明かされる恩恵
私の前には探し求めていたアドナイの街がある。
「なんだ、この能力は? 」
平面がこうグワッとなってブッワァァァァと展開したと思ったら、私はここにいる。
この感じはあの伝説の“空間転移”みたいなものだろうか?
過去の人族の英雄アキヒト様が使ったとされる恩恵、思った通りの場所へ自由に行ったり来たり出来たらしい。
あの後、煙幕の中に踊り出た影に剣を持つ手首を握られてしまい、なす術なく捕まってしまった。
目の前で地面に空いた穴に消えていくルイト。煙幕が晴れると、そこには夢魔族の女が私の手首を掴んで立っていた。
ゴブリンやオークのような低級妖魔ではなく、魔族に名を連ねる魔界勢力の主要種族の一人がこんなところにいるなんて、どんな悪夢だろう。
そのまま本来のアドナイの街の軍部本部へと連れていかれた。連れていかれる際に、アドナイの町並みが目に入ると街のいたるところに人が倒れているのがわかった。
「彼らは死んでいる訳じゃないようだが、何をした? 」
耐えきれなくなって拘束する夢魔族の女に問いただす。
「はいはい、威勢の良いのは結構だけど立場を考えようね」
後ろの女の腕を拘束する力が強くなり、表情が歪む。
やはり魔族と呼ばれるだけある。この女、強い。
しばらく街の中を歩かされ目的の場所に到着する。
「やぁ、こんにちは。人族のお嬢さん」
軍部本部の一室で、夢魔族の女に後ろ手に拘束された私の前に、目深にフードを被った人物が今、立っている。
身長は私よりもだいぶ低い。子供なのか?
その人物は成人、つまり十六歳以下にしか見えないほど背丈がない。
だが、気を抜くと出し抜かれるような雰囲気がどことなくルイトのソレに似ている。
コイツが今回のアドナイの件の首謀者の異世界人か?
「ノイン、拘束してなくても良いよ。どうせ、何も出来ない」
「くっ、馬鹿にするな! 」
軽く挨拶された後、たいして私に興味が無いようにフードを被った人物がなんともなさげに言い放つ。
私の後ろで拘束している破廉恥な服装の夢魔族の女、ノインと言ったか?
女はその言葉を聞き、私から無造作に離れる。
全く警戒もしていない動作のノインとフードを被った相手。
これでも私はフィフス砦の“女王蜂”と呼ばれた上級戦士だぞ。
酷く自尊心を傷つけられる物言い、そしてその態度だ。
「馬鹿になどしていないよ。そして、これは冷静に分析した結果だよ」
フードの人物は、本当にそうであるのに憤慨する私を見て、不思議そうにしているみたいだ。
「――試してみるか? 」
自分でも、もう少し冷静になれたら良いと思うのだが、如何せん。そんな器用に私は出来ていない。
鋭く相手を睨み付ける。
「類斗とのゲームは始めたばかり。少しくらい脱線しても言いかな? 」
フードの人物が私に近づいて来る。
「シノブ。ちょっと待って、ソレはどうでも良いけど本当に追わなくて良いの? 」
そんな私とフードの人物の間にノインと呼ばれる夢魔族の女が割って入る。
私を一瞥しソレ呼ばわりして、シノブと呼ばれたフードを被った人物へと向き直る。
自ずとノインの姿が目に入る。
なんだろ、こんな時に思ってしまう自分が情けないがノインを見ていると色々とパーツが違いすぎて尊厳が傷付く。
こういう身体のが男の子の受けは良いのかな。
特にあのメロン並みの二つの塊、私のは貧しい……違う、慎ましいから羨ましい。
ここ最近、出会う同性は胸が大きいので自信を無くす。
ルイトも大きい方が好みなのかな?
「類斗の事かい? 逃げられたのが悔しいのノイン」
余計な事を考えてると、目の前で話が進む。特に追っ手を差し向けるような緊張感は見られず、淡々とノインに返答するシノブと呼ばれる異世界人。
「だって油断しちゃいけない人物だってシノブは言ってたじゃない。大丈夫なの? 」
動作の一つ一つが艶かしい。女の私が見てもこのノインと言う女は扇情的に見える。
「逃げきった時点で類斗を押さえるのは無理だよ。そんなに簡単な相手じゃない」
随分とルイトの事を理解しているらしい。
確かにルイトは街の中で囲まれるとジリ貧状態になると言っていたが、街の外に出ても形勢が不利だとは一言も言っていなかった。
今、私が暴走せずに彼らと相対出来ているのもルイトのお陰だ。
地下の下水道に入った時点でルイトは不利な状態から、多分勝ちまで持っていけないとしても、引き分けに出来たのだと思う。
残念ながら、私にはどう引き分けに持ち込んだかは今となっては知る由もないが、今も状況を引っくり返すため策を練っているだろう。
ルイトが敵ではなく良かった。
あの漆黒の瞳は深く人を観察する。心の奥底を覗き込んでくるような力を感じる。
「で、少しは遊んであげようか? お嬢さん|
ノインの制止を軽くあしらい、ニコリと笑ってくるシノブと呼ばれる相手。
「……いや、やめとこう」
どうやらノインがシノブを制止したことで、私の精神は少しは冷静になれたみたいだ。
今は自分の尊厳やら自尊心など二の次だった。
「シノブとやら、私を捕らえてどうするつもりだ?」
少しでも相手の情報を引き出す。今の私に出来る精一杯。
情けないが知略にかけては副隊長のルイトにおんぶにだっこ状態だ。ルイトと私では戦況予想の性能が違いすぎる。
だから私はやれることをやる。ルイトを信じているから捨て駒にもなる。
「予想がついているような眼だね。必死な顔で震えちゃって、美人が台無しだよ。そうだね。ゴブリンの件が有ればわかるか」
愉しげに笑う無邪気な子供のようなシノブ。
「せめて一つ教えて、アナタのこの恩恵はなんなの? アナタの駒にされるのでしょう。代償の一つぐらいくれないかしら? 」
交渉するにしても出来は良くない、こんなの悪手だ。交渉下手な自分が嫌になる。
「このチート能力? 類斗はまだ気付いてないの。平和ボケで劣化してるんじゃないかな? 」
案外、上手くいくかも? このシノブって子のルイトの評価は相当高いところに有るみたいである。
「ルイトは多分、気づいてる。でも私には理解できてないから説明して欲しいの」
きっとルイトはこの恩恵の輪郭ぐらいは掴んでる。
このシノブって子に負けないぐらい私もルイトを評価しているのだ。
「ふーん、まぁ良いか。どうせこれは能力の一部だし、戦い向きと言うより罠メインだしね」
「ちょっと、良いの? シノブの恩恵、魔界勢力としては、他勢力にばらされたくないのよね……」
どうでも良さげなシノブと不満顔のノイン。どうにも同じ目的で動いている様には見えない二人である。
「ノイン、前にも言ったよね。覇権争いに興味はないって」
そんな不満げなノインの唇に人差し指を向けて、シノブはノインを黙らせる。
「僕のチート能力、君たちの言うところの恩恵はコレだよ。コレに取り込んだモノを自由に編集、変成出来る。効果範囲は取り込み後、拡大してもボケない程度までしか弄くれないけどね」
シノブは手に持った四角い魔道具を私の目の前に掲げながら喋ってくる。
私達が身に付けている、この腕に付けている量産型の魔道具のディスプレイ液晶にとても良く似ている。
「そんな魔道具を見せられても理解できない。嘘で煙に巻くつもり!」
予想外の答えに期待した私は裏切られ、怒鳴ってしまう。
「いやいや、僕の貰った恩恵は“電脳具現”、あらゆる電子機器の性能を世界に具現化する力さ。今回のはスマートフォンのカメラ機能と画像編集ソフトの合わせ技だよ」
私の目を見て答えるシノブ。なんだ、その意味不明な能力は?
このシノブと言う異世界人が言ってる電子機器と言うのは、ルイトならば理解できるあちらの世界の共通する単語なのだろうか?
つまりコイツは最初から異世界人に説明しても、理解できないとわかっていて私に説明してきたのだ。
コイツは最初から私を見下しているのだ。
だけど残念ながら、ソレを含めてシノブはルイトを越えられない。
「成る程ね。ファリアさん。お疲れ様でした。」
私の耳元で囁かれるルイトの声。
私が囚われる瞬間、魔道具の通話を繋げているルイト。
相手に気づかれていないかヒヤヒヤしたが、ルイトは「相手は魔道具を重要視していない」と断定しているみたいだった。
その結果、相手に自らの能力を語ってもらうという妙手に出た訳だ。
「さて、じゃあ第二部の準備をしようか? 」
シノブとその場に仕えるノインにこの通話を感づかれた気配もなく、次の一手の準備のため私に近づいて来る。
ルイト、私が操られたら……。
その時は、どうか迷わずに私を……。
目を閉じてシノブの持つ魔道具が光を放つ瞬間を待つ。
キ───────ン!!
どの程度、時間がたったのだろうか。
いきなり空間に一筋の線が走る。そこからずれて一部の空間が現実世界と繋がる。
そこには頼れる副隊長のルイトが月華を片手に飄々と立っていた。レイラもその側に共に立って、此方を見ている。
「さて、じゃあ第二ラウンドといこうか! 」
二人を見たとき、何故か私は意識せずに涙を流してしまっていた。




