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最終話-3:名探偵シホと精霊化

 私が自殺した事を自分の目でも確認していたマリンジさんはこの事態が信じられず、瞬きも忘れて目を見開き、口を大きく開けたまま私へ伸ばす手を震わせている。

私の登場に驚倒するマリンジさんの前に、私は名探偵の如く勝ち誇った笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄り、人差し指を突き付けた。


「そもそも爪が甘いのだよ、モリ△ーティ。君が召喚師の館を去る時、コンセルさんの肩に触れたのを私が見逃すとでも思ったかね?」

「……邪魔だから押し退けただけじゃないか! 一体どういう事だい?! そもそもキミは死んだ筈じゃなかったのか?!」

「そう見えた事でしょうねぇ、目で見ただけでは(・・・・・・・・)


 私は、事情が全く分からない魔王様に事のあらましを説明するコンセルさんへと足を運び、その肩に付いたビーズほどの小さな珠を指差す。


「魔力を帯びているとプレジア達にバレちゃいますからね。魔力を外に漏らさない連絡珠のような物で監視してたんじゃないですか~?」

「そ……それが一体何なのさ?! 約束を守るか見張ってちゃ駄目だっていうのかい?!」

「いえいえとんでもない。お陰で私、助かりました~」


 私はどこぞの刑事のように着てもいないトレンチの襟を正し、被ってもいない帽子を外した手を腹部へ移動させながら、頭を下げる。

マリンジさんは私の芝居じみた態度が気に入らないのか、歯を剥き出し眉を吊り上げた。


「だから!! 何だってのさ!! それで何でキミが助かるんだよ?!」

「見張りが連絡珠だったからですよ」

「……?!」


 マリンジさんは愚か、魔王様やプレジア、コンセルさんまで目を見開いて首を傾げる。

私は魔王様のベッドをゆっくりと回りながら説明を続けた。


「魔法を使われたら、どこまで分かってしまうのかさっぱり見当付かなかったので、本当に死ぬしかなかったんですがね。連絡珠の機能は、以前リアレスカさんに聞いていたんで知ってたんですよ。……匂いは届かない、と」


 私がドヤ顔でマリンジさんを見つめると、マリンジさんは悔しそうに唇を噛み締め、握り締めた拳からは血管を浮かび上がらせている。

プレジアはようやく死に真似の直前にしてもらった作業の意味が理解出来たらしく、右拳で左掌を叩き、満面の笑みを見せた。


「成る程!! それで大量のテマッツの絞り汁を作らされたんじゃな!!」

「そう。あの時は有難う、プレジア。リアレスカさんにも大量の菓子を作る約束をさせられたよ……とまあ、それはともかく。そうやって血に見立てたトマト……テマッツの汁と、プレジアと作った、ナイフの刃の部分が引っ込んで汁が飛び出すおもちゃの短剣のお陰で、死んだフリが出来た、という訳なのですよ」

「うぬ! あれも面白かったのう!! 刃を押すと柄の中に引っ込み、ピュッとテマッツの汁が出るとか、シホの発想は豊かじゃの!!」

「まあ、あれも全部元世界で知ったネタだけどね。まさか、こんなに上手くいくとはね……」


 尤も、一番大変だったのは、生命反応や魔力感知などの対策だ。

プレジアとリアレスカさんに頼み、私がこちらに来た時のような捕縛魔術を施してもらい、無意識に使った生命反応がなくなる魔法を思い出して再現する事だった。

無意識に作った魔法を意識して操作するのは骨が折れたが、当時よりは魔力の粒も見えるようになったし、操作もマシになったようで、無事完遂出来たが、これが出来なかったらやはり死ぬしかない。

コンセルさんには、監視されている以上直接計画を話せなかったが、トマトの匂いで気付いてもらえたようだ。

察しのいいコンセルさんは自分に話してもらえない事で逆に自分に監視が付いている事に気付き、終始嘆きの芝居に準じてくれていた。

プレジアとリアレスカさんによって部屋から退場させてもらうまで、身動き取れずにコンセルさんの嘆声を聞いているのは気恥ずかしさと心苦しさで死にそうだったが。


「……いや、流石にテマッツ臭いし気付いたけどさ! ……やっぱ……シホちゃんが万一本当に死んだら、と思ったら……悲しみが止まらなくてさ…………」


 コンセルさんは真っ赤な顔に拗ねたような表情を浮かべ、外方(そっぽ)を向く。

その瞳にはまた光る物が見え、私は心苦しさで身が捩れそうな思いだ。

マリンジさんは騙された悔しさからか、般若のような形相で私を睨み付けていた。


「……よくも……よくもこのボクを騙してくれたね……っっ!!」

「……成る程。やはり何かを企んでいたのか、マリンジ……」


 コンセルさんから事情を聞き終えた魔王様が、悲しそうな声で小さく呟く。

その声で我に返ったマリンジさんが魔王様を振り返り、潤んだ瞳に眉尻を下げて、体を震わせながら何を言えばいいのかと口を動かしている。

魔王様はゆっくりと立ち上がってマリンジさんの前に立ち、真っ直ぐにその瞳を見据えた。


「……信じさせて欲しかったのだがな……」

「う……うわあああぁぁぁっっっ!!!」


 魔王さまの言葉を切欠に、マリンジさんが突然、魔力の開放を始める。

眩い光がマリンジさんから放たれ、その魔力の勢いに押された私達は吹き飛ばされて壁に激突した。

更にマリンジさんは毛むくじゃらの男に魔力を渡し、強化した魔力を手当たり次第に投げ付けてくる。


「サジェスが……サジェスが悪いんだ……!! あんな異世界人なんかに現を抜かして……ッッ!!」

「何故私の感情の許可をマリンジにもらわねばならんのだ……っっ?!」


 魔王様は向かってくる魔力を華麗に避けながら眉根を寄せ、マリンジさんに追求する。

私達も何とか避けてはいるが、城の壁や家財は滅茶目茶だ。

こんな事もあろうかと、リアレスカさんや先生、城の者達は全て避難済みだ。

魔王さまが避けたマリンジさんの一撃が部屋の天井を吹き飛ばす。

皮一枚でマリンジさんの攻撃を避け、さり気なくマリンジさんへと近付く優雅な魔王様の足捌きを見つめていると、攻撃を避ける事に専念しようにもどうにも口元が緩んでしまうのは私の業の深さ故か。

マリンジさんは悲しみと憎しみでごちゃ混ぜになった表情で我武者羅に魔力を放出し、城中穴だらけにしていく。


「サジェスは僕の補佐係でしょ?! ちゃんとボクを補佐する仕事をしないとでしょ?!」

「私がシホを好きな事で仕事を疎かにした覚えはないぞ!」


 突然発せられた魔王様の言葉に、私の耳が巨大化する。

そのせいで思わず攻撃を避けそこねそうになったが、コンセルさんが腕を引っ張ってくれたお陰で、事なきを得た。

確かに今、『私がシホを好き』という発言を聞いた気がするのだが、それはつまり、そういう事だと解釈していいのだろうか。

経験値がなく、免疫もない私の勘違いという事もありそうだが、この好きはやはりあの好きで本当にいいのだろうか。

唐突に紡がれた魔王様の告白(?)で私の頬が緩みきっていたのだろう、コンセルさんが薄ら笑いを浮かべながら肘で私を小突いてくる。

マリンジさんは目を更に吊り上がらせ、歯を剥き出して魔王様に威嚇した。


「時間が止まってるくせに……ッッ!! そんなの、最早人間じゃないくせに、おこがましいよっっ!!」

「それは言いすぎじゃぞ、マリンジッッ!!」


 プレジアがマリンジさんの攻撃を避けながら魔力を放出するが、マリンジさんは練り上げた魔力を纏った掌で軽く弾き返し、プレジアを一瞥する。


「言い過ぎって、本当の事じゃないか……! 人間は人間同士、仲良くやってればいいんだよ! サジャスは最早精霊寄りなんだよ……っっ!! だったらボクと仲良くしてる方がずっと理に適ってると思わないかい……?!」

「……私が色恋など、おこがましい事は分かっている……!」


 魔王様の悲痛な叫びにより、私の頭の中で、何かが切れた音がする。

そもそもマリンジさんは人間を滅ぼそうとしているくせに、何が『人間同士仲良く』なんだろうか。

魔王様も、たかが肉体の時間が止まった程度で色恋がおこがましいとか、本音を言えば、先立たれる辛さを背負いたくないだけじゃないだろうか。


「……だから、時間の止まった魔王様とは精霊であるマリンジさんの方が相応しい、と?」


 私の体からマグマのように止めどない魔力が湧き上がってくるのを感じる。

今の私に出来ない事は何もない、そんな気分だ。

私の雰囲気に呑まれ、その場全員の動きが静止する。


「……だったら……私も精霊化とやらをしてやろーじゃないかッッッ!!」


 私は体の奥中心に働き掛け、魔力を量産するよう念じる。

そして魔力の粒に誘われるように、目の前の空間に意識を集中し、自分の体と同じ形に魔力の粒をかたどらせる。

その粒の集まりに己の体を移動させ、意識を魔力の粒の中に漂わせ始める。

魔力の粒の中に、あらゆる知識が埋め込まれているのを感じながら、魔力の粒の知識に沿い、肉体の細胞一つ一つを魔力の粒に変化させていく。

かたどった魔力と、粒に変換された細胞が絡み合い、魔力の粒が赤味を帯びながら私の形をより緻密なものにしていく。

その感覚は、さながら材料から菓子を作り上げる作業のようだ。

正直、精霊化というものには抵抗がある。

魔力の塊になるという事は食事などがいらない。それは味覚が鈍る恐れがあるのではないだろうか。

味覚が鈍れば当然、菓子作りに多大な影響を及ぼすであろう事は必至だ。

しかし、そこまで言われては、受けて立たない訳にもいかない。


「ば……馬鹿な……!!」

「シ……シホ……ッッ?!」


 魔力の粒が統合し終わった事を感覚で告げられ、私はゆっくりと目を開ける。

驚きざわめく魔王様やマリンジさん達を余所に、己の体を確認するように、両手の開閉を繰り返す。

不思議な感覚に包まれてはいるが、元の体と大した違いはなさそうだ。


「……何か変わった?」

「……いや……見た目は変わらん……が……魔力の塊である事は確かなようじゃ……!」


 私が周囲を見回すと、驚きに目を瞠っていたプレジアが恐る恐る私の元へと歩み寄り、そっと私の腕に触れてみる。

危険物に触るように、微かに触れた瞬間ビクッと手を離すのはちょっと傷付くが、まあ仕方ない。

私は腕を腰に当て、マリンジさんへ視線を戻した。


「どうやらこれで、私も人間じゃないみたいですが?」

「み……認めるもんかッッッ!!!」


 マリンジさんが私に両手を翳し、膨大な量の魔力を射出させる。

魔力の粒一つ一つに感情を伴う情報が渦巻いているのを感じる。

どうやら魔力に対する感覚はかなり鋭くなっているようだ。

私はその魔力を睨み付け、命じながら手を差し出すと、魔力は大人しく私に吸収されていく。


「……なッ……!!!」


 マリンジさんが慌てて毛むくじゃらの男に魔力を渡し、練成された魔力を使って攻撃してくる。

私は魔力の粒に、魔力を消し去るよう命じ、マリンジさんへと放出した。

私の粒が、マリンジさんの粒を1つずつ消し去っていく。

その力はマリンジさんの身にも及び、マリンジさんを形成する魔力が奪われていく。

毛むくじゃらの男が慌てて魔王様やプレジアから魔力を奪おうと手を伸ばすが、私が放った光の盾で弾き返され、私が攻撃に変化させた毛むくじゃら男の魔法が男の体を貫く。

私の魔力に蝕まれているマリンジさんも、見た目は変わらないが内包していた魔力がほぼ底を尽き、床に肩肘をついて俯きながら、空気中の魔力を取り込むかのように荒い呼吸を繰返していた。

悲しそうに眉尻を下げたプレジアが、徐ろにマリンジさんへと近付く。


「……マリンジ……最早お主に魔法を使う力は残っておるまい……」

「……ま……まだ、だ……ッッ!! この体を維持している……力を使えば……ッッ!!」

「もう止めろ、マリンジ……!!」


 息も絶え絶えに這いずるマリンジさんの姿に見兼ねた魔王様がマリンジさんの元に駆け寄り、その肩を優しく抱く。


「は、離せ……ッッ!! サジェス……! お前なんか、もう……!!」

「……お前は私が第8大陸魔王として召喚された時からの友……お前を失いたくはない……!!」


 私も嫉妬で暴れてもいいだろうか。

しかし二人の歴史は恐らく私の想像を遥かに超える長さだ。

支え、支えられてきた信頼の絆は、ここにいる誰よりも深いのだろう。

そんな状態に突如現れた、精霊を脅かす異世界人という存在、そして魔王様の懐に入り込もうとする私という変化が気に食わなかったのかもしれない。

……マリンジさんはちょっと表現の仕方を間違えただけなんだろうな。

魔王様に大人しく抱かれ続けるマリンジさんを、みんなも黙ったまま見つめていた。


「……ボクは……親友、だよね……? ……サジェス……」

「ああ、当たり前だ。これまでも、これからも、お前は私の親友だ」


 魔王様の言葉に、マリンジさんは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと瞼を閉じた。

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