第2部 災禍 罪禍
機械戦争・・・ ほんの20年前に始まり、10年前に圧倒的武力によって終結させられた世界大戦。
世界各国が戦争を娯楽とし、国家間による人間同士の戦は世界から消滅した。
その気になれば各国はボタン一つで地球を滅ぼせるほどの科学力を持ってしまったがゆえに、戦争の本分が消滅してしまったのだ。
戦争は外交の最大化。
経済なり物流なり、何らかの利益を求めて国家は外交をする。その最大化が武力交渉。
長引く戦争には経済的価値が生まれる。求める利益がはっきりしていれば電撃戦を仕掛け、相手国から利益を引き出す。
その本位とは、敵国を滅ぼすことではない。
だからこその外交の最大化である。
たった一撃で世界を滅ぼす軍事力など、威嚇牽制にはなれど外交力は皆無であった。
そこで考案されたのが、戦争の娯楽化、スポーツ化だ。その国家の科学力の粋を集め、機械人形に戦争を代行させようというものだった。
これは案外うまくいき、人間は傷つかず、国土も疲弊せず、たが技術力を金銭をかける。
科学の粋を集めた機械人形たちの戦争は、もはや戦争とは呼ばれなかった。国家間の利益を賭けた、ギャンブル、或いはゲームといった、まさに娯楽へと変貌したのだった。
その一方で、技術力のない国家に対しては、その技術力をもって宣戦布告をする。世界は歴史を繰り返し、レアメタルや鉱物燃料を求めて他国を侵略し始めた。機械対人間の戦争とも呼べない、虐殺行為。
その餌食となったのが、その鉱物の産出国。
往々にして、第一次産業を主としている国は、科学力の発展が後手に回り、機械人形の進行に耐えうる軍事力を保持していなかった。
陸海空軍すべてが機械化した軍隊で、もちろん戦略兵器対策万全で来られてしまえば、なすすべもない。
結果として植民地支配が再来することとなった。
そして当然のごとく、非人道的であるとの批判が噴出し、世界を巻き込む世界大戦―――通称「機械戦争」――――が勃発したのである。
戦争の中でこそ、技術が発展していく。
この段階でさえ、まだ戦争は娯楽でしかなかった。
結局、世界大戦をおこした国連加盟国の人間は誰一人として犠牲になることはなかったのだから。
しかし技術力の発展とは必ずしも幸福をもたらすとは限らない。
完全独立した機械人形や独立兵器が、全世界一斉に人類へ叛旗を翻した。
何があったのか、どういうわけなのか、原因は突き止められなかった。
AIが狂ったにしても、全世界一斉に誤作動が起きることは理論上も確率論的にもあり得なかった。
ただ、機械兵器たちの一斉蜂起はたちまち人類を駆逐していった。
機械に頼りきりだった人類は機械に武器を向けられた瞬間、何の抵抗もできないことをやっと思い知ったのであった。
皮肉にも通常戦略兵器を用いていた技術後進国に先進国が助けられる形となったが、機械の侵攻は止まるところを知らず、たった1年足らずで人類を滅亡寸前まで追い詰めた。
当然の成り行きだった。補給線も休息も必要としない機械だ。昼夜問わず、勃発する戦闘に兵は疲弊し、国は瓦解していった。
機械の侵攻を押しとどめたのは、自分たちの自滅さえ促す大量破壊兵器だった。
どこの国家が放ったかは、今となってはわからない。
だがその兵器はたった一発、たった一撃を持って、機械兵器もろとも地上を蹂躙し世界を荒野へ変貌させた。
国家というものは崩壊し、生き残った人類は小さなコミュニティを形成して、機械の侵攻におびえながら生きてきたのがこの10年の話だ。
現在は機械の本格的な攻撃はなく、人類は地下に潜りなんとか毎日を生きている。
完全に攻勢を失ってしまった人類でも、自らの最後の領域を守ろうとする動きは当然ながらあった。
そして、より深刻な状況―――機械にコミュニティが侵攻されるなど―――になった場合、頼られるのが傭兵たち。
アリシアもまたその傭兵であり、依頼によってこのコミュニティ『ファンダリア』へ来たのであった。
「まぁ、別に守ってやろうっていう気概はないけどね・・・」
独り言のようにつぶやくアリシア。
機械の侵攻が散発化し、一定の組織力を取り戻した人類は、対機械人形兵士の育成と対機械人形兵器の開発が盛り上がっていく。
傭兵――――――通称『再侵略者』
対機械戦を想定した肉体強壮と技術の粋を集めたナノマシンウェポンを扱う戦士。軍人でなく傭兵なのは、今の人類に組織力など残っていないからだ。
彼らは中央で訓練を受けたのち、依頼によって各地を飛び回る彼らによって、人類はその版図を日々回復していっている。
♪
電子地図を頼りに、アリシアは目的地たるコミュニティに到着した。
一見すると、単なる瓦礫の山にしか見えないが、地図上では現在地にほとんど重なるようにファンダリアが表示されていた。
「・・・―――――――――」
入り口を探すべく瓦礫に近づくが、念のために黒鉄を物質化したまま歩く。
機械の襲撃も警戒事項だが、『再侵略者』は人間にも必ずしも歓迎されるわけでは無いのだ。
瓦礫の山を半周程すると、人工的に作られた横穴を見つけた。
アリシアは尚も黒鉄を携えたまま奥へと侵入していく。
小柄な人がせいぜいすれ違うことができる程度の幅と、男性であれば屈まなければいけない天井までの高さ。
あちこちからパイプやら配管やらが飛び出しており、まさに瓦礫山を掘った地下にコミュニティを築いたのだろう。
不定間隔で豆球が取り付けられており、視界は一応確保されている。
緩やかに下っていく穴は、侵入者を防ぐトラップの類もなく、また完全に一本道で迷宮化していることもない。
(―――――――――防御意識が低下しているな・・・)
こういったコミュニティは珍しくない。
むしろ復興の兆しでもあった。
ここもいずれ、十数年後には地上にコミュニティを建設するだろう。
どれくらい下っただろうか。一本道であったがカーブはしていたので、入り口からの距離を目視することはできない。
いつまで下るのかと、イライラとしてきたところで急に道が開けた。
天井は遥か高く、ドーム状に広がっている。
まるで礼拝堂のようなつくりの地下ドーム・・・
灯りこそ乏しいが、天井が見えるくらいの光源があるのか・・・
「ヒカリゴケ・・・」
壁や天井が薄らぼんやりと光っている。電気を落とせば、宇宙に輝く星雲のようにそれは美しいのだろう。
「ようこそいらっしゃいました」
と、緩やかなハスキーボイス。
アリシアは声のしたほうへゆっくりと視線をずらしていく。
ドームの反対側、距離にしておよそ30m。
そちらにもさらに奥につながる通路があるようで、声の主は暗がりにいて姿は確認できない。
「お待ちしておりました、『黒蝶』様でいらっしゃいますね。どうぞこちらへ」
『再侵略者』にはそれぞれ二つ名つけられる。彼女のそれが『黒蝶』。
自らつけるわけでも、中央がつけるわけでもない。
仕事をしていくうちに人々が呼びはじめ、それが定着していく慣習のようなものだ。
彼女の場合はその容姿によるところが大きい。
アリシアは警戒を解かないまま、声のするほうへと向かう。
彼女のブーツが岩盤をたたき、ドームに反響して煩いほど響く。
ほどなくして、相手の姿が見えた。
年は40代、白髪が混じり始めたブルネットは肩のあたりで斬バラに切られていた。
髪の手入れなどできるのはもう少し文明を取り戻してからだ。
アリシアも前髪以外はほとんど伸ばしっぱなしだ。
髪はそんなものだが、服装は質素かつ簡素で、わりと小奇麗にされてる。
「わかりにくいんだけど。ここ」
相手の顔を見るなり第一声がこれだ。
「ええ、もともとが外敵を阻むための砦ですから。お分かりにならないだろうと思い、お迎えに上がった次第です」
女性はにこやかに、物腰もやわらかく答える。表情が笑顔のまま一切崩れない。
「さぁ、宗主がお待ちです。どうぞ奥へ」
女性が背を向けて歩き出すと、アリシアは露骨に顔をしかめる。
依頼主に合わなければ始まらないので、ついては行くが、如何にもこの女性が好きになれない。
それどころか、嫌悪感さえ覚える。そう、なんというか・・・
(ああ、そういうことか・・・)
「それで? いつまで茶番に付き合えばいいんだ?」
相手の背中越しに黒鉄を首筋に突き付ける。
女性は歩を止め、振り返らないままいう。
「何のことでしょうか」
「さぁ? 」
偽りの和やかさは霧散し、女性は剣呑な雰囲気を纏う。
刹那、首が180度回転し、次いで体がそれについてくる。
刃を避けるように左下段へと沈み込み、右上段へと踏み込み伸び上がる。
素人であれば、視認すらできなかっただろう。だがアリシアには、『再侵略者』にはぬる過ぎた。
静かに、なおも素早く一歩、そして二歩下がる。
アリシアの頭があったところに伸びた掌底には人間の頭など、たやすく粉砕する威力が込められていた。
だが、からぶったそれは一瞬の硬直を生む。威力を殺して照準を合わせなおすコンマ何秒かの隙。
だが、そここそを正確に狙う。
岩盤を陥没させるほどの踏み込みで首を狙った一閃。それを手のひらを穿たせることで止める相手。
ここで止まれば横腹を蹴り抜かれ、腹部がごっそりとなくなるだろう。
だが、止められることさえ想定してれば、それは瞬転必殺の一撃となる。
「崩壊!」
黒鉄を形象崩壊させ、
「黒鉄!」
瞬時に再構成する。
踏み込みの勢いをそのままに、敵の右手をすり抜け自由になった漆黒の刃は肩口から頭をえぐり取るように斬り飛ばした。
伝わってくる感覚は肉を切ったそれではなかった。
鉄板を穿ち、配線を切断し、基盤を破壊する・・・――――――――――機械人形の感覚そのものだった。




