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『僕』の登校

2年A組、通いなれた第2校舎の教室の前に立つ。散々迷った末に僕は大人しく学校へ行くことにした。

布団の中で震えていても現実は変わらない。出欠簿に欠席ができるだけだ。

カラカラと戸を開けて中に入る。同級生は雑談に興じて僕という存在に気付いてないようだ。

しかし、カウントダウンは既に始まっている。


教室、窓側から2列目の最後5番目の席。ごく普通に椅子を引いて席に着く。

できればこのまま机に突っ伏したい。だが、それは許されないだろう。


「ん?」ほらきた!


「ねぇ、ちょっと君……。」目を声の方へ合わせるのが怖い。この声、この声は、小雪ちゃんだな!

友よ、どうか普段通り接してくれ。


「お、おはよう小雪ちゃん。」恐々と顔を上げ挨拶をする。


「は?何で名前知ってるの?それとその席、香のだけど。」きつい顔をしていらっしゃる。そして僕だと気付いてない。


「いやだなぁ、僕は香だよ。ほら。」手を広げてアピール。うわ、何だこれ。自分で言っててなんか胡散臭い。何か失敗した。


冷や汗が止まらない。小雪ちゃんが顔を近付けて僕をじろじろ観察している。


「なぁーんだ、何で男子の制服なんか着ているの香?それと声低いけど風邪?」


「実は今の僕は男なんだ。」「あはは、確かに。本当に男に見えて気付かなかったよ。ごめんね。」


小雪ちゃん、笑い事じゃないんだこれは……。


「いやまじで。」「いやいや、何の一発ネタなの?演劇とか?」「冗談でなく。」「ちょっとしつこいよ?」


「冗談じゃないんだよぅ!」ちょっと語気を強める。


「ドウドウ。いやー香ちゃんのネタ魂に敬服するよ。でも先生が来る前に着替えたほうがいいよ。」


ポンポンと肩を叩いて小雪ちゃんは去っていった。入れ替わりにナツメちゃんと葉ちゃんが来る。


「わ、カオル男子の制服似合ってるね。顔付きもちょっと変わって別人みたい。」とナツメちゃん。


「うーん、ちょっとその格好苦手かな。なんか男の子みたいで怖い。」葉ちゃんはナツメちゃんの後ろに隠れてしまう。怖いとか地味に凹む。


「僕が男になっても友達でいてくれる?」真剣な顔で聞く。YES!YESといって!


「あはは、いいよーいいよー。心の友よってね。」ナツメちゃん問題なし。

「女の子のままでいてね。」はーい、葉ちゃんから決別宣言頂きましたぁ!


「ちょっとどうしたの?」ナツメちゃんが涙目な僕に不思議そうにしている。いま、僕は、決別の言葉をもらったんだ。冗談だと思っているだろうけれど。


「心に傷を負った。主に葉ちゃんのせいで。」心臓の辺りに手を当て恨みがましい目を向けると、葉ちゃんがあたふたする。葉ちゃんはカラカイがいのある子なのだ。


「と、友達だよ!香ちゃんが変な格好してるから。」ぐはぁっ、カウンターだとぉ!?これから毎日僕はこの格好をしなければならないのかもしれなのに。


「泣くほど男子制服気に入ってるの?」ナツメちゃんがニヤニヤしている。涙目の女の子がかわいいと普段から発言する彼女だ。残念だな、今の僕は男だ!


「おーい、席に着けー。」担任が入ってくる。チラッと僕の方へ目を向けてきた。

あ、これ話通ってるなと直感した。どうやら処刑のお時間が始まるようだ。


生徒たちが席に着く。先生が教壇に立ち、ちょいちょいと手招きする。

僕は頭を振ったが、クラスの目がこちらへ集中した。


「サーカーイー。」三上先生のお言葉についに席を立つ。


「んじゃあこういうのは初めが肝心だからな。お前らも戸惑うだろうけどよく聞けよ。」


三上先生は三十路のニタァと笑う蛇のような女教師だ。

陰湿である、とても陰湿である。もっとマシなやり方はないものか。じろりと横目で睨まれた。怖い!


「はい、境香君は今日から男になりました。男子も女子も昨日までの香ちゃんは忘れて香君として接するように。」


教室がシーンとなる。生徒達の顔がポカンとしていた。まぁ、そうだよね。


「まぁ、見たほうが早いからな。よし!境、上の服脱げ。」


「せ、セクハラだ!」


「バーカ野郎、ここで証明しとかないとプールとか困るだろうがよ。お前の方が女子にセクハラしたり、男子からハブられるだろうが。」三上先生、面倒くさいからってぶっちゃけ過ぎちゃいませんか?


「ハイハイ、男なら恥ずかしくない恥ずかしくない。」


「ぐぬぬぬ。」制服を脱ぐ。確かに馴れなければいけないのだろう。中のシャツに手を掛けた所で手が止まる。いや、まて、よしんば成績が下がるにしろ見学やら何やらでやり過ごせるんじゃないか?


「親御さん、立派な男子に教育してやってってきてるから、諸々諦めろ。な?」


「くふうぅ。」お父さん、お母さんの馬鹿!


半裸で顔が真っ赤になっているのが分かる。何処かの女子がかわいいって言ったのが聞こえた。

待って、ちょっとその発言はいろんな意味で嫌だ。


「本当に男になったのか?」ざわざわする教室。「いや待て、俺が思うに境は元々男だった?」


「なるほど、それなら辻褄が合うな。」馬鹿な会話が聞こえてくる。なわけないだろバーカ。


……女から男になるほうがないか。


「ハイ!先生。」「何だね?吉君。」手を上げた生徒の名をテンポ良く先生が呼ぶ。


「ちょっと便所行きたいです。境君と。」「え?」この流れは……。


「ふーむ。」しばし考える先生。時計を見る。時間が押していた。


「行って来い。」神などいない。いるのは性転換する邪神だけだ。


吉君と廊下にでる。


「しかし境が男だったなんてなぁ。」男だったじゃなく男になったです。これ重要。


「よくばれなかったな今まで。」吉君は感心しているようだった。「いや、女だったから。」


「いやー、男の学生服がしっくりくるわけだわ。」失礼だなこいつ。女だった僕に謝れ。


男子トイレに着く。吉君が先に行けと促す。


「出ないから。」「いいから、振りでいいから。」「振りってなんだよ!?」「はいはい並んだ並んだ。」


肩を押されて便器の前に立たされる。吉君は隣の便器の前に立つ。用を足し始めてトイレにいきたいのは本当だったようだ。これ気まずく感じるの僕だけか?


「お前もだせよ。」「ちょっ、下品。」「男だろ?」「そういう問題じゃ……。」「連れション連れション。」


目的は分かっている。確認するつもりなのだろう。


「分かったよ!やればいいんだろ!」半切れになって降ろした。何がとは言わない。吉君が納得したとだけ僕はここに伝えようと思う。


吉君が帰りに馴れ馴れしく肩を組んできた。男友達認定を受けたらしい。男子学生のライフとしては僥倖かもしれないが、僕のハートは粉々だった。


教室に入って吉君が親指を立てる。男子がニヤニヤして女子が耳打ちしあった。


僕の友人の小雪ちゃんはゲッとした顔をして、ナツメちゃんがあらあらといった余裕な表情……。


葉ちゃんが両手ガードで僕の視線を遮蔽した。


……僕の友情戦線崩壊中。なお男友達は一人確保できた模様。吉君はいいやつです……。

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