第一部 漆黒の・・・白銀の・・・
「…どうしたの?」
少年は動きを突然止めたソレに向かって聞いた。
『…どうやら、侵入者のようだ』
それは、男とも女ともつかない声を発す。
「…壊しに、来るの?」
『わからないが、その可能性は高い。お前は身を隠しているべきだ』
「…そう、だね」
少年は呟いてそれから飛び降り、ソレの仲間と共に奥へと向かう。
「気を、つけてね…」
背中越しに、そう言って…
少年の姿が見えなくなったころ、ソレの眼にあたる部分が青から、非常事態を示す赤に変化していた…
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バイクの爆音とともに、アリシアは廃墟の入り口に到着した。
エンジンを切り、バイクを降りる。鍵はそもそもついてなかった。以前立ち寄ったコミュニティからの貰い物だったが、そもそも無理やりエンジンをかけたソレなので、盗まれたところで特にどうということもないのだ。
アリシアは無防備に廃墟…いや、廃都の中を進む。
倒壊した建物のほとんどが、かつて高層ビルと呼ばれたモノたちだ。だが、今は単なる瓦礫の山でしかなく、背の低い無骨な丘といったところか。
歩けば当然の如く、瓦礫の割れる音が響く。そもそもこの廃都を無音で歩くことなど不可能。それを差し引いたとしても、アリシアが足音を消さず、何の武器も構えずに歩いているのには、彼女なりの考えがあってのことだった。
わかりやすい罠。あるいは餌。しかし、これは非常に有効な戦略だった。
全身の感覚神経を極限まで研ぎ澄まし、空気の流れ、地面の震動までをも読み尽くす。かすかな音すらも聞き逃すつもりはない。
そして、微かにカタリ、と何かがぶつかる音がした。
――――――――っ!!
「黒鉄っ!」
アリシアは叫ぶと共に左に飛ぶ。直後、彼女の居たところに無数の銃弾が降り注いでいた。
ナノマシン。キーワードとともに具現化する道具。彼女が右腕にしたリングが
光の粒子として拡散、変形する。
直後彼女の右手には、漆黒の刀身、黒漆の刀が握られていた。
視認で敵は二体。いずれも量産型のオートマタだ。アリシアは着地した瞬間、間髪入れずに反転。黒漆の刀を振りかざし、一足にしてそれの下段、懐に潜り込んだ。そして、躊躇なく振り下ろす。
そしてまた、反転。
今度は相手も向かってきていた。その手にはSIGが握られている。すでに照準はこちらに向いていた。だが、アリシアはまったく躊躇うことなく突進した。
左斜構え。
低い体勢からの疾走は、とても常人の眼で追えるものではなかった。だが、相手は正確に照準を合わせ、発砲する。
ガキンッ!
鈍い金属音ともに、銃弾は脇にそれていた。相手は確実に頭部を狙って、連射する。迫り来る敵に対して正確無比に急所を狙えるのは、さすが機械と言わざるを得ない。
だが、それがある一点でのみ、失敗だった。
アリシアは銃弾の全てを刀で弾いていた。刃毀れ一つさせず、ひとつも打ちもらさずに。狙うところがわかっていれば、真っ直ぐにしか飛ばないただの銃弾など、弾くも避けるもたやすいものだ。
銃弾の嵐の一瞬の間、アリシアは地を強く蹴った。
次の瞬間には、敵の真横で刀を振り抜いていた。相手、オートマタは切り口から火花を散らして崩れ落ちる。
アリシアは刀を下ろし、溜息をつこうとした。が、次の瞬間、背筋に言い様もない悪寒を感じ、身を投げるようにして物陰に飛び込んだ。
直後、視界の端を銀色の閃光が奔り、たった今までいた場所の地面が乾いた破砕音とともに抉れる。
タァァァァン・・・
そして遅れた、とても遠い銃声。
(狙撃か・・・)
考慮すべきだったのか。だが、ほとんど瓦礫の山もいいところだったので息を潜めるなど、アリシアは考えつきもしなかった。
それに、相手は機械だ。人間など、本来なら太刀打ちできる相手ではない。機械側も彼我の戦力差を正確に理解しているため、殆どが正面切っての鏖殺が常なのだが・・・。あえて狙撃にした理由はいったいなんなのか。
アリシアは息を殺して、周囲を探る。だが、近くにはもうオートマタの気配はなかった。
しかし、現状として、今回の目的地の場所も割れたおらず、物陰から出れば狙撃手の餌食。
いきなり万事休すといったところか。これまでにもいくつかの機械の集団を文字通り殲滅してきたが、こんなケースは初めてだった。
(データが回ったって考えるのが普通か・・・)
とりあえず着弾の角度的にここは安全だ。アリシアはやっと一息つき・・・――――――いや、つかなかった。
「―――ッ!」
側面に忍び寄る気配に黒鉄を振るった。
「わっ! ちょ!」
響く叫び声にあわてて剣を止めるアリシア。殆んど首に振れたところで止まっていた。
彼女の視界に飛び込んできたのは…
「子供・・・?」
「び、びっくりした・・・。死んだと思った」
それは、シルバーブロンドの短髪で、この地方には珍しい薄緑色の瞳をした年端もいかない少年だった。
アリシアは刀を外した。
「あんた、なんで外をうろついてるの・・・ 死にたがりなわけ?」
「死にたくないよっ! 僕は最初からこの奥に隠れてたの! そこにお姉ちゃんが飛び込んできたんだよ」
少年は憤慨して声高に叫んだ。真っ赤になって、少し拗ねていて、そんな姿が少し笑えた。
「悪かったわね、いきなり。でも奥って・・・ここ、奥行きあるの?」
見た感じでは、というか普通に単なる物陰でしかない。室内や空洞になってはいなかった。
だが、少年は無言で立ち上がりすぐ横の瓦礫をつかんで引っ張った。
それは驚くほど簡単に持ち上がり、その下には縦穴が伸びている…
「なるほど・・・」
思わず苦笑が漏れてしまうほど単純明快。
「来なよ。手当てしてあげる」
少年はアリシアの足を指差した。左足の大腿部・・・どうやら慌てて飛び込んだときに擦り剝いたらしい。
認識したとたんに痛みと熱感がじわじわと襲ってくる。
「大したことないよ、大丈夫」
取り敢えず強がってみるアリシア。事実、ただの擦り傷なので放っておいても平気ではある。
だが、少年はそれを許さなかった。
「お姉ちゃんは女の子なんだからさ・・・。傷が残るようなことしちゃダメ。ほら」
「え、いや・・・――――――」
アリシアは半ば強引に立たされ、ほとんど強制連行状態で少年の隠れていた奥に連れて行かれたのだった。
暗い、道と称していいのかもわからないような通路を抜けたそこは、小さな部屋だった。
ちゃんと照明もあり、生活感のある部屋。
どこかにリビングがあるのではないかと錯覚してしまうくらい、家庭の一室だった。
「ベッドに座ってて」
少年はそれだけ言って、返事も聞かずに棚をあさり始めた。アリシアは言われるままベッドに腰掛け、もう一度ゆっくりと部屋を見渡す。
机にライト、よく整理された本棚、年季の入った携帯ラジオ、そして…
(弾丸・・・?)
床に転がっていた一発の弾丸。普通は、戯れに拾ってきた、で済む・・・ だが、アリシアは妙な違和感を覚えた。
薬莢がまだある。新品だ、コレ)
それを拾おうと、アリシアが体を屈めたとき、
「なにしてるの?」
「ッ!?」
いきなり声をかけられ、ビクついてしまった。あまりにもタイミングが悪い。
「ほら、消毒。傷見せて」
少年はアルコールの入ったガラス瓶とピンでつかんだ綿をもってアリシアの横に膝を付いた。
そもそもアリシアは、ホットパンツにビキニ、という必要な部分だけを隠した極端な軽装なので、傷口はもともと隠れていない。
少年は手際よく綿にアルコールを染みらせ、アリシアの腿にある傷口にそれを当てた。
「ぴっ!」
「沁みるけど、我慢してね」
先に言ってほしかった。
少年は手早く消毒を済ませ、傷口を包帯で巻く。
その時だった。アリシアの腿にざらりとした感触が肌に触れる。
それが少年の手だと分かるのに、少し時間を要しるほど異質なものだった。
「あんた、その手・・・」
「え? あぁ、これね。銃を使ってれば誰でもこうなるよ・・・。はい、できたよ」
「・・・―――――――」
少年はソレを隠す素振りもなく、だからアリシアもそれ以上の追及はしなかった。そも追及の必要などない。状況から想像、いや推察できたのだから。
宗教的儀式による生贄、それがこの少年だ。小さなコミュニティではたまにあることだ。アリシアはいくつもの事例を目の当たりにしてきた。こんな時代だ、人は何かに縋りたくなる。それが、たとえカルト教団だとしても・・・
新生児を荒野に捨てる、絶壁の際に置き去りにする。その行為にいったい何の意味があるか、などということには興味は無い。確かな事実は、ほぼ確実に捨てられた子が死ぬということだけだ。
だが、この少年は生きている。いや、生き延びてしまった。生き延びられるだけの知恵をつけている年齢で、捨てられたのだ。捨てられた以上、例えどれ程生き延びようともコミュニティには帰れない。
だが・・・ とアリシアは考える。生きているなら、まだ手はある・・・ 自分がこの子と出会ったことに意味があるとすれば。
アリシアは立ちあがった。
「お姉ちゃん?」
「ありがとう、だいぶ楽になったよ」
「うん・・・。それは良いんだけどさ。これからどこに行くの?」
アリシアは答えるべきか迷った。だが、現時点でコミュニティの場所を掴めてないのは事実。情報は出来るだけ欲しい。
「コミュニティに・・・。場所、わかる?」
「あ、と・・・」
少年の表情が陰る。
「まってて」
だがそれは一瞬で消え去った。気のせいかと思うほど速く、それでいて決して気のせいではないと確信を持てるほどの笑顔に変わって。
少年はまた戸棚をあさり始める。程なくして、一枚のカートリッジを差し出してきた。
「これ、電子地図。コミュニティまでくらいなら、範囲に入ってるよ」
アリシアは受け取り、起動してみた。
中心の現在位置が赤い点で示されていて、周辺の瓦礫の山は黒く塗りつぶされている。
そして、現在位置から赤いラインが伸びていて、その上に文字が浮かんでいた。
Community-fandaria――――
「いいの?」
「うん、もう覚えたし」
少年はさらりと言った。だが・・・――――――――
「これ、あなたの・・・」
「いいんだ。僕にはもう必要ないものだから。必要な人が持っている方がいいよ」
少年は背を向けてしまう。だからアリシアはそれ以上何も言わずにそれを受け取った。
普通、電子地図にラインは表示されない。ナビゲーション機能で表示されるのは道順だ。
だが、まっすぐに伸びるライン。何処にいてもコミュニティの方向を見失わないように…
アリシアはロングコートを着て、身の丈に余る巨大な砲撃武器を背負い直した。
「じゃあ、行くね。ありがとう」
「ううん。なんだか分からないけど、頑張ってね、お姉ちゃん」
少年は微笑む。が、それはどこか悲し気なものだった。
「うん・・・。ありがとう」
そしてアリシアはシェルターから出ていった。その背中が見えなくなってから、少年はぽつりと呟く。
「出会わなければ、よかったと思わせないでね」




