利害関係
地に倒れ伏したまま動かなくなったミノタウロス。そのまま木の幹に背を預けたまま地面に座り込む。
“瞳術”で急所や弱点は手に取るようにわかっていた。相手の動きを予測して誘導できた。
“高速思考処理”で集積した情報を滞りなく処理できた。また、これがあることにより通常なら運用不能の領域の増幅でも身体を動かせた。
“収納”の能力こそ最後の一撃の要だった。収納されたモノを入れたままの状態で保持すると言う機能は、使い方を上手くすれば今後もっと応用が効くかもしれない。
そして虚をつく“陽炎”の能力。使い方次第では相手の裏をかけるトリッキーな能力だ。
まぁ、今は何でもいい。すごく疲れた。
「ルイト。今のは何だ? 」
ファリアさんが理解を越えた俺の攻撃速度、その後の攻撃方法に驚き声をかけてくる。
こういう時は妙に鋭い。恐らく十五秒程度しか発動出来なかった伍式増幅にも気が付いたのだろう。
突っ込まれるのは想定していた。彼女には下手に嘘をつくより本当の事に少しの嘘を混ぜて誤魔化せば納得してくれるだろう。
「“収納”の能力の応用についてですか? それとも肆式の増幅の事ですか? 」
当たり前のように増幅の段階は一段階低く言っておく。収納の応用の攻撃方法の方は本当の事で煙に巻く。
「“収納”の能力は俺の観察眼から生まれた能力の“瞳術”のお陰で運用可能な攻撃ですよ。多分、油断さえしてなければ俺に高出力の遠距離攻撃は悪手になりますよ」
端から見ればチート能力に見えるが、歴とした俺が現在の精神状態を獲得するために元の世界で努力し掴みとった結晶である。
魂解析した『世界の声』さんの立ち位置が神様より上なのか下なのかはわからないが、神様に与えられた恩恵と呼ばれるチート能力なんかとは全然違う。
「同じく増幅の方は、高速思考処理で肉体の強化加速された速度と精神の反応速度を最適化出来たから可能なだけであって、あれ以上は時間持ちませんよ」
笑って誤魔化す。
わざわざ口に出さなくても腕時計型の魔道具を操作して発動できるのがこの種族能力の利点だろう。お陰で平均以上に増幅を重ねても、相手からはどこまで増幅出来てるのか正確な認識はできない。
充分平均値を超越した戦闘をファリアさんの前で披露してしまったがこの人、俺の本質と隠している才能に薄々気付いてる節が有ったから今更である。
他の目撃者は山賊になっているレイラ一味であるが、山賊では何を喋っても説得力は皆無。大事には至らないだろう。
最低限の悪目立ちする境界線は越えてはいないと判断する。もう期待の重圧やらそれに付属するしがらみや悪意や嫉妬等を背負うつもりはない。
「凄いな、お前。あのミノタウロスを圧倒するなんて」
そんなこんなとファリアさんと話をしていると、山賊頭のレイラもこちらに寄ってきた。気軽に俺に近づこうとするレイラをファリアさんが牽制するように振り向く。
そりゃそうだ。山賊と俺達は不意に強敵が現れたから利害の一致で一時的に手を組んだにすぎない。
この共闘に信頼関係は元から無いのだから仕方がない。
だが俺はこれ以上、この山賊達が何か俺達に仕掛けてくることは無いだろうと確信に近いものを感じていた。
両手を上げてファリアさんの敵意を躱すレイラ。出会い方が出会い方だけに、呼び捨てにしているが俺やファリアさんとそんなに歳の差は感じない。多分、俺よりは歳上でファリアさんと同年齢もしくは誤差一歳程度だと思う。
この世界に誕生日の概念がなく、ステータス表記に年齢や性別等がないので、おおよその歳しかわからないのがちょっと不便である。
「お前らといまさら事を構える気はないよ。参式増幅使いの能力持ちの上級戦士二人が相手じゃ、どう転んだって割りに合わない」
褐色のエキゾチックな雰囲気を纏うレイラの肉厚な唇が皮肉混じりに動く。その薄く青色混じりの灰色の瞳は嘘偽りの色は見えない。
長身で俺より高いレイラは180センチは越えている。
パッと見、運動部所属の脳筋の部類に見えるが、あの状況での行動は俺に近い分析して行動するタイプの人間のようだ。
俺達を強襲する時は森から観察、不意のミノタウロスに襲われて一人犠牲者が出たが、その後は俺達の行動を予測しようとしていた様に見受けられる。
もし俺がレイラの立場だったら恐らくそうしている。
多分、ミノタウロスと対峙している傭兵達の今後の動きの方向性を観察してから、最小限の被害で仲間をいかに多く助けるか考えると思うだろう。
ちなみにファリアさんは、考えてるようで考えて無いように見えるが、実は考えてる直感で行動した後で思考するタイプとでも言うのだろうか? なかなか読みにくい性格である。
「……で、危機が去った。にも拘らず俺達のところへ声をかけに来るって事は、何かあるのか? 」
単純に俺の勝利を褒め称えるためだけにわざわざ、敵対していた俺達に声をかけてくる筈もない。
俺と同じ分析タイプで思考する人間なら、接触にも意味がある。
「察しが良いね。取り合えず私達がここにいる理由。山賊なんかをやっている訳ってのを、七国機関を盲信しているであろう哀れな傭兵に教えておきたくてね」
一瞬、遠い目をしてから俺とファリアさんを見据えてレイラは山賊になった理由。人族の裏事情とやらを淡々と話し始める。
「七国機関を全面的に信用しちゃいけないよ。特に覇権の塔へと続く中央へと至る地の進退は大きな利権問題で泥沼さ」
どうやらレイラ達は元中央部遠征の開拓部隊の傭兵だったらしい。
「何故にそれを俺達に話す。俺達が機関寄りの思考の持ち主なら、戦闘再開の目が出る事もあるぞ」
「アタシの目を侮るんじゃないよ。機関寄りの傭兵だったら、それこそ山賊を助ける行為自体が異常だ。なんせ意図的に他勢力に砦の戦力情報を流して利益を得ている奴らの飼い犬だ。裏事情を知って離脱した元傭兵を生かしておく理由がない」
確かに現場と関係ない所で利権で揉めていると言う話は何処の世界でもあり得るだろう。
主に北西部、中央部、南西部に展開する傭兵団だが開拓利益に“シシャ”問題が付きまとう中央部の傭兵団は七国機関の内部でも方針が割れているらしい。
そして結果、もっとも利益になり人口調整も兼ねる非人道的な方針が採用される事が多々有ると言うのだ。
「つまり中央部の砦の傭兵は人口の口べらしと生け贄も兼ねているって訳さ。思い出してみな、中央部にはあまり有名な“二つ名”持ちの傭兵が居ないだろう。問題児送りって話もある」
ファリアさんは側でいままで知らなかった事情に酷い表情になってる。俺はというと在り来たりだな。と思っていた。
先程の俺達とレイラ一味と同じなのだ。そもそも七国機関自体が大きな外敵と対等に戦うと言う利害関係の一致で設立された人族の最高司令部なだけで、統一された意思の元、動いている訳ではない。
「レイラ、同情を買いたいだけなら他所でやれ。事情はどうあれ、その後の山賊行為がそれで免罪になる訳でも無いだろう。で、何がしたいんだお前? 」
会話を続けていると増幅の疲労感と倦怠感がやっと抜けてきた。木から背を外して立ち上がる。
「アタシ達を信用して貰うための裏事情を全部差し出した。そもそも山賊行為をやらなきゃいけないのは、私達は街に入れないからだ。機関飼いの諜報員はどの街にも潜んでいる」
「それで中央部付近ではなくこの北西まで移動してきたのか? 難儀なことだ。」
ここまでくればおおかた察しは付く。始めから欲しがっていた人員に差異はあれ、レイラ達は街に入れる要員を求めているのだ。最初は人数で脅して仲間に引き込んで街に入れる雑用奴隷みたいに使おうとでも思っていたのだろう。だが、その実力の差に交渉を軸に話を展開してきたわけだ。
「つまりは今後の物資調達の協力を依頼したいわけか? 」
上手く身の上話でファリアさんは引き込まれてしまったのか憐憫の思いで俺の腕の裾を握ってくる。
振り替えると
その目が「可愛そうだよ、助けよ。ね、助けよ」と訴えてくる。
んー。ちょっと単純ですよファリアさん。
「その場合の俺達のメリットは? 」
そう、ファリアさんのウルウル攻撃に流され、そのまま快諾すると俺達の慈善事業が始まってしまいます。
「アタシがお前の下に付く。ってのでどうだい? 」
へ、ここでハーレム成分投入ですか? その猫科の肉食獣のような目で俺を見てくる。
「!? な、駄目だぞ。如何わしいことは許さんぞ」
その言葉に慌てたファリアさんはギュッっと俺の腕を握り閉めてくる。
ちょっと痛いです。
そろそろ俺でもファリアさんの好意が勘違いじゃないのではないかと思えてくる。
だが、チキンな俺はそれを聞くことが出来ない。自ら告白なんてもっと無理である。
未だにあの日以来、人間不信すれすれの臆病な性格だけは治っていないのだ。
アドナイの件の偵察に割ける手足があるのは便利であるのは事実。
さてとレイラの提案どうするかな?




