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動き出す神様

 起き上がらないノインに緊張を緩める。脱力感はあるが、動けないほどではない。


 ノインは女性型が基本形態らしく、今は扇情的な衣装を着たまま俯せに床に倒れている。


「ルイトが心配だ。レイラ、あちらに向かうぞ」


 増幅ブーストの影響で、いつもより重く感じる身体を動かす。


「? 待って、ファリア。なんか様子が変だ」


 その部屋を後にしようとする私の事をレイラが制止する。


 レイラの目線の先に目を向けると、そこには微動だにしなかったノインが立っていた。


『やはり排除しなければ危険な存在の様だの。実に面倒な者が入り込んだものだ』


 その焦点の合わない虚ろな目から、気絶しているのがわかるノイン。


 しかし、その口から別人の声が聞こえてくる。


「ファリア、なんだろこれ? アタシ……震えが止まらないんだけど」


 レイラだけじゃない。私も同様である。


 ノインは強者だった、まともに戦ってたら負けていた。


 でも今のノインはそんな事を考えるまでもなく、本能が戦う事を拒絶しているような恐怖を覚える存在感を纏っている。


 はっきり言える。次元が違う。


『そうそうお主ら、なかなか見処があったぞ。妾の勢力は個体性能が高い者が多いゆえに、策や罠と言ったモノには疎くてな。これも良い教訓になるじゃろうて』


 ノインは目を閉じ、再度、開くとそこには血の色のような怪しげな眼光が宿る。両手を何かを抱える様に上げて視線を落とす。


 身体の性能を確認する様にゆっくりと動かしていく。


 そして、確認が終わると私とレイラを見て満足げに笑うナニか。


「……魔界の神様? 」


 ボソッと呟くように、レイラがその相手の正体を確認する様に声をかける。


『ほぅ、勘も良いの。強く有る者が妾は好きじゃ。主らには褒美を取らそう』


 無造作に広げられたノインの掌から光が零れ、フヨフヨと漂って私とレイラの胸の中心へと染み込んでいった。


「「……っつ? 」」


 いきなり聞こえる世界の声が、能力アビリティの変化を伝えてくる。


 レイラも同様に、なにかしら世界の声を聞いているらしく、その変化に眉を潜めている。


『お主らの好いた者との手切れ金も兼ねておる。遠慮するものではないぞ』


 そう言いながら私とレイラの間をすり抜けてルイトが戦っている演習場へと歩を進めるノイン。


「な、どういう事? 」


 不吉な事を言うノインに憑依している魔界の神。


 ルイトをどうにかするつもりだ。嫌だ、させない。そんな事させない。


 でも足が動かない。身体が動かない。


『これから起こる事を見るのは少し酷だろうの。お主らは暫し寝ておるが良い』


 後ろ姿のまま指を鳴らされると、私とレイラは何の抵抗もなく深く夢の世界に落とされるのだった。



 シノブとの長いような短いようなキスをしてしまった俺は、混乱しながらも改めて罪悪感からその頭を撫でた。


 そんな俺達のいる演習場へと続く出入口から、シノブの側にいたサキュバスのお姉さんが姿を現す。


「ノイン、類斗ルイトに付いていた二人はどうしたの? 」


 サキュバスのお姉さんに俺の上着を羽織ったままシノブが声をかける。


 凄いな、世界の声さん。本当にあのトゲトゲしたシノブの口調が女の子っぽく柔らかくなっている。


『あの二人なら眠ってるわよ』


 そのノインの声を聞いたとき俺はひどい違和感を覚える。


 サキュバスへと駆け寄って行こうとするシノブの細い手を掴み制止する。


「待て、シノブ。ソイツはお前の知っているサキュバスじゃない」


 本能が警告を鳴らす。全身の肌が粟立つ。


 例えるなら仄暗い深い森で、物陰からこちらを狙っている肉食獣に狙われているような感覚だろうか。


類斗ルイト、何を言ってるんだ? どっからどう見てもノインはノインだろ? 」


 その可愛いクリクリとした童顔の美少女であるシノブの目に、困惑が浮かぶ。


「……中身が全く別人だ。いや、人ではないのかもしれない」


 頬を流れる汗。ひどく冷たく感じる。


 距離にして出入口から出て、そこで立ち止まっているノインと俺達の距離は約十メートル前後。


 だが、そんな距離など無いような優惧がそこにはあった。


『隠していても気付くのか。やはりお主は危険じゃて、イレギュラー』


 吹き上がる禍々しい魔力。目には見えないはずの魔力でノインの周りの空間が歪む。


 冗談じゃない、これは既に魔力の域を越えている。妖気、神気の類いか?


 空気がひどく重い。


「お前は自称神様? 」


 隣のシノブも解放された妖気に気が付く。鋭くノインへと視線をぶつける。


『久方ぶりだな、織坂オリサカ シノブよ。この世界に召喚して以来か』


 どうやらシノブにチート能力を与えた張本人らしい。


 何のために直接、出てきた。目的は俺か?


 シノブを薄く笑いながら一瞥して、視線を俺へと移してくる。


『天上にある我らの住まう地より見ていたが、妾の与えた恩恵ギフトを手持ちの能力アビリティだけで打ち破るとは心底、驚いたぞ』


 わざとらしく手叩きで賞賛してくるノインに憑いている神様。


「そいつはどうも。で神様が直接、顔出してきた理由ってのは教えてくれるのか? 」


 シノブの手首を掴んでいる掌が汗で湿っていく。


『イレギュラーよ、慌てるでない。と言ってもあまり地上に顕現出来る時間もないのも事実ではあるがな』


 この世界で行われている遊戯ゲームプレイヤー(神様)が参戦してきた歴史は、いままでに俺の見てきた文献からは読みとれていない。


 これは、この世界が始まって以来の出来事といっても過言ではない。


『妾はこの世界の一柱、魔界の神アシュレミアと言う。出てきた理由は単純明快じゃ』


 ノインの顔で涼しげに笑う神様アシュレミア。


 地上に生きてる者が購える術など無いと、高を括っている表情を浮かべる。


『……この世界から消えてくれんかの? 』


 小首を傾げながら、人差し指を向けられる。


 俺の本能が焼けつくような危険信号を発する。


 タメなど一切ない純粋な魔力の塊が襲いかかってくる。


 咄嗟に“陽炎かげろう”を張って、更に月華に魔力を流して防御壁を展開。“収納”でその理不尽な暴力を吸収する。


『この状態からでも冷静に対応するか。遊戯ゲーム盤の駒としては優秀で、見ていても楽しいのだがな……』


 特に俺の不意打ちに対応する行動に驚くこともなく、予想していたとばかりに淡々と喋ってくるアシュレミア。


 これは想像以上にやりずらい。


 全能ではないが、ほぼ理想通りのチート能力を転送者や転生者に付与出来る相手だ。何が出来ても不思議じゃない。


「冗談きついでしょ。俺が何かしたのか? 」


 本気で止めてほしい。


 俺みたいなモブキャラに対して、神様が自ら赴いて排除に動くってどんな悪夢ですか?


『お主は、まだ何もしてないよ。だが、その身に宿すソレ(・・)をこの世界で使用されては、遊戯ゲーム自体が成り立たなくなるおそれがあると妾は思うのじゃが、どうかの? 』


「っつ!!」


 さすがは“神”と名乗るだけはある。


 必死に封印してある俺の爆弾トラウマ付きの異能の力を的確に把握しているらしい。


「ちょっと、自称神様。直接、遊戯ゲーム盤へは手出し出来ないから僕を呼んだって言っていなかった!」


 俺とノインに憑依しているアシュレミアの会話に割って入るシノブ


 シノブの言うことは最もである。

何故、いままで起こしてこなかった行動を、今になって起こしているのか?


『確かに、この世界の生き物に我ら神々が自ら手出しするのはルールによって禁止されている。じゃが、抜け道もあってな』


 そのシノブの疑問に答えるアシュレミア。


『自らが召喚した外世界の生命に対しては気兼ね無く、力を行使出来るのじゃ。その過程で周囲にも影響が及んだとしても仕方のない事になる。と言う抜け道がのぅ』


 これぞ裏技。とばかりにはち切れそうなノインの官能的な胸を張るアシュレミア。


 そして嘆かわしいとばかりに片手で顔を覆い続ける。


『勝てなかったばかりか、排除したいイレギュラーに籠絡された駒など不要じゃろう? 』


 その手の指の間から覗く瞳は、シノブを見下しているようだった。


「なんだと! 」


 そのアシュレミアの物言いに憤慨するシノブ


 つまり俺の排除にシノブを利用し、それが無理ならシノブごと俺を直接排除に動けると言う最初から二段構えでいた訳か?


 コイツは世界を巻き込んで喧嘩をしているわりに、知能は決して低くなくむしろ高い。何よりも良い性格している。


 喰えない神様だ。


 しかし言葉といい行動といい、非常に人間臭い。


 シノブではないが、自称を付けたくなる気持ちがわかる。地球にいたときの神様のイメージからは程遠い相手である。


 いや、ギリシャ神話辺りの神様ならこんな感じだったかな?


 まぁ、会話してみて全能ではない裏付けが取れた気がする。


「抜け道とかせこいな。神様でもルールは破れないんだな! 」


 先程、収納したアシュレミアの魔力を解放して反撃して様子を見る。


『ふん、なんとでも言うが良い。神も崇められぬ異物が! 』


「俺も好きでこの世界に来たわけじゃないんだけどな。一つだけわかったよ。お前みたいなのが神様やっているこの世界は、不幸だってね」


 俺の反撃した暴風のような魔力の奔流の中でノインの髪がなびく。


 だが、その身から涌き出る魔力の膜に包まれたノイン本体のアシュレミアには届かない。


 最近の俺にしては、柄にもなく怒りがこみ上げる。


 コイツは俺の知己で、俺への恋愛感情で情緒不安定になっていたシノブを呈の良い駒としては利用していたのだ。


 相互に利用する関係だったのかもしれないが、俺の排除の為にシノブも排除する対象だと、自らが呼び寄せた癖に不要だと言っていたのだ。


 馬鹿にしている。


 コイツに勝てるのか? いや、勝算の計算など二の次だ。


 突如、現れた難敵に、無意識に笑みが零れる。


類斗ルイト!!」


 いつになく熱くなっていた俺の頬に、シノブの張り手が飛ぶ。


「痛いぞ……」


 ヒリヒリする頬。しかし、目が覚めた。


 心的外傷トラウマの原因、失敗した過去。俺の本性の危うさをシノブは知っている。


 過去の俺の性格、そして失敗して形成された今の俺の性格。どちらも否定できない俺自身である。


「僕のために怒ってくれているなら余計なお世話だ。お前、その性格のせいで僕達に迷惑かけた自覚あるんだろ」


 隣のシノブは、やや顔を赤くして嬉しそうにしながらも真剣に俺を注意してくれる。


 そうだった。怒りが冷めていって気付く。


 怒りに任せて戦った場合、間違いなく俺は自らがどうなっても良いぐらいの戦い方をするだろう。


 それぐらいの狂暴性を過去の俺は持っていた。それを押さえ込んでいる。


 あの頃の自分では駄目だ、冷静になれ。


 観察眼と高速思考処理を駆使して状況を分析する。


 神はこの世界の生き物に力を行使出来ない。例外は自らが召喚した異世界人に対してのみ。その際、周囲に被害が及んでも仕方のない仕様。


 ふと気付く。周囲に自らが神憑るノインは含まれているのか?


 ならば先程、神様コイツが言った顕現していられる時間と言うのは、ノインの心身が壊れる前まで、ではないのか?


「……試しているのか? 」


 アシュレミアを見ると、その微笑みが肯定を物語っている。


『妾が本気を出したらこの街など一瞬で消し飛ぶ。だが依り代の夢魔族サキュバスの娘の肉体はもちろん耐えられん。何よりも人族の神がそんな事をしたら黙っていまいて』


 とんでもない性能をあっけらかんと言い出すアシュレミア。


『これはお主と妾のゲームじゃ、死ぬ気で購ってみよ。制限時間内を生き抜いたらお主の勝ち。殺されたら敗けじゃ』


 隣のシノブも臨戦態勢をとる。


「やっと通じた想い。散らしてたまるか! あとはどうやって帰るかだけなのに」


 あぁ、シノブの中では既に両想いになってる訳ね。これ、生き抜いても修羅場が待ってる気がする。


 それはソレで頭痛の種だが、とりあえず今は棚上げして置く。


 ここを切り抜けないと心配するだけ無駄なんだよ。

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