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質の力と数の力

 実に愉しげに笑うシノブ


「悪趣味だって言うの! 」


 周囲の変化が終わりを迎える。


 月華を構えて俺は現実世界に顕現したアドナイの軍部本部の演習場で、シノブへと向き直す。


「どう、異世界人にも優しいリーダーならこの状況、集中して戦える? 」


 さっきまでと違い、空気をピリピリさせるような溢れる魔力を練るシノブ


 戦いの基本、相手の身体でも精神でも良い、バランスを崩す事。


 何も用意していなかったら、シノブの思惑は確かに成功していたかもしれない。


「……愉悦に浸って喜んでいるところ悪いけど、街中のゴブリンは殆ど暴れられないんだよな」


 だが、シノブから一時的に逃れ、再度、戻ってくるまで俺とレイラは何もせずに、ただ慌ててた訳ではない。


 ゴブリンに変成させられた住人達には悪いがその殆どは、好き勝手が出来ないように策をはっている。


「……何を、した? 」


 俺の思ったより余裕のある表情を訝しむ。


 今度はシノブが絶句する番だ。


「単純に引きこもりと、そうじゃない奴の差かな? いや、他人と協力する奴と、利用する奴の差か」


 俺は難しいことをやった訳ではない。街の至るところに下水道へと続く穴を開けただけである。


 レイラの仲間に協力してもらい、外に出る道は潰してある。


そして、数が数だから奪還拠点の軍人達にも協力して貰って、落とし穴への誘導を行っている最中である。


 数の足りなさは、時間的にはギリギリであろうが更に援軍も用意してある。


 俺達はあくまでも偵察と調査に来ただけ、手をこまねいてアドナイの砦救援部隊の軍人達が、いつまでもフィフス砦を始めとした各砦に居座っている訳ではないのだ。


 好都合なのは、軍隊には現状を伝えやすいように当初から無理を言ってケインをヴァーンさんの権限でそれに付けて貰っている事。


 つまりアドナイの地下閉じ込め作戦に隙はない。開いた穴と地上へ通じる出入口を塞げば、ゴブリン達には何も出来ないという訳である。


 全部を閉じ込めるにはまだ時間がかかるかも知れないが、シノブの描いた絵には既にならない。


 近くにいるであろうケインに通話テレフォンを繋げる。


 

視点はケインへと変わる。



 僕は今、アドナイの街並みが見える街道を歩いている。


 最初にルイトから呼び出し(コール)が有ったときは何事かと驚いたものだ。


 僕なんかと違い、アイツは何かと目立つ。


 本人は必死に周りに隠れてるつもりでも、内に秘めている何かが漏れている。


 多分、良く付き合ってなければ気のせいレベルたと思うぐらい巧みに隠しているが、確実にその辺の一般戦士と一線を画する才能が見え隠れする。


 フィフス砦に急遽呼び戻され、更に驚いた。


「ケイン君、話はある程度聞いていると思うが? 」


 僕の前にはこの砦の戦士序列一位のヴァーンさんがいる。


「はい、ルイトから通話テレフォンで状況を聞いています」


「なら話は早い。戻ってきて早々で悪いが君達は早速アドナイへと向かってくれ」


 オーク達からの時期砦の建設候補地奪還作戦の編成部隊から離脱して、とんぼ返りで僕のいる分隊は戻されていた。


 隊長を差し置いて、ヴァーンさんに、いの一番に声をかけられる。


 これも異世界から来た奇妙だが、妙に憎めない親友ルイトの所業である。


 アイツ、何でヴァーンさんまで動かしてるんだ?


 強行軍で戻ってきた僕ら、オークの大軍との戦闘はこの砦から一日程度の距離の平地で行われている。


 戻ってきたフィフス砦の近くでも、伏兵のオークの襲撃が行われた影響で多くの傭兵と軍人が未だに後処理に追われていた。


「ケイン、ヴァーンさんとの話は済んだか? 俺達はこれから何をするんだ」


 同じ分隊の仲間に声をかけられる。


「隊長から話はあるよ。これからアドナイに戻る軍隊に着いて行くことになる」


 先に偵察と調査に向かったルイトの属するファリア隊は、一日早くここを旅だっている。


 帰還する軍隊は、機動確保と候補地奪還の遠征で空いた傭兵達の穴を補填する名目で、ある程度は砦に待機するらしい。


 それでも大勢の軍隊との移動であるので、今からルイト達に追い付くのは難しいだろう。


 そして、特に障害もなく帰還の旅はそろそろ終わりを迎える頃、ルイトからの呼び出し(コール)である。


 僕は今、現在の状況をルイトに聞いて、ゴブリンの閉じ込め作戦の要員として軍部の人たちに話を通しているところだ。


「こっちはいつでも参加出来るように作戦準備完了しているよ」



 視点が戻り、俺の耳元に聞こえる親友の声。



「残念だったな。その辺は対策済みなんだわ」


 頬を左手でポリポリ掻きながら笑って返す。

そんなに事態は好転した訳ではないが、明らかに優位な条件を潰されて、シノブの精神的バランスを崩せたと思う。


「俺にはお前のようなチート能力はない。だが、お前が切り捨てている人間関係、つまり仲間がいるんだよ」


「はっ、元の世界の人間関係に失敗した奴が良く言うよ。あの事件以来、僕らのチームは空中分解だって言うのに、どの口で仲間なんて呼んでいるんだよ!」


 シノブのバランスを崩す為に言った言葉だったが、逆にグサッと俺の精神にもブーメランとなって刺さってきた返答。


 しかし、得たものも大きい。


 俺の心的外傷トラウマの原因は、アイツの今の状態にも大きく影を落としているらしい。


 俺は自分の観察眼を駆使して、辛うじて普通に生活が出来るようになったが、アイツはそれが原因で引きこもりになったって事か。


 誰でもない、俺がしっかりしていなかったばっかりに。


 恨まれても仕方のない事かもしれない、だがやって良い事と悪い事はある。


「だからこそ、お前は俺が止めなきゃいけないんだろ!」


 俺への返答の代わりに具現化する戦車。その上に乗り、シノブはその砲台を向ける。


 射撃の適正距離を取るためか、一気に後退していく。


 気付いて距離を詰めようとするが、戦車と人の足では移動速度が違いすぎる。


「間に合わない!」


 適正距離に達した戦車。無駄に広くとってある演習場が今は恨めしい。


「遠距離と接近戦闘の合わせ技。お前が僕を止めれるものなら止めて見ろ!」


 その砲台が火を吹く。


「……こんなの人に向けるものじゃないだろ?! 」


 流石に戦車の砲弾は早すぎる。観察眼を駆使しても見えないものは見えない。


 俺のいる地点と違う地面がその砲弾に大きく爆ぜる。


 魔力を込めた月華で簡易の防御壁を展開していたが、爆風が俺の髪や服をはためかせる。


 うーん、洒落にならない。


 “陽炎かげろう”の能力で認識を誤魔化し、防御壁まで展開していたが、余波だけでこれである。


 直撃した時点でHP全損して、お釣りが来る。


「これは怖いな……」


 軽口を叩く間もなく、俺へと接近する戦車。


 この状態で動くと認識がずれてる相手には俺の居場所がいきなり変わったように見える。


「なにそれ? 瞬間移動か何か? 」


 戦車の上でスマートフォンを操るシノブ


「さて、ここからが本番だよな」


 今までの戦闘で見えた事。


 扱えるものは魔力(電力)によって大きさや威力が異なる点。


 戦車以外のモノを具現させて来ないと言うことは多分、今が魔力《電力》消費の最大値に近い状態なのだろう。


 これだけの威力だ。消費魔力の観点から見れば、長時間の行使はきっと無理である。


 シノブは俺の能力アビリティの本質にまだ気付いていない。


 遠距離攻撃無効と短い空間の瞬間移動ぐらいに思っているかもしれない。


 なにより弱点は見つけた。


 ずっと観察を続けていて気付いた点。


 スマートフォンを手放さずに、ずっと持っているのだ。


 ライフルの時も、威力が弱いタイプだったので片手で射ってきていたが、もう片手には必ずスマートフォンを持っていた。


 具現化する条件の一つに、[具現化させる性能を持つ電子機器を必ず手元に所持してなければいけない]とでも条件が有るのかもしれない。


 そうと決まれば、やることを組み立てていく。


 何とかシノブを出し抜き、チート能力“電脳具現”を発動させる電子機器を破壊する。


 策を練り、罠を張る。


 今回は魔物の脳筋さんのミノタウロスとは違う。


 同じ人間、しかも同郷のよく知った相手の更に上をいかなくてはならない。


 上手く行くかな?


 無駄に広大な演習場を駆ける電脳世界から召喚された戦車。


「ここから先は、俺がこの空間の支配者だ」


 自らにかける暗示。滲み出る不安を閉じ込めて、針の糸を通す集中力で冷静に対処する。


類斗ルイト、お前は許さない!」


 轢き殺す勢いで突進してきた戦車は、再度、適正射程距離を取る。


 凄まじい轟音と共に砲台が二撃目を打ち出し、大地を穿つ。


 “陽炎かげろう”で、それを必死に躱す。


 心の中で冷や汗をかきながら、余裕な態度を見せる。


 これも何度も使っていれば、シノブに本質に気付かれてしまうだろう。


 チャンスはこの一回。


 先程同様に轢き殺す為、接近してくる戦車の上に立つシノブに、月華を右手に構えたまま、空いてる左手を伸ばし、掌を広げる。


「俺の炎に抱かれて消えろ!」


 ええ、台詞は多少、もじってパクりましたとも。厨二病は未だに完治してませんとも。


 引きこもりのシノブにも元がわかるネタであろう。


 俺のお手製の火炎弾、掌の前に炎が渦巻いて収束する。


「いけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 実践でやると凄く気持ち良い。


「くっ、魔法も使えるの? 」


 文字通りのファイヤーボール? いや、これはファイヤーランスかな?


 事前にストックさせて貰ったファリアさんの空気圧縮の魔法に、同じく収納していた焚き火の火種を足した合作魔法。


 収納口から加速した渦巻く炎の槍が、迫る戦車の上に乗るシノブ目掛けて飛んで行く。


 同じように数発の火炎槍を生成して撃ち出す。


「でも、ただの炎の魔法なんて、僕には効かないよ」


 戦車の影に隠れるシノブ。その装甲に守られた戦車の強度で防ぎ、走行速度で一気にやり過ごす算段らしい。


「残念だが、数秒なら俺は戦車の速度を越えられるんだよ」


 戦車を掠める炎の槍、それに気を取られた隙に発動した伍式の増幅ブーストで戦車に乗り込む。


 いくら広い演習場といっても最高速度で駆け抜けて行けるわけではない。旋回や急停止する手前、更にシノブ自身が振り落とされないギリギリの速度しか出せてない。


 戦車の上で相対する。


「降参しろ、シノブ


「これで勝ったつもり!」


 負け惜しみだ。その機動力と火力は無効化出来るまで接近した。この距離なら俺のが有利だ。


「――なめるなよ」


 スマートフォンを操作しようとするシノブ。俺はさせまいと更に距離を詰める。


「王手だよ、シノブ


 月華に魔力を込めた一撃でそのスマートフォンを手から弾き落とし、貫く。


「これで、終わりだ。シノブ


 相手のチート能力の発動媒体の破壊、これでシノブには何も出来なくなる……。


 殺さずに無効化出来た事に気を緩める俺。


ドパァン!!


 そんな空間に銃声が響きわたる。


「僕をなめるなと言っただろう、類斗ルイト


 予想だにせぬシノブの手に持つ拳銃が火を吹いたのだった。


「馬鹿な、具現化はスマートフォンを破壊すれば出来ない筈じゃ……」


 撃ち抜かれる俺の身体。


 全て終わったと思っていた矢先の虚を突く反撃。


 そんな中で、俺は昔のシノブにはいろいろと教えていた事を思い出すのだった。

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