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漆黒の舞闘姫は歌いつづける  作者: 湊 奏
第2章 侵攻
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第3部 潜行

シャーロットは着弾を確認し、Titan Frameを片付け始めた。


ロストテクノロジーの最新鋭、有効射程距離3000mの怪物は、果たして誰でも当てられるわけではない。

いくら光学スコープとはいえ、倍率をあげれば解像度がおちるし、ましてや夜間の赤外線集光暗視レンズを装着となれば、狙撃精度は一気に落ちる。


成功の理由は、目標が転倒により停止したことが大きい。


しかし、かつては軍人でもそれなりの訓練をしなければ到底着弾させることができないそれを、涼しい顔でやってのけるシャーロットは、まさに子供でありながら激烈な訓練を積んだのだ。


服の上からはひょろ細くモヤシにも見える身体は、その実、しっかりとした骨格と無駄のない、それでいて鍛えられた筋肉が見て取れる。


脱げはそれなりに出来た身体だということは、誰が見てもわかる。



いくら反重力装置があるからといって、精密射撃時にはそれを解除しなければならないし、衝撃を殺してくれるわけでもないのだ。



「さてと、帰らなきゃ」


いくら子供とはいえ、対物ライフルをぶっ放した爆発音が注目を浴びることはわかるし、こんな街中で銃を所持している理由を説明できない。


それに、援護射撃とはいえ打ち合わせをしたわけではないのだ。


完全にシャーロットの独断で引き金を引いたのだ。



「姉ちゃんに怒られるかも・・・」


やってしまってから後悔する。

ともあれ、手早く機材を片付けてその場をトンズラするのであった。











「――――――――――それで、君は機械人形の捕獲に失敗した、と」


政府庁舎の一室で、アリシアとガブリエルは窓側の壁に寄りかかり、紅茶を飲んでいた。

かつての世界にはコーヒーなる、苦くとも芳醇な香りをもった飲み物があったらしいが、いまは栽培ができないらしい。

やっと茶葉の栽培ができる地域ができたということだ。


「・・・努力はした。でも敵機が想定外に強力だったのよ。っていうか、先行してたはずの再侵略者(レコンキスト)がいなかったんだけど!」


昨日の夜戦の報告にきたというか、捕まったというか。正直ととっとと終わらせて帰りたいといのがアリシアの内心であった。

照明もつけない薄暗い会議室。横並びなのでお互いの顔も見えない。ぼんやりと窓の光が落とす影だけを見つめる。



「ああ、奴は君の戦闘を見て逃げたとさっき告白したよ。捕獲なんて到底無理だと言っていた」


その疲れたように目をつむるのを見て、アリシアのこめかみはピクピクっと震える。


「そう・・・、敵前逃亡はよくて、任務失敗は咎められるわけね・・・――――――――」


「そういうわけではないが、君に確認しておきたいことがあってね。現場の弾痕から重機関銃弾の破片が発見された。この弾丸が敵機械人形(オートマタ)の装甲を貫き、メインフレームを破壊した挙句、コアプログラムを修復不可能なまでに粉砕したわけだが・・・――――――――――」


「・・・――――――――」


鼓動ひとつ、跳ねる。顔にも呼吸にも出さなかったのは、想定していたことだからだ。


「弾痕はたった一つ。50経口とまではいかないようだが、大型の火器だと我々は見ている。そうだな、対物ライフルあたりが順当だが」


「そう。対物ライフルを使うの、ここの専従は」


「いや、彼は銃火器は使わない。捕獲に特化しているといったろう。敵の証拠隠滅か、あるいは第三者からの横槍か・・・―――――――――」


横目でも、鋭く刺さる視線がわかる。


アリシアはカップに口をつける。あんなに熱かった紅茶が、もうすっかり冷めていた。


恐らくガブリエルはわかっている。それはアリシアにもわかっていた。それでも認めるか認めないかでは、それなりに違う。


弾丸も残骸となっている以上、螺旋構造を一致させることはほぼ不可能だ。たとえシャーロットのライフルが押収されたとしても。


息の詰まるようなやり取り。処罰したいなら、はっきりと言えばいい。



そろそろ限界だった。腹の探り合いや化かし合いはアリシアの得意分野ではない。ただいら立ちが募るだけだ。


「何が言いたいの」


「いや、まぁいいさ。少なくとも任務失敗ではないからな」


「は?」


アリシアのイラつきのこもった返事を一切表情を変えず、ガブリエルは懐から、黒い、カードのようなものを取り出し振った。


「メモリチップだ。コアは吹っ飛んだが、幸い記憶媒体は無事だったというわけだ」


ガブリエルはメモリチップをプロジェクターに挿入し、映像を流した。


青い光が色彩に分かれ、白い壁に青みがかった映像を映しだす。

振動があるのは、この撮影者、いや視界保持者が歩いているからだ。


「・・・―――――――」


堂々たるものだった。街のメインストリートのど真ん中を迷いなくあるく。

周囲の人々もまるで気にも留めない。それほど、巧妙な擬態だったのだ。


アリシアは怒りからか、憎しみからか、あるいは自己嫌悪からか、こぶしを強く握る。骨が白く浮き出、爪が掌に食い込むほどに。




(機械人形が・・・ 人に造られたモノの分際で・・・)




「残っていた記録はごく短いものだった。即ち、観察や情報収集が目的である可能性は極めて低くなった。そして・・・―――――――――――これだ」



機械人形は駅前広場に入り、遠くの街灯と月明りで幻想的に浮かび上がった石畳をコツコツと靴音を立てて歩いてる。


そして、ゆっくりととまった。


このシーンは広場前の門柱の陰から覗いていたものだ。


しばらくじっとして動かない機械人形。だが、アリシアはその視界が奇妙に揺らいだ気がした。

布がたなびくというのか、なんとなく揺らいだ気がした。


ノイズだろうか・・・―――――――――


しかし、ガブリエルはここで映像を止めた。


「視界が揺らいだのがわかったか?」


「ええ。ノイズじゃないの?」


アリシアの言葉に、ガブリエルはいつもの神経質そうなしかめっ面をして、ゆっくり首を振った。


「いや違う。サーモグラフィーで解析すると・・・ こうなった」


映像にフィルターがかかるかのように、温熱の色が現れる。


「まさか・・・」


通常の映像では何も見えなかったのに、サーモがかかって浮かび上がった青白い熱源・・・

完全に人の形をしている。そして、何かを受け取ったような動作が・・・


「これって、メタマテリアル光学歪曲迷彩!?」


「恐らくは。今の技術では造ることはできない代物だ。恐らくは発掘品だろう」


メタマテリアル光学歪曲迷彩。その方法はさまざまだが光を屈折させて対象を透明化する技術を施した布のことだ。

隠密行動にこれほど強い味方はない。


必要なのはここまでなのだろう。ガブリエルは映像を消した。


「今はまだ捜査中だが、おそらく機密関係を盗られた可能性が高い」


「それならとっとと壊したほうがよかったじゃない」


ため息をつくように、ポツリという。結果論だということはわかっているが、なんだか理不尽だ。

白兵戦は防戦一方だし、シャーロットに助けられた形になるし、結果がこれじゃあんまりだ。


「・・・――――――――――」


そんなアリシアの肩をガブリエルは黙ったまま、ポンポンとたたいた。慰めの言葉は陳腐だ、とでもいうように。


「追って状況は知らせる。とりあえず君も関係者だ。何か動きがあるまでこの街に拘束される」


「わかってるわ。別に用事があるわけでもないし、見物でもしてる」



用事は終わったとばかりに、アリシアは足早に部屋の出口へと向かう。


いつも颯爽とした背ではない、どこか翳りのあるそれに向かってガブリエルは呼び止めるように声をかける。


「アリシア」


「・・・――――――――何」


こういうタイミングで声をかけたことはガブリエルにはない。また、アリシアも普段であったら無視して帰るところだが、今日はなぜか足を止めてしまう。



一瞬何を言うべきか、ガブリエルは考えた。が、やはり、労りや同情は彼女のプライドに触ってしまう。


「・・・――――――いや、なに。見事な狙撃だったと彼に伝えておいてくれ。それと、次からは打ち合わせをして動くべきだ。パートナーならな」



アリシアは背を向けたまま、肩を落とす。やっぱりばれていたのか、と。

だが、彼なりの優しさも感じた。


アリシアは振り返らずに、ただ片手をあげて部屋を出て行った。









「あー、ごめんね、お姉ちゃん」


シャーロットと合流したアリシアは、律儀にガブリエルの賛辞をそのまま送った。


「気にしなくていい。というか、アリシアでいいよ。お姉ちゃんとかむず痒い」


照れているわけではなく、慣れていないというのが正しい。

兄のような、父のような存在はいたが、終ぞ姉弟に恵まれることがなかったアリシアには、そういう特別な呼び名がどうにも抵抗を感じてしまうのだった。


二人はこの街に拘束になったので、中央に行くこともできず、かといってすることもないので、昨日の続きとばかりに街中を練り歩き、屋台ものを食べてい歩いていた。



大市は昨日で終わったのか、お祭り騒ぎはなくなっていたが、それでも活気のある街だ。



「このあとどうするの?」


シャーロットの問いかけに、アリシアはにやりと笑う。


「そうねぇ。拘束って言っても、コミュニティから出られないわけじゃないし。監視がついているわけじゃないし、ついていても撃退できるし」


「今回の事件を調査する、ということか?」


ザザッというノイズとともに、プロメテウスが問う。


「ならば、侵入経路と思しき地下トンネルを調査することを推奨する」


「うん、そのつもり。今はまだ列車が動いているから、動くとしたら今夜。最終便がでて駅が閉鎖された後だね」


当然のことながら、駅の入り口は厳重に閉鎖されるが、機械が侵入できたと仮定するならば、必ずどこかしらに抜け道があるはずだ。



(それに、あの光学歪曲迷彩の外套も気になるしね・・・――――――――)



剣呑なことを考えつつ、果物のシロップ漬けをヒョイと口に放り込む。

広がる甘さが何とも幸せだ。甘味好きなところもまた、年相応な女の子なのであった。


「やる前に打ち合わせはしておこうか。シャルにも手伝ってもらうよ」


振り返り、シャーロットに不敵な笑みを向ける。


一瞬呆けるシャーロット。今回も蚊帳の外だと思っていたところに、思わぬことを言われて思考が遅れたのだ。


言葉の意味が到達したところで、彼は神妙に頷いた。


「うん。頑張る」


「よしよし。じゃあ、それまでは適当に遊んでようか」


二人は並び立って、また出店や商店を見て回り始める。遊ぶといっても娯楽の少ないこの世界では、本当に食べることくらいしかないのだが。



(遊ぶ、か・・・――――――――)


アリシアは自身の発した言葉に、こっそりと苦笑する。


今まで遊ぶなんてことを、意識的に考えたことはなかった。一人であったのならいまも情報収集に励んでいることだろう。


娯楽など、復讐者たる自分には必要とは思えなかったのだ。食べるという行為も単なる補給行為でしかなかった。


誰かといるだけで、ずいぶんとヤキが回るもんだね・・・――――――――



しかし、不思議と嫌ではない。妙な感覚ではあるが、悪くない、と思うのだった。












夕刻―――――――――


日が暮れてから、3時間程度は過ぎただろうか。列車の最終便が出発し、明日の始発が駅ホームに入ってからしばらく時間が経った。


駅の灯りは消え、入り口には重厚なシャッターが降ろされている。セキュリティは侵入に対してのみだということはわかっている。


「駅の周りには誰もいないみたいだね。昨日もいなかったし」


シャーロットは昨日と同じ狙撃ポイントからサーモフィルターで確認をする。


「OK。よし、じゃあ、打ち合わせ通り私とプロメテウスで駅舎に侵入する。君はここから駅舎に接近する奴がいないか監視。広場に入ってくる奴がいたらすぐに報告して」


「わかった。駅舎に入ろうとする人がいたら、この電磁スタン弾で撃っちゃえばいいんだよね」


「その前に麻酔弾使えっての」


電磁スタン弾と麻酔弾はアリシアがシャーロットのために買い与えたものだ。電磁スタン弾は対機械として有効であるが、高圧電流を一定時間流し続けるというもので、それなら壊したほうが早いとあまり使われない無駄弾だ。


だが今回は対人を想定した装備が必要となる。そのために麻酔と電磁スタン弾なのだ。


久しく対人戦など行われていなかったこの世界において、それらの弾はかなり高額であった。しかしそれの経費も中央持ちなので何ら問題はない。おいそれと大量に購入できるものでもないのだが。



「じゃ、よろしく。いってくるね」


「いってらっしゃい」



鐘楼から飛び降り、通りを駆けていくアリシアの背中を、シャーロットは見送った。







駅舎への侵入はあまりにも簡単だった。案の定というか、下水整備用通路がトンネルに繋がっていたからだ。こんなセキュリティでは簡単に侵入されても文句は言えない。


トンネル自体は一本道だから、迷うこともないわけだが、線路は当然2列ある。どちらの方向から機械人形が侵入してきたのか目星をつけないことには、探索は無意味だ。


「アリシア、この地下道の設計図等はないか?」


「マップ? どうかな」


端末を開き、マップデータを検索する。中央傘下のコミュニティは街の地図、周辺の地形図、などがデータ化されており、再侵略者(レコンキスト)は自由に閲覧できるのだが、地下道は・・・


「あ、あった」


しっかりとマッピングされているあたり、さすが中央というべきが。アリシアは全く期待していなかった分、少し驚いた。


「本当にあるなんてね。正直驚いたよ」


「では、端末をラジオの入力端子で接続してほしい」


「ん」


端末は要所に接続する必要があるため外部端子が附属されている。骨董品のラジオとはいえ、ずいぶん昔から端子の規格がかわっていないことが幸いして、接続はうまくいった。


プロメテウスがノイズをまき散らしながらマップデータを読み込む。マップの移送くらいなら、ハッキングではなくダウンロードなので、見つかる心配はない。


「このマップデータはトンネル整備用だ。コミュニティ管轄区域は網羅されているな。上へスライドしてみてくれ、2kmほど先に地上へ出るためのハッチがある。設計図がないので設置目的は不明だが、侵入経路としては利用しやすいだろう」


マップを確認すると、たしかに不自然な通路と、地上へのハッチがある。


建設当時に使用していたのか、今後使用する目的なのかは知らないが、この街のセキュリティが笊で、平和ボケしているのはよくわかった。防壁も全く意味がない。



アリシアは、わざとらしくため息を吐。そして気を取り直して懐中電灯をつけた。


灯りは一応あるが、まばらすぎて暗闇を払いきれていないのだ。


ライトを左手に、黒鉄を右手に携え、侵入経路と思しきハッチを目指して、北上し始めるのであった。



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