蜃気楼の街
アドナイへと到着した俺達は馬を降りて先ずは難を逃れた軍人達に話を通すことになった。
多分、この状態で軍人が山賊の判定等をかけてくる事は無いと思ったが、念のためレイラとは少し前に別行動を取っている。
既に魔道具の識別番号も交換してあるから連絡も容易になったので便利で良い。彼女は万が一に行動が制限された場合の調査要員も依頼してある。
更に伏兵の役割も担って貰っている。隠れ家に重傷者を送り届けた他のレイラ一味も動ける者にはアドナイ周辺に集まって貰う手筈になっているのでその統率を任せている。
「ファリア、抜け駆けは無しだからね」
そう言って別行動を取りにいったレイラにファリアさんは唸っていた。
どうにもレイラの俺に対する絶大な好意には謎部分が多大にあるが、それに託つけて同年代のファリアさんと仲良くなろうとしている節も見える。
「うるさいぃ、早く隠れてなさい!」
一言言われたファリアさんもレイラの性格自体は嫌いではないらしい。からかわれているのもわかっているんだろうが、スルースキルは持っていないらしく逐一相手にしてはたいがいは自爆している。
「レイラの方はレイラで上手くやってくれますよ。それより軍人への対応はファリア隊長、お願いしますよ」
俺はファリアさんの気を引き閉めようとして声をかける。だがそれを聞いたファリアさんはなんか感激している。
「んっ? どうかしました」
「凄く良い。ルイト、もう一回隊長って呼んでくれ」
そこかいっ? と心の中でツッコミを入れる。
街の全貌の様子が見渡せるなだらかな丘。その中腹に仮設されたアドナイ奪還対策の為の拠点へ馬を引きながら歩いていく。
拠点の入り口までもう幾ばくの距離もないので、ここで口に出してツッコミ入れると、ファリアさんの隊長としての威厳も何も無くなりそうなので口に出すのは我慢して耐える。
「お前ら何者か? 」
見張りの渋いおじさんに槍を持つ手に力を込めて止められる。
「フィフス砦所属のファリア隊です。お話は通っていると思いますが現場に到着しました」
後ろでなんか嬉しそうにポワポワしているファリアさんに変わって答える。直ぐに上司におじさんは呼び出しで確認をとってくれたらしく難なく拠点内に入ることができた。
拠点と言っても簡易テントが数十個立ち並び、その回りに杭と鳴子を着けた非常にシンプルな拠点である。
歩いても数分でこの場の現場責任者のテントに付いてしまう。
「ファリア隊長、今後の調査の為の現場の聞き取りは重要であります。アドナイを落とした首謀者と思われる何者かのその後の行動詳細は砦を出たときのまま更新されず。ヴァーン指揮官からの連絡も特に追記はありませんでした。ここは現地を統率する軍部の方々に近況を聞きませんと今後の調査に支障が出るかもしれません。隊長の手腕の見せ所ですよ」
さっきのリクエストに答えて、隊長の言葉を織り混ぜた今度の俺の言葉には身を引き締めてくれるファリアさん。
その姿は俺がこの人を最初に見て感じたオーラを纏う生徒会長モードとでも名付けようか? 流石の一言である。
最近の残念美人ぶりにすっかり馴れてしまっていたが、こちらの方が彼女の余所行きの本来の顔である。
うん、聞いておきたい事と俺達の偵察、調査に軍部の制限がかからないように質疑応答等は事前に打ち合わせはしてある。このモードのファリアさんなら軍人に対しても上手く立ち回ってくれるだろう。
生徒会長モードのファリアさんを軍人の現場責任者のいるテントへと俺は見送るしか出来ない。
「うむ、行ってくる」
「任せましたよファリアさん」
一言、テントへと入って行くファリアさんと声を交わしてから周囲見る。俺は俺で情報収集である。
さてと、まずはこの現象を解明しなくては先に進めない。
街の人の無事もわからない、手の付けようがない状態を打開しなくてはならないのだ。
忙しくなるなと思いながら俺は自分が笑っていることに気づいた。
背筋に冷たいものが流れて一度、冷静になる。
お前は平凡な、普通の特に可もなく不可もない目立つことが嫌いな人間だろ。
今一度、あの日々を味わいたいのか? ……嫌だろう。
勇者は魔王を倒したあと末永く幸せに暮らせたのか?
その物語は本当に「めでたし、めでたし」で終わるのか?
あの無遠慮な期待に満ちた視線。
勝手に持ち上げて手の平を返して罵倒する怨嗟の視線。
もう、見たくはない。もう答えたくない。
あんな思いもうしたくはないだろう。
精神にまとわりつく黒く歪んだ痛みが無邪気に笑いかけながら俺を縛り上げる。
「っつ!! 俺は生き方は変えない。この世界でも目立つことなく穏やかに生きるんだ」
深呼吸する。目を閉じて荒ぶった心の海を落ち着けて凪に戻していく。
「悪い癖だな。困難な状況ほど気持ちが昂るなんて、何処の戦闘民族だよ」
某有名バトル漫画の主人公でもあるまいし、俺は危機的状況でワクワクなんてしたくない。
幸い、アドナイの現象を免れた軍人はそんなに多くないみたいで、辺りを見渡してもここには百人にも充たない人間しかいないようだった。
「それなりに人間がいる中で俺は何やっているんだか……」
頭をポリポリ掻いて気持ちをリセットする。さてと再開しますか。
先ず知りたいのは現象の効果範囲。通常のアドナイとの差異。
この辺は現場の人間しか的確な事はわからないだろう。
「スミマセン。調査に前に知りたいことが有るんですがお聞きして宜しいですか? 」
近くにいた軍人への聞き取り。
数人に聞いて見えてきた事柄もあった。
相手の能力範囲は街単位に及んでいるものの、その周辺は変化は見られない。
蜃気楼のように見える通常のアドナイとの違い。人影が全くなく、変わりにゴブリンが跳梁跋扈している点。
他にはたまにアドナイの街から出てきたゴブリンと何度か交戦出来たと言う話を聞くことが出来た。
なるほど、街から出ると能力範囲から外れるのかな。
未だに触れることも叶わない不気味な雰囲気に包まれるアドナイの街には多くのゴブリンが見える。
これは投影、幻影の類いか次元操作の能力か?
ここで断定して思考が凝り固まってしまっても本末転倒であるが、それぞれの対応は考えておくに越したことはない。
「頭、アドナイの街に入ってみたよ。なんだろうね、これ? 人影は全く見えないよ。そこらじゅうゴブリンだらけ! でも触れられない、触れない」
ある程度は独自の調査前の聞き取りを終えた俺の腕時計型の魔道具の呼び出しが鳴り、出るとレイラであった。
どうやら独自に調査を始めたらしい。
いきなり入るとはなかなか大胆だな、と思ったが彼女にしてみれば久々の街の情景であることを思いだしてしまい、迂闊だと注意することは俺には出来なかった。
「街の中にいても呼び出しは繋がるのか? 出発前に聞いた話だと街中の軍部本部へは繋がらないと言っていだが」
俺の素朴な疑問にレイラは答えてくれるらしく軍部本部のある方へと向かってくれる様だ。
「レイラ、触れないゴブリンは好戦的なのか? 素通り状態か? どっちにしろあまり長居はするなよ。街から出るとそいつら実体化するらしいからな」
俺からも情報を提供しておく。
「コイツら街から出ると実体化するの? でも、ゴブリン達にアタシの姿は認識できてないんじゃないかな? ほぼ素通りって動きだよ。なんか自分が幽霊にでもなった気分」
レイラは通話を繋げたまま本部のドアを開こうと何気ない行動をとる。
ドテッ!!
しかし触れられないドアを開ける筈もなく、そのまま床に倒れたようだった。
「大丈夫か? レイラ」
「いてててて、ルイトの頭。傷ついたから帰ったら慰めてね」
転んだときに擦りむいた腕を押さえながら軽い冗談混じりで返答してくるレイラ。
「どうやら大丈夫なようだな。本部の中はもぬけの殻か? 」
レイラに大事はないと安心して聞きたいことを聞いていく。
「もぬけの殻……だね。人間しかいないはずの街の中は触れないゴブリンだらけ。気味が悪い」
本来のアドナイの軍部本部には呼び出しが通じない。今いるアドナイの軍部本部にいるレイラとは通話出来ている。
この辺に真実が隠れている可能性がある。
地図上で同座標にある筈のこの場所。本当に同一の場所と呼べるのか?
「目に見えているモノは偽物である可能性が高い。なら本当のアドナイは何処だ? 」
もう一つの情報を擦り合わせる。
「街から出てきたゴブリンは交戦可能になる。本当のアドナイが消えてしまったなら何処から現れるんだ? 」
俺は自分とレイラに話しかけるように呟く。
「ルイト、調査の交渉は終えてきたぞ」
拠点の片隅でレイラと通話しながら考え込んでいる俺のところに話を終えたファリアさんが戻ってきた。
「ファリアさんお疲れ様です。何か追記の情報はありましたか? それと今、レイラが単身、フライング気味ですけどアドナイに潜入して状況を確認しています」
ファリアさんに追記の軍人からの情報を聞きながら、レイラとも通話を繋げたまま情報共有を図る。
「現在のアドナイに人の姿は見られず。街の中にゴブリンが群がるだけ。触れられない家などの建物内は何処ももぬけの殻。その中には細部に違和感がある内部の建造物もある。ですか……。」
細部の違和感等と言われても部外者の俺達では気づけないレベルの類いでは調べようがない。だが、実際に住んでいた人達が気づくか気づかないレベルの違和感はあの蜃気楼のような街には有ると言うことだ。
ここまでの情報を整理すると、現在の見えているモノは偽物の街の可能性が限りなく高い。レイラのいる地点と消えた軍人達のいる地点は同一の可能性は低い。だが効果範囲を出ると実体化するゴブリン達の問題は解けず。
情報が足りていない。これだけでは謎は解けない。
実際にこの目で一度みる必要が有るな、と再度頭を掻くのだった。




