第3部 コミュニティ・ファンダリア
「お見事です。黒蝶、いえ、黒死蝶の名は伊達ではないようですね」
破壊された機体はそれでもなお、軽やかにしゃべった。
「あなたの性能は十分に証明されました。そのまま奥へお越しください」
「ふん、ずいぶん悪趣味じゃない」
かなり腹に据えかねるが、依頼主の顔も見ずに帰るわけにもいかない。
(いいだろう・・・)
「根こそぎ奪ってやるよ」
アリシアは背負っていた砲撃武器を抜く。
黒鉄を左に持ち替え、右に黒の光沢を放つ身の丈もある砲撃武器を構える。
「Alondait System 起動」
巨大な銃身だけのような砲撃武器の装填口、接合部から極光が溢れ出す。
「黒の銃身―――――」
名を呼ばれ呼応するかのようにその身を変形させていく。
銃口を伸ばし、スコープを形成し、右腕を銃座とするように、その装甲が肩を、脇を、横腹を、脚を覆う。アリシア自身が一つの砲台として完成される。
腰を落とし、通路のその先へ向けて構えた。
スコープを除けば、赤を超えてもはや白い熱源を確認。
高エネルギー源多数。
「やはりか」
燃え上がる怒りと憎しみの焔はその心を灼く。
担い手の心に呼応するように、動力回転数を上げる黒の銃身。
「放て―――」
引き金はひかれた。放たれる虹色の砲撃――――
其は―――――
『孤高なる燐光――――――――――』
爆音と共に放たれる、影すら駆逐する光の猛威。
地下であることさえ忘れさせる眩さ。視界は虹色から白へと満たされ、完全に消失する。
極光は奥に潜んでいた数十機の機械人形を一瞬にして消滅させた。
視界がゆっくりと戻る。
再度スコープをのぞき込むと、機械人形がいた先にも道が続いている。これだけの質量の攻撃にもかかわらず、この地下道はびくともしていない。
機械人形を用意できる人間。
機械人形を味方につけた人間。
この奥にあるコミュニティには、明らかに度の超えたテクノロジーがある。
この20年で扱うことのできなくなったはずのテクノロジーが・・・
♪
コミュニティの最奥。いや、此処こそがコミュニティ・ファンダリアの本来の入り口・・・
あのドームのさらに下に、居住区と思われる区画が存在していた。
岩を掘った部屋の入り口に扉を取り付けるだけで、気密性の高い家が出来上がる。それが通路の両脇に何軒を並んでいるのだ。
そこを抜けていくと、爆破されステンドグラスだけが辛うじて残った廃教会のような何かに行き着いた。
黒の銃身を解放状態のまま警戒心をむき出して、それを待った。
「ようこそおいでくださいました。私がファンダリアの宗主、エオスと申します」
廃教会の壁の裏から姿を著わした、聖母マリアさながらの白いローブに身を包んだ女。
その声は、先ほど遣わされた機械人形からした声と同一であった。
「あんたが依頼主か」
「いかにも。このような辺境の地へご足労いただき、感謝いたします」
機械人形と同じ顔、いや、実物のほうが多少歳をとっているか。
「『再侵略者』を呼ぶっていうのに、ずいぶんとふざけた歓迎の仕方のようだけど」
銃口こそ向けないが、ふざけた真似をすれば撃ちぬくことを躊躇うつもりはない。
『再侵略者』が恐れられる理由。それは、殺人権を含めた強力な警察権の所持によるところが大きい。
それも警察権とは名ばかりで、治安維持をおこなうわけではもちろんなく、敵対者の速やかな排除をより実際的にしたものにすぎない。
単純に、殺人をしたところで彼らを捕える者はいないということだ。
「AI搭載型の兵器製造および使用は禁じられている。コミュニティを地獄にする気か、あんたは」
「禁じたところでどうだというのですか。取り締まるものはいない。『再侵略者』もこうしてお呼びしなければ来ないでしょう?」
微笑を湛えたそれは、為政者の顔だった。
いつの間にか周囲を取り巻くように住民が姿を著わしていた。
武器を所持していないあたり、何をする気もないのだろうが。
身の安全を確認したところで、アリシアは例の件を切り出した。
「外の子供、あれはなんだ」
「・・・――――――子供?」
エオスに初めて怪訝の表情が浮かぶ。
そして背後で息をのむ音がした。
「外に10歳そこらの子供がいた。銃を持って。小さな隠れ家に一人だ」
確かによくあることだが、生贄の子供が生きているなど本来ありえない。
コミュニティの誰かが手引きをしているか、面倒をみていると踏んでいたのだが、宗主ともどもこのコミュニティの人間は生存の事実は知らなかったようだ。
「あの子は・・・生きているのですか!?」
そんな声が一つ、住民の中から聴こえる。
群衆を掻き分けるようにして駆け寄ってきたのは、あの少年の母親だろうか。白い髪と目元がよく似ている。
「あなた、あの子の母親?」
「ええ。きっとそうです。この荒野で捧げられた生贄はあの子だけ・・・たった一人で、この8年を・・・黒蝶様、どうかあの子をここへ連れ――――「なりません!」
母親の言葉をさえぎるようにエオスは怒声を上げた。
「生贄がこの荒野をたった一人で生き延びられるはずがありません。神へ捧げたものをまた俗世へ呼び戻すなど、何たる罪か・・・っ。あなたは分かっているのですか!?」
その言葉に、住民はもとより、母親でさえも黙ってしまう。
「じゃあ、ほうっておくのか。神に捧げたんだか知らないけど、受け入れられなかったってことだろう」
嘲笑込めた皮肉。アリシアは脳みそを捨てたこの住民たちが笑えるほど愚かしく見える。
しかし、エオスは皮肉など受け流し、厳格な態度を持って下した。
「いいえ、派兵をしてその身を神の御国へ送ります。あの子は悪魔の子だったのです。この荒野で生きているのがその何よりの証拠――――――」
ズガァンっ!
斬鉄が落ちるとともに光が一閃。
瞬間、廃教会の半分が消失した。もはや祈りの場としての体裁さえ保っていない。
エオスは驚きのあまりへたり込んでしまう。ここにきてやっとまともな反応を示した。
エオスの立っていた10センチ左から教会が消失したのだから。
「お前それでも人間か――――――…」
ああ、なんて馬鹿、とアリシアは憤怒する。宗主もそうだが、ここの人間は文明をもった原始人だ。
「これだけの技術力がありながら、機械人形を従えながら、神への生贄? いったいなんためだ。 何を鎮めるための生贄なんだ!」
憎悪しか湧いてこない。
エオスには勿論だが、ここの住人全てに人としての倫理観も尊厳もありはしない。
短い静寂を裂いたのは、やはり為政者たるエオス。
「それは・・・中央の、部外者のあなたにお話ししても詮なきことです」
それが精いっぱいの威勢なのか、為政者としての体裁なのか。
どちらにせよ、話はここで終わってしまったのだ。
これ以上、あの子についての有力な情報や待遇を引き出せることもない。
威力交渉が通じなければ、もはや粉砕以外にはない。
「仕事の話をしようか。報酬はここにあるアロンダイトすべてだ」
「そんなっ! 我らに死ねと仰るのですか!」
住民たちに戦慄が走った。
アロンダイト―――――――人類最後にして最高の鉱石燃料。核物質の数百倍のエネルギー効率を持ち、残りカスは唯の水晶になるというクリーンエネルギー。
どのようにしてできた物質なのか、解明をされる前に人類は文明を失ってしまったが、いまでもアロンダイトはエネルギー源として重宝されている。
それは『再侵略者』とて同じことだ。戦うにはエネルギーがいる。
「選べ。機械に押しつぶされて死ぬか、エネルギーを枯渇させて生きるか」
冷徹な声がドームに響いた。
さながら死刑宣告だ。どちらを選ぶも苦痛は避けられない。
暴力的な死か緩慢なる死か。
「お慈悲を・・・っ」
「貴様らにかける慈悲などない。支払わなければ、私はこのまま去ろう。だが今後、中央はいかなる場合でもこのコミュニティには手を差し伸べない。知らないのか? 報酬を渋ったコミュニティが、数週間後に跡形もなく消えたって話・・・――――――――――」
ここにアリシアが来た時点で、機械にこのコミュニティは割れている。攻め込まれるかどうかは五分五分だが、その恐怖に怯え暮らすのは容易なことではない。
結果として、数キログラムのアロンダイトがアリシアに差し出された。
生活エネルギーのみであれば、このコミュニティの数十年分、産業用途であっても20年はもつであろう量だ。
たった10グラムの小石から爆発的なエネルギーを生み出すアロンダイトは、かさばらず持ち運びのしやすいエネルギーでもあった。
それらを重力制御バックパックに詰め、アリシアはコミュニティをでていった。これから彼女の職務が遂行される――――――
去りゆく背中に向かって、エオスはつぶやく
「それでも我々はあの方を頼らざるを得ない・・・『再侵略者』―――この世界の希望を――――」




