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第三十八話:やり過ぎマドレーヌとフィナンシェの手品な悪戯

 昼食を堪能した私は、気合い十分で菓子作りを再開させた。

 フィナンシェの型にバターを塗っておき、卵白のコシを切るように混ぜ、砂糖を加えて馴染むように混ぜていく。

 そこに小麦粉とアーモンドプードルをふるい合わせ、混ぜ合わせたら更に四分割して一つはそのまま、三つはそれぞれにココアパウダー、コーヒーパウダー、刻んだ紅茶の葉を混ぜ、粗熱の取れた焦がしバターを加えていき、綺麗に混ざったら、冷やしておいたマドレーヌの生地と共に、型に流して焼成すれば、マドレーヌとフィナンシェの出来上がりだ。


 マドレーヌはふんわりとした食感に、バターの濃厚さと卵のクリーミーな味わいが程良く合わさりつつも優しい甘さが口溶けていく。

 フィナンシェはサックリ感もあるしっとりとした舌触りに、バターのコクとアーモンドの風味がじゅわっと染み出る濃厚さを増した味わいになっている。

 どちらもそれぞれに良さがあり、どれがいいかは最早好みの問題だろう。


 メイプルシロップを入れるような透明のソース入れに、キャラメル、ミルクチョコ、ホワイトチョコ、レモンソースを別々に入れ、四種のマドレーヌとやはり四種のフィナンシェの取り皿と別にソースを入れる器も人数分×ソースの種類分用意しておく。


「うむ。やり過ぎたな、完全に」


 キャラメルは必要なくなったが、折角作ったので付けて食べてみてほしいとは思う。だが既にどれにも、チョコ味、コーヒー味、紅茶味にノーマルと、四種の味を作ってしまった。

 これにソースを掛けて食べる必要があるのだろうか。

 しかし本懐が急に変わったので仕方がない。

 取り敢えず好みだったら掛けてみてください、というレベルで使ってもらうことにしよう。


 私は早速食堂へ行き、待ち構えていた魔王様とコンセルさん、そして先生に、ノーマル味のマドレーヌとフィナンシェを食べ比べ、どっちが好みか選んでもらった。


何方どちらか、というのであれば、ふんわりとした菓子も良いが、濃厚な此方こちらが好みであろうか?」

「私は、優しい甘さでホッとする、柔らかな方でしょうか? けど、濃厚な味わいの方も……」

「うーん……。どっちもそれぞれの美味さがあって、選べないな! これを選べって、酷だよ、シホちゃん!」


 魔王様が迷いつつフィナンシェを推し、先生も困惑しながらマドレーヌを何とか選ぶ。

 コンセルさんは何度も食べ比べては瞑目し、頭を抱え込んで私を批難した。


「私もそう思うから、敢えて聞いてみたんだ」

「「「!!」」」


 私の言葉に三人は驚愕し、暫し固まっている。

 ようやく動き出したかと思うと、三人は此方に視線を向け、菓子を頬張りながら小さな声で話をし始めた。

 わずかに聞こえる『ドS女王』や『天まで持ち上げて奈落に突き落とすのが趣味』とか、挙げ句は『混乱を食らう女神』という悪口を超えた何かに、私は頬を引き攣らせ、無言で菓子を手に取る速度をどんどん上げていく。


「し、シホ?! それは私の分……ッッ?!」

「し、シホちゃん?! あ! それは俺が狙ってた……ッッ!!」

「あ、ああっっ!! し、シホさん! 菓子がッ!」


 魔王様が驚愕して私の方に手を伸ばす。コンセルさんも喫驚のあまりテーブルから身を乗り出した。先生は愕然として両手で口元をおおい、青ざめた顔で私の手と顔を交互に見つめている。

 それでも動きを止めず、更に加速させる私に、三人は揃って頭を下げた。


「す、すまない、シホ! 本気で言ったわけではない!!」

「シホちゃん、ゴメン!! ちょっとした冗句で……!!」

「すみません!! シホさん! 調子に乗りましたっっ!!」

「……それなら。まあ、他の人にあげる分は作ってあるんで、戻しますね」

「「「へ?」」」


 私は手に取ったマドレーヌやフィナンシェを、ワゴン上にあるクローシュを被せた皿の上に移動させていただけなのだが、菓子に関しては平静でいられないのか、三人共が本気で私が猛スピードで食べていると思い込んでいたようだ。

 流石さすがにそこまで食べるつもりは、毛頭ない。

 少々、悪口のレベルが想定よりも高かった、というだけで、本当に菓子をむさぼり食い尽くしていたら、シロップおじさんの絶品夕飯を堪能出来ずに泣く羽目になるのは、私だ。


 二つあるクローシュを利用し、皆から見えない方のクローシュを僅かに空け、食べるフリをして魔力の粒で移動させていただけだ。

 私の魔力の粒が菓子内部に作用すると、マイナスの効果を意図せず付与してしまうのはよく分かっているつもりだ。

 その点を考慮し、細心の注意を払って、転移はせず、変質しない最低限の速度で運ばせただけに留めていたため、菓子の状態に変化は無い。


 私はクローシュを外し、トングで菓子を元の皿に戻していく。

 そんな私の姿を、三人共が茫然自失となり、虚ろな瞳で視線を固定させていた。

 菓子という、平常心を保ちきれない対象を、体とワゴンなどで隠しておこなったので、魔王様ですら騙されてくれたようだ。


「……シホ。それほどの労力を費やしてまでたわむれを為す故に、あのような言われをするのだと気付……いて、やっているようだな……」

「悪戯の二段構えは常識ですよ。三回やるのが一番鉄板でしょうか。元世界では同じことを何度も繰り返すのを『天丼』といいまして……」


 通常の『天丼』は同じギャグを二~三回繰り返すことなのだが、私の行動も同じようなものなので、早く慣れてもらいたいものだ。いや、私の場合は慣れられたら私が面白くないので、これでいいのだろうか。


「私の悪戯なんて、可愛いものじゃないですか。ちょっとお茶目なだけで」

「それ、自分で言っちゃうか?!」

「大丈夫。ちゃんと人を見極めて、耐えられる範囲でやってるし」

「……それは、お茶目ではなくて計算高い、というかと思うんですが……」


 自己弁護する私に、コンセルさんがツッコミを入れてくる。

 私はお茶目で済む範囲を弁えていることを胸を張って宣言すると、先生から更なるツッコミが入ってきた。

 トドメの言葉が魔王様から放たれると予測し、私は魔王様を瞥見べっけんして身構えていると、魔王様は俯いて黙考している。

 魔王様の手が、取り分け皿の側で微かに動いているのを見、私は魔王様の皿に菓子を載せる。と、魔王様は右手と口以外は動きを変えず、菓子を食べながらも潜考し続けていた。


 コンセルさんや先生と顔を見合わせ、私は魔王様の皿へ菓子を置き続けながら魔王様を見守っていると、突如魔王様の目が見開かれ、私に視線を移動させて詰め寄ってきた。


「確か、懸想けそうしている相手には、意地悪をしてしまう行動があったと思われるが、それだとすると、一体シホはどれだけの者に……」

「……いや、私のコレは、ただの遊び心で……。あ、けど、許してもらうことで、相手の気持ちを確認して安心する節はあるのかもしれないし、ないのかもしれないですが、恋愛相手だけにしてる訳じゃないんで」

「確かにシホちゃんの周りに犠牲者は多いよな……。懸想よりは友好の証、みたいなものかと……」

「こういう行動理念は潜在意識の方が作用しやすいですし、自身で理解して行動している訳ではないと思いますよ」


 可愛くて弱いものは守るべき存在である。キュートアグレッション現象だとかいう、可愛いものや弱いものを虐めたくなる攻撃衝動ではないことは確かだ。

 しかし、その行動理念を聞かれても、自分でもハッキリとは分からない。

 強いていうなら、と、一番近そうな心境を語ってみると、コンセルさんと先生も私の心境を察してか、私の有耶無耶な返答に助け船を出してくれた。

 その会話を聞き、魔王様は頷きながら私がせっせと菓子を皿に移動させていた行動を苦笑して止め、自ら手に取り、ゆっくりと噛み締めた。


「……確かに。長年生き、大凡おおよその見当は付くようになったと思い上がっていたが、私もまだまだだな」

「魔王様、それは対象がシホちゃんだからかと」

「ですよね、ですよね! 愛は盲目! 知りたい人のことが一番分からない! 愛故の苦悩ですね!」


 魔王様の呟きにコンセルさんがどう解釈すればいいのか迷う結論を付ける。

 先生はどこか一人で不思議な世界に入り込んでしまったのか、頬を染めて瞳を輝かせ、とろけるような視線を遠くに向けたまま、時折奇妙な動きを見せていた。


 ……先生ー! この後、授業なんですけどー?!


 先生がいつ戻ってくるか、私は腕時計を睨み付けて時間を計り始める。

 魔王様とコンセルさんが、対戦を賭けていつ戻るか賭けようなどと言ってくるが、私には全く旨味がないので聞こえないフリをした。

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