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戦いの本質を知って

 候補地の遠征組からオークの襲撃にあったと報告が届いた日の翌朝、奪還部隊は恙無く出発した。


 その後、居残り組でもヴァーンさんの指示で砦周辺の索敵部隊を大幅に再編成して通常はあり得ないだろう進軍ルートも人数を増やして探索に出ていた。


 俺とファリアさんもファリア隊としてこの索敵業務に割り当てられた。まだ二人しかいないので他の分隊との合同ではある。


 そして奪還部隊の出発から一日と数時間後、普通ならあり得ないだろう険しい山越えの進軍ルートでオークの集団を発見したのである。


 しかし陽動作戦だろうと危惧していた予測が当たって安堵した反面、その背後の魔界領域の勢力を統率できる存在が現実となって現れたと言う危機感が背筋に冷たいものを走らせる。


「最初に索敵部隊を編成する際にヴァーンが言っていた事だが魔界の勢力が策を用いて侵略してくるのをこの目で実際に見ることになるとは、信じたくない嫌な光景だな」


 険しい山々の鬱蒼とした木々の物陰に隠れて進行するオークの集団を遠目に眺める俺とファリアさん。


 敵の数はざっと見て百体前後。だが実際に魔道具で調べてみると全てが上位個体のようで並のオークよりも体躯も立派でレベルも高かった。急斜面の山肌をものともせずに駆けるオーク達。


「同感です。あの身体能力で策を用いて来るとなると正直、今までのようには行かないでしょうね」


 嫌なものを見て顔を歪ませるファリアさんに俺は答える。自然の要塞の様な山々の多い魔界領域と人族領域の境のこの北西部は今まで自と進軍ルートは平坦ななだらかな地形に今までは限定されていた。


「少数の精鋭を用いた奇襲で砦を落とす。俺の世界ではけっこう正統派オーソドックスな作戦ですけどね」


 深い山々の幹の太い木に背中を預けて遠巻きにオークの進行ルートを見る。このままの進軍速度で行けば明日にはフィフス砦の前の平地に展開するだろう。


「ここでの交戦は無理だな。先ず数が違いすぎるし地形的に不利だ。指揮官のヴァーンには連絡を入れて警戒体勢と戦闘準備をしてもらっておこう。私達もオーク達(奴ら)に気付かれずに急いで戻るが、それまでは防衛組に頑張って貰うしかない」


 腕時計の魔道具の機能の一つである通話テレフォンで砦のヴァーンさんに連絡をとると俺達はその場を引き上げる。


 偵察から砦への帰還へ向けて撤退を開始しようとした時、ヴァーンさんと通話テレフォンで連絡をとっていたファリアさんは会話を終え俺と合同の偵察組の隊長にたった今聞いたことを伝えてくる。


「ルイト、不味いかもしれない。他の索敵組の隊も同規模の群れをわかっているだけで二ヶ所で見つけている」


 千越えの大軍勢で目を引き、各精鋭が通常の進軍ルート外から奇襲をかける。まるで人間の戦い方だな。多分、奪還作戦に参加しているヒューイットとニューレイの両隣の砦にも同様の奇襲をかけるだろう。


 砦への奇襲を行う精鋭のオークが各砦へ約三百体と想定、陽動作戦に使われているオーク達が千体弱と考えると、未発見のオーク部隊が居るかもしれない現状を考慮して最低でも約二千体のオークが今回、動いている事になる。


 各砦は奪還部隊の編成や今回の奇襲想定の索敵部隊も出しているから残存戦力は百人前後居るか居ないか程度だろう。


 こちらも人族の精鋭である上級戦士が在留してるとは言え一つの砦に少なくても三倍の上位個体のオークが攻め込んでくる。


「確かに不味いかもしれないですね。これは完全に砦を落としに来てますね」


 これが目的なのだろうか?余りにも単純過ぎる気がして何か引っ掛かりがあるが脅威が変わるわけではないので俺達は現在できることをやるしかない。


 そんなこんなで冒頭のオーク達との交戦の場面に戻ることになる。


 山から砦の前の平地に戻ってくるとすでに交戦の火蓋は切られていた。大地を踏み込む量陣営の進軍による地鳴り、土埃の舞う中で傭兵団の雄叫びとオークの唸り声がこだまする。オークの戦斧と傭兵団の長剣が金属音を奏で辺りの森から鳥達が大慌てで飛び立って行く。


 ファリアさんは一気に平地をかけると交戦している中央部へと躍り出ていく。後をついていく俺は正直、緊張で手足が震えていた。


 オークの巨大な斧が頭のあった場所を風切り音と共に掠めてくる。砦での模擬戦ではない本当の命のやりとり、相手の動きの一つ一つが死に直結する一撃を見舞って来る。交戦前にオーク達のレベルを見ていたが全員10前後は有った。普通のオーク達が俺と同じぐらいのレベルなのでざっと二倍って所だ。


「このレベル差で動きに対応できるのはファリアさんの本気の組手のお陰だな。お前らレベルのわりに動きが遅すぎだよ」


 多分、ケイン辺りが近くにいれば俺の観察する能力のが異常なんだよ。とでも冗談を返してきそうな事を口に出して戦意を無理矢理高めて緊張で固まった筋肉を動かす。生憎、ケインは奪還部隊に編入されて砦には今はいない。


 目の前の戦士と交戦しているオークの戦斧をかいくぐり鎧の隙間に月華を滑り込ませる。月華の鋭い刃は肉と肉を切り裂き深く潜り込む。流れる血の臭いに顔をしかめる。


「皆、ここが踏ん張り処だ、救援は来る。後方のアドナイの軍部が援軍を約束してくれている。到着まで持たせるぞ! 」


 傭兵団の中央部から士気を鼓舞する様な良く通るヴァーンさんの声。それと同時に彼の回りに舞踊る無数の宙に浮く刃。


 俺たちの到着後、間も無く右翼側の上級戦士の一人が不幸にもオークの刃に撃たれて一時期押され気味だったが一騎当千のフィフス砦の筆頭ヴァーンさんの二つ名は伊達ではなく中空に浮く飛翔剣は何体ものオークの精鋭を切り刻んで屠っていく。


 それを見たときは厨二心をくすぐられた。漫画などにある手に持たずにも意志に接続リンクして敵を斬り倒す自在の剣。あれだガン◯ムのファ◯ネル見たいに動くのだ。


 俺にもこんな能力アビリティがあれば良かったのに。と一瞬、脱線したが無い物ねだりしても仕方がない。


 そもそもモブキャラ気質の俺にこの手の派手な能力が生える事もないだろう。と冷静に分析してオークの戦斧を受け流しバランスを崩した所に月華を滑り込ませる。


 チリチリと精神の端っこが焼けつくような緊張感。何度、その凶刃を潜り抜けただろうか?


 この戦いの結果から言うと人族の辛勝であった。


 早めに後方の街に待機する軍部にヴァーンさんは働きかけていたようで人類の本当の戦力の軍隊は約千人規模で各砦の防衛部隊への参戦を決めてくれていたらしい。


 後方の人族の領域から鬨の声をあげながら軍馬に乗り駆けつける大量の援軍を見て士気を上げる傭兵団の皆。


 逆に状況の変化を察知して森へ山へと散り散りに撤退していく疲弊しきったオークの軍勢。


 軍部が開拓の地へと動く事態は極めて稀ながら今回は素早い対応で形勢は一気に傾きフィフス、ニューレイ、ヒューイットの三砦の防衛は成された。


 土埃の舞う大地のそこらかしこで血にまみれ転がっているオークと人だった者達。魔法を使った痕跡も多く焼け焦げた臭いや未だ燻り続ける草から煙が上がっている。


「なんとかなったな。でもなんて虚しいんだろ? 」


 未だに自分の手で絶命させていったオーク達の命の最後の感覚が忘れられない。そこに種族が違うとか敵味方だからとかの割り切りが出来ればなんて楽だっただろうか。初めて相手を殺すためだけに殺した。


 一介の高校生だった俺がだ。


 こんな世界にした神様達に怒りが込み上げる。でもこの世界外の異世界から精神だけ転送してきた俺に何が出来るのだろうか?


「何を見て、何を感じ、何を成すか……」


 あの夜のヴァーンさんの言葉が口に出る。この戦場を生き抜いた俺はこれから何を成すのか?何の為にここにいる?


 そもそも俺の知っているラノベ小説の中身より重い世界なんだよ、この世界。最初から人族はそれ以外の種族と友好関係を結ぶように出来ていない。彼らは神々の遊戯ゲーム盤上の対戦相手になっている。いわば最初から敵なのである。


 いや俺の見てきた漫画やラノベ小説、映画など直接的に自分の人生に関係ない物語の中でも重たい関係の話は多々あった。つまりそんな背景も物語を彩るスパイス程度の認識で娯楽としてしか見てなかったのかもしれない。


 普通なら人族はもちろんの事、エルフや獣人、はたまた魔族でも良い。美女や美少女のハーレムとか夢見るだろ。


 ロリババァとか巨乳幼女とか元々の世界では普通お目にかかれない存在と関わって面白おかしく生活するのを夢見るだろ。


 チート能力もないモブキャラ気質の俺は、目立ちたくないからひっそりと生死の心配のない所で生きていけるだけの実力を身に付けられれば良かったのだ。問題ない程度に生活できるお金を稼げれば良かったのだ。


 いろいろと棚上げしてるが異世界に転送されても楽しく生きていければ最終的に俺は良かった。


 その為の足掛かりで傭兵団に所属しているに過ぎないはずだった。でも関わってしまった以上、知ったことかと放り出せる性分でも俺は無いのだ。


 ファリアさんやケイン、他にも見知った傭兵団の仲間達。ヴァーンさん等を俺にはチート能力が無いからと見捨てられない。


 この戦場で何人知り合いは死んだ?


 これが本当の戦いの現場の出来事なんだ。平和な世界で生きてきた俺がわかった振りで直視しなかった現実。


「ちくしょう」


 俺は甘すぎなのだ。もっと非常になれなければこの世界で生き残れない。冷静に傍観している頭の中にいるもう一人の俺。


「ここから俺はスタートか」


 生き死にのやりとりの問題を難なくクリアして上手く立ち回れる物語の主人公達を少し羨ましく思う。

 俺は多分、殺すと言うことに忌避感を持ちながらも、戦いから逃げられない。こんなやるせない気持ちと折り合いをつけなければ行けない。


「アキヒト様って日本人はどう感じたのかな……」


 戦場に佇みながら手に持つ月華の刃先を見る。血に濡れて尚更輝きが増したような気がする。


「ルイト、大丈夫か? 」


 そんな俺を見つけてその雰囲気から何かを察してくれたのかファリアさんが心配して声をかけてくる。


「戦うという行為の想像と現実の狭間でちょっと感傷的になってたようです。大丈夫です、俺けっこう丈夫ですから」


 出来るだけ普通に答える。初めての大規模な戦いは俺の戦闘後の心理に今後の課題を残して幕を閉じた。


 いまだ太陽は空にあり、その端に薄く光る二つの月がその光景を見守る中でフィフス砦の防衛は成功したのだった。

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