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巻き込まれし者?

 降って沸いた様な現在の状況。


 直ぐに確認できる状況ではないだけに情報は錯綜し、砦に応援に来ていた軍部の人達の中にも何が起きたか具体的な詳細を把握出来ていた者は一人もいなかった。


 アドナイ周囲に展開し常日頃の討伐に出ていた軍人達からの連絡のみが状況を教える唯一の目であり、アドナイの街にある軍部の北西方面総本部には誰の呼び出し(コール)からも応答は無かった。


 街の外周から見るとアドナイの街を覆い尽くさんばかりのゴブリンの群れがそこらかしこに見受けられる。


 ゴブリンはオークと並んでこの北西部では戦闘する機会が多い魔界領域の種族である。


 それを目の当たりにしたとき、血気盛んな三十代の軍の戦士が街で暮らしている妻子を思って飛び出していった。だがアドナイを取り戻すためゴブリン達と交戦しようしたが、交戦する事はおろか街に触れる事すら出来なかったらしいのだ。


 近づいても世界が重なっているだけで別次元にあるように触る事も何も出来ない状態になってしまっているとの話だ。


 俺は聞いた説明から、そっくりそのまま街全体が蜃気楼にでも包まれたのかと思った。いや、もっと正確に伝えるなら街全体が拡張現実(AR)にでも取り込まれた様な状態になってる。が一番近い表現であろう。


 とりあえず予備知識として手に入った情報からは全く打開策も思い浮かばず、それを可能にした能力も検討がつかなかった。


 わかる事と言えば、こんな不可思議な能力を選択するのは俺と同郷の人間ぐらいしか思い浮かばないだろうと言うこと。必ずそこに地球人、しかもかなりの確率で日本人だと思われる何者かがいると確信できる。


 ヴァーンさんの軍部への口利きもあり、アドナイの現状の正確な把握をする名目で偵察要員として俺とファリアさんのアドナイへの出発はすんなり叶った。


 今回は迅速な行動が必要な為に二人きりでの出発だ。


 そして今は人族領域の街道をアドナイの街に向かっている最中である。


 早馬を走らせるが生き物であるから途中で何度も休息をとらないと行けないのが難点である。


 一度目の休憩で、馬に水と食料を与えながら辺りを見渡す。


 その道は砦と街を結ぶ穏やかで歩きやすい道だった。


 整備された道と対照的に、所々の風景に人族領域の未開拓の地である人外の住む深い森や険しい山々が切り取られたような不気味さを含んで視界に入って来る。


 だが、出だしとしては概ね順調な旅の始まりである。


「君はアドナイに行くのは初めてだったね。俺の元分隊メンバーの中でファリアは良くも悪くも一直線だからお守りを頼むよ」


 休憩で休んでいると呼び出し(コール)が入り、視界の端にヴァーンさんが映り冗談を言ってくる。隣で毛並みを馬を解かしているファリアさんをチラッと見る。


 いやいや、この女性ひと俺より強いんですけどね。


 砦をたつときヴァーンさんはなぜか俺にも魔道具の識別番号を教えてくれた。


 今後、必要になるかもしれないし、ファリアさんが連絡できない状態でも、俺へと繋がれば便利だろう。と笑っていた姿が目に浮かぶ。


 あの人なにかと俺に良くしてくれる。

まさか、“飛翔剣”の二つ名を持ち空中を自在に舞う剣を用いて戦うだけに、あっち方面も自在に踊る両刀使いとかってオチはないよな。

そっちの気はないので勘弁願いたい。とか余計なことを考えてしまう。


 この脱線する性格は早十数年付き合ってきた俺の観察眼と双璧をなす性格の一部だから許して欲しい。


 出発直前にヴァーンさんに握手を求められて、余計な推測に妄想を走らせ苦笑いしながらそんな事を考えているとファリアさんが耳元でそれを敏感に察したのかヴァーンさんの秘密を教えてくれた。


「ルイト、こいつは爽やかイケメン顔をしているが本性は女好きの変態どスケベだから気を付けろよ」


 とんでもない情報が飛び出てきた。男色のダの字も無いと太鼓判を貰ったヴァーンさんの額に血管が浮き出ている。


「おぃ、ファリア。何故にこのタイミングでそんな事を言い出してるんだ」


「うるさぃ。いくらお前が幼馴染みだとしてもルイトの才能に気づいて声をかけたのは私が先だ。この子は私が育てます」


 なぜかヴァーンさんとの握手の手をファリアさんは解いてきてそのまま抱き締められる。どうやら先程のアドナイ陥落の一報からの一件で蔑ろにされていたのがちょっと面白く無かったらしい愚痴をヴァーンさんにぶつけている。最近の地のファリアさんの残念美人っぷりがちょっと半端ない。


 痩身で均整が取れたファリアさんはある部分が平均より下でそんなに豊かではない。しかしこんなに密着して女性に抱き締められたのはいつ以来だろう。部分鎧の無い傭兵団の制服越しからでもその男性とは違う柔らかい肌の感覚に慣れていないために目眩がしてくる。


 沸騰しそうな脳細胞へさっきからいろいろな情報が落ちては爆発していた。


「俺は淑女然とした女性をキレイにするのが好きなんだ。お前みたいな猪突猛進の猪が少しだけ知性を得て賢くなった様な性格の女性は対象外だから安心しろ」


 特に言い訳をするでもなく変態の烙印を受けても平然とファリアさんへと言い返してるヴァーンさん。それに対して普通に立って歩いているのを遠巻きに見ている分には優等生の生徒会長然としたファリアさんは舌をだしあっかんべーで応戦する。


 なんだろ?アナタ方、現在の状況をわかっています。幼馴染み同士だったと言う情報も初耳だったがこの状況で良くふざけ合っていられるなー。と肩の力が抜けた。


「どうやら少しは緊張解けたようね」


 そんな俺からファリアさんは離れる。俺の戦闘時から同郷の人間との接触に志願した件までの張りつめた糸のような心の危うさを感じ取ってくれたのか二人は俺の肩の力を抜くために一芝居うってくれたみたいだった。


 とすると……ん?さっきのファリアさんの残念美人っぷりは演技だったのか!と思ったがこの二人の抗争は歴とした本物らしく今度は俺そっちのけで言い合いを再開する。


 お互いに言いたいことを機関銃のようにぶつけ合い肩で息をして荒い息を吐く。


「ふーまぁ良い。続きは帰って来てからにしよう」

「そうね。また再会したら決着つけてあげるから」


 そう言いながら笑い会う二人の姿が今も印象に残る。いつなんどき死ぬかもしれない世界で再会を約束し会う幼馴染み達。この世界の人間も確かに生きていると心に響いた場面だった。


 で、ファリアさんもヴァーン並に主人公体質なのか俺がヴァーンさんとの連絡を終え、休息ついでにそんな出発時の出来事を思い出していると軍部の拠点のあるアドナイの街周辺では余りお目にかかれない傭兵くずれの山賊達に気付くと囲まれていた。


 即座に人数、周辺の伏兵の有無。位置取り等を観察し通話テレフォンの囁きモードでファリアさんにも情報を伝える。カメラモードとかチャットモードとか使えるともっと機密性が高い作戦も組めると思いながらも高望みしても仕方がない。


「ある意味、これテンプレの“巻き込まれし者”でも俺に称号増えてないですかね」


「こないだは戦闘行為に感傷的になっていた人間が良くも軽い口を叩くものだ。だが安心した。そちら側は任せて良いか? 」


 二人で馬の邪魔になら無いように道へ呑気に会話しながら歩いていく。俺たちを囲む山賊達もそれにならい囲んだまま輪が道の真ん中まで移動する。


「あの戦いで俺のレベル上がったんですよ。やるせない反面、やっぱり強くなるのって嬉しいですね」


 月華を鞘から抜く。美しい赤い魔導回路の紋様が走る刃が現れる。


「それでルイトは殺し合いに折り合いをつけたのか? 」


 ファリアさんも腰の白銀の剣を鞘から抜いて答えてくれる。


「それはまだです。殺し合いじゃなく生きたまま戦闘不能にする事が出来るぐらいはレベルが上がったので今回は殺さなくても良いかなーと今は楽観視してる訳です」


 一度、真上に月華を振り上げて刃を裏返す。素人だから峰打ちなんて上手くいくかなと少し不安になる。


「成る程、傭兵くずれでは命の奪い合いのレベルでの戦闘にはならないと読むわけか! 」


 ファリアさんの美しい横顔が見え、その口元が嬉しそうに笑っている。


 けっこうな数の山賊がいるが、どの山賊も往々にしてレベルは高くない。一番高そうな未だに森の中の隠れている一人だけがレベル10を叩き出しているがそれ以外の多くの山賊は概ね4以下か精々6である。森からこちらを見ているのが約五人。俺とファリアさんを囲むように十三人程度が二重に円を描いて回りを取り囲んでいる状態だ。あと多分弓兵と思われるのが木の上に四人ほど見える。


「しかし、なんなんだそのルイトの異常に鋭い観察眼は?能力アビリティの補助もなくそんなに人は一気に情報を集められるものなのか」


「俺の生き方(スタンス)の要なんですよ。元の世界での頼もしい相棒だった能力ですから経験値があったらカンストしてたと思いますよ。ハハ……」


 俺とファリアさんが必要以上に普段と変わらない会話をしていたのが気にそぐわなかったのか、山賊の一人が手に持つ手入れの行き届いていない剣を俺達へと向けて山賊のお約束のあの台詞を口にしようとしてくる。


「てめぇら、この状況わかっているのか? 命がほしぅぶひゃぁぁぁぁ」


 そんなテンプレ入りません。普通に何処の世界でもこういう台詞は変わらないのかもしれない。あとは三下に絡まれて圧倒した後の「お、覚えてやがれ!! 」は塩と胡椒のようになくてはならない調味料だとでも言うのだろうか?


「ご託は良い、剣で示せ! 」


 うん、決まったね。 テンプレ発言をしようとした山賊の肩へ峰打ち、刃の無いほうで思いきりぶっ叩くと面白いほど吹っ飛び失神する発言途中だった山賊。


 ざわついて構え始める山賊達に一度はどこかで言ってみたい台詞を発してみる。


んー気持ちいい。ファリアさんを見ると恥ずかしそうにその顔は真っ赤になっていた。


 うーん。やり過ぎたかな。さて真面目に対応するとしますか。

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