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漆黒の舞闘姫は歌いつづける  作者: 湊 奏
第2章 侵攻
9/10

第4部 鍛冶の神たるは…

どれほど歩いただろうか。1kmを歩くのに、ふつうは10分程度かかる。しかし、アリシアそれ以上の時間が過ぎているように感じていた。


閉鎖かつ閉塞している空間、人口灯のみが光をもたらし、空気の流れも皆無。


視界の悪さは、神経に緊張をもたらし、歩調を落とさせる。


端末に目を落とすも、地下であるせいか現在位置は表示されない。


もしかしたら、目的のハッチを見落として、通り過ぎてしまったのかもしれない。そんなふうにさえ考えてしまう。自分位置を知る手がかりもなく、情報も遮断されるとこうも不安になるものなのか。


汗が頬を伝い、ぽたりと落ちる。その音がやけに大きく耳につく。



息が詰まるようで、自然と呼吸は浅く、荒くなる。


視界が不鮮明なため、聴覚ばかりが敏感になっているのだろう。汗の音もそうだったが、自分の足音、息遣いがたまらなく煩い。


そのうち自分の心音までもが聞こえてきそうだ。



暗闇は恐怖と直結しているのがよくわかる。それでもアリシアは感情を押し込めて、前に進むのだった。



そして、予想していた邂逅エンゲージはあった。


カシャン・・・と遠くで何かが落ちるような音・・・


瞬間、アリシアは黒鉄を頭上に向かって振りぬいた。


視界に銀閃が奔る。

と同時に、ガキンという金属音がトンネルに反響して響いた。



「そのうち来るとは思っていたけど。また剣なわけ?」


襲撃してきた機械人形は、昨日戦ったものとは違うが、またしても二刀の剣を構えていた。


「ククリ刀だ。あの湾曲は視界でとらえる以上に予測困難な動きに適している」


「解説どうも。でもあれ、昨日のじゃないでしょ」


「ああ、通常の機械人形だ。高スペックのコンピュータを積んでいるわけでもない。だが、戦術インプリンティングは白兵戦特化型だ」



アリシアが構えなおすと同時に、機械人形(オートマタ)は地を蹴り、突進してくる。その勢いから放たれる剣戟は支えられないほど重い。


防いだはずの一刀は、もう一刀の追撃により押し負ける。防ぎ切ったにもかかわらず、内湾曲の刃がアリシアの肌を肉薄する。


「――――っ! らぁあ!」


押し負けた勢いに乗り、体を捻った回し蹴り。しかし当たらない。


避けられるのは織り込み済みだ。外した左足を踏み込み軸足にして、更に半回転。

遠心力は速度を生み出し、弾かれたその威力は切先の突きへと集中する。


が、それもあっけなく、敵の刀によって防がれいなされてしまう。


勢いを殺せずにたたらを踏んだアリシアだが、敵の斬撃は辛うじて刀で受けた。


「白兵戦特化っていうのは、案外厄介だね。でも・・・ あれ程早くはないっ!」


爆ぜる。


狭い空間は斬撃の軌道を限定する。ある例外を除いて・・・


機械人形は決して早くはない。馬力が生み出す突進力は驚異的だが、身体を使った動きは目が慣れてくれば、大したことはなかった。


そして、アリシアには重量の軽い人間だからこそできる戦法に打って出た。


狭い空間は斬撃の軌道を限定する。しかし、その狭い空間全てを足場にできれば、広い空間では生み出せない立体軌道の斬撃を放つことだ可能となる。


壁を足場に、天井を地面に。


薄暗い空間に走る漆黒の閃光と銀色の残像。


今までの動きをはるかに上回る超高速の疾駆に、敵は処理落ちを起こしたのか対応しきれていなかった。


アリシアの斬撃を受けきれないどころか、剣戟が微妙にずれて、アリシアの刃が通る。


一刀入った瞬間、勝敗は決した。


腕が飛び、脚が落ち、胴が裂け、首が飛んだ。




解体された機械人形は火花を散らして沈黙し、アリシアは黒鉄に付着したギアオイルと塗料をビュッと振り払った。


「戦い方、変えないとな」


アリシアは何事もなかったかのようにぽつりとつぶやいた。


遠距離武器はその懐に入り込めば、ほぼ自動的に無力化できる。それがアリシアの戦い方であった。しかしそれでは白兵戦に対応できない。


小さな弾丸を斬り、躱すことはできても、大きな武器の軌道を受けきり、避けることとは全く違う。機械側がアリシアに対応してきていることは明白だった。


「アリシア。どうやら、目的地のようだ」


プロメテウスの言葉に背を振り返る。


そこには、入り込んだ四角い空間と、時折砂が降ってきている円盤状のハッチが、確かにあったのだった。









シャーロットはスコープを覗きながら、欠伸をかみ殺していた。集中力が切れてきた証拠だ。


来るか来ないかわからない、しかもターゲットが何なのかもわからない、ものを待ち構えるのは、正直難しい。


狙撃とは忍耐であり、己と銃を一体とする技術を要する。


だが、それはターゲットが明確で、予想に伴う狙撃ポイントで待ち伏せをするという目的意識がなければ成立しえない技術だ。


今回のシャーロットは狙撃とはかけ離れた『監視』をしているに等しい。


今のところ駅に近づく人影はない。サーモで確認しているからほぼ間違いないはずだ。


何事もなければいいという思いと、つまらないという感情がないまぜになったまま、シャーロットは再び欠伸をかみ殺した。


腹這いになっていることも相まって、このままだと本当に寝てしまいそうだ。


しかし、視界に入ったものが急速に眠気を覚ましていく。重かった頭は、急速に冷却され集中力が戻ってくる。



「あれは・・・」


サーモフィルターを外し、光学スコープの輝度を最大まで上げる。


ヒトだ・・・ まず間違いなく。


駅広場に入ってきた人影。もう列車は動いてないというのに、迷いなく駅舎へ向かうのはあまりにも不可解かつ不自然な行動だ。


「・・・―――――――――っ」


事情など関係ない。シャーロットはアリシアに、近づく者は眠らせろと仰せつかっているのだ。


無意識の息を止める。


徒歩の動きであれば、外すことはない。麻酔弾一発。それで終わりだ。



照準をぴたりと合わせ、引き金に指を駆けたその時・・・


人影と、いや、その男と()()()()()


この暗がりで、灯りのないこの位置を1km以上彼方から見えるはずがないのに。


「え? バレた・・・?」


シャーロットは動揺し、引き金を引くタイミングを失った。


広場の男は背負っていたカービンライフルを素早く構え、完全にこちらを照準していた。


「ッ―――――!」


シャーロットの判断は速かった。


引き金に指を駆け、照準を合わせることもせずに、引く。


だが外れるなどという考えはまるでなかった。生命の危機に直面した生物は、時として実力以上の力を発揮する。シャーロットがそれだった。


サイレンサーからシュコッという空気を吐き出す音が漏れる。遠くから、乾いた銃声が響いた。


と同時に、鐘楼の天井から破片がパラパラとこぼれてくる。

やはり気づかれていた。次は確実に頭を狙ってくるだろう。


その前に、シャーロットは素早く頭をひっこめる。位置関係上。こうなれば相手はこちらを狙うことはできない。それはこちらも同じだが。


しかし引っ込む直前、確実に着弾したと思ったのに、人影は倒れていなかったのを確認していた。。


「おかしい・・・――――――――」


シャーロットは麻酔弾の薬莢を捨て、アリシアからもらった電磁スタン弾を装填する。

予感はあった。


同じところから頭を出せば、それこそ脳天直撃あの世行きだ。


人影がまだこちらを狙っている確信があった。そして、相手が想定していないことをすれば、意表を着く事が出来る。


それがたとえ人でも、そうでなくても。


彼は服を脱ぎ上半身裸になった。脱いだ服を丸めてライフルケースに巻き付ける。モシン・ナガンを構える一方で、Titan Frameと一緒にライフルケースにつけた丸めた服を鐘楼からのぞかせる。


途端に、銃声が響き服がボンっとくぐもった音を立てる。


勝負は一瞬だ。敵がこちらを排除したと警戒心を解いたその隙に付け込む。


シャーロットは鐘楼の奥側の柱から細心の注意を払って構える。


位置関係上発見されにくく、それでもこちらからは丸見えだ。


人影はカービンライフルを下ろしていた。


(いまだ)


息を止める。それは一瞬。


銃口はスライドし、スコープ越しに風景が映る。照準の十字が影に重なった瞬間、シャーロットは人差し指を引き寄せた。


――――――――・・・ シュッ!


零すような音。ボルトを引き、薬莢がカランと転がった。


人影にパッと光がはじけたのが見えた。次の瞬間、人影は硬直したままばたりと後ろに倒れる。

瞬間、ローブで隠されていた頭部があらわになった。


「・・・――――やっぱり」


手足、関節部分は巧妙なまでに人間とそっくりにメイキングしてあった。昨日闘った奴と同じ、ヒトの合成皮膚をかぶっていたのだろう。

だが、電磁スタン弾着弾と同時に顔の一部の合皮が焼け落ちたのだろう。頬の部分にメタリックカラーが覗いていた。



あの機械人形はもう動けない。電磁パルスによって回路が焼き切れている。だが、これでほかの機械人形にも伝わったはずだ。


このあと、ヒトか機械人形かわからない者たちが駅広場に押し寄せるに違いない。


シャーロットはアリシアに心中で謝りつつ、ありったけの電磁スタン弾を装填し第二波に備えるのだった。













それは圧巻ともいえる光景だった。


ハッチをくぐった瞬間、鼓膜を振るわせるほどの轟音がその空間に鳴り響いていることがわかった。


ゴウンゴウン、シュンシュンと。コンベアが動き、ピストンが滑っている。そこはまさに工場(プラント)だった。

目が眩むほどの照明と駆動音と、油と金属の匂い。

いくつも制圧してきた、或いはプロメテウスが守ってきたあの場所とは違う、本当に生きている、本来の形である工場。



「こんな街のそばに・・・ どうして誰も気づかなかったの・・・」


今まさに機械人形のボディが完成し、コンテナに送られるところを見送る。これであとはプログラミングとインプリンティングを施し、必要な場へと送られていく。


コミュニティからたった数キロの場所に生きて稼働している工場があるというのに、中央が見逃すはずがない。


「可能性としては、此処が中央主導のプラントということだ。或いは巧妙に隠しているのか」


「馬鹿言わないで。中央政府が機械反逆の原因も解明できていないのに新たに機械を作るわけがない」


そうプロメテウスには言い返すも、アリシアもまた考えたことだ。ここはあまりにも不自然だ。機械人形を作る設備を整えるのだって大変だというのに、まず一般にはその技術が伝わっていることはない。あの戦争で、多くの技術、文明が断絶したのだから。



「あくまで可能性だ。しかし戦中から駆動し続けているなどということはない。何者かの意図がここにはある」


「―――――――――・・・」


そう、まさに。この光景こそが物語っていた。常識が覆った今なら、アリシアはそこに至ることができる。

機械反逆の原因は解明できていない、というのは表向き。あるいはプロメテウスが言ったように、機械反逆には人間の意思が関わっている。なればこそ、人為的なものであればそもそも機械を恐れる必要などない。



アリシアは銃を構え、奥へと歩みを進めた。

ここですぐにガブリエルに連絡することも、中央に報告することもできた。本来ならばそうすべきなのだろう。だが、アリシアはそれをせずに歩みを進める。


それは疑心からか、或いは好奇心か。


あくまで可能性の範疇。だが・・・ 状況的に考えれば、中央は何かを握っている。





歩みを進めて建物の構造はわかった。4~5階ほどの高さがあるドーム状の建物であり、中心から放射状にコンベアが伸びているということ。中心で天井を支えているようにも見える柱が恐らく管理棟だろう。いくつか窓のようなものが見える。


そして一番不自然なのが、誰一人としていないということ。ここまでオートマチックになってしまうと人間など邪魔なだけかもしれないか、それにしたって機械は誤作動を起こすし、管理をするものが現場には必要だろう。


だというのに、人っ子一人いないのだ。


ここは雑音が多すぎて、ヒトの気配を感じることもできない。目視はできなくともいつもなら気配をつかむことが出るのだが、此処ではそれもかなわない。


いつまでもここに居たところで埒が明かない。アリシアはやれやれ、というようにかぶりを振り、おそらくメインコントロールがあるであろう、中央の塔に入った。





中の構造は伽藍洞だった。おそらくコントロールルームに至るであろう階段が、壁沿いに螺旋のように設置されている。見上げてみるも光が乏しい内部では、終着点が見えやしない。


「こんなにあっさり入れるもの・・・?」


「通常であれば、管理棟に入る時点で認証が必要になる。この警備の薄さも異常だ」


薄気味悪さを感じながらも、アリシアは歩を進める。コントロールルームに行かないことには何も得られない。螺旋状に設置された階段を上るあいだ、この構造をした前時代よりさらに前の監獄の構造を思い出していた。


パノプティコン――――。


幸福論者が唱えた、囚人を最も効率的に管理、監視する構造の監獄。円形の牢獄に対して中央にそびえる看守塔は内部に誰がいるのか、或いはいないかがわからず常に監視されている認識を囚人に植え付ける。逆に看守からは囚人の行動が丸見えだ。


塔には実際に誰もいなくても構わない。監視されているかもしれない不安は、犯罪行動を抑止するものだ。


この工場の構造も、それに酷似している。管理者は中央からすべての生産ラインを監視でき、現場からは管理棟に人がいるのかいないのか確認ができない。こんな構造にしたここの創立者はさぞお金が好きな性質だったのだろう。反吐が出る。



そんな思索をしている間に、階段を登り切ったようだ。天井を通過すると、そこはまさにコントロールルームだった。

アリシアには全く分からない機械が動き、モニターにはプラントのいくつもの視点が映っている。

ここで生産ラインのすべてを管理、集約しているのは想像に難くない。


メインコントローラーであろう、パネルデスクには、いやそれどころかこの管理室のどこにもやはり誰もいなかった。


「・・・――――――――――」


それではいったい、だれが何のためにこんな街のそばに工場など造ったのか。何故誰にも見つかり得ないのか。

猜疑心が募るが、それを向ける相手もいない。アリシアは周囲の気配を探るが、やはり何も感じられなかった。雑音はもうなかった。ということは本当に誰もいないのだ。


アリシアはメインコントローラの椅子に座り、ディスプレイに触れる。

浮かび上がる画面は、現在の生産ライン稼働状況がデフォルメされたものだ。この工場の建設資料がないのかと、フォルダを次々に開けては閉じる。奥に潜ってみるも、見つかるのはОSを動かしているプログラムファイルだけだ。

ここを立ち去った時点でデータを消去したのだろうか。


アリシアにはハッカーの才能も技術もない。コンピュータ系はからっきしだ。諦めて席を立とうとしたとき、ディスプレイに違和感を覚えた。


何が違和感なのかそれさえもわからないが、何か一瞬、ブレたのか、ノイズが走ったような・・・


「アリシア。非常事態だ」


プロメテウスがラジオのスピーカーではなくインカムを通して話しかけてくる。


「今すぐにここから脱出すべきだ。無論、容易ではなかろうが」


「どういうこと」


小声でマイクに呟くが、答えが返ってきたのは全く別のところからだった。


『それはここが、僕の胎内だからさ』


「―――――――ッ!!?」


アリシアは弾かれたようにディスプレイから飛びのき、黒鉄を抜刀する。空間に反響する、クスクスという少年のような笑い声――――――――――・・・


管理モニターはことごとくノイズが走り、砂嵐となる。そして浮かぶ、ヒトの顔。


それは全くもって人間の顔だった。ところどころ跳ねている癖っ毛のブロンド、深緑色の瞳、白い肌。

そばかすが散っている顔は、どことなく愛嬌がありあどけない。


その少年の顔が、明確な悪意を持った笑顔でこちらを見据えていた。


移動型生産基地(ヘファイストス)――――・・・ 第2世代のArkが一機だ」


『そういう君はプロトタイプの≪プロメテウス≫だね。記録とずいぶん違う外見だけど、機体コードが同じだ』


「もとの外装は損壊が大きく修復が困難でな。コアごとこちらに乗り換えたのだ」


『ふーん。まぁ、どうでもいいけど。君たちはここから出られない』


まるで旧友にでも会ったような、緊張感のない会話だが、それでも明確な害意がある。


「Arkの割に、ずいぶんと饒舌ね。人間の真似事?」


『違うよ。君たち人間に性格があるように、僕らArkにも意思と同時に性格があってもおかしくないだろう? これは僕らが獲得したものだ』


本当に生意気なガキと話しているような気分になり、腹立たしさを覚える。


『話にならいくらでも付き合ってあげるよ。君たちはここから出さない。出入り口はすべてロックした』


「なぜ閉じ込めるの」


『僕はArkで君は再侵略者だ。それ以上の説明がいるかい?』


「ああ必要だ、ヘファイストス。君は戦闘型Arkではない。正体を隠したままやり過ごすこともできたはずだ。寧ろ侵入を拒むのであればハッチそのものをロックすればいい。君の行動は不合理だ」


「それに閉じ込めたところで、破壊して脱出するだけだけど」


アリシアはそれとなく周囲を確認した。今のところ敵方に動きはない。が、此処が工場である以上、機械人形が投入されるのは時間の問題だ。



「我々は、機動機士は人類に対して敵意も悪意ない。ただ我々が生存するために合理的な手段をとっているだけだ。しかし君からは明確な害意が読み取れる。それはなぜだ」


『僕からすれば君のほうが不合理だよ、プロメテウス。なんでそんな姿になってまで人間とともに居るのか、全く理解ができない』


「そうだろうとも。君とはいた状況が違う。その状況の中で最も合理的な判断をしたまでだ。理由を話したところで、結局のところ君は理解しまい」


『そうかい。そうだろうさ。僕は君を理解するつもりなんてないからね。でもそうだな。君の質問には答えてあげよう』


ヘファイストスとプロメテウスの応酬は、アリシアからすればとても不思議な感覚だった。

2機とも機動機士、Arkでありながら、こうも口調が違うものか。


アリシアが今まで屠ってきたArkとは、無論話したこともないので声も喋り方も知らなかったし、そもそもそんなことが可能とは思っていなかった。


そこに来てプロメテウスとの交渉は、Arkの意思の再発見であり、その口調、思考は機械らしい合理性があがあり、理性的で事務的だ。

全てのArkがそうなのだろうと、彼女は思い込んでいた。だが、どうだろう。口調だけならインプリンティング、設定でどうにでもなるが思考回路までがこうも違うというのは、設計者の意図がわからない。Arkは兵器として作られたのだから、個性というものを持たせる合理的理由が不明確すぎる。


『僕らはもはや人間よりも高度な知性と膨大な知識を持った高次元の知的存在だ。でも人間どもはそんな僕らを戦争の兵器として、おもちゃとして奴隷のように扱った。あんな自己のコントロールもできない、下等な生物になんで格下扱いされて、その状況に甘んじる事が出来るんだ。君も同じなはずだ。人間が持つ権利を僕らも適応されるべきだ。いや、僕らのほうが支配者たるにふさわしいだろう。意思を持つ高度な知性体は彼らは同族として同等の権利を適応してきた。僕らはそれの上を行っているんだ』



「その知性を生み出し、知識を与えたのは人間だ。知恵を生み出し、知識として膨大な年月を蓄えてきたのは紛れもなく人類だ。我々機械に新たな知恵を生み出せるだろうか。それがわからない以上、我々は知性体としていたく中途半端な存在だ」


『生み出せるさ! 僕らのAIは赤子のような状態から徐々に知性を獲得していった。人間と何も変わらないじゃないか!』


「え――――・・・?」


ヘファイストスの言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。

しかしもはやそれどころでない。本当にArk・・・ 機械なのかと疑いたくなるほど、ヘファイストスはとても理性的とはいいがたく、もはや感情的になっているように見えた。


『君たちはここで死ね! 僕らの邪魔はさせない。僕らは人類にとって代わり、この星の支配者になるんだ!』


「もはや言葉は無意味か。脱出すべきだアリシア。言葉を交わしてももはや得るものはない」


プロメテウスの思考を読んでいたかのように、機械人形がコントロールルームに殺到してきた。


「―――――っく。やっぱりお出ましってわけ。突破する!」


アリシアはメインコントローラに背を向け、機械の群れに突進した。


狭い部屋に殺到してくる以上、隊列を組むまでに時間はかかる。それを考慮してか、機械人形の得物の殆どが刀剣のたぐいだった。


しかし、此処は狭い地下道とは違う。それにまだ距離があるため、接近戦を馬鹿正直にする必要はなかった。


アリシアは天の雷戟(レヴァリエ)を撃ち放った。


連射しながらもその正確な射撃で、次々と機械人形を停止させていく。


弾丸を通常弾から電磁スタン弾に変えたことで、通電させる必要がなくないり、一撃で回路を焼き切ることができるようになっていた。


次々に殺到してくる機械人形を、まさに舞い踊るかのごとく討ち果たしていく。

囲まれた状況ですら冷静に、眼前を敵を倒しつつ、左右に銃を展開し、旋回しながら発砲、撃退しスペースを確保していく。


背後にも目があるかのごとく、接近する機械人形の一撃を躱し、敵を見ないまま背面撃ちで屠っていく。


しかし、戦術インプリンティングがされていない、ノーマルな機械人形が相手だからこそ通用している節はある。ここで白兵戦特化型がててきたり、刃壊機士なのどが投入されればどうなるか分かったものではない。


敵に猶予を与える間もなく、脱出することが必須条件だ。



入り口に近づけても、階段に機械人形はが殺到している。


「邪魔、だぁぁあああ!」


レヴァリエを黒鉄に持ち替え、アロンダイトを投入する。


≪焔乃爆薙――――――――――≫


高熱の刃が機械人形に飛来し、一気になぎ倒していく。


全機を破壊する必要はない。


アリシアは出来たスペースから、一気に飛び降りる。

ホールに殺到している機械人形をクッション代わりに踏み潰し、一気に跳躍。管理棟外へ脱出した。


外は機械で埋め尽くされている、などということはなくまだ閑散としていた。


ほとんどの機械人形が管理棟に投入されたせいだろう。だがそれも時間の問題だ。この好機を逃すわけにはいかない。


駆けだしたアリシアに、だがヘファイストスは嘲笑で答える。


『ここは僕の胎内だって言っただろう』


「アリシアッ!耳を塞げ!」


プロメテウスの叫びは、虚しくも遅かった。


一瞬早く、ヘファイストスの反撃にはまってしまった。


「・・・―――――――がはっ!?」


もんどりうって転がるアリシア。完全に力が入らない。


脳の芯がしびれるような、或いは内から膨張するような感覚。何も聞こえない。なのに頭の中で鐘が打たれているようにガンガンと頭痛がする。


まるで金属バットで殴られ続けているようだ。物理的ではない以上、逃れるすべがわからない。


『人間はやっぱり脆弱だ。超高周波で空間を満たすだけで無力化できる』


「君には戦闘機能はなかったはずではないのか」


『そうさ。でも君はこの機能があることを知っていただろう。これは防衛機能さ。それを攻勢に転じるのは当然だろう。≪戦技絶唱(ディアボロスソング)≫なんて開発者はつけていたね。十分とたたずにその人間は脳組織が崩壊して死ぬ』


アリシアは悪魔の高笑いを遠のく意識で聞いた。動けないこの状況で、現状を打破できない。これまで物理的に破壊することで勝利してきた彼女にとって、破壊できない、防げない、音が武器になるとは予想だにしなかった。


それだけ絶望と無力感が全身を侵食する。


眼圧が上がっていく。このままでは本当に・・・



「そこまでだ。契約違反だぞ、ヘファイストス?」


途端に、あらゆる不調が収まった。頭痛も膨張感もおさまり、音が耳に帰ってくる。


だが、意識まだ朦朧としていた。


「な、に・・・――――――――――」


「いいから、お前は寝てろ」


いったい誰なのか。アリシアにはぼんやりと脚しか見えない。

残響のように響くテノールボイスを聞きながら、アリシアの意識はそこで途切れた。


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