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漆黒の舞闘姫は歌いつづける  作者: 湊 奏
第2章 侵攻
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第2部 Sword Breaker

「ねぇ、プロメテウス。どう思う?」


送られてきたデータに目を通しながら雑踏を歩く。


「人間への擬態か。仮にArkが発想したとしても、人間の衣服を入手するのは困難だろう。たとえ人工皮膚の合成が可能だとしてもだ。また、この周辺のプラントが制圧されている。人間を襲撃して衣服を入手することも不可能だろう」


「やはり・・・」


「ああ。九分九厘、人間がかかわっている」


「残りの一厘は?」


「偶然にも人間の衣服を拾った可能性だ」


Arkに協力する人間がいるのか。そもそも協力体制が確立されるのだろうか。


周囲に目を配りながらも思案する―――――・・・


今のところ、特徴に該当する外見はいない。


「周辺のArkにコンタクトをとることも可能だが」


「いや、それはダメ。相手にこちらのポイントを捕捉されたくない。こんな街中にArkがいるなんて本来ありえないんだから」


人間がこの件に関わっていること。それはプロメテウスにとって喜ばしく、人類にとっての危機だ。

アリシアにとっては何とも言い難いが、今はまだ形振り構わずという時ではない。


「ともかく、侵入した機械人形を確保すれば、命令系統は洗い出せる。それからでも遅くないわ」



大通りを北上するアリシア。先ほどまで食欲で見ていた大市にはもはや人ごみとしての意義しか見いだせない。


しかし、命令系統がArkにせよ人間にせよ、何の目的で機械人形を街に放ったのか。視界映像や聴覚録音の五感データ以外に収集できるものはない。


基本的に戦闘機である機械人形には不要な対話エンジンが搭載されていない。仮に対話エンジンを搭載したとしても、滑らかな会話にはならないため、諜報活動などできないはずだ。



「ならいったい何が狙いで・・・」


思考が深みに嵌っていきそうなところを、頭を振って無理矢理に止める。

今は考えても仕方がない。まずはこの広いコミュニティでどうやって発見するかが重要だ。


「プロメテウス。この街の監視カメラにアクセスとかできないの?」


「可能だが、人間側にハッキングが見つかるが」


「あーもう! どうやって探せっていうんだ!」


儘ならない憤りに任せて叫んだ直後、端末が着信音を奏でた。しかも通話呼び出しだ。


「連絡よこしたってことは何か掴んだんでしょうね、ゲイブ」


『ああ、監視カメラを洗い出したところ、敵機の目標ポイントが割り出せた。監視カメラには一定方角に歩く目標を捕捉した。奴はこの街から出る気だ』


「いいから、その目標ってのはどこ!」


『・・・――――――駅だ』


「はぁ? 列車に乗って逃げようっての!?」


『そもそも、最初にカメラに映ったのが駅の近くだ。城門は警備が厳しいが、確かに駅への防衛意識は皆無。見事としか言いようがない』


感服したとでも言いたげなゲイブに、アリシアはブチ切れる。


「何のんきなこと言ってんだ! 敵はコミュニティ間を移動しているってことでしょうが!」


『いや、それはない。初めに映った時間は列車が動き出す2時間前だ。また、今はもう列車は動いていない』


それはそれで安心だが、逆に言えば外部からトンネルに侵入し、街へ入ったということは、列車輸送の安全性が崩れたということだ。


『専従の再侵略者が先に駅に向かっている。君も急いで合流するんだ』



終話するも早々に、アリシアは人ごみの間を縫うように疾駆した。









一方シャーロットは・・・


大人しくホテルに戻るわけはないのだった。



対物ライフル Titan Frameを携えて、街の中心にある鐘楼に登っていた。


街一番の高さを誇るとはいえ、そもそもこのコミュニティには鐘楼以上に高い建物はない。かつてこのあたりに栄えたという街の文化を受け継ぎ、美しい景観を取り戻そうという運動のためだ。


しかし、そんな事を知る由もないシャーロットは、見晴らしがいいなぁ、程度にしか思っていない。


「綺麗だなぁ」


ここから街を一望できる。人々が育む生活の営みが、夜には灯りとなって街に燈る。揺らめく光は、一つ一つに命があることを教えてくれる。ひとつひとつに幸せがあることを教えてくれる。


生まれてこの方、これほど多くの人の営みを初めて目の当たりにするシャーロットは、その光景を心に吹き込む春風のように感じた。


とても暖かく、恋焦がれる光だ。



そんな風景がどうにも揺らごうとしている。


アリシアの顔を見れば、子供でも分かるというものだ。


「さぁて、おねぇちゃんはっと・・・ あ、いたいた」



ライフルスコープの倍率は1,000m。日が沈んでいるので暗視スコープだが、どうにか人相を判別できる程度だ。


ゆっくりと歩いていたかと思うと、急に方向転換をして走り出した。


なんだかわかんないけれど、何かあったんだろう。


ここで Titan Frameをセットしているのは、何事かがあった時に援護をするためだ。この鐘楼であれば細かい路地にでも入らない限り街全体を射程に収めることができる。その程度広さということだ。


ただ、対象がいるかいないかわからない現段階では、アリシアを追尾する以外にやることがない。



ぼーっとしたまま、走っているアリシアを追尾していたその時、耳元でノイズが走った。


『・・・―――ッと、シャーロット応答せよ』


「うわぁ!」


唐突にプロメテウスの声が流れ、驚いて照準をとんでもない方向にずらしてしまう。


『シャーロット、現在位置はどこだ』


「現在位置って、鐘楼だけど。そっちからも見えるはず・・・って、視覚ないから見えないか。それより、これってまだ使えたんだね」


ゆっくりとスコープの倍率を調整し、アリシアを探すがどうにも見つからない。


『情報を伝える。現在この街に機械人形が侵入した模様。数は不明、確認できているのは一機。侵入経路は駅と推定される。現在、敵機が駅から脱出するという情報が入った。シャーロット、そこから駅方面で何か見えていれば教えてほしい』


「え? 駅? うーんと・・・―――――」


ゆっくりと照準を駅の広場に合わせる。


見たところ人はほとんど見えないし、灯りもついていない。


暗視スコープは解像度が悪いので、1500m離れると、何かがいても視認できない場合がある。


だが、確かに何かいる気がする。暗がりの中をゆっくりと移動している何かが。



「・・・――――――――――」


ケースからサーモスコープを取り出して付け替える。倍率は1000mまでとあまりに長距離は見えないが、熱源をたどれることが今は役に立つ。


「いた。高エネルギー体、徒歩で移動してる。」


『位置は』


「サーモで見てるから正確な距離はわかんないけど、駅と目標の距離は200mってところかな・・・」


『了解した、引き続き目標の監視を頼む』



ノイズとともに通信が切れたが、シャーロットは黙したままスコープをのぞき込んでいた。


「なんか・・・―――――――――」


(なんだか、変な感じがする・・・)


逃げるなら走ったほうが自然だ。だというのに、あの機械人形と思しき高エネルギー体はゆっくり過ぎるくらいのペースで歩いている。


「あ、止まった・・・って、あれ?」



視界にもう一つ、熱源が現れた。何か遮蔽物があって見えなかったのだろう。高エネルギー体に比べるとその発光はずいぶんと低温だ。


高エネルギー体はほとんど白いのにたいして、もう一方は緑からほとんど青い。


二つは接近し、そして至近距離で停止した。


この距離は、人で言うと会話をしているような距離だ。戦闘になっている様子も、捕獲された様子もない。



「プロメテウス、プロメテウス聞こえる?」


イヤホンの通信ボタンを押したまま、呼びかけると、すぐにノイズが走り、応答があった。


『どうしたシャーロット』


「なんか変だ。機械人形と何か人間が接触してるんだけど」


『人間がいるのか? 我々も敵機を捕捉したが、停止したきり何者も現れていないようだが』


「え、ほんと?」


慌てて意識を視覚に戻す。しかし、確かに熱源が二つある。そして、片方・・・温度の低いほうがまた離れ始めた。来た道をなぞるように。そのかん高エネルギー体は動かない。


ついに低温体が物陰に入ったのかスコープから完全に消えると同時に、高エネルギー体も再び動き出した。


来た道を戻るように。それも、いきなり走り始めたのだった。









「ちょっと、こっち来たんだけど!」


「こちらが捕捉されたのか。十分な距離をとっていたはずだが」


巧妙に人間の女性に擬態した機械人形(オートマタ)が猛然とこちらに疾走してきたのだ。ばれたのかなんなのかはわからないが、ともかく迎え撃つしかない。


「黒鉄―――――――――っ!」


アリシアも刀を抜く。


親切に待ってやる義理もない。斜構えで突進する。


命令されているのか、手持ちがないのかはわからないが、相手も銃を使うようなことはしないようだ。

発砲音を聞かれ、街中の注目を集めるのは本意ではないということだろうか。



地面から伸びあがるように放たれた一閃。通常ならこれで胴を真っ二つと行くところだが、今はできない。


体を捻るようにして、全身の体重とスピードを剣先に乗せる。狙うは脚。




―――――ガキンッ!




しかし、その当の脚に阻まれた。剣の軌道上に出された脚は、黒光りする金属板が巻かれていた。


はじかれるままに、体勢を崩しかけるアリシアだが、頭上に振り下ろされる金属をみて戦慄した。


ナックルファング――――――――――・・・!


手甲から伸びる両刃の剣身を辛うじていなし、どうにか距離をとる。


機械人形が刃物を使うなんてことは今までになかった。


ほとんどがハンドガンやアサルトライフル。ともかく殺傷力の高い銃火器が中心だった。

接近戦などほとんど想定されていないし、近づかれる前にほとんどの人間は屠ることができるからだ。



いまこそ、こちらが銃火器を使いたいところだが、それも控えろと言われている。


二刀使いの相手は、当然のことながらしたことはない。完全な近接戦闘はアリシアにとって初めてだった。


「ッ・・・――――――――――!」


呼吸もまともにできないほどの猛攻。その速度は剣圧で風が起こるほどだ。


静寂の広場に剣戟が鳴り響く。駅を中心とした石畳の広場は、さながら闘技場だ。


街灯は遠く、敵の動きを見切るのは、この暗い視界では困難だ。それでも何とか敵の剣を往なし、凌いでいるのは踏んできた場数、経験のたまものだろう。


事実、敵の刺突は速すぎて剣先が見えない。アリシアはほとんど勘で捌いていた。


プロメテウスも声をかけることはしない。会話に気を取られた一瞬の隙が、命取りになることがわかっているからだ。


しかし、伝えなければならないことがある。どうにかして・・・



「く・・・――――――っ」


アリシアは自分の未熟さを痛感していた。


あれほど屠り、鉄屑の山としてきた機械人形、それもたった一機にここまで追い詰められている。


自分がどれほど銃火器に、黒の銃身(ブラックバレル)に頼りきりであったかを思い知らされた。


手も足も出ない、というわけではないが完全に防戦一方だ。

このままでは勝てないどころか、競り負ける。



どうにかして、流れを変えないと・・・―――――――――――



一刀では防戦に入ると、なかなか切り返すことができない。いや、切り返そうとしても、変幻自在の二刀に阻まれ、攻めきれないのだ。


先ほどから押されるように後退し続けている・・・ そして、また一歩下がったその時、


「あっ!」


石畳のくぼみに足を取られ、体のバランスが揺らぐ。そしてそのまま膝が支えを放棄し、後ろに倒れこむように転倒しする・・・


身体が倒れていくとき、その片鱗が見えた。


あれほど激しく、躱しきれなかった剣がアリシアの鼻先を通り抜け、空ぶったのだ。そして、一歩、二歩と、勢いにつられるように前のめりにたたらを踏む。


それを見てアリシアは、無理矢理に身体を捻った。


「・・・―――――――――らぁ!」


片腕を地につけ軸にして、一回転。遠心力で勢いをつけて、思いきり足払いを放った。



それは吸い込まれるように機械人形の左脚部を捉え、蹴りぬいた。


敵は文字通り足元を救われ、もんどり返る。


ここで攻めるべきか一瞬の逡巡。だが、アリシアは距離を跳ねるようにして、一気に距離をとる。



今のはあまりにも偶然すぎるし、あの状態から攻撃されないという保証はない。動きが見切れていないのに、安易に攻めるのは危険だ。


それに、少し時間が稼ぎたかった。




ようやくを息を吐ける。乱れた呼吸を整え、噴き出た汗をぬぐう。


顔は上気し、体は火照る。涼しい夜風にはこれくらいの熱がちょうどいい。


「プロメテウス。あの動きって本当に戦争用?」


「厳密にはそうと言えるが、あれは通常の機械人形ではない。Arkを別にして一機で優れた機動力と自在な可変域を持ち、一対多を想定した機動機士―――|刃壊機士(Sword Breakers)だ」



聞いた途端、心臓がドクンと跳ねる。


「―――――ッく!」


心臓が縮み上がった感覚に、アリシアは唾棄する。警戒するのはいい、慎重になるのもいい。


だが、恐れは・・・ 恐怖するのだけはダメだ。復讐者は、恐怖に負けたら存在価値がなくなる。

刃壊機士。アリシアは実際に見たことはないが、その記録は中央で見たことがある。


開発したのは工業大国ではなく、奇しくも経済大国だった。その財力にものを言わせ、最新鋭の技術者をあつめ、更に未来を生きるといわれる天才たち開発させたという曰くつきの機械人形だ。


Arkとは別の用途に技術の粋を集めた最高峰の機体。遠距離の物量戦が現代戦争であったが、それをひっくり返す発想で生まれた、白兵戦を主眼とする機士。


その目的は攪乱。戦況の把握、指揮に特化したArkの電算能力に負荷を与え、ロジック崩壊を誘発しすること。そのために敵の弾丸をかいくぐる極限の敏捷性と多方向からの攻撃を処理できるスーパーコンピューターが搭載された。


機体数こそ少ないものの、その戦果は百戦無敗。


「・・・―――なんか、弱点とか、攻略法とかは」


「超広域爆撃か広範囲弾幕が有効だと推測できるが、こと白兵戦に於いては現状有効手段は見つかっていない」



もはや手段を択んではいられない。


転倒が初めてなのか、今ようやく立ち上がった敵機と今にも戦闘が再開するだろう。


背中の黒の銃身を抜き、敵に向けて構えたその時――――――


バギャンッ、という轟音が響くと同時に機体が左へと揺らいだ。


右脇から咲いた大きな花・・・――――――― 遅れて届く残響の銃声――――



視界の端にチカリと光った発砲炎マズルフラッシュがその射手の居所を示した。


アンチマテリアル・スナイパーライフル。


たった一発の弾丸で、機体の胴に詰まったすべての機器を吹き飛ばし、破砕したそれは、プロメテウスが伝えなかったもう一つの有効手段。超長距離射撃ハイパーロングレンジスナイピングだった。



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