第8話:栗とカボチャのモンブランからの菜園?見学
サツマイモ、それは魅惑の食べ物。
スイートポテトの甘いコンツェルトは誘惑のハーモニー。
というわけで、魔王様に尋ねてみる。
「サツマイモ……甘い芋類ってありますか?」
「……ん? ……イモ……ルイ?」
朝食の席で私が魔王様に尋ねてみると、魔王様はフォークを口に運びながら訝しげな視線を送ってくる。
食事には米を使ったサラダやそば粉を使った主食などが並ぶため、ここは日本に近い感じがしたのだけれど、もしかして『芋類』という言葉ではないのかもしれない。
「えー……地面を蔓が這っている植物の根で……加熱すると甘くてホクホクして美味しいんですが」
生で食べるのが当たり前だったら特徴が微妙に変わるので、説明が難しい。
かといって生で食べたことがない私に、生の説明は無理だ。
取り敢えず大雑把に説明して、思い当たるものがないか聞いてみる。
魔王様は私の説明に首を傾げ、側にコンセルさんを呼び付けて尋ねている。
魔王様の説明にコンセルさんも不可解な表情で首を傾げながら私を凝視する。
……何だ、この雰囲気は?
「……ジャガイモもどき……ポテみたいな、地中に根を張って塊を作るんです。ポテは塊茎ですが、サツマイモは根っこで……」
「ポテの実は地中ではないが? 花が咲いた後に実を付ける。常識だ」
「……はい?!」
諭すように魔王様が私にジャガイモもどきの説明をする。
散々擂りに擂ったジャガイモもどきだが、収穫後しか見てなかったのが敗因か。
ジャガイモもどきは木質化しない黒っぽい幹の草本に生る実だった。
道理で妙に綺麗で丸くて凸凹が少ないとは思ったが、まさか実だったとは……
つくづく元世界の常識が通用しない世界だ、説明に困る。
憐憫の情に満ちた目で私を見る二人に、私は徐々に説明をする気力を失っていった。
結局、甘い芋は見つからなかった。
というか、地中に埋まっているという概念が通用しない可能性が高く、説明の仕様がなかった。
しかし、魔王様はサツマイモっぽい味のものを探し出し、入手することを約束してくれた。
見つからなければマリンジに作らせようとかまでいい出した。
少々心苦しい気もするが、焼き芋やスイートポテトは食べたいので取り敢えずそこはお任せし、現在の私はカボチャのようなものと栗もどきを入手している。
カボチャのようなものは、外皮も黄色でかなり大きく、筒部分の長いフラスコのような形をしている。
細長い部分を持って殴れば、頭が割れそうなほど硬い。
……その前に折れるだろうけど。
味はパサパサしており、薄らとカボチャの甘味を感じる。
栗もどきは毬と一体化しており、毬を剥くと、大きな焦げ茶色の物体が出てくる。
それには外皮も渋皮もなく、渋皮煮は作れないがそのまま使える便利な木の実だ。
やはりパサパサ感があり、甘味は薄いが栗といわれれば、栗だ。
焼いた栗もどきは庶民の携帯食品として親しまれているそうだ。
……そう聞くと親近感が湧くな。
「魔王様も気に入って食べてるぞ。茹でたものにシガルを付けて食べてるけどな」
栗に対し親近感を抱いているとコンセルさんが話し掛けてくる。
甘味があるから食べるとは思ったけど……直接砂糖を付けたら意味ないだろうが!
というわけで、菓子作りタイムに入る。
タルト生地を作り、冷蔵庫で寝かしてから型に入れ、焼き上げる。
今回は小さいタルト型があったので、それを使ってみた。
砂糖でカボチャと栗を煮、カボチャを裏漉しする。
卵と砂糖、小麦粉をよく混ぜ、牛乳を加えたら火にかけ、カボチャを半分入れてとろみがついたら冷ます。
冷ましたタルトにホイップクリームを載せてその上に刻んだ栗を載せ、更にカボチャクリームを載せる。
絞り出し袋がないと思ってフォークで筋を付けていると、シロップおじさんはそれを見て内側がツルツルした布袋を出してくれた。
「……何度か、こちらを使うような作業をなさってましたので、新しい物を用意しておきました」
「有り難うございます! 結構使うので助かります!」
プラスティックらしき物がまるで見当たらないので正直諦めていた絞り出し袋に、私は歓喜の声を上げてシロップおじさんに感謝の気持ちを表す。
そういえば、料理にも絞り出し袋で絞ったようなソースが乗ってたりしてたっけ。
豚や牛の内臓だったら臭みが移るかもと思って敬遠してたんだが、ちゃんとこういう袋があったとは嬉しい誤算だ。
これで絞り出しクッキーも作れるし、ホイップの飾り付けも綺麗に出来る!
私の感動の声にシロップおじさんは赤い顔を更に赤らめ、帽子の上から後頭部に手を添えた。
……うん、やっぱ可愛いな、シロップおじさんは。
折角なのでカボチャクリームの表面を掬い、早速絞り出してみる。
口金は現在細い丸口金一種類だが、これも魔王様に色々お願いしておこう。
これで栗とカボチャのモンブランの完成だ。
くり抜いた栗を載せてみた。……うん、地味ながらゴージャス。
「野菜が甘いのってどうなんだろうと思ったけど、美味そうだな!」
「そうですね、これなら魔王様も喜んで食べてくださいますね」
完成したモンブランを覗き込みながらコンセルさんが呟くと、後ろにいたシロップおじさんも嬉しそうに頷いている。
……これは、あれだな。魔王様、嫌いな野菜を残してるな……
「魔王様って、何が嫌いですか? 出来そうならそれで菓子作りをしてみますが」
「本当ですか?! 野菜なら何でも構いません。お願いします」
「……え? ……もしかして殆ど全部苦手、とか?」
「……はあ……」
魔王様は野菜全般が苦手らしい。
トマトとか人参とか甘いと思うんだけど、駄目なんだろうか?
シロップおじさんは苦笑いを浮かべてそっと溜息を吐く。
魔王様!! シロップおじさん困らせんな?!
……今度全部クッキーに混ぜてみようか? いや、無理か……
いっそ全部、砂糖で漬けてしまえばいいのかもしれない。
私は作れそうなものは努力すると告げ、食堂へモンブランを運んだ。
「シホ、芋類らしきものの苗を入手した。早速畑を作ってみたぞ」
「は、早ッッ!!」
魔王様はモンブランを嬉しそうに頬張りながら自慢げに語り掛ける。
私は驚きのあまり叫声を発し、その勢いで口に入れようとしたモンブランが皿に落ちる。
それを再びフォークで刺しながら魔王様へ視線を動かした。
「蔓植物で、根がホクホクとした甘いものになるのだろう?」
「そうですけど、サツマイモは春植えないと枯れるんじゃ……?」
「まあ、新しい材料ですか? 楽しみですねえ」
魔王様と私の会話から、新たな菓子材料の発見を感知した先生が、モンブランを頬張りながら恍惚の笑みで声を掛ける。
しかし、サツマイモを春に植えて秋に収穫するイベントが小学校であった。
それに倣うと、春に植えなければ上手く育たないのではないか。とはいえ、魔王様の入手したものがサツマイモと同じ育て方をするとも限らない。
取り敢えず魔王様の見解を尋ねてみるが、魔王様は首を傾げてこちらを窺っている。
試しに先生とコンセルさんへも視線を動かしてみるが、同じように首を傾げられてしまった。
「では、温度調節の結界を施そう。それなら直ぐにでも甘い根が食べられそうだな」
「へえ! どんなものなのか、楽しみですね!」
「本当に、楽しみですねえ」
「そうだな。野菜がこんなに上手くなるとは思わなかった。これなら野菜を無理して食べる必要もあるまい」
「……さりげなく食事で野菜を残そうとしないでください。ちゃんと残さず食べないと、菓子の量、減らしますよ?」
「?!!」
野菜に夢を広げている魔王様に現実を突き付けると、コンセルさんまで驚愕の表情でこちらに視線を動かす。
……コンセルさんにも、嫌いな野菜がありそうな反応だ。
「私は嫌いな野菜がないので、その分増量でお願いしますね」
先生の『減らした分は自分に』アピールで話は更に現実味を帯び、魔王様とコンセルさんは愕然としながら先生を見つめ、固まっていた。
……先生、意外と鬼畜系……?
その夜、魔王様にお願いして畑の様子を見に行く。
夜には教わった照明魔術が大活躍で、ちょっと楽しい。
私が小さめで広く照らす追尾型照明を作ると、魔王様も自分で照明を作らず、その光で辺りを見回している。
「ここだ。この先増えるかもしれんが、あまり大きく作るのも栽培しにくいかと考えてな」
そこには、百メートル四方ほどの柵の中、中央に三つほど小さな芽が、ポツンと植わっていた。
……え? これであまり広くないとかいう? 管理しにくくないか?
というか……大丈夫なのだろうか、この環境は。
「肥料も最高級のものを作らせ、土ごと取り替えた。これなら美味いものが出来るだろう」
自信満々に環境を告げる魔王様だが、確かサツマイモは痩せ地の方が美味しくなるんじゃなかっただろうか。
この世界のことを知らず。元の世界の畑作業も全く知らない。そんな私が口出し出来ることではないと思うが、一つだけ妙案が浮かび、それを提案してみる。
「どんな環境が美味しくなるか分からないですし、痩せた土と肥料たっぷりの土、それぞれで植えてみたらどうでしょうか? 痩せた土とかの方が甘くなる植物もあるそうですし……」
「うむ、なるほど。確かに人が育てているものは、まだない植物だ。色々と試してみるべきであろう」
甘くなる、という言葉に魔王様は尖った耳をぴくりと動かし、嬉しそうに私の提案に賛同してくれる。
焼き芋で美味しく食べられるくらいになるといいなあ。
そんなほのぼのとした雰囲気で苗を見ていると、魔王様が苗を虚ろな瞳で見つめたまま呟いた。
「……野菜が皆、甘ければ良いがな」
「……苦みがあるのは、ちょっと難しいですね……。けど、人参──ニキャロくらいなら、多分、何とかなりますよ」
「本当か?!」
私は授業で覚えた、人参に似た野菜の名前を思い出し、魔王様に告げてみる。
私の言葉に、魔王様は驚嘆しながら私に顔を近付けた。
どうやら魔王様は人参も嫌いなようだ。
人参は煮ると甘いのに、甘味王の魔王様が何故嫌いなのか分からないが、人参なら、嫌いな度合いにもよるが何とかなるだろう、多分……。
魔王様はホッとした表情で私に満面の笑みを向ける。
私は至近距離で微笑む、やたらと整った魔王様の顔を見つめ、笑みを返す。
……この睫毛にマッチ棒、何本載るだろうか。
そんな益体無い事を考えていると、不意に背後から声が掛けられた。
「……魔王様、少々よろしいでしょうか?」
コンセルさんが軽く笑みを浮かべて魔王様に声を掛ける。
一瞬、真剣な表情を浮かべたので、仕事の話だろうか。
「それじゃ、私はそろそろ寝ますね。魔王様、有り難うございました」
「ああ、ゆっくり休め」
「シホちゃん、お休みー」
私が立ち上がって二人に頭を下げると、二人も笑みを浮かべて私を見送る。
私を見送ったコンセルさんは徐に魔王様と向き合い、厳かな雰囲気を醸し出した。
「……オフゲイルが召喚した者を旅立たせたようです。目的は恐らく……精霊王捕獲、かと思われます」
私は不意に足を止め、一瞬考える。
……オフゲイルって誰だっけ? ……聞いたことがあったような……?
しかし、私には関係ない話だろうし、いちいち反応するのも悪いだろう。
人参で何を作るかな。
そんなことを考えながら私は部屋へと足を進ませると、背後からコンセルさんの声が聞こえてくる。
「うぉーい!! 何で無反応なんだよ! オフゲイルだぞ? シホちゃんを召喚したヤツだぞ?!」
そういえば、そうだった。
しかし、わざわざ魔王様に向かって私に話し掛けていたのか?
あまり稚児しいことをしないでほしい。
「……えーと……何かした方がいい? 出来ることがあるならするけど、大したこと出来ないよ?」
「……いや、シホちゃんに大したこと出来ない、とかいわれると魔術師総泣き……うん、大丈夫。反応を見たかっただけだから」
「……シホに菓子関連以外の記憶を求める方が悪いな」
私の反応にコンセルさんはガックリと肩を落として項垂れる。
それを慰めるように魔王様はコンセルさんの肩を叩き、言葉を掛けた。
ちょっと失礼な物言いだが、まあいいや。
「あの人のお陰で、この場所に来られたんで感謝はしてるけど、態度と送り方がムカつくんで、関わり合いになりたくないのが、本音」
私は正直に胸中を打ち明け、そのまま部屋へ戻っていった。