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奇妙な死角  作者: 村松康弘
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振り込め詐欺

  私の名前は、大滝貞男。52歳、独身、現在無職。―というのも、30年間勤めていた食品加工会社が、不況の煽りで業績不振に陥り、先月倒産してしまったからだ。

 今はもっぱらハローワークへ通ったり、求人誌や広告で職探しの最中だが、あいにく私ぐらいの年齢になると、使ってくれる会社はなかなかないのが現状だ。

 だから倒産して以降、自宅である狭い安アパートに引きこもっている日も多く、我ながら情けなく思う。(勤めに出ていた頃は、日曜祝日以外、自宅にいたことなどなかったのに・・・)と気持ちも塞ぎがちになっている。

 仕事に生き甲斐を感じ、趣味らしい趣味も持たなかったせいで、交友関係もほとんどなかった。だから訪ねてくる友人もなければ、電話をくれる友人もいなかった。これも淋しい話だ。・・・だが、こうして引きこもっていると、間違い電話が案外と多いことがわかった。

 「オオタケさんのお宅でしょうか?」という電話が、多い日は一日十件もある。そして「違います」と言うと、納得のいかない声で切れることもあった。


 ベルが鳴った。昼食のカップラーメンに湯を注いでいた私は、(どうせ間違い電話だろう)と思いながらも電話に出た。

 「あ、俺、俺」電話の向こうから若そうな男の声が聞こえる。私には当然聞き覚えのない声だ。不審に思いしばらく黙っていると、相手はもう一度、「あれ?俺だよ、俺」と呼びかけてくる。

 私の頭はピーンと閃く。(こいつ、オレオレ詐欺だか振り込め詐欺だな)そういった電話を受けるのは初めてだった。私は切ろうかと受話器を置きかけたが、(どうせ仕事もない暇人だ、ちょっとからかってやろうか)と、悪戯心に火が点く。

 「ああ、カズオか、どうした?」と、とぼけたことを言ってみる。すると相手は、「そうだよ、カズオだよ」と答えた。私は面白くなってきて、「どうした?声が違うじゃないか」と言うと、「風を引いちゃってね」と相手は咳払いをした。そのやり取りはまるで、『振り込め詐欺事例集』のようにベタで、私はニヤニヤしながら、(こんな手口に騙される年寄りの気持ちが判らないな)と思う。

 私は笑いを堪えながら、「こんな昼間にどうしたんだ?」と神妙な声を作ってみせる。途端に相手は、待ってましたとばかりに話し出した。


 カズオは先日の給料日に、調子に乗って高級クラブに行き、酔っ払うと店のホステスと意気投合して、そのままホテルに直行。一夜を過ごしたまではいいが後日、広域暴力団組員から電話が来た。ホステスはヤクザの妻だったらしく、慰謝料として300万持って来いと言われた。美人局つつもたせくさいが、断ることは出来ないと言った。

 私は話を聞きながら(もうちょっとマシな嘘をつけよ)とニヤニヤしたが、からかうのが楽しくて、「わかった、その金は用意してやろう」と、騙されたふりをした。カズオは、「ありがとう!父さん」と何度も言う。私は子供はおろか結婚もしたことがなかったのだった。

 カズオは、「じゃあ、この口座に振り込んで」と、口座番号を伝えてくる。私はリアルに聞かせるため、本当にメモを取った。そしてカズオは、「今日中にお願いね」と言って電話を切った。当然のことだが、振り込む気などない私は、そのまま放置しておく。これからどう出てくるか、それも楽しみになってきたのだった。


 その日の夜、安い第三のビールを飲んでいると電話が鳴った、(カズオくん、今度はどう出てくるか)と、私は電話に出る。「父さん、どうしたんだよ?振り込まれてないじゃないか」カズオは昼間より明らかに不機嫌な声で言った。「本当にやばいんだよ、明日までに払わないと殺すって言われてんだよ」

 私は、「わかった、わかった、明日の午前中には振り込むから、心配するな」と、演技だとばれないようにそれらしい声で言った。カズオは、「きっとだよ、本当に頼むね」と念を押した。


 翌日、私はハローワークに行くため、午前の早い時間に出掛けた。カズオとの約束を守る気などもちろんない。そしてその日は私の希望する条件にかなり近い求人票が出ていて、相談員と細かい相談をした。相談員は、「善は急げです、どうです、これから先方に連絡して、面接を受けさせていただいたら?」と言い、乗り気になった私の代わりに電話をしてくれた。

 私はその午後、いつもバッグに入れている履歴書を持参して、求人票を出していた会社を訪ねた。すると面接を担当した人事課長が、偶然にも私の学生時代の知り合いで、とんとん拍子に採用が決まった。(こんな偶然もあるんだな)と、私は有頂天で帰路に着いた。

 

 帰りに買ったエビスビールと、ちょっと豪華な惣菜の入ったビニール袋をテーブルに置くと、留守番電話のインジケーターが点滅していることに気づいた。私は上着を脱ぐと留守番電話を再生する。『・・・カズオだよ、まだ入っていないけど。・・・本当にやばいんだよ、頼むよ』そしてガチャッ切れる。(ゴゼンジュウイチジジュップン、デス)私は、(わざわざ留守電にまで入れやがって)と腹が立った。

 もう一件入っているので押す。『ああ・・・ああ・・・』そして切れる。(ゴゴゴジナナフン、デス)私は舌打ちしてメッセージを消した。

 気を取り直してテーブルに惣菜を並べると、エビスビールのプルトップを開けた。やはり安物とは違って美味さが身にしみる。惣菜の包装を解きながらテレビをつけた。

 『本日の夕方、○×町の路上で腹部を刺されて死亡している男性が発見されました』私は惣菜の中身を皿に移しながら、ぼんやりと画面を眺めた。ニュースは映像を流しだす。

 『被害者は、所持品から○×町、大竹和夫さん、25歳です。目撃者の話によると、叫び声を上げて走る大竹さんを、黒っぽい覆面の男が追いかけ、そのまま殺害現場の路地に入って行き、しばらくすると覆面の男が出てきて逃走した模様です。警察では緊急配備をして犯人の行方を追っています』

 私は『オオタケカズオ』という名前を聞くと、顔からサーッと血の気が引いた。

 茫然としていると、電話が鳴った。ふらふらと電話に出る。「○×警察署ですが、オオタケさんのお宅ですね?」私は放心状態で、「いえ、違います」と答えた。「え?違う?おかしいな。・・・あ、これは二年前の電話帳だ。今の番号はこっちだった。・・・失礼しました」ガチャリと電話が切れた。


 「こんな偶然もあるんだな」私は宙を見つめながら呟く。


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