故郷との邂逅
目立たない為に汗水垂らして鍛練して得た力が過剰状態だっただと。
断じて認めたくない、自らの過ちと言うものは認めたくないものだな。
そう頭を抱えて唸ってみる。
俺がこの世界に落ちて既に二ヶ月。
だが見方を変えるとたったの二ヶ月である。
かなり目立った驚異の成長をしてるって事になるのか?
いや、これは元の体の持ち主ルイス君の実力の賜物だったのかもしれない。
その実力に俺の鍛練の上乗せで過剰状態に陥って中間地点の突破をしてしまったって事だな。
うん、失敗は肉体と精神のバランスがとれてなかったのが原因であるのだ。
無理矢理、自分で自分を納得させ精神を持ち直した。
「つまり俺もその増幅ってのを使うと、胸にタイマー付いてる某宇宙人で巨大化するヒーローみたいな制限時間があるけど飛躍的に強くなれるって事でOK? 」
確認のため、食堂の席でうずくまっていた俺はケインに頭を抱えたまま向き直る。
それに引き攣った笑いを口元に浮かべてケインは返してくれる。
「例えのタイマーのくだりの言ってる意味はわからないけど、そう言うことになるね。今後、詳細を聞いてないと目の前で凹まれても困るしもう少し説明するかい? 」
そう言って種族能力の増幅についてさらに詳細を説明してくれた 。
人族では増幅は起こし、充たし、纏い、重ね、紡ぐの五段階までが現在確認されており、それぞれ倍々に基本能力を増幅出来ると言う能力である。
つまり最終的には基本の能力の三十二倍の力が理論上は瞬間的にだが使える計算になる。
しかし便利な能力だからと全てが上手くいく訳でなく、肉体を鍛えてないと倍加した能力に振り回される状態に陥ってかえって隙が大きくなってしまうし、さらに時間が切れると反動で物凄い筋肉疲労が襲ってくるらしい。
軽くて筋肉痛や疲労骨折、最悪だと肉離れや骨折するものもいる諸刃の剣でもあるのだ。
現在、この傭兵団の使える平均増幅の段階は“弐式”が主流。砦内で“参式”以上を使える戦士は片手で数えられる程度しかいない。
“伍式”のレベルに至ってはチート能力持ちの転送者の地球人が使えたらしい事が過去の文献に記載されているだけで、とても制御出来る増幅段階ではないらしく伝説級との事だった。
「ちなみに平均が“弐式”で大半の僕らみたいな一般の戦士は“壱式”増幅しか制御出来ない。使えないって事」
つまりは書くと二倍に強化されたケイン>俺>通常状態のケインって並びになるわけか。
食事を済ませて食器類を今日の給仕担当の傭兵達の洗い場に持っていったあとまた同様の席にケインと座り聞いていた強さ順に紙に書いていく。
仮に数値化すると100>60>50ってところか。
しかし俺のレベルは転送された当初から全く上がっていないのに何故、このような現象が起きているんだ?
この場合の成長ってのはステータス外の隠しパラメーターが存在しているってことか。
もう一度、ステータスをよく確認する必要があるかもしれない。
「ケイン、普通は通常運転で増幅状態の剣撃って受け止められるのか? 」
レベルが高くなって各種パラメーターが上がればあり得ない事ではない。
だがレベルの変動なくそれが可能なのか知りたかった。
ケインと俺のステータス上の差は殆どないのだ。
あるのは実戦の経験値と剣技の熟練度の差。この辺に隠しパラメーターが隠れているのかもしれない。
その辺の確認が必要だ。
「それは理論上は出来なくないが答えだね。実際にルイトがファリアさんの連撃を二、三撃凌いだって言ってたじゃん。鋭い観察眼や動体視力で相手の行動予測が出来ていれば可能だと思うけど実際は難しいと思うよ。まぁ、レベルが上がって身体能力の上昇がない状態でやってもほぼ不可能、無理」
つまりは実戦の経験値と剣技の熟練度の差とかではなく俺の埋没する才能の中核を担っている観察眼、コレが同レベル台の中でも突出した威力を発揮していると言うことに気がついた。
それで極めて低い不可能を可能にしたって事かな。
「俺の実力ってこの砦でどれくらい? 目立たない程度に収まっている? 」
衝撃の埋没する才能の副産物の有用生に気づいてしまった。俺は同レベル台の中で観察眼のせいで頭一つ突出してしまっているモブキャラになってしまっているのだ。
これは由々しき事態である。
「ルイトとの組手は妙にやりづらいんだよ。剣の振る位置を予測しているように防がれたり、剣を誘導されているような感覚になるからね。この辺は皆の共通している認識だね。ルイトは強くはないけど弱くもない」
そのケインのルイト評価に何とか目立たない程度に収まっていたのかとホッと胸をまで下ろした。
だが、そのままケインの話は続く。
「ルイトは通常状態でアレな訳だから増幅使ったら強いだろうね。何故か毎回、増幅を使わないで戦うからまだ基礎の反復でもしてるんだろう。末恐ろしい才能を持っているよ。的なのが皆の共通意見」
へ、皆常日頃からそんなにポンポンと増幅使って組手してるって事? 俺からしたら様子見段階から本気になりました的なあの動きの変化がブースト状態だったって事か。
「実際、ファリアさんの眼鏡に叶うぐらいだから上から十人以内に入るだろう才能だね」
ケインからの止めの一撃。
クラリとしてテーブルに突っ伏してKO状態である。
才能だけなら勝ち組だとか言われても、俺にとっては嬉しくもなんともない。
いろいろと付いて回る責任やらなんやらは今更、御免こうむりたい。
──そんな仕組み知らなければ良かった。
「なぁ、ファリアさんって何段階まで増幅出来るの? 彼女の実力ってどれぐらい? 」
テーブルに俯せに突っ伏したまま同僚のケインに話しかける。
夜も更けてきて人影もまばらになった食堂の中。
皆、各々の趣味やらなんやらの日常に戻っている中で親切に付き合ってくれる気の良い親友ケインに心の中で感謝しつつ、ふと頭によぎった疑問を投げつけてみる。
「それは……」
そこで一旦、口を止めるケイン。
ん、どうした? と顔をあげると食堂の入り口の方を見てるケインが見えた。
「……本人に聞いた方が良いと思うけど」
そう言葉を繋げて手でそちらを指しながら、俺にもそちらを見るように促してくるケイン。
その手に誘導されるように顔を入り口に向けるとたった今、話に上った人物が此方に向かってくるのが見える。
さすがに鎧は着けていないが傭兵団の制服を身を包んで颯爽と背筋を伸ばして歩く姿はやはり生徒会長のそれに見える。
惜しむらくは鎧を着るためだから仕方がない事だが、学校の制服のようなプリーツスカートではなくパンツスタイルである事だろう。
茶色いショートボブの流れるような髪と、細いが自己主張の激しさを物語るスッとひかれたような眉、形の良い透き通るような青い瞳。
165センチ程度の身長は均整のとれたスタイルで日本であったらモデルでもやっていそうな逸材である。
その秀麗な美貌の女性であるファリアさんは歩くだけでも華があった。そう戦場に咲く花のようである。
ふと我ながら上手く例えられたと自画自賛する。
でもどっかで聞いたフレーズだな? 映画かなんかだっけ。とか思っていると、そのまま俺達の話している席の前で止まる。
そしてファリアさんは拙い字で俺が種族能力の増幅について書きこみした紙を見て俺とケインを交互にみる。
「あーぁ、ルイトはとうとう仕組みに気づいちゃったか。何処まで成長するのか見たかったんだけどな。ケインの親切心が恨めしいよ」
あまり残念そうには見えないファリアさんは、笑いながらケインを見て皮肉っぽくそう喋って同じテーブルの向かいの席に腰を下ろす。
そんな動作だけでも映画か舞台の一シーンを見てるような感覚に襲われる。
「あぁ、ファリアさんの眼差しが痛い。はいはい、あとは若いお二人で。邪魔者は消えますね」
ファリアさんが座ると今度はピタゴラス装置のように代わりにケインが席を立つ。こちらの動作は、言ってはなんだが見事にモブキャラのソレである。
そばかすのある頬を歪ませながら笑って冗談を言って一言「おやすみ、またな。」と制服のズボンに右手入れ左手を後ろ姿のまま振って食堂を後にして行く。
「おい、ケイン。ルイトと私はそんなんじゃな……。」
「な、そんなムードのある場面でもないだろ。」
ファリアさんと俺が同時に抗議する頃には既に食堂の入り口を出ていくケインの後ろ姿しか見えなかった。
抗議するために二人して席から立ち上がってテーブルに手を付きながら、中腰にして向かい合っているままお互いに目線が合う。
「…………。」
「…………。」
美人のファリアさんと目線を合わせたままお互いに沈黙してしまう。
やや気恥ずかしそうな表情をしているファリアさんはとても可愛く見える。彼女にそんな気は微塵もないだろうになんだか変に誤解してしまいそうだ。
――――この沈黙が辛い。
「……え……と。それで何か用事が有ったんですか? 」
時間にしたら二、三秒程度だっただろうが、モブキャラ体質の俺には耐えきれずに先に気を逸らすため椅子に座り直しファリアさんの来た理由を聞いてみる。
「あ、ああ……。そうだった、実はルイトに渡したいものがあってな。君はニホンって国から精神だけが転送されてきたって言っていたのを思い出してな」
俺が座ってからおよそ一秒後、ファリアさんも再起動する。そして座り直すと手に持ってきた白い棒状の長い包みをテーブルに置いた。
慌てながら口元に拳をあて取り繕うファリアさんも可愛いものだ。
アレです、この凛とした美女の慌てるそのギャップが萌えと言うものだと俺は思うわけですよ。
ゴトリ……と重たいものがテーブルに乗っかる音。それと二ヶ月でも懐かしいと思える故郷の国の名前が望郷の念を強くさせ脳裏を掠める。
日本。棒状の包み。戦いのある世界。
過去にも存在していたと言われる転生者や転送者達。
確率は高くないけどその中に日本人がいた可能性はゼロではない。ならば神様の造った魔道具さえ量産してしまうこの世界の人族達なら再現しているのは自明の理。
開けて良いか聞くとファリアさんはコクリと頷く。白い布に包まれたソレの紐をほどいてスルリと引き抜く。すると予想通りの紅い鞘に納まった一降りの重厚な雰囲気を醸し出す日本刀が出てきた。
「……刀、この世界にもあったのか。」
俺は故郷の時代劇でよく見る懐かしい武器にこの日、思いがけず出会ったのだった。