圧倒的な存在
生死をかけたゲームか。
『ちなみに、忠告を一つ。織坂 忍よ。お主がここから逃げ出しても必然的に敗けじゃ。自害するのも辞めておいた方が良い。そう言う風に召喚した時にお主には細工してあるからのぅ』
最初から考え付く抜け道の穴を塞ぐ様に俺達に、特に忍に釘を刺すように忠告して、涼しげに笑うアシュレミア。
この辺は予測している。
アシュレミアがここで力を使う為には忍の存在は必要不可欠。最初から何かしら対策していると思っていた。
「ゲームのルールや時間は教えてくれるのか? 」
あの存在を受け入れる器が何時間、いや何十分も持つとは思えない。
『そうじゃの……。時間はこの夢魔族の娘の体力的に考えれば、残りおよそ五分と言った所か? 』
アシュレミアが右手を見て握り直しながら確認する。
「文字通りの“神の試練”とはね」
多分、コイツは俺をこの世界から排除するかどうか迷っている。
そうで無ければ、先ずもってこんなゲームの提案自体が成り立ってない。
俺にも忍にも姿を見せずに、不意打ちした方が確率も高く、難易度は格段に易しいだろう。
『処遇を決めかねているのは確かじゃ、お主の戦い方は面白いからのぅ。しかし、神と対峙する時間が五分。普通の人間なら確実に人生終了コースじゃがな』
俺が思考を開始すると、いきなりノインの身体を行使するアシュレミアが目の前に現れ、目を細める。
「ちぃ、“読心”や“縮地”のような力も持っているのか? 」
奥歯を噛み締めながら慌てて距離をとる俺の隣で、忍が具現化したライフルを構えて、そのアシュレミアを撃つ。
しかし、神様憑きのノインは、その場から動く気配すらない。
「さすがは自称神様、何でもありの総合百貨店みたいだね」
忍は効かない攻撃に苦い顔をして、超然と佇むアシュレミアを睨み付ける。
撃ち出した弾丸を、労せず身に纏う魔力の障壁で受け止めるアシュレミア。
徐々に威力を消され重力に引かれて弾丸は地面に落ちていく。
『イレギュラーよ。良くも修正不能なほどに歪んでいた忍をここまで元に戻せたものだな』
右手を前に無造作にかざす。距離など対して問題ないとばかりに、先程同様に魔力の塊を撃ち出してくるアシュレミア。
それを近距離で巨大な盾を具現して耐える忍。
そんな忍を見ながら、戦っている様子など微塵も見られない口調でアシュレミアは続けてくる。
『だが、コヤツのやった所業。確かお主、“胸糞悪い”やら“気分が悪い”とか言って無かったかのぅ。それでも許せるのか? 』
「……! 」
確かに忍がアドナイの街の住人に対して行った、俺をおびき寄せる為だけの罠。
人間をゴブリンへと変成させ、そして殺し合わせると言うのは人道に反している行為だと思う。
全く禍根を残さず、許されるものではないと思う。だが、それでも罪とは生きて償うものだと俺は思っている。
過去に犯した失敗の清算の為にと、命を断つのが贖罪になるなんて思わない。
そんなのは逃げてるのと同じだ。
必死に持ってる能力で耐えながら、返事を返す。
「過去の俺の性格なら無理だったろうな。でもな、それを言ったら俺の心的外傷の原因になった“あの事件での俺の行為”も大概だと思うんだよ」
既に過ぎ去った出来事。それを見て見ぬふりなど今更、出来るはずはない。
『ははっ、お主。理知的な平等主義に見えて結構、破綻しておるな! 』
満足気にアシュレミアは笑う。
この戦いが終わった後の話になるだろうが、忍にはアドナイの人々に謝罪をさせるつもりだ。
道理が通らない。そう言われてしまえば仕方がないだろう。謝った所で元に戻せるモノばかりでも無いと思う。
だが謝罪が無意味だとしても、今の俺が俺で有るための持論を曲げるつもりはない。
「俺は、こう見えても我儘だと思っているよ」
そうすると決めたから、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。
今、手持ちのカードはいくつある? そもそも神様のアシュレミアに効く能力などあるのか?
唯一、効きそうなのは爆弾付きの本来、俺が持っていた奥の手と、神様相手でも負けるつもりはない思考処理ぐらいではなかろうか?
しかし、良く喋る神様だ。
「……そうか、俺の性格や考え方の確認が本来の目的だって事か? 」
アシュレミアの目的。
得体の知れないモノは排除しておいた方が杞憂は少なくて良い。
だが、一番はこの世界のルールにすら影響を及ぼす可能性がある異能を持つ俺の本質が、どれくらい危険物かどうか見極める気でここにいる。
『本当に嫌になるぐらいお主、やりずらいの。それも能力補正があってのモノかのぅ。いや、お主の性格があっての能力じゃろうの? 』
目的を見つけ出して、少しは表情を変えられただろうか?
さっきから攻防は精彩を欠いている。どちらかと言うと口撃主体の戦場である。
だからと言って、アシュレミアの攻撃は気を抜くと命を持っていかれる危険性を無くした訳ではない。
ギリギリの緊張感の中で余計な思考も合わせて行わなければならない為に、疲労感が重く押し掛かってくる。
『その生き方を異世界に来てまで貫く姿勢、余程、他者の視線を集めるのが堪えておるらしいの? だが、目立たない様に生きるか……“力を持つが故に”の枕詞無しで使うと傲慢な物言いよのぅ』
「悪かったな! 俺は臆病なんだよ」
他人に観察、分析されるのがこんなにやりずらいとは思わなかった。
俺は自分を保つために、今の俺を選んだ。あの期待と裏切りの嘲笑の視線をもう一度、受け止められる自信がない。
『おお、二分も問答で費やしてしまった様だの。そろそろお遊びは終いじゃな。イレギュラーよ。お主の危険性、判断させてもらおうかのぅ』
いままでに行っていた魔力の塊の放出を止めて、アシュレミアはゆっくりと動き出す。
俺に――では無く。健気に応戦している忍に対してである。
「僕の事、さっきから無視していたくせに! いきなり矛先向けてくるなんて、なめるのも大概にしろよ! 」
具現化させた巨大な竜に乗る忍。
その髪が舞う。鎌首をもたげ高く嘶く竜。
先程からさまざまなモノを具現化して応戦しているのだが、アシュレミアにはどれも届いていない。
防御の方は特に危なげ無い様に見えるのだが、攻撃は不自然にどれも通らない。
チート能力が完全に無力化しているのだ。
『それは妾が与えた恩恵。自らに向けられた際の対策を取っていない訳はあるまいて』
竜の咆哮と共に炎の息がアシュレミアを襲うが、それも届かない。
『妾に向けて恩恵を使用しても、本来の威力の千分の一程度の性能しか発揮せぬわ』
唯一の応戦手段を無力化されては、対抗する手段はない。神様とその他の生き物との間に、どれだけ力に差があるのかなんて想像するだけ嫌になる。
『イレギュラーよ。これから妾は忍を殺す。止めて欲しければ、お主の力で止めてみよ』
「な! 」
忍とアシュレミアの接触するまでの距離はおよそ十メートル。
俺の位置から駆けて行って、間に合うかどうかの距離だ。
考えてる暇はない。つまり俺がギリギリの状況でどう対応するかをアシュレミアは見たい様だ。
「何も出来ない子供じゃないんだ。簡単に死んでたまるかよ! 」
忍は余りにあっさりと死刑宣言したアシュレミアを睨み付ける。
『そうじゃの。お主の本来の能力の方なら対応可能かもしれんの? じゃが、この広場に具現化したモノ以外何がある? 』
そんな忍へと返答しながら、両手を広げて演習場を見回し、肩をすくめる。
その間も忍へゆっくりと歩を進めていくアシュレミア。
その掌に淡い野球ボール程度の光の玉が出現する。
『そもそもここ数年、引きこもっていた身体で、恩恵無しになんとかなるとでも思っておるのか? 』
無慈悲な美貌。ノインの顔で忍に語りかける。
「嫌だ! 嫌だ! 僕は駒じゃない。お前みたいなのが僕を殺せるはず無いだろう」
忍に購えるカードはない。俺が何とかするしかない。
『ふふ、どこか常日頃から余裕が有るのは、奥の手と呼んでいるその枷付きの異能のお蔭かの? 』
駆ける俺の背後でアシュレミアが語りかけてくる。
「どこまで規格外なんだよ! 」
忍の前にもアシュレミアは存在する。そして俺の背後にもアシュレミアは存在していた。
既に高速移動など通り越して並列存在レベルの動きである。
『これでも自称神様なんでな、してイレギュラーよ。その枷付きの能力は本当に使えるのかのぅ? 』
覚悟を決めたとは言え、その不安と恐怖だけは拭えていない。
俺の心は保つのか?
「――それでも、ここ一番で切らなきゃいけないカードを切らないで大切なものが掌から零れたら、俺の心が死ぬんだよ! 」
俺の魂に付随した異能を使う。
神様に危惧されるお墨付きの能力だ。
これは、この世界の何者に対してもそれなりの効果を発揮出来るだろう。
それと同時に俺はあらゆる勢力に目を付けられる可能性を、自ら世界に示す事になる。
脳裏に黒い塊が這い出して来る。
吹き上がった黒い塊は無数の目を持っていて、罵詈雑言を浴びせてくる。
くそ、邪魔だ。今、相手をしている暇はないんだ。
今使わないでいつ、使えるって言うんだ。
『ほれ、忍の命は風前の灯火じゃぞ』
背後にピタリと寄り添うアシュレミア。
そんな俺の前で光の玉を掲げて、忍の具現化していた竜をいとも容易く消し飛ばすアシュレミア。
忍とアシュレミアの対峙する場所までの距離は二メートルにも満たない。
自分の身体が重く感じる。
「増幅が使えれば、間に合うのに! 」
忍との対戦で、増幅は既に打ち止めだ。
連続使用出来るほどレベルは高くなく、身体が丈夫でもない。
「使うんだ! 類斗!!」
怒鳴るように、自分で自分に命令する。
しかし、手が振るえる。視界が霞ががる。使いたいのに、使えない。
冷や汗が出てくる。
何をやっているんだ? 俺は……。
正直、軽く考えていた。俺は……俺の心は、こんなに深く傷ついていたのか?
込み上げる恐怖。何も出来ない焦燥感。
そんな俺の視界の中でアシュレミアの光の玉は忍の胸部にのめり込んでいくのだった。
届かない手が空を彷徨う。
そんな俺の目の前で、人形の様に事切れて地面に倒れ込む忍。
スローモーションの様に流れる時間。声になら無い声が自然と口から漏れて行く。
俺の中で――――何かが、ブチブチと切れていった。




