女の戦い
知らないところでライバルが増えている気がする。
なんて言うことはないが一瞬、言い様の無い不安が過る。
時間は少し遡る。
アタシとファリアの前に夢魔族のノインと呼ばれる女が立っている。
「しかし、貴女達二人とも美人ね。私、ガチガチの戦闘って好きではないのだけど」
異性の目をひく、ボディラインのよく分かる革製の超ミニのスカートから覗く長い足を組みながら軍部本部の机の上で浅く腰かけて余裕を見せている。
「ルイトがお前の相方のシノブと呼ばれる異世界人を何とかするまで大人しくしてくれると言うなら、戦う必要はないが……? 」
隣のファリアは生真面目な性格なので、その中身の無い夢魔族の言葉に律儀に返答として提案している。
「いや、ファリア。わかっていると思うけど、アイツの言葉はただの建前だからね」
ファリアが完全に鵜呑みしている程、考え無しって訳では無いのは理解しているが、変なところで真っ直ぐなので一応の忠告はして置く。
アタシは傭兵の中ではしがない一般戦士だった。ファリアやルイトの様な上級戦士には成れなかった。
魔界勢力の主要魔族の一角を相手に上級戦士のファリア抜きで相対できると思うほど無謀でも馬鹿でもない。
一般戦士と上級戦士の差。それは参式以上の増幅が出来る事と、戦闘に役立つ能力を持っているか否か? が大きな分類上で存在する。
努力と慣れである程度はモノになる増幅の方は置いておくとして、能力が芽生えるのは遅くてもレベル10前後だと言われている。
コレの有無で一般戦士と上級戦士の道は大きく変わる。
上級戦士は将として、最終的には砦の責任者にも成れるが一般の戦士は何処まで言っても結局は駒でしかない。
更に、そこに素行の悪い行動が組み合わさればアタシらのような存在に簡単に落とされてしまう。
あぁ、今思い出しても不快感しかないや。
「頭の存在はアタシの希望なんだ。この世界の常識に囚われない思考、いずれ私達の境遇を何とかしてくれる可能性を秘めた器なんだ」
自分に言い聞かせる様に闘気をみなぎらせる。
人族の闇の部分を何とか出来そうなナニかを、その深い黒色の瞳の奥に隠し持っている気がする。
「レイラ。そんな期待をルイトに持ってたのか」
本人の前では恥ずかしくて言えないが、あのミノタウロスとの戦闘している姿を見て、心底惚れてしまった。
力でねじ伏せるのでは無く、戦闘中に罠に嵌めて倒す。
「単純に力比べならファリアのが多分、頭より強いだろ? でも、実際に相対したときファリアに頭が負けている姿を想像出来ないんだよ」
頭なら実態の無い七国機関の闇でさえ、罠を張り策を労し息の根を止めれるんじゃないか? そう期待をしてしまう。
「貴女達、あの男の子が好きなのね。良いわね」
長剣を構えたファリアと戦斧を構えたアタシのやり取りを聞いていたノインが、机の上から腰を上げて自分の両腕を抱きながら恍惚に満ち足りたような扇情的な表情を見せる。
「その淡い恋心。砕いて千切って散らしたら……さぞ、素敵な顔が見れるかしら! 」
そう言い放つと同時に、ノインが軍部本部の事務所のような床を駆け抜けて迫ってくる。
「こんなところで魔族の一人と戦うとはな。ルイトに任された以上は無様な姿は見せられない」
相対するように剣を構え待ち受けるファリア。
ノインとファリアの接触は一瞬。
激しい金属の擦れ合うような音が部屋中に響きわたる。
「夢魔族って思ったより速いね。増幅も無しじゃ、ぜんぜん捉えきれないよ」
ファリアの剣とノインの鋭い爪が打ち合い、その隙をついてアタシの戦斧をノインのいた空間へ叩き下ろす。
それを難無く横に反れてノインは躱し、その背の羽を広げて中空に浮遊している。
あの頭の仕止めたミノタウロスでさえ分隊単位で相対する魔物だったのに、魔界勢力上位の魔族相手に傭兵二人だけで挑んでいるのだ。
頭の戦い方、生き方に惚れたとは言え、この困難な相手と律儀に相対しているアタシも大概一途だね。
「いいわ。ちょっと私もやる気になっちゃった」
ノインがその長い爪を男を魅了するような唇から出した舌でペロリと舐める。
「ねぇ、夢魔族の能力って知ってる? 」
軍部本部の中空に浮いたままノインはアタシ達を見下ろして話しかけてくる。
「別名は吸精鬼。エッチな夢を見せる能力だろ!」
顔を真っ赤にしながら答えてるファリア。
なんで、律儀に答えるんだろ? なんでスルー出来ないんだろ?
「私達の種族って男女の区別がないのよね。そして何も男性からしか精神力、つまり魔力を吸収出来ない訳ではないのよ」
そのノインが言葉を発した瞬間、ノインの官能的な女性の姿が消える。そしてイケメンの上半身裸の男性が姿を現す。
「形態変化完了。私としては、やはり女性の相手をするときは男性型夢魔モードでヒイヒイ鳴かせる方が趣があると思う訳ね? 」
冗談じゃない。頭以外の男性の相手をする気など毛頭ない。
「――生憎と間に合ってるよ」
戦斧を振り回してノインへと斬りかかる。
「貴女達が勝手に名付けた女性型夢魔の時の方が速度は高い。そして、この男性型夢魔モードの時は筋力が高いんですよ」
男性化したノインはそう言いながら簡単にアタシの戦斧の刃を手のひらで鷲掴みにする。
動かない戦斧に冷や汗が出る。
「レイラ!」
そんなアタシの窮地に、ファリアは援護する様に魔法を発動して助けてくれる。
ファリアの空気を圧縮した魔法がノインへと撃ち込まれる。
「魔法ね、人族にしては優秀な部類だ。こちらの淑女も何か能力を持ってたりするのかな? 」
口調も変えてくるノイン。その人を食ったような態度も癪にさわる。
「アタシは劣等生なんでね。愚直に戦う以外、出来ることなんてたいしてないよ!」
戦闘で必要なのは力だけじゃない。戦略を用いて策を、罠を張って勝ちをもぎ取る。
ルイトの頭の様に鮮やかに戦況を支配出来る程、頭の回転が速いわけではないが諦める訳にはいかない。
アタシはファリアと一緒にここを、このノインの相手を頼まれたんだ。
ファリアの魔法は、夢魔族のノインでも効くらしくアタシの戦斧から手を離して回避行動を取る。
「レイラ。大丈夫か? しかし想像以上だな。夢魔族、いや今は夢魔族か」
「名称なんて今は意味無いでしょ。いっそのこと夢魔族とでも呼んでおくかい? 」
隣に駆けつけてきたファリアと軽口を叩いて、体勢を立て直す。
正直、どうしようか?
都合よくアタシも能力に目覚めたりすればまだ戦えるのに。
こちらで相手に効きそうな攻撃はファリアの魔法攻撃ぐらいしか無い。
「「「!!? 」」」
そんな事を考えていると、いきなり空間が軋みだす。
アタシもファリアも、相手のノインもその変化にその場に立ち止まってしまう。
「シノブが街にかけていた恩恵の魔力を解除したのか? やはり貴女達の連れの男の子、油断なら無い相手のようだな」
ノインがいち早く状況を把握した様だ。
程近い演習場から時折、爆音が聞こえてくる。その度に本部の建物が揺れる。
どんな戦い方してるんだろう。でも普通なら相手にすらなら無いと思われる恩恵持ちを相手に、互角に戦っているのだろう。
頭の負けは想像出来ない。
「どうやら、収まった様だ。こちらも再開するとしようか? 」
向き直るとノインがその美貌の笑みを私達に向けて掌を開いて構える。
「これから行う攻撃は快楽地獄へと貴女達を落とす。購えるなら購って見るがいい。“欲望の堅牢”」
無造作に放たれる夢魔族の特殊な能力。これはさっきファリアが言っていたエッチい夢を見せる能力だ。
「だから男は間に合ってるって言ってるだろ! 」
これは精神系に直接作用する魔法だ。購えなければ、卑猥な夢に溺れて根こそぎ魔力を吸いとられる。
コイツの存在はここに来るまで知らなかった。対策なんて事前に立てていない。
どうする? このままじゃ逃れられない。
「ファリア、お互いに思いっきり攻撃し合うよ」
「痛みで抵抗するって事ね。私好みのシンプルな対策だ」
二人で致命傷ではないが、意識を持っていかれない程度に傷付け合う。
「くっ……」
「いてて……」
ファリアの左の二の腕、アタシの左の肩にお互いに刺したナイフ。
だが痛みのお陰で意識を持っていかれる程では無くなった。
「殊勝な事ね。肌に傷を付けてまで購って来るなんて」
いつの間にかノインが女性型夢魔に戻っている。
「やはり本格的な戦闘がお好みかしら? 」
そこから駆け抜ける様に迫ってくるノイン。距離が縮まる瞬間に、また男性型夢魔へと変化してその腕を振るってくる。
「こういう使い方が本来の戦闘スタイルって訳か」
ファリアが応戦してその強靭な爪と剣を交える。
「何度も同じだと思うな! 」
そこへまたアタシは躍り出る。
さっきと違い、弐式の増幅を発動して対応する。
「そのいきなり強くなるのって何なの? 人族って厄介よね」
パワー重視の男性夢魔からスピード重視の女性夢魔に変わりながら、その一撃を躱すノイン。
「いまだ! ファリア」
躱された瞬間を狙って、ファリアも増幅する。
頭の戦い方から学んだ魔道具の囁きモードでファリアと連携を密にする。
「波状攻撃は効かない? 」
ファリアの斬撃が、アタシの戦斧を避けたノインを襲う。
「二人していきなり強くなるなるなんて、こんなのイジメだわ」
避けながらのノインの口調からはまだ余裕を感じる。
増幅の制限時間以内で、コイツを策に嵌め無くてはならない。
時折、ファリアと二人してナイフを投げて位置を誘導して、代わる代わるノインに攻撃を打ち込む。
「綺麗には出来てないけど、どう? 」
「レイラにしては、なかなかじゃない。ルイトとは比較するだけ無駄よ」
ファリアとの合作。これでダメなら移動しながら利用できるものでも探すしかない。
「じゃ、いってみますか? 」
一瞬で良い。
ノインの動きを止められる罠が欲しい。そこにファリアの魔法と私達二人の攻撃が決まれば無傷ではいられないはずなのだ。
上手く位置を誘導したノインへとアタシは手元のナイフを投げつける。
「なに考えてるの? 」
ナイフを躱すノイン。そこで、その動きが止まる。
「――いつの間に、そこらじゅう糸だらけじゃない!」
ナイフの柄に結んだ糸、コレがアタシの罠だ。
殺傷能力があるほどには鋭利ではないが強くて丈夫。それをナイフに結んでファリアと一緒に部屋中に張り巡らした。
その高速移動を封じる。ノインの足元の糸を引っ張る。空へと逃げる道も邪魔してある。
ノインの足首に巻きつく何本もの糸。一瞬の隙を作る。
「レイラ、上出来だ。さぁ、行ってきなさい“毒針”達」
ファリアのタイミングを合わせた魔法がそこへ飛来する。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ノインの女性らしい悲鳴、全弾命中した。
「「まだまだ!!」」
ノインへ止めを刺す為、二人してありったけの力を込めた渾身の一撃をそこへと見舞う。
ノインはその瞬間に男性型夢魔へ変化していたが、気にすること無く斬りかかる。
その筋肉質の肉体へ外傷を付けることは出来なかったが、衝撃までは逃せなかったらしく、その場に膝をつくノイン。
「やったか? 」
「多分……。倒せてなくても無傷では無いと思う」
二人共、増幅の制限時間は切れる。
床に俯せに倒れるノインを見て、ファリアとお互いに荒い呼吸のまま顔を見合わせる。
何とかなったかな?




