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最終話-4:修復とドラジェ

 和解だか仲直りだかが済み、魔王様の説得によって、各大陸を襲っていたという魔物の集団が捕獲、排除されていく。

 幸いな事に魔物達は、生命錬金術師の力も借りたが、殆どがマリンジさんの魔力で作られたという仮初の生き物で、マリンジさんの合図一つで跡形もなく消し去る事が出来た。


 魔物への対処と同時に、魔王様はこれ以上の混乱を招かないよう先んじて、原因は『召喚師と生命錬金術師による、精霊王に成り代わろうとする暴挙の為』と全世界への発表をマリンジさんに告示させ、地人族と魔族の上層部には、精霊王を狙うなどというこの世界最大の禁忌であり最も愚かな行為に至った事により『召喚術と生命錬金術の没収』と、定めた領域以外での戦を行った際には『魔術を一定期間、行使不能にする』事を通達した。

 ……まあ、召喚師が精霊王に成り代わろうとしたのは事実だが、生命錬金術師はマリンジさんに攫われ、利用されていただけのような気もするので、罪を着せられるのはあまりに可哀想な気がする。

 大体、精霊王が人間を見限った為の暴走もあって、ここまで酷い状態に陥ったのだが、精霊王が反感を買うと同様の事件が頻発しそうだ、という理由で、魔王様が考案したのだ。


 召喚されし者共は、指名手配……と言っていいのだろうか?

 発見次第通報させ、玲子達を含め敵う相手が捕獲に赴き、病院しか無いような隔離された孤島に軟禁していくことになった。


 まだまだ、襲われた人々や壊された町村の修復、それに生命錬金術師や既に作られた魔物達の対応、召喚されし者共の今後など、やる事は後を絶たないが、各地の修復は取り敢えず各大陸の王に任せ、私達はまず、枠組みくらいしか残っていない魔王様の城の修復に取り掛かった。

 これだけ魔力の高い者が揃っていれば、城の修復もそれなりに早い。

 とはいえ、魔力で元の形の記憶を探り、その通りになるよう破片を誘導し、魔力の粒で繋げていくという、実に面倒……いや、かったるい……いや緻密な作業を延々と繰り返すのだが。

 元世界の修繕法と同じように、己の肉体を駆使して補修していくコンセルさんよりはマシだろう。

 魔王様は流石手馴れているだけあり、滑空しながら素早い手付きで元の形に戻していく。

 プレジアとマリンジさんも顔面を上下左右から押し潰したような不満気な表情で黙々と修復作業を手伝っていた。

 徐々に城が形を取り戻し、外側を大まかに直し終えた私は厨房へと足を運んだ。

 棚や作業台、器具などが、瓦礫に混ざって散在している。

 樽や壷、布袋に入れられていた筈の材料も、最早見る影もない。

 シロップおじさんがショックで倒れない程度には直しておく必要がありそうだ。

 私は厨房のあるべき姿を思い出し、瓦礫をどうにか誘導し、天井や床、壁や作業台などを整えていく。

 吹き飛んでしまったパイ生地などの材料も、魔力の粒を探して繋げそうな気がしないでもないが、菓子での操作で失敗を重ねている身としては止めておいた方が無難だろう。

 取り敢えず自分で戻すのは部屋と器具程度までに止めておき、冷蔵庫やオーブンなどの魔術機材も万一を考え、魔王様にお願いして修繕してもらった。


「……さあて! この中の物で出来そうな物はあるかな?」


 肉体労働で疲れたみんなには甘い物が必要だろう。

 粗方元の姿に戻った厨房の、自分用の作業台の前で、私は腕を組んで眼前の材料を注視する。

 台の上にはジャムの小瓶数個、コーヒー豆少々、チョコ少々、砂糖少々そしてアーモンドがある。

 瓦礫を元の場所に繋げながら発見した、使えそうな材料達だ。


「……小麦粉は全滅か……まあ、砂糖があるだけ上々か」


 私はアーモンドをオーブンで乾煎りし、鍋に砂糖と水を入れ、溶かしていく。

 熱くなった所でアーモンドを放り込み、飴化した砂糖が上手くアーモンドに絡むよう、かき混ぜていく。

 それをボウルに開け、すり潰して作っておいた粉砂糖をまぶして冷ませば、ドラジェの出来上がりだ。

 ヨーロッパでは誕生や結婚のお祝いに贈られるそうだ。

 新しい城の誕生……とは大げさか。

 イタリアでは5は「幸福」「健康」「子孫繁栄」「長寿」「富」を表し、ドラジェを5粒贈るのが習慣らしい。

 ちなみに、薬学では糖衣掛けした錠剤もドラジェと言うらしいが、あまり関係ない話だろう。

 ファムルがいれば、すり潰したチョコを乾燥してもらってココアパウダーのドラジェも出来るんだが、城が完全に直るまで戻ってくるのは危険だし、今回は仕方がない。

 色を付ける場合は砂糖を水で熱している時に色素を加えるのだが、当然そんな物もなく……


「……魔力で付けられないかな?」


 魔が差した私はドラジェを一粒摘み、その白い姿を凝視する。

 表面を覆う魔力の粒は既に赤味を帯びているのだから、そのままピンク色になっても良さそうなものだが……などと考えていると、その白さに赤味が差し、綺麗なピンクに染まっていく。

 しかも手にしていると、内側から力を与えられるような、そんな感じがするドラジェになった。

 もう少し早く作り上げたかった気もするが、出来るようになった自分を褒めてやるべきだろう。


「おお! 特殊機能付きとは、大成功だ!!」


 喜び勇んでそのドラジェを口に運ぶと、ドラジェの魔力はみるみる私の魔力を吸い上げていく。

 つまり、触れていると魔力を増やすが、食べるとその分奪う効能が付いたようだ。


「……フッ。……プラマイゼロか……。意味ねええええっっっ!!!」


 最悪、食べずに手に持っていれば良い話だが、それでは菓子の本分が果たせず、何とも物悲しい。

 私は白いままのドラジェを器に盛り、コーヒーとホットチョコを入れて食堂へと向かった。




「くはあっ!! やっと何とか終わりましたね!!」

「……そうだな、細かい所はおいおいでも構わんが、皆を呼び戻すには十分な状態だろう」

「……全く! もっと頑丈に作っといてよね! 手間が掛かるったら……!!」

「破壊したお主が言うでないわっっ!! おお、シホ!! この状態で菓子を作るとは、流石じゃのう!!」

「大したもんは出来なかったけどね。魔王様、チョクラを発見したのでドリンクを作りましたぜ!」

「うむ、流石シホ。気が利くな」


 各々が悲鳴を上げながら修繕した食堂に陣取る。

 何といっても一番の功労者は魔王様だろう。

 意識不明の重体からの復活直後、マリンジさんとひと暴れした挙句、城の修繕を率先して行っていたのだから。

 私は甘めに作ったホットチョコを魔王様の前に置き、各々にも飲み物を配る。


「……うむ、この甘さ。今の状態にちょうど良い加減だ」

「勿体なきお言葉、恐悦至極に存じまする」


 ホットチョコを口にした魔王様へ恭しく頭を下げ、私も席に着いてコーヒーを啜る。

 砂糖はあるがミルクがないコーヒーは、ちょっと苦味が強く感じられ、少し背伸びをしている気分だ。

 コンセルさんは濃いめに入れたコーヒーをそのまま美味しそうに飲み干し、私に疑問を投げ掛けた。


「ところでシホちゃん、精霊化って人にも出来そうか? あ、ほら、リアレスカさんが知ったら、言い出しそうだし」

「……あ~……あの時の感覚で何とか出来たって感じだから、今、自分にやるとしても難しいかも。特に人に、とかって、どう伝えたらいいのか……」


 まず魔力を放出し、自分の細胞を魔力へ変換させながら練り合わせていく、という感じだったと思うが、そんな説明で大丈夫だろうか。

 私の説明を聞き、何故かプレジアが試し始めるが、肉体がないのにどうやって魔力の粒と練り合わせる気だろうか。


「……無理だよ。たとえボクらに肉体があっても出来るような技じゃない。……君がおかしいよ、シホ」

「……そりゃ、すいませんねえ」


 私は両掌を合わせ、マリンジさんに頭を下げる。

 残念そうに溜め息を吐くプレジアに合わせ、何故かコンセルさんも深い溜め息を吐き、悲哀に満ちた瞳でこちらを見つめている。


「……俺も無理……って当たり前だけどさ……。あーあ、シホちゃんとお揃いになりたかったなー!」


 おどけた表情で肩を竦める態度を見るに、コンセルさんも魔王様と同じ時間を過ごしたいのではないだろうか。

 どうせリアレスカさんに知られれば研究する事を余儀なくされるのだろう。

 それならばと、駄目元で研究してみる事を約束した。


「おお! そりゃ楽しみだな!!」

「駄目元だからあまり期待しないようにね」


 親愛なる魔王様と同じ時間を過ごせるというのがよっぽど嬉しいのだろう、コンセルさんが瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべる。

 しかし魔王様は浮かない表情で私を横目に、軽く咳払いをする。


「……シホ、あまり大勢にはしてくれるな。世界のバランスが崩壊する」

「勿論、やる時は魔王様の許可をもらいますよ」


 私の言葉に魔王様は安堵の笑みを零し、カップを傾ける。

 私も魔王様の笑みに顔を綻ばせながらドラジェを口に運ぶ。

 精霊化して何が助かったって、味覚に変化がない事だ。

 満腹や空腹の感覚はまだ分からないが、物は食べられるし味もしっかり分かる。

 今後も菓子職人として活動していけるのは、何よりの誇りだ。

 私が味覚を堪能していると、マリンジさんがホットチョコのカップを口元に運びながら徐ろに呟いた。


「ところでボク、精霊王引退するから、代わりにシホがやってよ」

「おお! それは良い案じゃな! 今のシホなら尚更魔力、能力共に相応しかろうの!」

「……は?」


 マリンジさんの提案にプレジアは歓喜の声を上げるが、私はもとより、魔王様、コンセルさんも呆れ顔でマリンジさん達を見つめている。

 そもそも私は精霊化、という魔力の塊にはなったものの、精霊では決してない。

 それに私は、怒りが頂点に達すると結構な力を発揮出来るようだが、今は元の力と大差ない能力しか発揮出来ていない。

 城の修繕方法も魔王様によくよく教えてもらい、どうにか形になったくらいだ。

 私の懇切丁寧な説明をマリンジさんは耳に入れず、ドラジェを口に運んだ。


「それで、ボクが代わりにこの城の菓子職人やるから、レシピ、全部書いてってよね」


 私の存在が疎ましいのは相変わらずのようで、マリンジさんは親友の座だけでなく魔王様の菓子職人の座まで狙っているようだ。

 魔王様は困惑の表情でマリンジさんと私に視線を動かしている。


「……いや、私が魔王様専属菓子職人ですから! 魔王様と離れるとか有り得ないんで! ……おっと、買い出ししてもらうメモを取らなきゃだった! 忙しい、忙しい!!」


 思わず出た本音に羞恥を感じ、私は慌てて席を立ち、扉へと突き進む。

 ふと目に入ったプレジアとコンセルさんが態とらしい嘲笑を浮かべているのが見える。

 マリンジさんは不機嫌そうに眉を顰め、カップを口にしている。

 肝心の魔王様は、真っ赤な顔で俯いているが、口端が異様に緩んでいるのを発見し、私は安堵と歓喜でニヤけ歪む口元を押さえながら、食堂を後にした。

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