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エピローグ後編:私とカヌレ・オ・ショコラと『私』

 決行日当日、朝食後の厨房。

 どこで私の魔法の話が漏れるか分からないという理由で、城内にいた人達は夕食の支度を始める時間まで、別邸に行かせているそうだ。

 作戦参加者であるコンセルさんは先に現地へ赴き、最終確認をしている。

 魔王様は私を連れて飛んでもらうため、執務室で雑務を熟しているらしい。

 全く仕事がない状態にはなったことがない、という状況は如何なものだろうか。

 

 ……何も考えず、ゆっくり出来る時間くらいあってもいいのに。精霊王補佐というのは、やっぱりブラックな仕事だな。

 

 私は、というと、帰ってきた時に疲れ切っていたら菓子作りに支障が出るかもしれないと考え、先に作っておこうと厨房に来たわけだ。


 普段は慌ただしく人が行き交い、包丁で物を切る規則的な音、指示を出す人の声、香ってくるフォンやパンが焼ける匂いなど、騒々しい厨房が静けさに包まれ、魔力で動かしている機材から、微かに音がしているような気がする。

 城の中は気温調整されているため外の温度は分からないが、日差しの強さから結構な温度であることが窺える。


「さて、と」


 棚から蜜蝋を塗った専用型と、冷蔵庫で冷やしておいた生地を取り出す。

 縦溝が入った釣り鐘状の小さな型の内側全面も、全部に満遍なく蜜蝋が固まっている。

 私は常温に戻った生地を、漉しながら器へ流し入れ、半分の器中央にチョコクリームを絞り入れていく。

 それを温めておいたオーブンへ入れて、焼き始めた。


 漂ってくるラム酒の香りに、過去の記憶が頭の中で再現されていく。

 コンセルさんはアルコールに弱いので、香り付けのお酒でも酔わないか心配だが、高温でじっくり焼くから、大丈夫だろう。……多分。

 菓子に合うお酒を調べるためにコンセルさんを酔わせてしまい、魔王様にこっ酷く叱られた。あれ以来コンセルさんには一切、呑ませていない。

 態と甘い匂いを漂わせて魔王様が覗きに来たら、お願いするようにしている。来ない時は仕事で忙しいと分かるので、我ながらいい案を思い付いたと自負している。

 来る時はコンセルさんも一緒なので少々気まずいが、ザルを超えた枠である魔王様が凄すぎて、その様子を見ながら二人で呆気に取られたりしていた。


 ……もう大分だいぶ資料が集まったので、お願いする機会はないと思うが。それはそれでちょっと寂しい、かな。

 ……寂しいといえば……こっちも、か……。


 私はオーブンの温度を下げ、更に焼くよう温度の変更をオーブンに告げる。

 そして何気なく周囲を見渡し、空気の動きを見回す。が、誰もいない。そして何も、動かない。

 全身を魔力化したことで見えていた、空気中にも僅かに浮遊する魔力の粒は、すっかり見えなくなっていた。見えている魔力の粒も、感情までは分からなくなっている。

 完全に能力がこちらへ来たレベルくらいまで下がっているのだ。それは当たり前だろう。それだけの魔力が無くなったのだ。

 魔法を考え出した時に、魔法を会得した時に、決行が決まった時に、何度も考える時間はあり、その都度、決意していたことだ。


「……さよなら……。今まで有難う……。……けど、やっぱ、ちょっと寂しいかな……」


 今まで見えていたものが見えなくなる、というのは、やはり切ない気持ちが押し寄せる。

 といっても粒達は消えたわけではない。私が見えなくなっただけだ。

 覚悟は出来ていたはずだったのに。分かっていたことなのに。それを知った上での行動であったはずなのに。自分で決めたことでも、やはり辛いものは辛い。

 感情まで分かってしまうと、それが分からなくなる、見えなくなることが、これほど寂しいとは思わなかった。

 私は椅子へ体を預け、目頭が熱くなって溢れそうなものを落とさないよう、顔を上に向ける。


「……『さよなら』というのは、どういうことだ!?」

「ふおぇっ?!!」


 誰もいないと思い、色々と回顧して感傷に浸っていた最中。

 私の様子を見に来たのか、菓子を強請ねだりに来たのか。

 突如、魔王様の声が聞こえてくる。思いもしなかった人物の登場に驚き、思わず変な叫声が口から飛び出す。


 厨房の入口から、魔王様が険しくも苦しそうな表情で私へと駆け寄ってきた。

 かと思うと私の両肩を掴み、体を強く揺さ振りながら私に問い詰める。


「まさか! シホも元の世界へ……?! ならば……! そんな魔法を会得させねばよかった……っっ!」


 魔王様は苦痛に満ちた、今にも泣き出しそうな表情で私の両肩を強く握り締め、珍しく立場をわきまえないことを、絞り出すような声で漏らす。

 私は見たことのない、そんな魔王様の表情を見つめながら、つい、常々思っていた疑問を吐き出した。


「……魔王様? ……もし、誰にでも菓子が作れて、いつでも菓子が食べられる状態になっても……私がいなくなったら、寂しいですか?」

「当然だ! シホの作った菓子でなければ意味がない! ……いや、シホが帰りたいのであれば……。……確かにそれが自然なのだろう、だが……。……やはり、シホがいなければ……いや、私情だが……」


 魔王様は己の立場を考えてか、異世界人である私のいるべき場所を思い出し、私情と立場上の意見が入り乱れ、口籠もる。

 私としては、ハッキリ思っていることを言ってほしかったのだが、私が元の世界へ帰ってしまうのは嫌だということは汲み取れた。今はそれで満足しよう。

 だが、やはり何か物足りないと思う深層心理のせいだろうか。私は悪戯を思いつき、魔王様を試してみたい衝動に駆られる。


「「それじゃ、どっちの私に残って欲しいですか?」」

「……なっ?!」


 厨房出入口から足音が近付き。その音は魔王様の背後で止まる。

 魔王様が振り返ると『私』が魔王様に頬笑む。そして、魔王様の目の前にいる私と声を合わせて尋ねた。

 魔王様は目を見開いて『私』と私へ何度も視線を動かす。しかし、さすがは魔王様。そのタネに気付いたようだ。


「……道理でシホの魔力が減っていると思ったぞ。……なるほど、帰る自分を作っていたのか。しかし……それで魔力は足りるのか?」

「作戦の魔法は問題ないですって。それが出来なきゃ、本末転倒ですぜ?」


 私は魔王様の懸念に対し、ニヤリと笑ってみせる。作戦の魔法は、構築するための試行錯誤時に大量の魔力を消耗したが、一度完成させた魔法を行使する分には、今の私で十分だ。


 私と『私』の人格は一つなため、両方同時に動かすのはかなり苦労したが、意識が一つで使い熟せないと、わざわざ作った意味がない。


 さすがに人間離れしすぎた私の行動を、魔王様は苦笑して見つめている。

 だが、まだ質問に答えてもらっていない。『私』は魔王様の背に手を当てて顔を覗き込み、私は立ち上がって魔王様の頬に手を伸ばし、再び尋ねた。


「……で、どっちがいいですかね? 人間に戻った、というより魔力がほぼない人間の『私』と」

「魔力はここへ来た時くらいの、寿命のない、魔力で作った人型の私と」

「……両方、というのは……さすがにまずい、か……?」


 戸惑いつつも頬を掻き、躊躇いながら小さく呟く魔王様。さすがに両方は欲張りすぎかと思い悩んでいる。

 私と『私』は、そんな魔王様の様子が、嬉しいのか、可愛いのか、堪らず腹を抱えて爆笑する。

 

 ……両方って、ちょっとハーレムっぽくね? いや、両方私だし、二人もいらないと思うけど……どういう心境でいったんだろ?


「……シホは、誰にも渡したくない。と思うのは……罪、だろうか?」

「……いや、そんなに私を喜ばせると……。……両方、残りたくなっちゃいますよ。私、魔王様に惚れ抜いてるんですからね?」


 顔を赤らめて私と『私』を見つめる魔王様。あまり喜ばすと『私』に人格が現れて、勝手に動きだしそうだ。

 取り敢えず私は『私』の操作を止める。『私』は表情をなくし、立ち尽くす。私が操作しなくても大まかなことは出来るようインプットしているため、佇んでいる程度は楽勝だ。とはいえ、そこまで出来るようになるのにかなり苦労したのだが。

 私は『私』を椅子へ座らせ、説明を始めた。


 私が帰ったことにするのは、そう思い込ませる魔法を元の世界へ戻すことで出来たのだが、そうしなかったのは、もっと菓子の知識を得るためだ。元の世界で『私』を操作し、元の世界にある菓子をもっと勉強し、こっちで魔王様にご馳走したいという、限りなく自己中心的な欲望ゆえに起こした行動だった。

 勿論、家族に会いたいのもあるが、もう私は、魔王様の側にいられなければ何もかも捨てる覚悟が出来てしまっている。

 私は改めて自己嫌悪に陥り、引き攣った笑みで魔王様から視線を逸らした。


「……我が儘すぎて、嫌いになりました?」

「……なるわけがない。より一層……」


 魔王様が私を引き寄せ、抱き締める。


「……これ以上、好きになれないほど、愛していると思っていたが……どこまで私を惚れさせる気だ、お前は」


 何から何まで魔王様のためという、私ならちょっとキモいから来んな? といってしまいそうな状態だが(魔王様が私にそうなるのなら大歓迎だが)魔王様は、そんな私がより一層愛おしいといってくれる。どこまで心が広いんだ、この魔王様は。


 魔王様は自分の指を私の顎に当て、私の顔を上へ向かせる。


「……だが、無理だけはしてくれるな」

「魔王様こそ、ですよ! 忙しく駆け回る魔王様の顔色を、私がどんな気持ちで見てたか、分かりますか?!」

「……確かに、心配を掛け、すまなかった。次はないよう留意する」

「絶対ですよ?! 私は……っ!」


 魔王様の顔が近付き、魔王様の唇が私の唇と重なる。

 魔王様のドアップを見るのが恥ずかしくなり、私は思わず目を瞑った。


「……ずっと、私の側にいろ、シホ。私から離れることは許さん」

「も、もも勿論……嫌がられても、ズーッと、います、よ……っ!」


 薄目を開けて返答する私に魔王様は喜色満面になり、何度も唇を重ねてくる。

 魔王様は、何だかいい香りがする。香水ほど強くない、自然な香りだ。


 ……今度、魔王様のバスルームから、置いてあるものを拝借してしまおうかな。


 すると、どうやら魔王様も香りについて考えていたらしく、私の耳元に口を近付け、囁いてきた。


「……シホは、甘い香りがするな。……食べても、いいか……?」

「た! 食べたらなくなっちゃいますよ?! てか、私、菓子作りの途中だったんだーっっっ!!」


 意味は解る。意味は解るが、たった今、ファーストキスというものを経験した私には、刺激が強すぎる。


 てか、初恋なんだよっっ?! 男だからといって異性として意識することもなかったし、経験値が幼稚園児よりもないんだようっっ!!


 声を立てて笑う魔王様を引き離し、私は菓子の続きを始める。


 ……全身熱いし、真っ赤なのは分かってる! 分かってるから!! 絶対! 絶対いうな! 絶対いうなよ!!


「……シホ。耳も、指の先まで真っ赤……」

「だーーーっっっ!!! 分かってまーすってばー!!」


 何でいうんだこの人は! 押すなというと押すヤツじゃないのに! お約束、マジヤバい!!


 焼き上がった菓子を熱いうちに型から外すと、溶けた蜜蝋が音を立てながら流れていく。

 あとは冷めるまで置いておけば、カヌレ・オ・ショコラの出来上がりだ。チョコを入れなければ、カヌレ・ド・ボルドーという。

 蜜蝋は、蜂が蜜の糖質を巣を作るために体内で化学反応を起こして作る物質で、巣を溶かして不純物を取り除くと蜜蝋が出来上がる。蝋の中で唯一食べられるものだそうだ。

 味はほぼ蜂蜜で、蝋だけあって、その食感が不思議な感じのする菓子だ。


 熱々の今は、蜜の香りとチョコソースの香りが強く香ってくる。

 案の定、チョコの香りに我慢が出来ない様子で魔王様が私の肩の上から顔を出してくる。


「いい匂いがするが……やはり菓子の時間まで摘まめぬか?」

「十分くらいで蜜蝋が固まると思うんで、そしたら食べられますが……ちょっと待っててください」


 大分暑くなってきたので、アイスやシャーベットを作っておいたのだ。

 当然、チョクラ大使の甘味王である魔王様用に、チョコソースにバニラ香るカスタードに似たアングレーズソースを混ぜた、チョコアイスも作っておいた。

 ついでに思い付いたので、スプーン代わりになるU字型の、やや厚めなクッキーも作ってみた。


 私は冷凍庫から冷やしておいた器にチョコレートアイスを掬い入れ、クッキーを添えて魔王様に差し出した。


「こっちの菓子は、菓子の時間まで待ってくれるんでしたら、コレをあげますが?」

「よし! 我慢しよう!」


 魔王様はクッキーでアイスを掬って口へ運ぶと、冷たさに顔を顰めつつ、チョコのコクと甘さが滑らかな舌触りで溶けていくのを堪能しているのか、うっとりとした表情でアイスを食べ進める。

 その間に私は菓子用棚にカヌレを仕舞い、棚の戸を閉める。これにも温度調節機能がついているので、冷ましたり温めたりにも使える、便利な棚だ。

 魔王様は、私の行動に気付かず、大分暑くなった時期に合う菓子に心を奪われているようだった。


「今の時期に丁度良い菓子だ。この、クッキーで掬うというのも歯応えとコクが増し、良いものだな。さすが、シホだ」

「お気に召していただけ、恐悦至極にございまする。……って、魔王様! そろそろ出ないと、じゃないですか?!」


 私は魔王様から貰った腕時計に目を向け、結構時間が迫っているのに気付き、魔王様を急かす。

 アイスがもっと食べたい様子だが、かなり我慢しているようだが、かつて自分のものであった腕時計が私の腕に填まっているのを目にし、移動しながら含み笑いで私へ視線を向ける。


「……ちゃんと読めるようになったようだな。大したものだ」


 そういって腕を見せる魔王様にも、同じものが填められていた。


「あ! 返した方が良かったですか?」

「……違う。……そうではなく、だな……」


 外へ出る扉へ向かいながら、魔王様は頬を染めて片手で目をおおって口籠もる。その様子に私はその意図を理解し、思わず小さな声をあげた。

 それは、所謂いわゆるペアグッズというものだろう。嬉しいような恥ずかしいような気持ちが再加熱し、全身が赤くなっていく。唯、少々不満を感じ、口を尖らせ魔王様を見上げる。


「……だったら、もっと早く教えてくれれば……私も嬉しかったのに……」


 魔王様の体調を案じる時。不安な気持ちを抑えたい時。そんな時はいつも、この腕時計に目を向け、祈っていた。

 魔王様も同じものをしていると分かっていたら、見る度に不安だけが押し寄せなくてすんだだろう。

 私は『私』と共に魔王様から視線を逸らし、走ることに専念する。

 だが、チート魔王様を引き離せるはずもなく。私と『私』は魔王様に抱えられ、魔王様は開かれた扉を滑空し、空へと舞い上がる。


「……シホが私をどう思っているか分からぬ時に見せ……外されたら……私が困る」


 私と『私』を両脇に抱えて飛行する魔王様の首元が赤くなっているのを見、私と『私』はニヤける顔を押さえつつ、コッソリと笑った。



* * *



 計画どおり、召喚された人々、玲子と麻衣ちゃん、そして『私』を、召喚されなかった状態に戻し終え、城にも活気が戻ってくる。


 というわけで、仕事を終えた私達は、皆で海水浴に来ていた。……何故?

 始めはプレジアが騒ぎ出し、それを魔王様とコンセルさんが私の体調を気遣って日を改めるよう説得していたのだが、何故か日光浴は体にいいという理由で私を海で休ませることになり、海水浴が決行されてしまったのだ。本当に、意味が分からない。

 何だかんだと菓子の用意はさせられるは、水着を選ばされるは、で休むどころではない。


 ……てか、あんな沢山の水着、いつの間に作ったんだ?!


 私室奥にある扉の先には衣装部屋が作られており、その一角には、数十種類はありそうな水着が並んでいた。

 はしゃいで私の分まで選んでいるプレジアに、思わず全身タイツな水着にしてやろうかとも考えたが、魔王様にそれを見られるのはさすがに御免被りたい。というわけで、無難なタンキニにボトムはボーイレッグという、服にしか見えない水着で渋々海へと向かった。

 そして着いた途端、満面の笑みを振り撒き、皆に菓子を配って回り始める。

 というのも海に着いたら呆気なく怒りが収まり、明るい気持ちに変わったからだ。寧ろ……


 プレジア、GJグッジョブッッッ!!!


 ファムルの、大きな胸を覆う愛らしいフレアビキニ姿。リアレスカさんの、両脇露出が眩しい、腰から伸びる二枚布が胸元を隠すように交差しているクロスホルターのワンピース水着。プレジアの、胸元にリボンが付いたミニスカート付の水着も白鳥の浮輪と相まって子供らしい可愛さだ。先生に至っては、背中が大きく開いたレースのモノキニという、実にけしからん水着を身に付けている。さすがに大事な箇所は大きめの布でさり気なく隠されているが。


 私は一人一人へ保冷庫に入っているアイスの種類を選んでもらい、横目で水着を堪能しつつ、クッキースプーンを添えて渡していく。


 うん! 私、目一杯、休んでることにするよ!

 プレジア、あんまり浮輪で遠くまで行かないようにねー!

 ファムル、手を振ってくれるのは嬉しいけど、波に攫われないようにね!

 リアレスカさん、先生、日焼け止めかオイル、塗りましょうか?!


 監視員も兼ねてるけど、気にしない! だって、夏だしすっごく充実してるよ! って、ここで目の保養をせずに何時するんだッッ?!


「……あれ? シホちゃんは泳がないのか?」

「……妙に嬉しそうではあるが……一人で働いているように見えるな……。大丈夫なのか?」

「私は皆にアイスを配ってて楽しいから、気にせず泳いできっ……ぶべらぶぉわふっっっっっ!!!」


 コンセルさんも競泳用のボックスに似た水着に半袖のパーカーを羽織って現れ、辺りを見回して不思議そうに私へ視線を落とす。

 コンセルさんも楽しむよう勧めると、その背後からサングラスを掛けた魔王様の姿が視界に飛び込み、私は動揺を隠せず仰け反った。


 魔王様が!!! 半袖のシャツを羽織ってはいるが!! 長めの黒いサーフパンツ姿!!! 白い肌が顕わにいいい?!! 然も筋肉がキレており、バリバリで仕上がっている、ナイスカットだ!!

 仕舞った。あまりの格好良さに、興奮しすぎて鼻血を噴きそうだ。

 私は平静を装うために魔王様のサングラスをお借りし、アイスを選んでもらう。


「ん! カフィンが冷たくてこのほろ苦感が堪らないな!!」

「うむ。やはりチョクラはあらゆる菓子に合う最強の素材だな……。と、コンセル、手伝え」

「あ! そうでした!」


 アイスを堪能していたかと思うと魔王様は空に手を伸ばし、そこからパラソル付のテーブルと背もたれが柔らかいロッキングチェアを取り出した。 それを受け取ったコンセルさんが組み立てていく。テーブルには他に普通の椅子が数脚くっついているタイプだった。


「……プレジアの口車に乗り、海水浴で休まるなど……いや、ここでなら少しは休めるかと思ってな……どうだ?」

「うわあ! 凄いです! 快適ですね!」


 まさか魔王様まで異空間からものを出せると思わなかった。吃驚はしたが、チート魔王様なのでそれほどでもない。それ以上に私の体を気遣ってくれて、態々ロッキングチェアを持ってきてくれるとは、安楽椅子だけに安楽死しそうだ。ああ、堪らん!


「……けど、シホちゃん、普段と格好が変わってないな。もしかして泳げなかったとか?」

「違いますー! コレはそういう水着なんですー! コンセルさんは感覚が古いなー」


 コンセルさんが苦笑いを浮かべ、魔王様と顔を合わせる。


 ……おや? 何か手違いでもあったのだろうか? あ! この椅子、魔王様のだったり?!


 慌てて立ち上がろうとすると、空中を浮遊していた、ハーフパンツの水着姿にカーディガンを羽織っているマリンジさんが私の側まで下りて来、耳元で痛恨の一撃を放った。


「……ちょっと、そんな格好でサジェスの恋人、やってかれるの? 色気の欠片もありゃしない。フラれるのは時間の問題だね」


 私を蔑むように鼻で笑い、そのまま浮遊し、さり気なく魔王様の肩へ両手を置いて親しそうに話し掛けている。


 ……くそう!! 負けて堪るかっっっ!!!


「シホ?! 何をする気だ?!」

「ちょっ! し、シホちゃん落ち着いて……ッッ!!」

「おお! シホが本気になりおったっっ!!」

「シホちゃん、は、裸はダメだよ―――ッッ!!」

「し、シホさん?! 一体どうしたんです?!」

「……シホの裸を見たら、男ども、ぶっ殺すわよ」


 各が騒ぎ立てる中、気にせず私はタンクトップの裾を掴み、頭を潜らせ脱ぎ始める。ついでにボーイレッグもずり下ろし、両方を砂の上に脱ぎ捨てる。

 裸になる気かと目元を手で掩い、顔を逸らしつつこちらを窺う魔王様やコンセルさん、そして女性軍の前には、バンドゥビキニを着た私が現れた。


 滅茶苦茶恥ずかしいけど! 恥ずかしさよりフラれる方がよっぽど嫌だ!! マリンジさんに譲る気は、魔力一粒ほどもないッッッ!!


「やはり、よう似合うとるではないか! 無理にでも下に着せておいて良かったのう!」

「……見せる気は毛頭なかったけど……やっぱ恥ずかしい!! 着てもいいかな?!」

「「……えっっ?!」」


 何故か残念そうな声を上げる魔王様とコンセルさん。

 よく分からないが、変だったのか何なのか、ちゃんといってほしい。と、そこで私は数日掛けて拵えた菓子が食べられる状態であることに気付き、慌てて厨房へと駆けていく。


「し、シホ?! どうした?!」

「ちょっと菓子を持ってきますんで! 楽しんでてください!」


 心配して声を掛ける魔王様へ走りながら返事を返し、城に戻っていった。


「おし! イイ感じに出来てるな!」


 私は棚からカヌレ・オ・ショコラを取り出し、艶やかな表面を満足げに眺める。

 一つ摘まんで齧り付く。

 摩訶不思議な蝋の食感から蜂蜜の味が滲み出る。と途端に歯応えが弱まり、しっとりもちっとした卵の黄身とチョコが主張する。お酒の甘い香りが口に広がり、スポンジともスフレとも違う食感が何とも癖になる味わい深さだ。


「……けど、皆は囓れるかな? やっぱりナイフとフォークは必須か」


 大きなトレイに人数分の取り皿とカヌレの入った器、そしてナイフとフォークも乗せようと食器棚を開けると、厨房の扉から魔王様が現れる。


「シホ、手伝いに……ああ、これか! 漸く食せる時が来たのだな!」

「今お持ちする所だったんですが……魔王様自らお手伝いとか、どうなんですかい……?」


 城どころか世界の人間の頂点である魔王様が、一介の菓子職人の手伝いとか、私は物理的に首を切られはしないだろうか。

 だが魔王様は気にする風もなく、巨大なトレイを前に、目を見開いていた。


「……この大きさを一人で海辺まで運ぶ気……いや、愚問であったが、この高さが目の前にあれば、視界が届かんだろう。来て良かったぞ」

「……いえ、あの、ですから……」

「何故、自分の恋人の手伝いを禁ずる? ああ、では今度、皆の前で公表し、シホの言葉は私の言葉と思うよう……」

「ひゃにゃあああっっっ! そ、そこまでは、まだ!! てか、そんなことしたら厨房に居難くなります!!」

「……ふむ……」


 不意に魔王様の腕が下ろされる。私は平静を取り戻そうと魔王様から離れ、トレイにナイフとフォークを載せていく。

 魔王様は思い悩むように私を見つめ、徐に言葉を紡いだ。


「……実は、身分を考え、逆らえずに私の好意を受け入れた、など……」

「ぶっ飛ばしますよ?!」


 私は両手を握り締め、戦闘態勢に入り、魔王様を睨み付ける。

 私の言葉に魔王様は満開の笑顔を咲かせ、片手にトレイを持ち、片腕で私を抱き上げた。


「悪かった。その水着を着ている時点で、そんな考えは吹き飛んでいたのだが、つい……。すまなかった」

「……分かればいいです、分かれば」


 私の水着の色は、青鈍色に淡い水色の切り替えが少し入った、魔王様の髪の色と目の色を意識した物だ。


「……次にネガ発言したら、マジにぶっ飛ばしますからね!」

「……ああ、すまなかっ……!」


 そのまま城を出、海へと向かう途中、人気のない場所に辿り着くと、私は魔王様の髪を掴んで顔を向かせ、思い切りキスをした。

『魔王様とパティシエール』これにて完結です。

ここまで読んでいただき、本当に有難うございました!

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