世界の声
アドナイの不可解な陥落の知らせを受け調査を名乗り出たルイトとファリアの行く手に立ちはだかる多数の山賊。
周りを囲まれて絶体絶命かと思われたルイト達であったが彼らはあのオーク達の迫り来る戦場を生き抜いた猛者である。
道を外した落伍者の山賊達がまともに敵う相手では無かった。
普段から無口で通ってるルイトは月華を握りしめると山賊の一人が喋りながら襲ってくるのを見切り、その肩に愛刀の月華を見舞う。
鋭い一撃は見事に山賊を捉えて軌跡を描く。短く呻きながら膝から崩れ去る山賊。
辺りの他の山賊はその状況を見て各々の武器を持ってギリギリとにじみよって来る。
「ご託は良い。剣で示せ! 」
月華を右下段に構えて短く山賊を挑発するルイト。そんなルイトの勇姿に顔が赤くなったファリアは……。
はい、妄想からの脱線です。
なんて正統派の英雄モノの出だしで一度はやってみたかったんです。
はい、もう満足しました。あれを長時間キープとか無理です。
モブキャラ気質の俺は多分、日陰が似合うと思うんです。日向にいたら溶けちゃいます。
「てめぇ、殺されてぇのか? 」
冗談のトッピングされたアイスクリーム状態から現実へと戻される。
しかし、山賊さん、品の無い言葉だね。この辺もテンプレなんだな。と関心する。
「えーと、ルイト。さっきのノリ良かったぞ! 」
赤ら顔のファリアさん。
厨二チックの俺の台詞を聞いて、よっぽど恥ずかしかったのか真っ赤になりながらもフォローしてくれるとは、貴女が上司で良かったです。
「アハハ。ありがとうございます。さてと、冗談は置いておいてさっさと片付けて行きましょう」
一番厄介なのは弓兵かな。小さくファリアさんに処理をお願いする。
「そういえばルイトは能力が何もなかったがどうなっているんだ? 」
ファリアさんは伊達に上級戦士になっているわけではない。
腕時計型の魔道具があれば皆が使える種族能力ではなく彼女固有の能力も持っている。
得意のヒットアンドアウェイの高速戦法と能力の併用で戦場を駆けるのが彼女の戦闘スタイルである。
「ヴァーンの“飛翔剣”があまりにも有名だが私の“女王蜂”もなかなかなものだぞ」
周囲の山賊の剣を踊るようにしなやかに躱しながらファリアさんは能力を発動する。
ファリアさんの前方の空間の空気は高速で回転しているせいで歪んで円錐形に見える。空気を圧縮した円錐の数は全部で四つ。
「行ってきなさい“毒針”達」
ファリアさんの二つ名“女王蜂”の能力で空気を圧縮した毒針が大気を切り裂きながら飛んでいく。
確か空気内の酸素濃度や気圧を変えると空気も毒になるとか生物の先生が言っていた気がする。
それを目の前で異世界特有の不可思議な法則に基づいて実行させたのがこの毒針である。
毒針の直撃を受けて殺虫剤のスプレーを吹きかけられた虫のように木の上から隙をうかがっていた四人の弓兵が木から気を失って落ちていく。
その光景を視界の端に捉えながら山賊のオーク達の戦斧よりも遥かに遅くお粗末な剣撃を良く見て躱していく。
その身体の筋肉の動き、視線から行動を予測して見合った最短で効率的な対応を割り出す。
「どうなってるんだ? と言われても……。そもそも能力って概念が良くわかりませんよ」
ゲームの中の魔法とかなら一覧から選んで発動するみたいな感じか?元の世界には無い概念なので全く理解できない。
なので修得の術もサッパリ分からず何処から手を付けて良いのかすら未知の領域である。
いや、一つ忘れていた事柄が有った。不確定要素なんちゃらの件を思い出す。
「試すにはちょうど良い機会かな? ファリアさん一つ、聞いて良いですか? 」
三人目の山賊の剣を右に躱してその反動でその奥から迫る山賊の腕を峰打ちで強打する。
そのままファリアさんへと声をかけて、翻り様にしゃがみこんで別の山賊に足払いをかける。
山賊がバランスを崩して地面へと転がす。
この世界の生死判定にはHP表記があるから分かりやすい。
最初は理解できなかったが、これ攻撃の当たった箇所によってダメージ量が変わる。
急所は非常に高く一撃で全損したりするのである。
他の傭兵の皆や自分自身がレベルがアップして予想が確定した事もある。
この世界でレベルアップによるHPとMP急激な上昇は無いと言うことである。
現在の俺のレベルは9、しかしMPはレベルが4も上がったのに2しか上昇しなかった。
更にHPに至っては未だに35のままである。
これは他の傭兵団のみんなも同じで、体躯に恵まれている傭兵でも50前後、ファリアさんは俺より少し高い37となっている。
何て言うことはない。種族の生命力を数値化しているシステムだった。
人族の健康な成人の平均HPが約40程度なだけで、加齢や病気、戦闘や事故での致命的な欠損で増減する代物で有ったのだ。
勿論、レベルアップの恩恵もあるだろうが多分、レベルが5または10上がって1増えれば良いと予想している。
相手を確実に戦闘不能に追い込むには、相手の痛覚に対する耐性力を知りたいところだが、実にシンプルなこの世界のステータスにはたった三種類しか項目がなく判断材料が乏しい。
しかし普通は難しい判断だが俺は観察眼を駆使して予測をたてている。
人は凡そ三分の一程度のHPを削ればだいたい気絶するか、まともな戦闘は不可能な状態であると判断できるのだ。
目の前の腕を強打された山賊がHP換算でMAXHPから-5程度のダメージ。痛みに耐えながらも何とか応戦可能な状態。
最初の峰打ちした山賊は-9。辛うじて意識は失わないが朦朧として戦闘はほぼ無理。
ファリアさんの能力で木から不自然な格好で落ちた一番不幸な弓兵が-18。今後の日常生活で支障をきたす恐れがあるダメージであろうか? ちょっと彼の今後の人生が心配になるが自業自得であるので生きているのだから良しとしよう。
「何か聞きたい事でもあるのかルイト? 」
声をかけたファリアさんは高速で辺りを飛び交いながら剣撃と毒針で自分の周りの山賊を文字通り一網打尽にしていく。
……その毒針危険だから注意してね。とファリアさんに心の中で蛇足の注意換気をしながら先程思い出した要件を聞いてみた。
「能力を取得するきっかけって何ですか? 修得するとき何か声は聞こえます? 」
俺もきっちりと腕を強打した山賊を気絶させ、足払いをした相手の鳩尾に柄を落とす。
「えぇ、能力を取得する瞬間には聞こえるわ。ルイトも聞いたことあるでしょ。種族能力の増幅するときに聞こえた声。あれが種族や勢力、老若男女問わず聞こえる『世界の声』ね」
話しながらも既にあらかた山賊を倒し終えてしまったファリアさん。女王蜂の毒針で森の中の未だに隠れてる山賊を牽制する。
「自分の中の潜在された能力の値が一定に達すると項目がステータスに表示されるの。大概の戦士の能力は応用が効きやすい“魔法”や“操気術”辺りになるわ」
もう一度、森のなかに隠れている山賊を炙り出すように毒針を打ち出すファリアさん。見てると彼らはジリジリと後退していってる。
毒針での威嚇は逆効果じゃ無いかと俺は思うのですが。
「私の能力からつけられた二つ名“女王蜂”も大きくわければ魔法の一種。ちなみにヴァーンの“飛翔剣”は操気術の一種ね」
「成る程、で大概の……ってことはそれ以外になることもあるんですね」
丁寧に説明してくれるファリアさんの魔力が尽きて毒針が打ち止めになっていた。
乱射しすぎですファリアさん。
「そうね。攻撃系の能力以外も沢山あるわ。補助系や生活系、生産系の能力なんて言うのもね」
魔力が尽きたので足元に転がっている石をつかんでは森へ投擲しながら話続ける。
「……ルイトと同郷のアキヒト様に至っては魔法も操気術も使えたけど、そんな能力なんて目じゃない例外中の例外能力の恩恵を持っていたらしいわね」
全く効果の無い投擲にチッ……と舌打ちしながら森を睨み付けるファリアさん。ヴァーンさんとの会話のお守りの意味が背中にのし掛かる。
それはさておき能力の常識枠外のチート能力の事を恩恵とこの世界では呼ぶらしい事を知った。
今一度、あの『世界の声』の内容を脳内に思い浮かべる。ステータスを開くと点滅しているアイコンを選ぶ。
『異世界からの不確定因子の解析に終了しています。新しい称号を獲得しますか。』
微妙に初めて聞いた時とちょっと違う世界の声を聞いているとあの時の[YES]と[NO]の文字が表示される。
何が出るかわからない。
だがこれから向かうアドナイで出会うだろうチート能力持ちの同郷の相手に、その場で得た付け焼き刃の能力では何かあったとき対応出来ないのは明白だ。
不確定因子の結果がなんであるか知っておく必要がある。
この結果得た能力が不可思議な陥落を見せたアドナイに行使されているだろう能力の対応策になるのかはわからないが、切れるカードは多いほうが選択肢は増えて立ち回れると思う。
覚悟を決めて俺は[YES]のボタンを押した。
『これより不安定だった肉体と精神の統合を行います。人族ルイス・ヒラーの肉体を異世界人ルイト・ヒラノの精神の宿主として改変します。なおこれにより異世界から現世界へと精神の定着を進める事をご了承下さいませ。』
俺の行動で流暢に言葉を紡ぎ出した『世界の声』。
ん、ちょい待て。世界へと定着させる? なんかやっちゃった感がしないでもないんですけど……。




