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第11話前編:黒歴史とシャルロット・ポワール~料理対決!三本勝負!

 中学の教室から校庭が伺える。

 先程から高級そうな自動車や単車が、けたたましい音を鳴り響かせて集まってきている。

 特攻服の下にサラシを巻き、頭に巻いた桁外れに長い鉢巻きは、昭和を思わせる装いだ。

 庇の長いリーゼントや剃り込みの激しい髪型は、一体、何を意味するのだろうか。

 長閑な雰囲気を一変させる物々しい空気に、学校の生徒は勿論、先生方が、校内を忙しそうにあちらこちらへと移動していた。


「……兼元かねもとは何処だ!! さっさと出せや!!」


 外から校舎に向かって、罵声が飛び交い始める。

 クラスからは悲鳴が上がり、嗚咽すらも聞こえ始めている。

 クラスの女子が、意を決した声で私に話し掛けてきた。


「……九石さざらしさん、兼元さんは……」

「……例によって例の如し。また『私より強い奴に会いに行ってくる』っつっていなくなった」

「そんなあ!!」


 兼元玲子は確かに私の親友だが、何処にいるかなど私が聞きたいくらいだ。

 私の言葉に女子生徒は絶望し、力なくその場にしゃがみ込む。

 天性のリアルストリートファイターである兼元玲子は、幼少期に格ゲーで格闘に目覚め、実際に格闘技を極めてしまい、自分より強い奴を捜し彷徨っている、傍迷惑な女だ。

 傍迷惑の極みは、奴の格闘センスは人間のそれを遙かに凌駕しており、どんな人数でどんな手段を用いられようと負けることが決してない。

 奴にやられた連中は要員を増やし、こうして凝りもせず何度も仕返しにやってくる。

 そして、玲子がいない時の尻ぬぐいは、いつだって私の役目だった。

 こういう待ち伏せタイプはまだいい。

 玲子に勝てない連中は、わざわざ私に奇襲を掛けてくる者もいた。


 ──何で私は、あんな奴の親友をやっているんだろうか。


 一抹の疑問が湧き起こり、私は頬杖をついて考え込む。

 玲子とは話も合うし、一つの事に集中すると他が見えなくなる性格はよく似ていて親近感も湧いた。

 私の作ったお菓子を美味い、美味いと食すその姿は一般的な女子中学生そのものだった。


 ──もっとも、喧嘩が嫌いだったらここまで面倒みないけどな。


 私は徐に己の席から立ち上がり、教室を後にした。


 目の前には、数十人の武装した連中が殺気を帯びた双眸で得物を構えている。

 集団の中から、一際仰々しい雰囲気を纏った男が赤茶色に染まった木刀で肩を叩きながら、一歩、前に近付いてくる。


「……兼元はどーした。雑魚に用はねーぞ」

「玲子はもっと強い奴に会いに行った。自分に掠り傷一つ付けられない雑魚は眼中にない、そうだ」

「な……っ! て、てめえ……ッッ!!」


 私の言葉に男は眉根を寄せ、歯を剥き出しにする。

 ピリピリとした空気を肌に感じながら身構えると、一人の男が堰を切ったように飛び出してくる。

 それに合わせ、他の連中も構えていた得物を私目掛けて振り下ろしてきた。


「死ねや! くそだらああああ!!」


 私は次々に振り下ろされる得物を紙一重で避け、己の手に持っていた鉄パイプを振り回す。

 鞄に仕込んでいた鉄板は使いすぎて既にボコボコに変形しているため、先日工事現場で拝借した代物だ。

 こうして厄介者を追い払う役目を担っている私の持ち物は教師にも黙認されている。

 私の得物が一人の男の脳天を打ちのめす。

 男は詰まった息を血飛沫と共に漏らしながら、その場に倒れ込んだ。

 振り回した得物をそのまま回転させ、隣の男の顎に命中させる。

 動きの止まった男の脳天にパイプを振り下ろし、意識を奪う。

 その間にも無数の得物が私のいた場所を通過し、空を切る。

 一定数固まった団体に向かい、パイプを軸にしながら体を回転させる。

 その蹴りを食らい、側にいた男達が流血の花弁を撒き散らし、次々とその場に倒れ込む。

 足を地に着けた勢いでそのままパイプを振り回し、その周囲の男も薙ぎ倒す。

 私の頭を狙う金属バットが目端に映る。頭を少し移動させてその攻撃を躱し、すかさずその男の水月へパイプをのめり込ませた。

 既に残り僅かとなった男達が、額から汗を流し、腰を引かせながら得物を己の前に構える。

 その内の一人が私の視線を受け、何かに気付いたかのように叫声を上げた。


「……まさかこいつ、『焦土の魔獣』の九石じゃねえか?」

「……へっ?! 通った後は屍すら残らないっつーあの、九石か?!」


 話を聞いた、残りの数人が顔色を青ざめさせながら、震えた声で呟く。

 いつの間に、私は二つ名が付いていたのだろうか。

 ちなみに玲子は『疾風迅雷の魔神』だそうだ。

 何となくそっちの方が格好いい。

 私にも四字熟語で二つ名を付けてほしい、とか頼めないだろうか。


「お、覚えてろ!!」


 聞き慣れた台詞で愛車に乗り込む連中の動きは、素早い。

 私はスカートを叩き、微かに付いた土の汚れを落とした。



* * *



「ふぃがおあああああっっっ!!!」


 悪夢を見た私は奇声を発しながら布団から飛び起きる。

 ハッキリいって、中学時代の私は黒歴史以外の何物でもない。

 それをまざまざと見せつけるとは、何という悪夢だ。

 四字熟語の二つ名が格好いい、欲しいとか、どうかしているとしか思えない。

 二つ名を所持している時点で、今の私ならもんどり打って家に引き籠もるレベルだ。

 恐るべきは中二病、ということか……!

 私はベッドの上で蹲り、現状を思い出す。


「……ここは魔王様の城、私はここで菓子を作る異世界人……」


 ハッキリいって現実味のない実情だが、事実だから仕方ない。

 現状を呟き、妙な虚脱感を感じた私は服を着替え始めた。



「勝負だ!」


 心の癒やしに厨房へとやって来た私に、浅黒い肌をした少年が人差し指を差し出している。

 身長は私と同じくらいだろうか。若干幼さの残る顔立ちに、強い意志のこもった黄色い瞳が、こちらに睨みを利かせている。

 服装は厨房の人に多い縦襟のダブルボタンである白いコック服で、腰から下には黒く長いエプロンが掛けられていた。

 なるほど。よく分からないが、この少年は私に喧嘩を売っているらしい。

 得物を持っていない所を見ると、ステゴロタイマンをお望みか。


「……弱い者虐めは性に合わないが、売られた喧嘩は買わねばなるまい。先手は譲ろう、掛かってこい」

「……何でそうなるんだ?! 師匠を賭けて、料理勝負だろーが……っ!!」


 私が身構え、手で先手を促すと、少年は両手で己の身を抱き締め、悲痛な面持ちで声を震わせながらこちらを見ている。


 ……喧嘩じゃないのか。夢見が悪かったせいで、気が立ってしまったかな。


 私は構えを外し、少年の前に蹲った。


「さあ、何がいいたいんだ、少年」

「ガキ扱いすんな!! 今いっただろーが!! 大体てめえもガキじゃねーか!!」

「失敬だな。私は十五才だぞ」

「……え……十一才くらいかと……」


 私の返答に、少年は愕然とした表情で私を注視する。


 ……東洋人は幼く見えるとはいえ、小学生に見られているとは流石に思わなかった、ショックだな。


「スアンピ!! 何をしている!!」


 軽いショックに閉口していると、少年の背後から怒声が響き渡る。

 少年は怒声の主を察してか、目を強く瞑り、体をビクつかせる。

 怒声の主は、一際長い帽子を頭に載せたシロップおじさんだった。

 シロップおじさんは私の元に駆け寄ると帽子を取り、頭を何度も下げ始める。


「シホさん、すみません。コイツはまだ新米で……よく言い聞かせますので……」

「いやいや、お弟子さんの言い分も理解出来ます。かといって、聞かないと分からないことが多いので、どうしましょう?」

「他の奴に聞けよ! お前のせいでオレの教わる時間がないんだよ!!」

「スアンピ!! ここの仕事は自分で盗めといってあるだろう?! 何度いったら分かるんだ!!」


 なるほど、憧れの厨房に入ったはいいが周りは何も教えてくれず、師匠であるシロップおじさんは部外者の私にばかり、教授しているように見えたと。

 料理人は、教わらないで盗むものだ、ということを知らなければ、それは理不尽な振る舞いに見えただろう。

 別の人間を教授しているような振る舞いを見せれば、尚更だ。


「……分かった、どっちがシロ……おじさんの教授を受けるに相応しいか、勝負だというのだな。面白い、受けてやろう! 勝負は砂糖──シガルを使った料理だ!! どっちが魔王様のお気に召すか、勝負だ!!」

「?!! じょ、条件、そっちが有利過ぎねーか?!」


 私が怒濤のように捲し立てると、少年は怖じ気づきながらも正論を述べる。

 しかし、私はさも当たり前のことをいっているように、肩を竦めて少年を見下ろした。


「勝負を挑んできたのは、そっちだし? 受ける方が条件を出すのは、常識じゃないですかあ?」

「……ッッ!!」


 私の態度に少年の大きな瞳が潤み、エプロンを握り締める拳が小刻みに揺れている。

 シロップおじさんも私の言葉を聞き、顔色を青ざめさせ、冷や汗を流しながら、オロオロと体を左右に動かしている。


 ……ちょっと苛めすぎたかも?


「……勝負は三回戦。二戦目はそっちの望む材料、三戦目はお互いに一つずつ提案し、両方使った料理で、二勝先取した方が勝ち、というのでどうだろうか?」

「……よし、その勝負、受けて立つぜ!! 二戦目はアフ料理だ!!」


 『アフ』はコッケーという鳥の卵だ。私が菓子で主に使用している卵のことだ。

 私の提案に少年は活気を取り戻し、私に人差し指を差し出しながら、不敵な笑みを浮かべる。

 私はこっそりシロップおじさんに耳打ちし、今後の約束を取り付ける。


「……負けても材料のこと、コッソリ教えてくださいね」

「勿論です。といっても、シホさんが負ける要素は一切ありませんが。……お手数をお掛けしてすみません。悪い子じゃないんですが、負けん気が強すぎて……」

「負けん気が強いのは、上昇志向があっていいことだと思いますよ」


 私は自分を弁護するように少年を庇い立てする。

 私の言葉に、シロップおじさんは嬉しそうに破笑した。


 勝負は三回戦。一回目は砂糖を使い、二回目は卵で、三回目は小麦粉とバターになり、一回戦は三日後に開始されることとなった。

 公平を期すため、審査員には誰がどれを作ったかいわず、シロップおじさんと魔王様、コンセルさんと先生の判断に委ねられる。

 ……誰が何を作ったかなんて、いわずとも料理と菓子では一目同然だろうに、少年の考えがいまいち分からないが、納得しておいてあげよう。

 三回戦終了時点で同点の場合は、サドンデスになるそうだ。

 ちなみに少年が選んだのは、卵とバターだ。


 ……魚や肉を何故狙わないのか。それなら圧倒的に菓子が不利だぞ?


 少年はまだ見習いを始めたばかりで、料理らしい料理はあまり作れないそうだが、大丈夫なのだろうか?

 そういうセコいことに頭が回らないのは幼さ故か、生真面目なのか。

 砂糖といった自分に罪悪感を感じなくもないが、魔王様お気に入りの菓子職人が見習いに負けるとか、色々とヤバそうだし勘弁してもらおう。



「……何か策は練っているのか?」


 菓子の時間、シャルロット・ポワールを持って食堂に入る私に魔王様が歩み寄り、険しい表情で尋ねてくる。

 今回はリンゴに似てはいるが、いまいち近くない果物を洋梨に見立てて作ってみた。


 ……何やら一生懸命隠しているみたいだから口にはしないが、やはりリンゴはリンゴもどきの木が一番近かったな。


 これは洋梨の代わりなので一番それっぽいものを使用してみた。

 別立てのビスキュイ生地で底とサイドの生地を作り、中にスライスした果物を砂糖とレモン汁で似たものを入れ、片栗粉を使用したババロアを流し入れ、再びスライスした果物を載せた菓子だ。


「いきなり砂糖対決ですからね。負ける訳にはいきませんよね」

「当然だ。全勝する気持ちで挑め」


 シャルロット・ポワールを切り分ける手を真剣な表情で見つめながら、魔王様が眉を顰めて呟く。

 同じように、好戦的な笑みでフォークを構えながら力強く頷くコンセルさんと先生を尻目に、私はタルトを配り終え、自分の席でタルトにフォークを入れる。

 甘く煮た果物は、洋梨のようなサックリとした歯触りが甘く解けながら洋梨特有の風味を醸し、牛乳のコクと卵の円やかさを併せ持つ、ふんわりとした甘いババロアが口の中で溶けていき、サクッとしたビスキュイと合わさって旨味を広げていく。

 果物の甘酸っぱさが甘さに飽きを感じさせず、ビスキュイの香ばしさが全体の風味を増していた。


「うむ。中のプルプルしたクリームとサクサクの生地が対照的で美味いな。……初戦は何を作るか決めたのか?」

「中に甘く煮た果物が入っているのもいいですね、こういう加工方法があるんですねえ……。……シガルを使ってシホさんが負ける訳がないですよね」

「果物が、また違う甘酸っぱさで美味いな!! ……初戦、相手は何を作ってくるんだろうな?!」


 三人が菓子の感想を述べつつ、試合に対する意見を述べる。

 みんなの気持ちは有り難いが、生活が変わる訳じゃないし、今まで通り作りたい物を思いつきで作るつもりだ。

 大体初戦の砂糖って、今までの菓子全部が砂糖や蜂蜜などを使っていた訳だし、甘くない菓子を作ろうとしない限り無理だろう。

 私の態度に何か思うことがあったのか、三人はそれ以上試合について語らず、菓子を満喫し始めた。


 ……さて、明日は何を作ろうかな。


 目下の悩みは、三日後より最近日常的に考えている、それだ。

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