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願うモノ、変わるモノ

 眠るように地に横たわるシノブの口から、鮮やかな血が流れる。その動かない身体から命が零れるように徐々に色を失っていく肌。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 なんだ? これは夢か?


 シノブの側に変わらず佇むノインに神憑るアシュレミアは、消えた命を弔う様な表情で、その肉体を見下ろす。


『お主、能力を使えなかったのぅ? 』


 そして俺に語りかけてくる。


『なんと言えば良いかの? お主の危険性は思ったほどでは無かった様だ。おめでとう、かのぅ? 』


 まるで垂れ流しにしているテレビかラジオの声の様に現実感がないアシュレミアの声が、聞こえる。


 脳内で無数の目を持つ黒い塊が嘲笑し、大声を上げ嬉しそうに笑い合っている。


「なんで……」


 膝から崩れ落ちる。


 身体の何処にも力が入らない。


『……残り二分と言った所か? やはり異世界人といっても只の人には変わり無かった様だのぅ』


 虚無感に覆い被され、四つん這いで地面を見ている俺。そんな俺に興味を失ったかのようにその口が言葉をかけてくる。


「……満足か? 」


 やっと口に出た言葉。唇がカサカサに乾いているようだ。


『ほぅ、精神的に壊れるかと思ったが、流石に精神体のみで異世界に渡ってきただけはあるのぅ』


 愉悦に満ち足りたアシュレミアの口調。


「俺を殺すつもりじゃ無かったのか? 」


 幽鬼の様に立ち上がる。目に見える光景は、何処か現実感が無い様に映る。


 俺は、既に使い物になら無かった過去の力にどれだけ依存していたのだろう。


 過去の出来事と深く結び付いて、俺の生き方を変えるきっかけになった生まれついて持っていた異能。


 あれ以来、使用するのを忌避していたが、全く使えないとは思わなかった。


『イレギュラーよ、お主はなにかと面倒な存在なのじゃよ。精神は異世界人だが、その肉体はこの世界の人族のそれ。下手すると神々の争いになるやも知れんからの』


 カラカラと笑うアシュレミア。


 そんな姿を見て心がざわつく。


「……笑えないだろ。お前らが、この世界を残酷なゲームに巻き込んでいる」


 ふと脳裏にヴァーンさんの言葉が浮かんできた。


『君はこの世界で、何を見て、何を感じ、何を成すか?』


 俺は、偶然の不幸に巻き込まれて、この世界の人間の肉体へと精神だけが飛ばされてきた存在。


 何処か当事者達から一線ひいていた。


 俺は結局、アシュレミアの言うとおり異物であった。何処かで楽しんでいた。


 そう当事者でなければ面白かったかもしれない。


 特に精神を抉るような今回のような出来事が起きなければ。コレが、生き死にの掛かっていない架空の世界なら娯楽の一つと割りきって楽しめただろう。


 だが、俺はここにいる。ここで生きている。


 そして目の前で、良く見知った同郷の相手――シノブが殺される瞬間を目の当たりにした。


 俺の願いはなんだ?


 俺は、地球でもこの世界でも良い。のんびりと目立つことなく穏やかな世界(・・・・・・)で、可もなく不可もなく楽しく過ごしたいのだ。


 その為に、何をすれば良い?


 一度、目を閉じる。目の前に佇むノインに憑依しているアシュレミアを睨み付ける。


 単純明快だ。この馬鹿げた神々の遊戯ゲームを終わらせる。


 この世界の争いの元は、俺の世界にあったどうしようもない宗教間の教義等で、引くに引けない紛争や民族同士の抗争の様な根の深い争いではない。


 この世界の争いには分かりやすい黒幕として、アシュレミアを含め、残り四柱いるだろう神様達の子供のような喧嘩がある。


 皆で仲良くなんて子供の幻想を語る気はない。


 だが、このルールはぶち壊せ無いだろうか?


 争うにしても各種族、各勢力の確固たる意思が付随した理由で、地に足がついた所までぐらいなら引きずり降ろせないか?


 神々の喧嘩の代理で戦争させられて命を落とす。これは大がかりな遊戯ゲームだと? 冗談を言うな。


 本当に生き死にが掛かっている遊戯ゲームなど根底から壊してやる。


「舞台が劣悪で、過酷なら生きやすいように変えてやる。この遊戯ゲーム終わらせる」


 俺は明確に、この世界でやるべき事を見つけた。


 色々と抑圧された感情が、シノブの死とアシュレミアとの戦いで氾濫を起こし溢れでてくる。


『ほぅ、この状況で光を失わぬのか? 』


 アシュレミアが俺を面白そうに見ている。


 意味の分からない状態で異世界に落ちた。


 生死に関わる神々の遊戯ゲーム盤の上に無理矢理乗せられた挙げ句、排除されそうになった。


 ゲーム的要素たっぷりの冗談設定まみれのこの世界で、本気のデスゲーム。


 戦わなければ刈り取られるだけ、誰しもが志半ばで戦死すれば決して末永く他者の記憶に残ることも無いだろう世界。


「先ずは、お前を何とかしなきゃいけないよな! 」


 また少し自分の中で何かが変わった気がする。自然とアシュレミアに対峙する力が沸いてくる。


 使えないモノにすがるのはもう辞めた。有るもので対処する。


『妾が、シノブを殺したから手出しできぬと思うておるのか? 』


 いや、そんな不確定すぎる情報で相対する気はない。


「馬鹿か。俺がそんなモノにすがる対応をするかどうかぐらいわかるだろう。自称神様? 」


 月華を構えて、自然体をとる。


『賢しいの。いや甘さを排除したと見るべきか? お主に一つ、良い事を教えてやろう。シノブはまだ厳密には“死んで”はおらんよ』


 そのアシュレミアの掌に淡い青白い炎がフヨフヨと浮いている。


『コレはシノブの魂じゃ。肉体的には活動を停止させたが、未だにここに魂は存在する』


 それを慈しむようにアシュレミアは眺める。


『肉体にも精神体にも守られぬ故に、儚いモノであるがな。何もない状態で維持できるのは、僅か数分であろうかの? 』


 アシュレミアはその場で、シノブの魂の為の檻を創る。


 鳥籠のようなそれに、そっとその魂を移し入れる。


 驚きはしなかった。最初から俺の危険性を判断する段階で、ルールの抜け道の手立てを手放すとは思っていなかった。


「それを返して貰おうか……」


 手持ちのカードを脳内の思考の場に並べる。それは散々たる状況だ。もう、殆ど手立ては無いに等しい。


 どうする?


 でも不思議と絶望感は無かった。


心的外傷トラウマの再発を確認しました。また精神に付随した壊れた能力プログラムを検出しました。修復リカバリーを起動しますか? 』


 こんな時に世界の声さんが、声をかけてくる。


 世界の声、コレは神様すら凌駕する存在システムであるらしい。アシュレミアは俺の脳内で行われている出来事に気づいている様子はない。


 相手は“読心”も持っている。


 読まれないぐらい深く心を静めて沈んでいく。視界に映り込む文字は只の[YES]や[NO]では無かった。


 その上に一文多く記載されている。


『この世界の改変を行う事に協力しますか?』


 再度、響く脳内の世界の声。


 迷う必要など無い。それは俺がこれからこの世界で行う目的と一致している。


「俺が世界の改変をしてやるよ! 」


 肯定と共に[YES]を選択する。


 どうやら、この世界のシステムを司る世界の声の奥に潜む何者かは、この世界の現状を嘆いているらしい。


 俺を、この世界に呼び寄せたのは、このシステム管理者かもしれない。


 でなければ、この瞬間に世界の声が声をかけてくるのはご都合主義も良いところだ。


 俺は過去の自分を受け入れる。


 今までも、否定をしていたつもりはないが、出来るだけ真逆の自分を演じて、自己防衛をしていた感は否めない。


 その中で出来るだけ目立たない為に、他者を観察し群衆の中間地点になるようにバランスを取ることに長けてきたのだ。


 今、本当の意味で、自分の強さも弱さも受け入れる。


「アシュレミア。悪いが、ここから先はお前の好きなようにはならない。俺が、この空間の支配者だ」


 脳内で俺の能力アビリティが変質していく。過去の俺の壊れた異能を取り込んでより強力に、より使いやすく応用力に富む理想のカタチを造り上げていく。


『やはり面白いなお主は。非常に好感が持てるぞ! 妾も余りに拍子抜けで、意気消沈していた所だ。その破綻している精神でどこまで購えるのかの』


 そのアシュレミアの姿は、壊れかけの玩具がまだ動く事に喜んでいる子供のようだ。


「慌てるなよ」


 ゆっくりとアシュレミアに向かって歩く。


『策も無しに近付いて来て、どうするつもりだ? 』


 怪訝な顔で俺を見るアシュレミア。その手にシノブを屠った光の玉を携えている。


 だが、それは俺を捉えられない。


「言ったろ? シノブを返して貰うってさ」


 月華を構えたまま、迎え撃つアシュレミア目掛けて駆け迫る。


 目を細めて哀れみの表情を浮かべるアシュレミア。


『力の差もわからなくなったかの? うつけが!』


 そんな俺に掌をかざすアシュレミア。だが、光の玉は俺をすり抜け空を穿つ。


 その隙をついて、アシュレミアの脇を駆け抜ける。


 勿論、ただ単にアシュレミアの脇を駆け抜けた訳では無い。更新されて強化された能力アビリティの“陽炎かげろう”を使用しながらである。


 “陽炎”の行動制限は解除された。今は移動時でも自由に使用できる。


『イレギュラー。何をしたのだ? 』


「だから言っているだろ。シノブを返して貰うって。長生きしすぎで難聴か? 自称神様」


 隙をついて、この空間からシノブの肉体と魂の入った檻を“収納”で回収する。


 更新された各種の能力アビリティは、その制限を解除されているらしく、チート能力に勝るとも劣らない性能を見せる。


『ほぅ、神の妾を出し抜くか。さっきまで、幽鬼の様だった癖に、ほざくのぅ! 』


 つい先程、そこまで絶望感を感じなかった直感が確信に変わる。


 戦い方次第で俺は神も凌駕出来る。


 振り向き様、収納の空間を開く。そこに月華を突き立てる。


『ぬぅ、何をしているのだ』


 理解出来ない行動に眉を潜めるアシュレミア。そんなアシュレミアの背後から月華が突き出される。


『奇術の類いで何とかなるとでも思うておるのか? 』


 アシュレミアの反応は早く、只の刀の一撃など何でもないと魔力を集め、防御壁を展開する。


「その奇術に食われるんだよ。お前は!」


 俺の月華がアシュレミアの強力な魔力壁をガリガリと食っていく。


 “収納”も更新によって展開する使用範囲の制限が解除された。


 今、やっているのは、月華の剣先に展開した収納口による魔力壁の収納である。さながら月華が、魔力壁を食い破りながら進んでるように見えるだろう。


『気味が悪いのぅ』


 たまらず月華から離れるアシュレミア。そこにすかさず別の収納口を開いてアシュレミアの精神を直接、食らう。


「俺の能力アビリティはさ、生物は食えないんだけどね。神様は生き物の分類に入らないと思うんだよ」


 アシュレミアの憑依するノインの左腕が力を失った様にだらりと弛緩する。


 ノインを動かしているアシュレミアの精神を直接、食ってやったからだ。


『何だこれは? イレギュラーよ。お主は神を喰らうと申すか』


 痛みは無いらしいが、自分の一部を食われた事に声色が変わっている。


 直ぐに残りの存在を希薄してノインの肉体を満たし、対応してくるアシュレミア。だが、交戦前の地上の生き物全てを見下したような表情は影を潜める。


 お互いに向かい合ったまま、時が止まる。


 奴の顕現していられる時間は、そろそろ終わりを迎える。


『……ぬぅ、今日は終いじゃ。あちらの世界から持ってきた力は使えないとわかったが、お主の危険性は把握できた。次は必ず排除出来る様に準備するとしよう』


 最後に苦虫を噛み潰した様な表情を向けてくるアシュレミア。


 捨て台詞の様な言葉を吐き捨てたと思った次の瞬間には、その重々しい空気が演習場から消え去り、憑依されていたノインが力無く俯せに倒れ込むのだった。

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