第23話-2:刺客と死闘
巨大な熱球が光の壁に打ち当たる。
魔法の威力に壁が爆ぜる音と焦げた匂いを発し、少しずつ削り取られていく。
壁の魔力で魔法を相殺させようと思ったが、放出した魔力が少すぎ、消し去ることは難しそうだ。
魔法へ直接命じようにも壁の強度を維持することに集中力を割いているため、魔法を操作しようと意識を動かすと途端に壁が脆くなり、上手く操作し切れない。
……受け止めきれないか……?!
音と匂いは徐々に強くなり、膨大な熱量が薄くなっていく壁を伝い、私を焦がし始める。
「シ、シホ……ッッ!!」
「……大丈夫……受け止めきれなきゃ……」
私は壁の中央を私へ引き寄せ、球状に反らさせる。
「……跳ね返す!!」
魔法が中央に集まった所で一気に引き寄せた部分を開放し、魔法を弾き返す。
ゴムパッチンやパチンコの要領だ。
玲子が驚きに目を見開いて跳ね返ってくる魔法を凝視していると、ローブの少女は珠を握った片手を突き出して魔法を吸収しようと身構える。
「……させると思うか?!」
私は壁の魔力の粒に命じ風魔術へ変化させ、少女の足元へと放つ。
風は熱球の速度を超え、少女の足元に絡み付き、体勢を崩させ尻餅を突かせる。
「……きゃっ!」
「……むっ!」
熱球が玲子と少女に炸裂する寸前、玲子のひと睨みによって霧散された。
「……随分厄介な相手なの……!!」
「シホだからな。致し方あるまい」
少女は尻に付いた土を叩きながら眉根を寄せて私に鋭利な視線を向けてくる。
玲子は転がった少女に手を伸ばし、腕を掴んでその身を引き上げ、体勢を整えさせる。
プレジアやリアレスカさんがその隙に魔法や魔術を繰り出そうと集中するが、玲子には魔力が集まっていく気配を感じるのか、その力を一瞥し、散開されてしまう。
少女を起き上がらせた玲子は私達に向き直し、剣を中段に構えて足を一歩、こちらに近付けた。
「……史帆、召喚師の召喚術が使えなくなったようなのだが、理由を知らないか?」
「召喚師の召喚術? 何で私が?」
玲子の疑問に思わず素で返すが、そういえばリアレスカさんが『もう大丈夫』とか言っていた気がする。
私は暫し考え込み、思わずリアレスカさんへ微かに視線を移動させると、リアレスカさんが渋い表情で私を睨み返す。
「……なるほど。そいつが原因か……そいつも生かして捕らえる……!」
「あああッッッ!!! ズリーぞッッ!! 玲子のくせにズリーぞッッッ!!!」
脳筋のくせに頭脳プレイとは、随分卑怯になったものだ。
……いや、今のは私が悪いのだが。何か尋ねられると無意識に関係のあるものへ視線を移動させてしまう悪い癖だ。
玲子は一先ず、リアレスカさんに狙いを定めたらしい。
両手に剣を握り締め、リアレスカさんへと剣を構えて走り寄る。
リアレスカさんが慌てて呪文を唱え始めるが、集まった魔力は接近しながら玲子が一睨みし、消し去ってしまう。
私は地面を蹴り、己の体をリアレスカさんと玲子の間に滑り込ませる。剣へと咄嗟に伸ばした左手に魔力を集め、玲子の剣を受け止めた。
……仕舞った、玲子は魔力を霧散出来るんだ……!
玲子が一睨すれば、私の左手は真っ二つだ。
しかし玲子は私の魔力を散らすことなく、眉間の皺を深め、私の手を凝視しながら剣に力を込めている。
それは助かるが、いくら魔力を帯びているとはいえ、こいつの馬鹿力相手じゃ、いつまでも保ちそうにない。
私は右手にも魔力を込め、玲子の胴へ、魔力と共に拳を突き出す。
玲子は剣ごと体を右へ移動させ、私の拳を遣り過ごした。
私と玲子の素早い攻防に少女は付いていかれず、取り出した玉を両手で握り締めながら、ゆっくりと玲子の側に歩み寄る。
「……何で切り落とさないなの?」
「言っただろう。史帆は殺気を出さずに力を奮う……。私に史帆の殺気は、無力化出来ん。……やはり先ずは史帆、だな」
少女が不満げに口元を歪め、玲子の隣で玉を構える。
どうやら私は、玲子が感じ取れる魔力の動き……玲子認識でいう殺気を出さずに魔力を出しているらしい。
……殺気はバリバリ出し捲ってる気がするけど、それは助かるな……!
「……ほう。そりゃ、有り難い情報だな……!」
私は玲子を睨み付けたまま不敵な笑みを浮かべ、両手を翳して魔力を集中させる。
手元に作り出した雷魔術の魔力を分断と操作で拡大させていく。
「さ! させないなの……っっ!!」
「そうはいくか!!」
少女が両手に握り締めていた玉を私に向けるが、移動速度でいえば、玉の力より私が上だ。
私は地面を蹴って玲子達の左方へ回り、再び地面を蹴ってその後方へと回る。
少女は私の動きに反応しきれず背を向けているが、流石は玲子、既に私と向かい合い、剣を構えて射抜くような視線を浴びせてくる。
「儂らもおるのじゃ!!」
「……面倒だけど、火の粉は払わなきゃね」
「ああもうっっ! 煩いなのっっ! お前達の相手は私がするなのっっ!!」
プレジアが、移動空間に保存してある武器を、空から取り出したのだろう。
剣を掲げたプレジアとリアレスカさんが玲子に向かい、襲い掛かる。
玲子は後方へ僅かに視線を向けるが、少女の声により、こちらへ向き直す。
だが、この状況でその隙は、命取りだ。
「くらえやあああっっっ!!」
火花を散らしながら唸りを上げる巨大な雷を、玲子に向かって投げ付ける。
玲子に当たった雷は稲光を発し、熱風を巻き起こしながら眩い光を放散する。
「レ、レイコッッ?!」
「余所見をしとる場合ではないぞ!」
「……言ってくれるなの……!!」
少女はリアレスカさんに向かって玉を翳し、リアレスカさんの魔力を奪い取る。
プレジアのように、力に魔力で抵抗が出来ないリアレスカさんは、為す術もなく魔力の大半を奪われ、その場に蹲った。
少女は奪った魔力で青白い炎の球体を作り上げ、それをプレジア達に放ち、玲子の方へ体を動かす。
しかしその魔法はプレジアの片手から放出された魔力によって相殺され、プレジアは魔力を込めた剣を少女に向かって振り上げた。
「バカにしないで、なの!!」
しかし少女は再び懐から玉を取り出し、プレジアの魔力を吸い上げる。
慌ててプレジアも防御体勢を取るが、攻撃体勢からの移行のため、かなりの魔力を吸い取られたようだ。
眉根を寄せ、眉間の皺を一層深く刻みながら、力を振り絞るように剣を振り下ろす。
プレジアの魔力から構成された魔法と、プレジアの剣が火花を散らす。
魔力を奪われ、力なく蹲っていたリアレスカさんが無理矢理体を引き起こし、魔法に向かって魔術を繰り出し、プレジアの援護をする。
私も玲子の様子を横目に、再び魔力を集め、少女の横に位置を取りながら風魔術を繰り出した。
「きゃああっっっ!!」
プレジアとリアレスカさんの気合が魔法を相殺し、周囲に火花を散らして散開させる。
私が放った風魔術は少女の横腹に直撃し、少女は遠方の大木に体を打ち付け、その場に倒れ込んだ。
「……やった……かの……?!」
「……いや、まだだ」
周囲に巻き起こる砂煙の中、気配なく玲子が間合いを詰め、プレジアの肩に剣を振り下ろす。
「ぐがあああっっっ!!!」
「プ……プレジアッッッ!!」
プレジアの体が、右肩から左脇腹にかけて割け、地面に崩れ落ちる。
プレジアは咄嗟に魔力を放出し、外見を元の姿に戻らせるが、精霊の元は、魔力の塊。
大半の魔力を奪われた上に無理に攻撃をし続けているせいで顔色は青ざめ、立ち上がることすら困難なのか、跪いたまま動くことが出来ない。
リアレスカさんも、大量の魔力を奪われた所でプレジアを助けるために魔術を放出し、蹲ったまま呼吸荒く、背中を振動させている。
プレジアを切り捨てた玲子は、私を見据えながら、私との間合いを定め、剣を中段に構える。
玲子の体は煤に塗れているが、大した外傷はなく、呼吸すら乱れていない。
……こいつ……バケモノか?!
私は玲子に向かって身構えつつ、額から吹き出す汗を拭った。
「……くっ!」
先ほどの作戦同様、魔術を構築し、それを分断と操作で拡大させながら周囲を飛び回る。
しかし同じ手が通用する相手ではない。
玲子は瞬時に間合いを詰め、私の胴を二分しようと剣を振り抜く。その時、目の端に移った玲子の顔は、眉間の皺を深く刻み、何故か苦痛に堪えているかのような表情をしていた。
地面を蹴り、攻撃を躱しながら、その表情の意味を探る。
が、その暇もなく、私が躱した場所へ既に移動している玲子は、再び剣を振り抜く。
体を捻って剣を躱すが、その先に直ぐ攻撃が迫り、考え事や粒の分断に力を注ぐどころではない。
……流石、『疾風迅雷の魔神』と呼ばれるだけはあるな……!!
私は、玲子と初めて敵対し、その脅威を実感した。
「……その程度か、『焦土の魔獣』……!!」
「その名で呼ぶなあああ!!!」
自分でも相手の異名を考えていた所で何だが、声に出されると、気恥ずかしさの威力が違う。
中二臭い異名に身悶え、私は思わず魔術を投げ付ける。然も唱えていた魔術は、ちょうど火の魔術だ。余計に気恥ずかしい。
投げ付けた魔術を切り分け、消し去ろうと、玲子が剣を振り上げる。
恐らく玲子のことだ。難なく魔術を分断し、消し去ってしまうだろう。
敵に回すとなんて厄介なのだろうか。今まで戦ってきた者達を同情せずにはいられない。
……けど、あれ? 分断されてしまうなら、先に分断してしまえばいいんじゃないか?
私は魔術を操作し、炎を分断させて、玲子の背後に向かわせる。
しかし二つの攻撃では、心許ない。私は更に魔術を分断させ、四方八方から玲子に向かって突撃させた。
「……ふっ。なるほど。流石『焦土の魔……」
「だから言うなっつーのッッ!!!」
心を乱された私は、次々に風魔術と雷魔術を繰り出し、玲子に放出する。
いつの間にか、頭の中で呪文を選び出すことで術が掌に現れ、呪文を唱える必要がなくなっている。だが、それが玲子のお陰だとは思いたくない。余りにも、切掛が嫌すぎる。
魔術を絶え間なく降り注ぐが、一つ一つの威力が小さいためか、玲子は剣で、瞬く間に相殺してしまう。
動きは制限させられるが、決定的なダメージを与えられない。
「……チッ! キリがねえ!!」
「それも終わりなの!!」
大木に衝突し、気を失っていたかと思われた少女が満身創痍で立ち上がり、こちらに向かって珠を差し出す。
珠は、目が眩むような金色の光を発して周囲を照らしつける。
その圧倒的な光から、今まで放たれた魔法とは、種類も力も比較にならないものだと実感させられる。
玲子への攻撃を止め、向かってくる力から逃れようと身を翻すが、光は追尾機能でも付いているのか、何処へ逃げようと方向転換し、迫ってくる。
両腕を顔面で交差させ、盾を作ろうと魔力を帯びさせる。
が、受け止めきれる気が全くしない。
光の壁を作って跳ね返すことも、叶う気がしない。
私は覚悟を決めて両目を強く瞑り、歯を食い縛った。
「……ま、魔王様ッッッ!!!」
「……シホッッッ!!!」
頭では覚悟したものの、心ではしきれていなかったのか。
思わず口から出た言葉に返答が返り、私の頭は混乱に至る。
ゆっくりと眼を開けると、翼を広げてこちらに近付く魔王様が私の元へと急降下し、目の前に降り立つ。
その刹那──
強烈な光が視界を遮り、魔王様の姿を見失う。
圧倒的な光と強烈な風が降り注ぎ、その場に立っていることさえ困難になる。
足元に力を込め、瞑ってしまいそうな眼を無理矢理抉じ開け、魔王様の様子を探ろうとその姿を求め、視線を動かす。
目が眩む光に苛立ちを覚えつつ、視線を動かし続けると、徐々に光が力を失い、眼球の痛みが薄らいでいく。
光で失った視力を戻すため、視線を移動させながら懸命に瞬きを繰り返し、魔王様を探す。
漸く見えてきた魔王様の姿は、髪を真っ白に変色させ、その身を地面に横たわらせていた。




