月夜の語らい
さすがにたいして人はいなくなったとは言え、俺とケインのように話し込んでいた同僚達が疎らながら数人いる食堂で刃物を抜く訳にもいかず、刀を渡された足で俺は食堂を後にした。
ファリアさんはその後をなんかウキウキしながら付いてきている。
この人の側にいると俺のモブキャラ度がますます上がってくれる気がする。
映画の主人公の前を歩く通行人のエキストラ気分でなんか落ち着く。
無言で歩き続けるのも何なんでファリアさんに話しかける。
「これ、結構な代物ですよね。本当に俺なんかが使って良いんですか? 」
金色の鳳凰のような細かい装飾が施されている紅い鞘に金色の翼のモチーフだと思われる鍔の装飾。
白い布に巻かれた柄を持つ刃の長さ二尺半程度、つまり約75センチの分類的に打刀に入る。
この刀は抜いてなくてもなんか鋭いオーラみたいなものを纏っている。
目を細くして手で鞘の部分を掴み持つ刀を見て、ふと妖刀の類いじゃないよな? とか抜いたら呪われる? とか乗っ取られるとないよな……と思ってしまう。
いや、精神が他人の身体乗っ取ってるかも知れない今の俺が言うことでもないか。
「その刀は名を『月華』と言う。過去に英雄と呼ばれた君と同じニホンからこの地に繁栄をもたらしてくれたアキヒト様が伝えた残したノウハウと私達の魔道具精製の技術を合わせた逸品だよ」
なんか自慢げにファリアさんは俺に刀の説明してくれた。こいつ『月華』って言うのか。
でもなんでこれ俺に渡してくれたんだろ。
そう思いながら月華を高く持ち上げながら眺めてみる。
今、向かってるのはファリアさんと稽古したこともある修練場である。
砦内にある外壁に囲まれた学校で言えば、フェンスに囲まれたグラウンド的な場所だ。
食堂からたいして距離があるわけでもなくほとんど一直線だからもうすぐ到着しそうだ。
修練場につくと辺りはスッカリ夜も更けてて人影はない。
だが空にある二つの月が辺りを淡く照らしているのでそこまで暗くもなかった。
やや赤みがかった月とうっすらと蒼い月の二つの月を見上げやっぱり異世界なんだと再認識する。
「……今度、私は分隊長の任を任されたんだ。それでその隊員を今募集中でな。ルイトを勧誘するための贈答品なんだよ。その刀は」
修練場に出て立ち止まって空を見上げていた俺の隣に、同じように立ち止まり月を見上げながらファリアさんは俺に刀をくれた理由を教えてくれる。
理由を教えてくれるが、聞いてみてもいまいち納得出来ない。
「俺で良いんですか? こんな逸品をプレゼントまでして勧誘する逸材じゃないと思うんですけど」
月夜に映える隣のファリアさんの期待に俺は応えられる気がしない。
何でまた一般的な俺なんかを目にかけているのかよく分からないのだ。
「お前、自分の才能に気付いてないのか? それとも私が嫌いで嫌がらせで言ってるのか? 」
俺の返答に自分の見る目がないと断じて認めないファリアさんは驚いたよう顔をした後、今度は勝ち気な眉をハの字にして不安そうに聞いてくる。
コロコロと表情が変わる人だな、でもその表情の一つ一つが絵になるのだからこの世の神様は平等とは程遠いのかもしれない。
いや、今は異世界にいるんだった。
これでは言い回しがおかしいかな?
ここは地球の神様は……か?
でもファリアさんは異世界の人なのだからそれでもおかしい。
この世界の神様達、実在して子供のように喧嘩してるから平等なんて考えてないだろうしな……。
心の中でおもいっきり脱線していると、ますますファリアさんの不安顔が暗くなっていく。
この表情も捨てがたいがなんか罪悪感が胸を刺す。
「ファリアさんを嫌いな訳無いじゃないですか! 」
俺はすぐにフォローすると彼女の表情がパッと明るくなる。
ヤバいこれ、本気で勘違いしてしまいそうになる。
演技だったら人間不信の女性恐怖症になる。
いや、演技だと最初から思っていれば耐えられるか?
「ならルイトは入隊勧誘を受けてくれるのか」
分隊と言うことは隊長+副隊長+隊員六人+新人二人って構成だよな。
今までこの新人枠でしか偵察とか出たこと無いけど、本当に俺で良いのか。
「俺、たいして役に立たないですけど良いんですね? 」
「良かった。君にしか頼めないと思っていたんだ副隊長の席。宜しく頼むぞルイト副隊長」
仕方なくファリア隊の隊員になることを了承した俺の言葉に被せるように我らが隊長のファリアさんは、いきなり斜め上から言葉を投げ落としてきた。
手榴弾のように俺の耳から脳内に侵入して爆発する。
「──は、はい? 副隊長は誰ですか? 」
聞き間違いかと聞き返す。ニコリと笑って俺をその細い指で指差すファリアさん。
「ルイト、君」
ファリアさんの顔はそれはもう素敵な笑顔でした。よくファリアさんの言葉を思い出してみる。
「……隊員を今募集中でな。ルイトを勧誘するための贈答品なんだよ」と「ならルイトは入隊勧誘を受けてくれるのか」だった。
確かに一度も隊員として勧誘している旨は言っていない。
「ファリアさん、狡いです」
「騙してないぞ私は。まさか男に二言はあるまい? 」
返答すると間髪いれずに返してきて不安そうな顔をする。
ダメだ、俺はいろんな意味でこの人に勝てる気がしない。
「わかりましたよ。やれば良いんでしょ」
ニコニコして喜んでいるファリアさん。
なんか非常に面倒くさい役職につけられた気がする。
あぁ、今日は汗拭いて早めに寝た方がいいかもしれない。
宿舎の方へ向かうためにファリアさんと別れようと手を持ち上げてその刀に気が付く。
「あ……。修練場に来た目的、忘れてた」
刀の性能の試し稽古の為に修練場に来たのだった。
時代劇とか漫画とかで構えやら殺陣やら見ているが実際にやるのは違うだろう。
その実際との差や性能の差を身体で確かめるため来たのだった。
月夜の下、異世界で産まれた日本刀『月華』がその美しい刃を現す。
白銀色の美しいフォルム。
その腹には実際の日本刀にはない深紅の魔導回路と思われる紋様が走っている。
思ったよりもずっと軽い月華の刀身に映る俺の顔。イケメンなら絵になってるだろうが俺ではな。
「本気でかかってきて良いぞ。副隊長の、──ルイトの本当の実力を見せてくれ」
目の前で鎧もつけない制服姿のファリアさんは、鉄製の練習剣を持って俺と向かい合って立っている。
「今回は最初から増幅かける。私の使えるのは參式までだが、レベル12のステータスが八倍になる。ギアは徐々にあげていくから凌いで見なさい」
そういうとファリアさんは右手の剣を床にトントンと二回打ち付けて俺に向かって走り出した。
「仕組みはわかってるけど俺、どこまで使いこなせるかね──」
腕時計のような魔道具を操作すると視界の隅にあらわれるこの世界の文字。
種族能力の欄をクリックして出てきた増幅の欄にもう一度クリック。
コレがファリアさんのトントンの理由だったのか。謎が解け少し嬉しくなった。
『増幅が選択されました。発動時間5分……カウントを開始します』
脳内に声が聞こえて視界の右端にデジタルの数字が並ぶ。
その横には再増幅の文字がある。いきなり世界が少し遅く感じる。
コレがブーストの世界か。
「やっぱり、この程度じゃ君は圧倒できそうにないねルイト」
迫ってきたファリアさんの太刀筋を見て月華の刃でそれを逸らす。
前回は本気の連撃で叩き落とされたと思ったが、同じ増幅された世界なら対応できる攻撃だった。
彼女の増幅はあと二段階。俺のはどこまで有るのだろうか? 少なくても弐式は使えるようだ。
基本レベルが違うと言うことは、倍加していく毎にその差は広がる。
俺のATXの数値47が壱式で二倍、弐式で四倍。それで188になる。仮に參式がいけたら376。
でもファリアさんはレベルでも俺の二倍弱である。ATXの数値は俺より低いって事はあるまい。
視界の隅でファリアさんの基本ステータスを覗き見る。
ATXの値は71。弐式で284、參式で568にもなる。
俺との差は倍加していく毎に大きくなるのだ。この差は実践でどう影響するのか?
そんなこんなで考えながら月華を構え直していると一度、体勢を整えるため後ろに退いたファリアさんの動きがまた一段階上がって迫ってくる。
「早いっ! 」
壱式で対応できる動きではなく俺も弐式で防戦する。
先程よりシビアな観察眼の行使、その連続攻撃を上手くいなして背後に回る。
神経が摩りきれるようなギリギリの攻防に鼓動が早くなる。
コレは思ったよりキツイぞ。
この時点で俺の立ち位置は中間地点で無くなったと自覚する。
俺の視界の項目にある再増幅の文字。
つまり俺もまだ倍加可能ってこと。
平均が弐式である中で基本壱式しか使えない傭兵団の戦士達。
弐式を使える戦士が大多数、次いで多い壱式しか使えない戦士達。
そして少数の參式以上を使える戦士の平均で弐式である。
「俺は望んでないってーの! 」
ギリギリでファリアさんの連続攻撃を躱して、時に流していなしていく。
あまりに早くて思考回路が変になっていく。
ギリギリのようで、まだまだ余裕があるような焦燥感が心を満たす。
『異世界からの不確定因子の解析に成功しました。新しい称号が獲得できます』
そんな中でいきなり脳内に響き渡る声が聞こえてくる。視界の隅にもう一覧、[YES][NO]の欄が追加されている。
なんじゃコレは? 不確定因子ってなんだ。
「まさかここまで余裕があるとは思わなかったルイト。考え事しながら私の攻撃をいなせるとはね。なら最後の本気の攻撃を見せるわ。私の本気も見せてあげる」
ファリアさんの攻撃は基本身軽な体躯を利用した高速移動と連撃を駆使したヒットアンドアウェイ戦法である。
つまり当てて逃げるの繰り返し。
増幅されて目で追うのが難しくなってくるが予測しやすいため、だんだん慣れてきている俺がいた。
視界の増幅の制限時間も迫ってきている。
そんな中でファリアさんの増幅が參式に昇って行く。
それを見ながらコレは無理だと俺は冷や汗が出てくる。
「さぁ、ルイトの限界を見せて」
涼やかに佇むファリアさん。その身体が動き出そうとした、その瞬間。
カンカンカンカンカン!!!!
フィフス砦に非常事態を告げる鐘がなった。
いきなり慌ただしくなる砦内にファリアさんと二人してキョトンとしてしまう。
「……あーぁ、これじゃ今日はお流れね。何があったか聞いてくる」
剣を鞘に納めて残念そうにしながらもファリアさんは妙にスッキリした表情で俺にそう告げて砦内に戻っていった。