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第10話:不思議な畑とキャロットケーキ生チョコ添え

 朝食前、私の部屋を訪れた魔王様に連れられて畑までやってきた。


「菓子に使えそうなものを色々集めさせた。もっと欲しい物があったらいえ」

「……ず、随分集めましたね……」


 眼前に広がる景色に、私は言葉を失って立ち尽くす。

 そこには、色取り取りの木の実を付ける様々な種類の木々に、数々の形をした葉を持ち、それぞれがたわわに実った果実を付けている、無数の草木を植えた畑だった。

 以前植えた、サツマイモもどきも立派な葉を持ち始め、絶賛成長中のようである。


「……こんな色んな種類の木と苗、一緒に育てて大丈夫ですかね……」

「その道のプロに指導させ、それぞれに特殊な結界を張り、気温と環境を整えさせた。この結界で、独自の栄養分のみ吸収させるようにも働きかけている」

「へえ~! 凄いですね!」


 ……一個一個が適応した土地に植えられているようなもの、という感じだろうか?


 実を付ける季節は決まっているようだし、万能ではないが、何を作るか悩んだ時には重宝しそうだ。

 私が感心しながらこの不思議な空間を見ながら歩いていると、魔王様がドヤ顔で私を凝視している。


「有り難うございます、新しい菓子が色々出来そうです」

「うむ」


 魔王様は、私の言葉を聞いて満足げに頷いた。

 若干子供っぽい仕草に私は笑みを引き攣らせてしまうが、魔王様にバレなかったので良しとする。


「お! 何だ、これ」


 大きな木に生っている実が割れ、中の種が露出している。

 形はかなり丸く、そのつるっとした茶色の硬い外皮の中心に、薄らと割れ目のようなラインが入っているそれは、どことなくナッツ系を思わせる。


「果実は渋くて食えんが、種の中はなかなか美味いぞ」


 私の視線の先を把握した魔王様が木の実に手を伸ばし、親指と人差し指で種を割って、中の淡いクリーム色の球体を差し出してくる。

 私はそれを受け取り、口に放り込んだ。

 軽い歯触りに、香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。

 油分を多く含んでいるのか、若干の粘度を感じるそれは、コクのある甘味が口いっぱいに広がり、後を引く旨味を口に残す。

 胡桃かピーカンナッツにマカダミアを足したような、そんな感じのナッツだ。


「私も割ってみたいので、もう一個取ってください」

「ああ」


 魔王様の先程の動作が気になり、自分でも挑戦してみようと、魔王様にお強請ねだりする。

 魔王様は特に気にも留めず、木に生っている実をもぎ、ヒビが入って若干渇いた果肉を落としてから、私に手渡す。

 私は、親指と人差し指に種を挟み、力を込めてみる。

 が、種はビクともしない。恐らく胡桃より、遙かに硬い。

 というか、まさかのマカダミアレベルじゃないか?!


「それは、専用のクラッカーが作られる程度には固い。無理をするな」


 両手で種を握り潰そうと画策している私の様子を、背後から窺っていた魔王様が私の耳元で呟く。


 ……魔王様は何の気なく、指二本で割れるのにな。


 ちょっと悔しい私は数十個それを開けてもらい、菓子用にストックし、朝食を取りに食堂へと移動した。


 これであのスパイスがあれば、考えている人参菓子に王手が出来る。

 そう考えながら朝食のパンを囓った私の全身を、雷に打たれたような衝撃が走る。


「こ、これは!! シナモンの香り?!」


 私の突然の咆哮に、魔王様は眼を白黒させてこちらを見ているが気にしない。

 私はシロップおじさんに直撃した。


「このパンに入っている香りの成分、ください!!」


 魔王城の料理は、シロップおじさんを中心に二~三人で調理されている。

 パンやバター、チーズも、シロップおじさんとその仲間達で、全て作っているそうだ。

 いつか白いご飯に味噌汁も作ってもらいたいが、今はそれどころではない。

 いきなりの時間外訪問に、シロップおじさんは驚きのあまり、暫し言葉を失っていたが、私の言葉に我に返り、瓶に入った粉と樹皮、両方を持ってきてくれた。


「ニキモンは木の根っこを乾燥させたものです。防腐剤としても使われますが食材の甘味を引き立たせますので、確かに菓子にピッタリですね」

「この独特の風味が苦手な人もいるけど、魔王様は平気みたいですね」


 私は瓶の中の粉を少し、舐めてみる。

 独特の風味ある微かな甘味と苦み、そして舌に痺れる辛味は確かにシナモンだ。

 強いていうなら、シナモンより甘味が強いだろうか。


「……これは、使えますね!」


 本日のお菓子は、人参とこのシナモンを使うことに決定し、食堂へ戻った所で、魔王様が重要事項を宣った。


「今日は小用で昼から出掛ける。菓子は、夕食後に食そう」


 ……何だと?! 菓子は夕食後、だと?!


 今日、予定している菓子は少々ヘビーだ。

 然も人参を使うため、魔王様がお気に召さなかった場合に備えて別の口直しも付けようかと思っていたのだが、そこまで大量の菓子を夕食後に食べるのは、ちょっと難しそうだ。

 難しそう、だが……。


「……まあ、魔王様、甘いもの好きだし、大丈夫ですよね」

「……ん? ああ、好きだが……?」


 私の曖昧な質問に、魔王様は首を傾げながら肯定する。

 よし、言質は取った!

 メニュー変更なし!

 私は不敵な笑みで朝食を口に運ぶと、魔王様が目を伏せたまま、口を開く。


「……菓子作りに熱心なのは良いが、食事中は自重しろ」

「……すいません」


 私も厨房に行ってから、マナーに反して食事の場で中座するという、失礼なことを為出かしてしまったことに気が付いた。

 感情が先走ると勝手に行動してるからな、気を付けよう。



* * *



 午前の授業を終え、私はいつものように厨房へ向かう。

 途中でコンセルさんとも合流し、今日の菓子について尋ねられた。


「今日は、ニキャロを使って菓子を作ろうと思う」

「おお……とうとうか! ……自信の程は?」


 魔王様の苦手な野菜の一つ、人参を使う旨を報告した所、コンセルさんは生唾を飲み込み、真剣な表情で私の顔を覗き込む。

 その様子は、魔王様の人参に対する嫌悪感が如実に表れており、私は若干の不安を抱く。


「……ニキャロ特有の臭みは感じないよう、かなり特徴のあるものを入れるから多分大丈夫だとは思うけど、駄目だった時の口直し的なものも作っておくよ」

「シホちゃんの菓子なら大丈夫だと思うけど、魔王様の野菜嫌いは筋金入れだからな。駄目でも落ち込むなよ?」


 コンセルさんは私の頭を軽く小突きながら柔らかい笑みを零す。

 魔王様が食べられなかった時の私を心配してくれているのだろう。

 その気持ちを有り難く受け止めつつ、私はコンセルさんに尋ねてみる。


「そういえば、コンセルさんも嫌いな野菜が有るみたいだけど、嫌いな野菜って何?」

「……え?! あ、実は、ベルジュが苦手でさ……」


 含羞はにかむ笑顔でコンセルさんが躊躇いつつ返答する。

 ベルジュの特徴を聞いてみると、どうやら茄子のようなものらしい。

 茄子とは意外だ。

 和食は勿論、麻婆茄子でもカレーにもミートソースとも合う万能野菜だと思っていたから、不思議な感じがする。

 食感が苦手なんだろうか?

 私の疑問を理解したのか、コンセルさんが話を補足し始める。


「ガキの頃、道端に落ちてたベルジュを食ったら腐っててさ。味も悪いわ食感も悪いわ、然も腹は壊すわで、それ以来どうしても駄目なんだよな」

「……完全なトラウマだね」


 いきなりのヘビーな回答に、私は動揺しつつも相槌を打つ。

 どこをどうやったら、道端の茄子を食うシチュエーションになるのか私には想像も付かないが、何だか大変な幼少期を送られたようだ。

 魔王様にもこのくらい人参にヘビーな理由があったとしたら、果たして私の菓子で大丈夫だろうか?

 とはいえ、作ってみるしかなかろう。

 私は意を決して調理台に向かった。


 ボウルに砂糖にバターと卵を入れよく混ぜ、擂り下ろした人参とシナモンを入れて篩っておいたアーモンドプードルと収穫したナッツの刻んだもの、小麦粉を入れて焼き上げる。

 リコッタチーズにバターと砂糖を加え、混ぜておけばチーズクリームフロスティングの出来上がりだ。

 焼き上がったキャロットケーキにチーズクリームフロスティングを掛けて食べる。

 アメリカの菓子なのでレシピ通りに作ると結構な甘さで重みがあるが、配合を自分好みに変えたため、濃厚でありながらペロリと食べられる菓子に変身している。

 本来ならこのレシピはベーキングパウダーを使うのだが、やはり異世界には見つからず、若干膨らみが足らない気もするがそれなりに良い出来だ。

 そして保険にチョコを擂り潰す。

 生クリームに蜂蜜を加えて沸騰する寸前まで火に掛け、チョコを加え混ぜ、バットに入れて冷やし固める。

 食べやすい大きさに切り、ココアパウダー代わりに砂糖を擂り潰して作った粉糖を、食べる前に塗せば生チョコの出来上がりだ。

 魔王様の性質上、どうしてもチョコに軍配が上がりそうなので、チョコを出すのはキャロットケーキを完食してからにしよう。

 天然砂糖、百パーセントの粉糖は、置いておくとどうしても溶けてしまうのが難点だが、ギリギリで塗せば、多分大丈夫だと思いたい。


 準備は整った。……さあ来い、魔王ッッ!!




 こうして決戦の夕食後。

 普段より小さめに切り分けたキャロットケーキを配り、若干の緊張を孕みながら私はキャロットケーキを口に運ぶ。

 シナモンの香りが辺りに広がり、しっとりとした口当たりの良いケーキが口の中で解れる。

 人参の臭みは精製前の黒っぽい砂糖を使ったことでそのコクに消され、甘味だけを醸しながらバターの風味と合わさり、シナモンの甘くスパイシーな味と調和する。

 アーモンドプードルの香ばしさと収穫したナッツの芳醇な甘味が口の中に広がっていき、上に掛けたチーズクリームの濃厚な甘さとコクがケーキの旨味を引き立たせ、ケーキの甘さに深みを与えている。


「!! これ、本当にニキャロが入ってるんですか?! こってり甘いのにホワッと口溶けて、すっごく美味しいです!!」

「ニキモンの味が仄かに効いてて美味いな!! これはかなり好きだ!」


 先生の感嘆の声にコンセルさんも歓喜の言葉を漏らす。

 かなり気に入ってくれたようでホッとした。

 私はケーキを咀嚼しつつ魔王様に視線を動かす。

 魔王様は感想こそ漏らさないが、黙々とケーキを口に運んでいる。


「確かにこのケーキは美味い。だが一つ不愉快なことがある」


 ケーキを平らげた魔王様がフォークを置いて言葉を紡ぎ出す。


 ……ニキャロが入っていることだ、だろうか?


 魔王様の次の言葉を待ちながら動きを止めていると、魔王様はゆっくりと語り始めた。


「これに、ニキャロが入っているという情報を私に入れたことだ。折角美味いのに気になってしまうだろう! 次からは黙っているように」

「……魔王様、同じものが出た場合、報告しなくても分かるのでは、と思われますが……」

「それでも構わん。黙っていろ」

「……分かりました」

「シホさん、良かったですね」


 要するに、また作ってもいい、ということだろうか?

 コンセルさんのいうように、キャロットケーキは人参の色をしたケーキだから、いわなくても入っていることはバレると思うが、魔王様がそうしろというなら仕方ない。次は唯のケーキとして出すことにしよう。

 三人で魔王様の言動を笑い合うと魔王様はちょっと拗ねた顔で外方を向く。

 その様子が余計可笑しくて、私は噴き出すのを堪えるのに必死だ。


「実は生チョクラも作っておいたんですが、いらなかったかなあ」

「……何?! 生、チョクラだと?!」


 私は拗ねた魔王様を宥めるため、奥から生チョコを持ってくる。

 すると魔王様は奪うようにそれを受け取り、即座に貪り始めた。


「!! チョクラが洗練されている!! これはチョクラの王といっても過言では……」

「……だから、過言ですって」


 チョクラ大使で甘味王な魔王様は、チョクラを使った加工菓子を出すと大変だ。

 語り始めた魔王様に一言ツッコミを入れ、コンセルさんと先生、私の三人は生チョコと紅茶で夜の菓子と歓談を楽しんだ。


 ……夜なのに、ちょっと食べ過ぎた気がしないでもないが……ま、いっか。

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