境遇を共有するもの
食堂でオークの襲撃の流れから始まり、反撃のための奪還部隊の編成等を現在砦にいる傭兵団の皆で共有する。
候補地はここからやはり二日程度の距離。オークの総数は千は下らないだろう大軍勢との事であった。
遠征組はオークの進軍の足止めとして小競り合いを繰り返しながら少しずつ後退、近隣の砦への応援要請を出して奪還部隊の編成と到着を待っている状態とのことだ。
それから数時間後、目の前のサラサラとした赤い短髪の精悍な顔立ちの爽やかイケメンのヴァーンさんに俺は可能性が低いが今回のオークの襲撃の不自然さを説明していた。ヴァーンさんはファリアさんよりやや上の年齢である。
ある程度の情報共有と今後の方針を決めて話し合いが終了した後で俺はこの砦の序列一位の上級戦士の筆頭ヴァーンさんの執務室へと来ていた。
「……なるほど、確かに君と言う存在が確認されてる。これはステータスを見ればルイス君とは別人だと一目瞭然だったね。つまり君のみがイレギュラーだった訳ではなく、他にもその状態になっている地球人が存在している可能性はゼロでは無いかもしれない。と言うんだね」
「ええ、この世界の状況把握を終えて各勢力内での立場を確立して動き出すのならば、ちょうどこの時期ぐらいが妥当だと思います」
俺の進言に真面目に答えてくれるヴァーンさん。
砦内だと言うのに学校の校長室並の広さと品の良い調度品の数々が並べられているこの執務室を与えられている立場からわかる通り、彼がこの砦の現在の戦術責任者の一人として収まっている人だ。
人格的にも非の打ち所もなく、一介の戦士の俺の話に真面目に思案している姿も主人公のそれに見える。これがフィフス砦の序列一位“飛翔剣”のヴァーンである。
元の世界で出会ってたらそのオーラの眩しさに気圧されて、ほとんど会話することもなく通りすぎてしまいたい存在感である。
「しかしその思考力、分析力はさすがは異世界人だと言ったところか? 君たちの世界では普通な事なのかい」
「まぁ、識字率が高く教育制度が確立している国の出ですから色々と詰め込まれていますよ」
ヴァーンさんに質問されて無難に答える。
そこまで高度な戦略や戦術を知っている訳ではない。俺の持ってる知識など有名な歴史小説や軍記モノで得たにわか知識に毛の生えた程度が精々だろう。しかし、そこからでも見え見えな程に今回のオークの襲撃は違和感がある進軍なのだ。
現在の季節は夏から秋に大きく変わる季節である。食べ物に困るような季節でもなく爆発的に魔界の勢力図が変わったと言う話も出てこない。食にありつけずの進軍の線はほぼ無い。
この世界に魔界を統率する魔王はいない。無駄に魔界混合軍と呼称されている訳ではない。魔界領域に棲息する各種の魔族、魔物は知性が高い低いに関わらず基本的には個体で動くか、多くても部族や一部の群れの単位でしか移動しない。
個々の能力で秀でていても統率されないそれは無策のただの暴力と然程変わらないのだ。
オークの群れは本来、百体前後。仮に特異個体の指揮系統特化のオークが生まれたとしても千体を越える部隊で動いた歴史などこの世界にはない。今までの戦闘体験と過去の文献で調べてみた結果だ。
以上の二つの結果から今までの世界で起きてこなかった事態が起きていると考えられる。
ではその今まで起きてこなかった事態がどうして今のタイミングで起きたのか?を考えると真っ先に思い付くのは統率できる存在が魔界に現れた、つまり魔王が生まれたと想像できてしまう。
今までに魔界に転生者が降りた史実はない。あるのは翼人とエルフの二種族でアキヒト様の時代にはエルフの大森林連合と一進一退の攻防を繰り広げていたと調べてわかっている。
「杞憂かもしれんが目的は別にある……か」
目まぐるしい程、手は各種の書類に目を通しながらも選別し書類にサインをしていくヴァーンさんは眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
「これは他に目的のある陽動作戦。もしくは自分の所属する勢力の性能把握の為の実験と他勢力の性能把握目的でしょうか。俺たちの世界には人間しか高度な知的生命は居ませんでしたが、俺みたいに精神だけ他の種族に入ってたり魔物に転生していたら人族に無闇に接触するのは避けると思いますし、戦力と戦術の水準は後々接触するにしても参考として知っておきたいと思います。下手すればどちらも兼ねているが正解かもしれません」
「……なるほどファリアが目にかける訳だ」
ついつい喋りすぎた感があるが、ここでこの砦に何かあったら俺の生活の基盤が崩れる可能性があるのだから必死である。
そんな俺の箇所箇所の穴を埋めるような分析になぜか舌を巻いて関心してくれるヴァーンさん。
「へ、ファリアさんはヴァーンさんにも俺の事喋っているんですか? 」
いきなりヴァーンさんからファリアさんの話が出た事により間抜けな顔になってしまった。
「君、自分の事を低く見積もっているだろ?」
「え、あ……?」
「ファリアでなく俺から見ても君がもし敵だったら警戒して然るべき相手に見えるよ」
全体的には笑顔であるヴァーンさん。だがその目は冗談を言っている訳ではないと語っていた。
どう返答するか目まぐるしく脳細胞を働かせる。その間も自然とヴァーンさんの動作、表情を観察する。
「いえ、買いかぶり過ぎです。ファリアさんだけでなくヴァーンさんも。俺は一介の平凡な戦士ですから」
無難に答える。相手の反応を見る。どう返答が来たらどう返すか、いくつも想定して選択枠に即座に収納する。
「どの程度だろう。君のその目に見えている未来予測はどんな光景を見てる? この世界で何を見て、何を感じ、何を成すか? 」
「っつ!! 」
予想外の質問に心臓の鼓動が早くなる。俺がこんな性格、性分になったきっかけが掘り起こされそうな危機感がこの会話にはあった。
しばしの沈黙が俺とヴァーンさんしか居ないフィフス砦の執務室に流れる。
コンコン。ドアを叩く音で沈黙が破られる。
すでに日付は間も無く変わろうとする夜分だが現在は緊急事態だから誰が来てもおかしくはない。
「失礼します。遠征組の応援及び候補地奪還組の編成が終了しました。なにしろ夜分なのでこれより各員仮眠し英気を養ったのち日の出と共に出発しますので報告をしに参りました」
奪還部隊の指揮をとる元ヴァーン組の一人と思われる女性がドアを開けて入ってきて俺を一瞬見たが気にすることなくヴァーンさんに進行状況と予定を伝えに来たらしい。
これから具体的な作戦を報告して許可をもらいたそうな素振りが見てとれるが、俺がいるので話して良いのか迷っている様子である。
「では俺の用事は済んだのでこれで失礼します。砦の防衛の方の件も考えておいてください」
これは幸いだと俺は席をはずす。
今日はなんか盛りだくさんな日だった気がする。どっと疲れが身体を襲ってきて気が緩んで無意識に欠伸が出てしまう。冷静になり自分の杞憂の起源が何処にあるか想定して見る。
「俺は戻りたいのかな……」
どれくらいの距離に有るかも分からない故郷。それなりに上手く過ごしていたあの懐かしい日々。命の危険もなく穏やかだった世界を思う。
今は帰る手立てがない。そもそもこの世界の状況把握と生きる術を身につける事で必死でそんな事を考えてる暇など無かったのも事実だ。
帰る云々の前に先ずは死なない事が最優先であった。全くの戦闘初心者の域は過ぎたが、今も死と隣り合わせの世界で俺は生きている。
ヴァーンさんへの進言も俺の杞憂と現在の境遇を共有する存在が敵対勢力の中にでもいて欲しいと思う俺の願望から想像された虚像かもしれない。
自分でも今後、何がしたいのかわからなくなった。
この世界で何を見て、何を思い、何をなすべきか?
ヴァーンさんの先程の言葉が疲労に安息を求める脳内でグルグル回る。
砦の自室に戻る為、廊下を歩きながら答えの見えない自問自答を繰り返す。自室と言っても学校の寮のような四人で一部屋である。
「……悩んでもしょうがないか」
すでに天高く上る二つの月を窓から見上げてから自室のドアを開けて戻る。
その日は疲れていたがあまり良く眠れなかった。