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第三十七話:二人の時間に傷心する者

「……流石に菓子と自身とを比べているとは思っていなかった……。いや、ハッキリ言わなかった私の落ち度であるが」

「……いえ……。私も、菓子職人という立場に拘り過ぎてたみたいです……」


 当の本人である私でさえ、まさか無意識に嬉し涙が出るほどとは、思いもしなかった。

 だが、魔王様の心を繋ぎ止めるために、より美味い菓子作りに拘っていたのは確かだ。


「……やはり、二人で話す時間が必要ではないかと思われるな。専用の部屋を作るべきか……?」

「何で部屋作りからになるんですか?!」


 真剣に模索する魔王様へ私はツッコミを入れる。

 二人で笑い合う、この時間はとても楽しく、嬉しい。


 だが、忙しい魔王様の時間を割いてしまうことに、申し訳ないとも思ってしまう。

 その事についても言葉にすると、私に割く時間より大事なことはないと、魔王様が断言してくれた。

 逆に、没頭するほど好きな、菓子を思案する時間を、私から奪う方が申し訳ないと、魔王様は苦慮している。


「魔王様のために工夫を凝らしているんで、それは逆です。私は魔王様とこうして話せる時間が欲しいです……」

「シホがそう思う以上に、私はそう思っているが」


 今度は自分の方が、いや自分がと、どちらがより、二人の時間を欲しているかを競い合う。

 何時までもこうしていたいが、流石に何時間も時間を割くのは、お互いに良くないことは分かっている。


「では、シホの前の部屋で、朝食後に一時間ほどではどうだ?」

「そ、そんなに時間をもらっちゃっていいんですか?!」

「最近では、コンセルと取るに足らぬ話を交わすことも多い。もっと早く気付けばと後悔している」

「いや、友情も大事ですよ?」

「だが、シホとの時間を作る方が重要であった。不安にさせてしまい、すまない」


 魔王様が私の隣に座り、私の頭を撫でながら肩を抱き寄せる。


 ……まさか……夢じゃないだろうか?! 私は魔王様に、菓子より愛されていたのか……っ!


 魔王様が一番愛して止まない菓子の座より、実は私が上回っていたことに、私は再び胸が熱くなる。

 魔王様が私の顔を引き寄せ、私はゆっくりと目を閉じた。


「魔王様! 只今戻りました!」


 魔王様と私の唇が触れそうになった瞬間、タイミングを計ったかのように、転移部屋の扉がコンセルさんにより、大きな音を立てて開かれた。

 その音に、私は慌てて魔王様を押し退け、立ち上がる。

 既に菓子は、魔王様によって平らげられている。私は皿を重ねて抱え、魔王様の頭上付近に視線を向けて声を上げた。


「というわけで! ヘラはよくしなるダマスカス鋼で、力仕事のホイッパーは軽いミスリル製、型は熱伝導が高いヒヒイロカネ製がいいかと! ホイッパー用にミスリルのボウルももう少しあるといいかもしれません!」


 魔王様も赤らめた顔で私の横に目を向け、やや早口で返答する。


「わ、分かった! ではそのようにしよう!」

「有り難うございます! 失礼しました!」


 私はお辞儀をして執務室を去り、急ぎ足で厨房へと戻った。



 厨房の作業台に手を突き、悶々と思考する。


 ……コンセルさん……もしかして、気不味くて転移部屋から出るに出られず、沈黙の間に扉を開けた、とか?! としたら、何処から聞かれてたんだっっ?!


 私は恥ずかしさに耐え兼ねて唸り声を上げ、顔を両手で掩いながら仰け反った。

 何時から聞いてたんだろうか。菓子を食べている時ならば、即、出てきたであろうことを考えると、私が泣いてしまった後なのは確実だ。

 問題は、魔王様がコンセルさんと取るに足らない話を交わしていると言った言葉だ。


 コンセルさんはまだ子供の頃に魔王様に救われ、それから魔王様の側近になるべく育てられ、ずっと一緒にいるのが当たり前の存在になっているだろう。

 そんな父のような上司が、自分との会話を『取るに足らない』などと思っている発言を聞いてしまったコンセルさんの心中は、如何許いかばかりか。

 恐らくは、深い傷を負ってしまったことだろう。これだけは何としても誤解を解かねば、魔王様とコンセルさんとの仲がギクシャクしてしまうのは本意ではない。


 私は慌てて部屋に戻り、『私』を使ってネットを調べ始めた。

 マドレーヌは、仏語で『さめざめと泣く』という意味だが、日本だと貝合かいあわせに似た意味があり『あなたと仲よくなりたい』という意味もあるらしい。

 他にもキャラメルの菓子言葉は『安心する存在』、チョコレートの菓子言葉は『あなたと同じ気持ち』や『これまでと同じ関係でいましょう』という意味があるそうだ。

 他にも色々菓子言葉があるようだが、今回使えそうなのはこの辺りだろうか。


 と、その時、花言葉へ移動してしまい、私は薔薇の節操の無さに驚いた。


「……薔薇は、色や本数でも……花言葉が変わる……?」


 よく見てみると、結構な愛情表現の中、友情や親愛の言葉も多く、なかなか使えそうな言葉が多い。

 薔薇が五本で『会えて良かった』、八本で『思い遣りに感謝』という意味があり、ライトオレンジの小振りな薔薇は『絆』、ライトブルーの薔薇は『深い尊敬』を意味するとのことだった。


「……飴細工で、淡い橙で小さめの薔薇を五個、作るか」


 それを魔王様とコンセルさんがお互いに渡し合い、仲直りを促そう。

 決して、ライトブルーの薔薇を五本や八本作るのが面倒だと思ったわけではない。……嘘吐きました、すいません。デカい薔薇を五本や八本も作る気には、とてもじゃないがなれない。

 小さな薔薇五本でも、合わせて十本分だ。気が遠くなって当たり前だろう。


 取り敢えず今日の菓子はマドレーヌで、キャラメルソースとチョコソースを添えようと決心した私は、準備をしに厨房へと向かった。


 私は棚から貝殻型の焼き型を取り出し、溶かしバターを刷毛で塗っておく。

 卵を溶きほぐし、砂糖を加えて白くもったりするまでよく混ぜる。そこに小麦粉を篩い入れ、重曹を少々加えて四分割し、一つはそのまま、三つはそれぞれにココアパウダー、コーヒーパウダー、刻んだレモンピールを入れ、ザックリ混ぜてから溶かしバターをそっと加えて混ぜ、冷蔵庫に寝かしておく。

 そしてキャラメルソースとミルクチョコにホワイトチョコソース、コンセルさんの好きなコーヒーソースと先生の好きなレモンソースも作っておく。


「序でだし、フィナンシェも作るか」


 マドレーヌとフィナンシェの違いは、溶かしバターか焦がしバターか、全卵か卵白か、であり、そしてフィナンシェにはアーモンドパウダーを入れる。

 この辺は好みで色々と手法が人によって変わるようだが、大まかにはこの辺りが違いに上げられ、マドレーヌはベーキングパウダーを入れてフワッと作ることが多い。

 何故か市販のマドレーヌはレモンが入っている物が多いが、これはあくまでアレンジであり、製作者の嗜好だろう。

 恐らく先生のような、果物を加工したジャムなどが好きな人じゃないかと睨んでいる。


 と考えている間に、昼食の支度が始まるようだ。

 私は挨拶をして厨房から出、部屋へ戻ろうとすると、廊下でコンセルさんと出会でくわした。


「お! シホちゃん、お疲れ! 模擬戦、途中で止めてゴメンな!」

「何か、急な仕事が入ったみたいだね。それに、模擬戦は参考にならなかったみたいだったし、途中で終わって良かったよ」

「別の機会に改めて……」

「断固拒否する」

「えええ~! シホちゃーん、頼むよー!」


 何だかいつもと同じ調子で話すコンセルさんに、私はコンセルさんが丁度帰ってきたところだったのではと思い始めた。

 だが魔王様のことはどうだろうか。私はコンセルさんを探るべく、魔王様のことに話題を移す。


「魔王様との模擬戦は? やっぱり魔王様が白くなってしまうのかな?」

「んー、今の調子だと俺の連敗でさ。シホちゃんの菓子効果もあって、俺も絶好調のはずなんだけど、やっぱ体調が万全な魔王様には勝てないなー」


 コンセルさんは特に変化を見せず、負け続けることに苦笑して髪をいじる。どうやら杞憂だったらしい。これで薔薇の飴細工を作らずに済んだ。……いや、頼らずに済む。


「今日は、コンセルさん向けにコーヒー味も作ってるよ」

「やった! 楽しみにしてる! いつもだけどいつも以上に!」


 嬉しそうなコンセルさんに安堵して別れ、私は部屋へと足を進ませた。


「……流石に好きなコのキスシーンは……まだ無理、だな……ゴメン……」


 廊下でコンセルさんが何かを呟いて去っていったようだが、階段の反響でよく聞こえなかった私は、そのまま部屋に戻っていった。

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