や親族、恋人、親友程度だろうか?皆、安否確認としてのお呪い程度にしか接続リンクは増やしてはいない。


 想像して見ればよく分かる。自分のスマホに登録されている番号の何割かの人がすでにこの世にいなかったら嫌な気分になるだろう。


 そういう事だ。


「あ、ありえん。アドナイの街は最前線の砦を運営する為の物資供給の要だぞ! 」


 そうこう手を動かしながらも余計なことを考えていると、さらに軍部の偉い人がヒートアップして通話テレフォン越しの相手に叫んでいる。近くにいる傭兵団のヴァーンさんを始め砦運営組も内容を聞き慌ただしく何かを話し出して騒然としている。


 いったい何が起きた?聞こえてくる単語からはただならぬ雰囲気が感じ取れる。


「ルイト、アドナイが落ちた! 」


 そんな風に何事かと単語から予測しようとしていた俺にファリアさんから答えがもたらされる。


「は……い? 」


 返答は相当間抜けだっただろう。戦場となった平地の整地作業の手を止めてしまう。


 アドナイ。その名からもわかる通り、かつてのチート能力持ちの転送者アキヒト様が進軍ルートの重要な要になるとして名付けていた土地に立ったアドナイ砦のあった地に興った街で軍部の北西部の最大の拠点でもある。


 アドナイと聞いたときは仰々しい名前だと思った。俺の場合は悪魔同士を二体合体やら三体合体する某人気ゲームのOPで知った知識である。確か元の世界では神の名の代わりとして使われた呼び名だったはずだ。あのゲームやって悪魔やら精霊やら神様やら詳しくなったものだ。ゲームすら出来ない状態の現状が嘆かわしい。


 いや、脱線した。あまりの衝撃に思考が安定を保つために遠くへ旅立っていたらしい。


 アドナイが落ちた。なぜ最前線の砦ではなく後方の街が落ちるのか?いったい何の冗談だ。あぁ、成る程、軍部のお偉いさんの思考の追体験だなこれ。


「目的は別にある。こんな計画だったとはね」


 いつの間にかヴァーンさんも近くへ来ていて俺とファリアさんの話に交じってきた。


「君がそんな顔になってるって事は、ここまでは読めなかったって事かな? 」


 ヴァーンさんが俺を見つめて目を細める。少し期待を裏切った申し訳ない感があるが俺は元々一介の高校生で、こっちに来てもただの戦士の一人である。希代の軍師のように戦場を見通すことなど出来ないのでそこまで期待しないで欲しい。


 内心で抗議しながらも、ふと思い出す。奇襲要因のオーク達を山越えのルートで見つけたときの違和感がちらついた。そう、あのとき感じたのは妙な引っ掛かりだった。


 目的はあるが理由が不明。

 なぜ、たかだか人族の前線の砦を数個落とすためだけに大規模な犠牲がつきものの陽動作戦を選んだのか? あの進行の代償としての見返りが比例していないのだ。だが最前線の砦運営の要、後方の街を一個落とせば軍部にも大打撃を及ぼせる。


 現在の事態を最初から想定して動いていたのならオーク達に犠牲が出てもお釣りは来る。だがこれは絶対に本来のオークに出来る行動パターンではない。彼らはこの世界の種族の中では決して高いと言えない知力しか持ち得ていない。


 陽動作戦の裏で行う奇襲作戦すら大きな陽動作戦の一部。本命は目的の地点を一気呵成に書き上げるが如く鮮やかに強襲し奪い取っていったって事か。


 この世界の人族の戦略も特に高度なモノはない。ステータスにレベル、魔法などの特殊能力で本当の意味で一騎当千の働きをする戦士がいては戦略や戦術の発達する土壌として恵まれてなかったのだと思う。


 戦略や戦術を用いて策を張るとは弱者が強者に打ち勝つ術、互角の相手に有利に立ち圧倒する術なのだから仕方がないと言えば仕方がない。


「いや、実感が湧かなく自分でも半信半疑でしたからここまで鮮やかに書き上げられるとは思いませんでした。これは本当に魔界領域に居ますね」


 ヴァーンの言葉を聞いてから、どんどん鋭くなっていく思考中の俺の目を見てヴァーンさんが嬉しそうに笑っている。


「ヴァーンもルイトもこの一大事に何を悠長な事を言ってる」


 ファリアさんが特に多くを語らないまま目を合わせる俺とヴァーンさんを交互に見て、地団駄を踏みながらやや不機嫌そうに頬を膨らませる。


 俺の中のイメージがどんどん崩れ去っていくファリアさん。

まぁ、最初に抱いていたのは俺の幻想でしか無かったのだから崩れるも何も最初からファリアさんの性格はこうだったのだから文句は言えない。


「確率は低くても想定内の事態に入っていたのはわかった。ついでに聞きたいんだがアドナイを落とした目的はわかるか? 」


 どこまで期待されてるんだ俺。そう思いながらも大方検討がついてしまう。傭兵団の孤立化、弱体化等で砦運営に支障をきたすだけでなく恐らく本命は情報そのものだと思う。


 寿命の長い種族は余り文献を残さない。知りたい時に知りたい相手が生存しているのだからその都度訪ねて行って直接、聞き見せてもらえば良いのだ。


 だからと言って精神だけ転送されたか転生しているかは分からないが、異世界からの異邦人に全てを開示してくれる相手が果たして何人いるか?


 俺の場合は精神だけこの世界の人間に入っているから言語と読み書きに苦労は無かった。


 文献を調べて独自に疑問点や未解決の部分の補填が滞りなく行えたが相手には補填する材料が圧倒的に少ないのだ。


「恐らくは情報。真っ先に思い付くのは元の世界に戻るための情報収集の為、ですかね」


 しかしこれはこの世界の魔物や魔族はおろか人間さえも同等の生命に見ている戦略とは思えない。盤の上の駒を動かして模擬戦争シミュレーションゲームしている様な気味の悪さがある。


「ヴァーンさん、俺はアドナイの街に行かなくてはいけないと思います」


「ルイト、わ、私も一緒に行くぞ」


 これはこの世界に同時期に落ちた俺が行かなくてはいけない事態だと思う。


 未だに情報は混線していて明確な現状はわかっていないらしいが、いったいどのようにしてアドナイの街は落ちたのか?


 直接、行って同郷の人間の人となりを見ておかなければいけないと強迫観念が襲ってくる。


 何より単純に同郷の地球人に会いたいのかもしれない。


 追従するようにファリアさんは俺の同行を決めてくれた。


 この人、何だかんだで俺に気があるのかな? と柄にもなく勘違いしてしまうが、

「せっかく選んだ副隊長の俺がどこかでの垂れ死んだら人選が面倒なんだろう」

 と適当な理由で勘違いを押さえ込んで事なきを得る。


 今度の災難も乗り越えることが出来るのかな? 俺チート能力持ってないんだけど。

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