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過去の因縁

 アドナイ中央部に位置する軍部本部の椅子に浅く腰かけ、机に両足を乗せて手に持つスマートフォンの画面をクリックしながら人気のパズルゲームに勤しむ。


「本当に全部がゲーム感覚なのね? 」


 手に持つジュースをその机の上に置きながら、夢魔族の女性はその人物に声をかける。


「ノインか、そりゃそうさ。ここは僕の本来いた世界ではないし、この世界の住人がどうなろうと僕の知ったことじゃない」


 横柄な態度で女性を一瞥し、返答しながら机から足を下ろした人物は、ノインと呼ばれた夢魔族の女性の持ってきたジュースに手を伸ばして喉を潤す。


「ところで帰る手立ては見つかったの? 」


 ノインは以外と会話好きだ。

 あまり他人と会話する気はないが連れてきた手前、相手をしてやっている。


「この街の主要なデータの取り込みは昨日の時点で終わらせてある。後は中身を観るだけだよ」


 スマートフォンの画面から目は離さず返答する。

一旦、停止して造り出した偽りのアドナイの街の様子を何処に映し出す。


 蜃気楼の街に幻影ゴブリンの群れが溢れかえっている。

自分の能力で作り出した現象でも見ていると気持ち悪い。


 そんなスマートフォンの画面をノインが覗き込んでくる。


「こんなまどろっこしい手を使わないで、さっさと真正面から相手をしてやれば良いんじゃない? 」


 ノインは一見すると男を籠絡すること等、容易な女性的な肉体と容姿をした妖艶な美女である。


 露出の多い男を欲情させるようなボンテージ風の衣装に身を包んで、そのまま机に浅く腰かけ足を組む。


 そんなノインの肉体にたいして興味もないように、その人物はノインを一瞥し、視線をスマートフォンの画面に戻して作業的に操作する。


 この世界に召喚されたあの日。


 目の前に現れた自称神様に、お願いされた用件。本来なら相手する気もなかったが、そのお願いの内容を聞いて考えを変えた。


 少しの間なら付き合ってやっても良い。アイツは今の僕の状態の原因を作った相手だからだ。


「まどろっこしいも何も、僕は自称神様の一時的な協力者ってだけだ。この世界のどうでも良い覇権争いの手伝いをする気はいっさい無いよ」


 この世界の人間に似た生き物達がどうなろうと知ったことでは無いし、ましてやゲームの中でしか見たことの無い人間以外の生き物など、どう弄くっても罪悪感すら感じない。


 このノインと言う魔界領域の勢力に属する夢魔族の女も、自分が自分の自由意思で僕に付き従い奉仕していると信じて疑わないのだ。


 実にくだらない。可笑しいくらいチョロい世界だ。


「僕とこの世界を繋げているのは、単純明快な利害関係の一致だけ。自称神様は、この世界に偶然に迷い込んだアイツ……正真正銘のイレギュラーを排除したい。僕はアイツに復讐したい。それだけの関係だ」


 しかし、神様を名乗る相手との交渉時に思いついたこのチート能力はなかなか便利かもしれない。


 こんなお遊びにも使えて、尚且つ応用力に富む。


 不満があるのは、効果範囲が有限で限定されているのと、この馬鹿みたいな魔力(電池)を食う事だろう。


 お陰で能力の一部とはいえ稼働中は、遠くへ離れられない。


 すでに目的の相手は網にかかったのだし、あの街の設定の解除をしても良かった。


 でも、この網に引っ掛かった先で、この世界の住人と思われる二人の女性との仲睦まじい姿を目にして、潰す方法を変えた。


 アイツには最も残酷な方法で復讐してやろうと考えた。


 ニヤリと笑う人物は再度開いたスマートフォンの画像のパズルゲームを操作する。

 画面の中で、あり得ない連鎖を繰り返して一瞬にして全部が消滅する。


 簡単なんだよ。お前さえいなければ、僕の世界はもっと簡単だったんだよ(・・・・・・)


「さて、この能力を見破れないと後悔する事になるよ。お前が今後、どう精神の安定を保つのか見ものだな。平野ヒラノ 類斗ルイト


 笑いながら本当のアドナイの街の軍部本部の一室で、ダーツボードへと手投げの矢(ダート)を投げる。


 たいして集中して投げた訳でもない矢は、見事にボードの真ん中に突き刺さる。


「今更、大衆に埋没して消えていくなんて許さないぞ。穏やかな日常を過ごせると思うな」


 鬼気迫る感情を露わにして、次々とダートをボードに突き立てていくのだった。



 そんな行いが自分の知らないところで行われているとは露知らず、俺達はアドナイの不可思議現象打開の為の一歩を踏み出していた。


「今日は幻影ゴブリンの行動を観察するのだったな? 」


 昨日は作戦会議で調査時間の殆ど費やしてしまった為、一度奪還拠点へと帰還していた。


 もちろんレイラは再度、別行動である。


 今日の昼頃には仲間が到着する予定だと、通話テレフォンで昨夜のうちに知らせがあった。


「ええ、ファリアさん行きましょう」


 本来のアドナイは何者かのチート能力に取り込まれて、この場所から消えている。


 その能力の詳細は未だに判明している事が少ないので、断定することも出来ないが、どういう原理かここに偽りのアドナイを投影している。


 なら本来のアドナイの住人達の所在は何処にいるのか?


 本来のアドナイに住んでいた人族の人口数は優に万を超える。


 チート能力で消し去るにしても質量が多すぎる。

それだけの質量を消去出来たら、いくらかファンタジー世界でも何処かで歪みが生じる筈なのだ。


 しかし、俺の仮定した予想通りならアドナイの住人の末路は悲惨の一言である。


 自分で予測した事ながら外れていて欲しい。そう願わずにはいられない。


 行動観察の方法は難しくない。

無数に溢れかえっているゴブリンの中から、ある特定のゴブリンをピックアップして追いかけるのだ。


 ある特定の……とは、昨夜の奪還拠点で話をして仲良くなった一人の軍人の家の周辺を動き回るゴブリンである。


「あの人の家族は両親、妻、二人の子供。本人を入れて六人家族だって言っていた。奥さんとは傭兵時代に知り合って結婚、奥さんは傭兵引退後、軍人相手の武具の打ち直しの店で働いていた」


 事前情報を元にその家の周辺を観察する。

ファリアさんにも言っていない推測。小さく口の中で情報を反芻する様に脳へ叩き込む。


 最初から軒下に二匹のゴブリンが座っていた。そこへ一匹のゴブリンが現れる。


 家の周辺を歩き回り、なにかを探している。

最初から家の軒下に座り込んでいる二匹のゴブリンと、何やら喋るような行動をとって、その場からいなくなる。


 暫くすると、そこに別の元気の良いゴブリンが現れる。そしてその後を追ってついて来るもう一匹のゴブリン。他の個体よりやや小さい二匹。


 最初に家の回りを探し歩いていたゴブリンが再度、そこへ現れて元気なゴブリン二匹を捕まえる。


 二匹の小さいゴブリンを抱き締めるゴブリン。家の扉の前でそのまま消えていく。


 ここまでで一連の行動はリセットされたように消えて、そして最初に戻る。


 それの繰返し。何度も何度も何度も、繋ぎ合わせた動画をループさせるような行動の繰返し。


「……切り取られた日常を繰り返しているのか。多分、自分達が本当は何者で、何をしているのかわかっていないんだ」


 悲しくなり、ゴブリン達から俺は目を逸らしてその光景を見れなくなってしまう。


 これは残酷な能力だ。


「ルイト、どういう事だ。奴らは何をしているんだ? 」


 ファリアさんは昨日から言葉を濁したまま、この観察に出てきた俺が確信めいた言葉を発したのに気付いた様子で、何に気付いたのか? と聞いてきた。


 この光景に俺は確信してしまった。

 これは……この光景はアドナイの住人の日常の残滓だ。


「彼らは元人間です。そして恐らく、その日常の記憶の欠片を元に再構築された存在です」


 この街全体規模では無いのだろう。昨日からの調査でパッと見でもゴブリンの数は住人の数よりは少ない。


 万単位の住人を一気に変えることが出来てる訳では無いだろうが、それでも異常なスピードで人間をゴブリンへと変換しているのだ。


「人をゴブリンへと変換――。 何を言っているんだルイト? 」


「えぇ、俺も自分で何を言ってっているのかわかりませんよ。でも、予想からゴブリンの行動を観察すると、この結果になるんです。この相手のチート能力は人をゴブリンへと変換できるんですよ」


 動揺して声が上擦っているファリアさん。それに俺も認めたくない結果を早口で重ねて返答することしか出来なかった。


 二人の間に沈痛な沈黙が流れる。


「なっ!!、なら街から出てきたゴブリンの討伐を行った軍人達は……」


「……自らの街の元同僚、最悪は元住人、下手をすれば元家族をその手で殺した事になりますね」


 泣きそうな顔のファリアさん。俺も今、自分がどんな顔をしているのかわからない。


 なんだこの胸糞悪くなる能力は! 予想していた上に、異世界の人間である俺でさえこんなに気分が悪いのだ。


 ファリアさんの周章狼狽はソレ以上だろう。


 また重なった世界であるが触れられない世界で、ループする幻影ゴブリンの家族の残滓が目の前を、通りすぎる。


『ピンポーン。正解、おめでとう。久しぶりだね平野ヒラノ 類斗ルイト。いや、こう言っておこうか、裏切り者のリーダー』


 そんな俺達のいる周りにいきなり響く声。それは、元の世界で聞いたかつての知己の声。


 過去の因縁が去来して、痛みが走る。


 ファリアさん以上に今度は間髪いれず、俺が必要以上に狼狽してしまう。


「なんで、ここにいる? 」


 鼓動が早鐘のように脈打つ。思い出したくない過去を引き摺りながら現れた相手。


 かつての知己がここにいる理由。俺がここにいると知っている訳。


 こんな状態でも高速思考処理の能力は正常に働いてくれる。


 この世界の住人を巻き込んで行われる私怨、コレがアドナイの住人に降りかかった災厄の理由と目的だったのだ。


『わかっているだろ? 単純に復讐だよ。お前が残した空白を埋めるためのね! 』


 アドナイがこうなってしまった目的、俺に自分の存在を暈しながら察知させる為。


 アドナイがこうなってしまった理由、俺が過去の出来事から逃げて、目立たないように生きていた為。


 これは何かの罰か? 激しい痛みが胸に刺さる。


『さぁ、清算の為のゲームを始めようか? 元リーダー』


 いきなりの急展開の中で、俺とファリアさんはなす術もなく立ち尽くしてしまのだった。

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