胎動する種
『肉体と精神の統合を開始……。宿主と世界への精神の定着率37%、引き続き作業を進めます。』
「ちょ、待っ」
この『世界の声』さん多少電子音まじりの女性の声。あれだボカロみたいな声が一番近い。
なんだろ、片道チケットの飛行機に乗った気分だ。この世界に定着って事は元の世界に戻れる可能性が費えたって事なんだろうな。
『精神と肉体の統合を終了を確認しました。新しい《称号》を獲得しました。また取得済みの《称号》のアップデートが完了しました。引き続き派生した能力のインストールを開始します。』
出来る女性の声で『世界の声』さんは作業を続ける。あれよこれよと言う間に別の作業に入っている。
「ルイト? どうしたんだ」
一言漏れた俺の声にファリアさんが森を見るのをやめてこちらに振り向く。
辺りの山賊達は既に戦えそうな状態の者はいない。
森の奥の山賊達は実力差がわかってしまったのか、俺達の周りの呻いたり気絶している山賊を回収するため遠巻きにこちらを見ているだけで襲ってくる気配はない。
「いや、今この瞬間に能力が俺に生えるみたいです」
元の世界に戻れる可能性が今ポッキリと折られた。と言っても仕方がないので現在の自分の状況をファリアさんに伝える。
「そうなのか。魔法か? 操気術か? 」
なんか期待した目でファリアさんは俺を見てくる。こう見えても俺は異世界人、仰々しくないレベルの見た目と適当な強さのチート能力なら歓迎である。
目立たず命の危険を回避できる程度には便利な能力だと良いな。
「そういえばその二つの能力の差って何ですか? 」
どっちか聞いて来るファリアさん。しかし俺、そもそもその魔法と操気術の差もわかっていない。
これまでの経験と今まで読んできた文献から予測はたてられるが、能力の概念すらわからず発生のシステムの解明はおろか体系化もされていないのでこれといって確証が得られない。
なんだろ?こう雑な感じにしか理解できていない。
「《属性》に起因する魔力を変換させて行使するのが魔法。魔力を純粋なエネルギーとして使用するのが操気術だ。魔法の場合は自分の持っている《属性》にある系統の魔法しか使用は出来ない。こんな説明を昔、私はヴァーンに聞いたな」
概ねは雑に理解している俺の予想と同じ答えを返してくれるファリアさん。先ほど言っていた潜在されていた能力の値が満たされると能力が発生すると言う件でシステムもぼんやりだが見えてきた。
これもこの世界特有のステータスに表示されない隠しパラメータが関係しているのだろう。
ステータスに隠れている能力バーへと能力が発生するまで、ある行動をして満たせば良いのだと思う。
その行動内容が断定出来れば能力持ちの人達は増えるだろうが、そこまでは残念ながら情報が足らない。
同じく隠れている各属性バーも同時に満たしていれば魔法の能力が現れやすくなる。属性を満たしていなければ操気術が現れる可能性が高いのでは無いだろうか?
どちらも使える上級戦士がいると聞かないのは、各項目の隠れたバーを満たす行動条件が違うからではないだろうか?
「えっと。過去の転送者のアキヒト様はどっちも使えて更に特別な能力も持っていたんですよね」
「そう伝え聞いている。一世紀近い昔の話だから実際にこの目で見た訳ではないから尾ひれがついている可能性もあるでしょうけどね。でルイトの能力はどっち? 」
もう森の奥の山賊達に興味はなくなったらしい。だがこの状況でキラキラと目を輝かせて見つめられても困る。
「それともアキヒト様みたいに恩恵を取得出来たのか? 」
更にファリアさんは迫って来る。物凄く心臓に悪い、ドキドキする。
そんな会話の最中も世界の声は聞こえていたが、思考が混乱していたようで完全に聞き流していたことに気づく。
個人個人の能力は魔導具の補助を使用しないでも使用可能だ。
一旦、思考するのをやめてステータスを確認して見る。
ルイト・ヒラノ
種族:人族[異世界人]
Lv:9
HP:35/40
MP:112/112
ATX:63[68]
DEF:50
AGL:77
《能力》瞳術new、高速思考処理new、収納new、陽炎new
《属性》未設定
《称号》精神の安住者、異世界からの移住者、埋没する才能new
ん?えっと……。
攻撃系の能力はどこ?
そもそも俺の性格や生き方の要の自称スキルの“埋没する才能”が《称号》入りしてる。なんだろコレ……。
各項目に意識を合わせると説明が脳内に流れて来る。
[埋没する才能]
この称号を持つ者は、過去に起因した心的外傷を精神に深く刻み付けられている。周囲と異なる行動や逸脱した行動をとる事に強い嫌忌を持つ。その為、状況を観察する事に長ける。心的外傷はふとした拍子に再発する恐れがあるので要注意。
◇派生能力……瞳術、高速思考処理、収納、陽炎
「っつ!! 」
グサッといきなり突き刺さる俺の生き方の要である自称スキルの説明文の一撃。
ドクン!!
ヴァーンさんの見透かしたような言葉を聞いたときのように心臓の鼓動が早くなる。 思い出したくもない過去が鎌首をもたげて来る。こんな不意討ちもあるのか。
『世界の声』さんの魂解析の優秀さが非常に恨めしくなる。
いや大丈夫だ。
これは俺の脳内にしか流れていない。
ファリアさんは勿論、他の誰も気づいていない。
まだ大丈夫だ。
「い、いや攻撃系の能力では無かったですね。恩恵って訳でもない多分、一般的な補助系の能力のようです」
とっさに心臓を抑えるように左手を胸元に置いたが、誤魔化すように胸元の部分鎧で手を擦るように拭いてファリアさんに笑いながら結果を告げる。
「そうか……ルイトは才能を持ってる。もしや? と思ったが今回は残念だったな。落ち込むな、必ず攻撃系の能力がルイトには目覚めるよ」
顔色の悪い俺を落ち込んでいると勘違いしてくれた様子で励ましてくれるファリアさん。
まぁ、便利なチート能力が手に入れば良いなー。と思っていたので正直がっかりしているが、この俺の生き方の要である自称スキルの不意の一撃に比べれば、どうと言う事はない。
過去の出来事の片鱗が脳裏を掠めて脈が早くなる。
頭を振って無理矢理に思考を変える。別の事柄を考える。
そうだ、考えてみればチート能力が恩恵って呼ばれていたのだから予想して然るべき事だった。
恩恵とは、他者や自然などから受け幸福、利益をもたらすもの。つまりは何かから授けられるモノなのだ。
神様達が実際に存在して喧嘩している世界だ。恩恵を授ける相手は俺でなくても自ずとわかってしまうと思う。
この世界に来ていた転送者、転生者と呼ばれる者達は神様によって選ばれチート能力を授かった人々なのだ。俺の置かれている境遇とは根本的に違っている。
最初から出発地点が違っていたんだ。期待するほうが間違っていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
そんな瞬間、森の奥の山賊が潜んでいる辺りから悲鳴があがる。一斉に飛び立つ小鳥の群れ。
ガザガサと揺れる森の木立。急変した現場に粟立つ肌。
未だにいろんな感情が入り乱れる心を押さえ込んで状況を把握するのに勤める。
大丈夫だ。あの地獄を経験した俺なら大丈夫だ。
まさに絵に描いた餅。得られないと確信を持ってしまったチート能力。
俺には授けてくれる相手はいない。この世界に来た経緯が違う。
無い物ねだりをしても仕方がないので今は獲得した能力の性能と使い方を学ぶしかない。
少しずつ、いつもの平常心が戻ってくる。呼吸を整える。
森の奥から慌てて此方に逃げてくる山賊達。その数は全部で三人。すぐ後ろから一人の山賊の胴体を腕で貫いたまま無造作に引き摺って現れる巨大な生き物。
貫かれた山賊は巨大生物の太い腕に串刺しにされて苦しそうな悲鳴をあげている。
おびただしい量の血液がアドナイへ至る街道の地面に流れて落ちている。著しいスピードで減っていく山賊のHP。残念だが多分、もう手遅れだ。
「ここまでの大きさの森が切り開かれずに存在しているのだ。何かあるとは勘ぐっていた……。未開拓な理由はコイツが居たせいか。まさか戦線間近と言え人族の領域でミノタウロスを見る羽目になるとは」
個体名ミノタウロス。オークやゴブリンのような群れは成さず基本的に個体で動く。頭部は牛のそれに酷似し、非常に立派な人間を巨大化させたような筋肉質な体躯を持つ。身の丈は3メートル前後、魔法は使用しないがその体躯自身が一つの凶器である魔物である。
と言うかファリアさん、勘ぐっていたなら何故に毒針乱射してたんですか?
それ、コイツがここに出てきた一つの要因のように思うんですけど!!……心の中で突っ込みをいれる。
辺りを再度、確認。
近くに転がる戦闘不能の山賊達。俺とファリアさん。森から追い出されたように逃げてきて怯えている山賊が三人。ミノタウロスの腕に胴体を貫かれて事切れた山賊が一人。もう一人居たはずの山賊が見えない。あの高レベルの山賊だ。
木から落ちて気絶している山賊の弓兵要員は、気を失っているのが幸いしたようでミノタウロスの脅威からは逃れられて居るようだ。
ファリアさんは魔力切れ、毒針は打ち止め。種族能力の増幅も制限時間有り。
こういっては悪いが、ファリアさんの戦い方で五分以内でコイツを仕留められるとは思えない。
もう一つ不確定要素がある。一人姿を消した山賊の動きが読めない。
俺は現在ある能力でどうにか出来ないか考えて戦術を組み立てる。使い方は脳内に既に流れてきている。
何か変わったと言えば、こんな生死のかかった状態だと言うのに冷静に分析出来る自分の豪胆さだ。これ高速思考処理の結果なのかもしれない。
さて、どうしたものか?




