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第三十六話:ヘラとミルクパンで対戦とチョコパイとアマレットの嬉し涙

「お、お待たせ……」

「し、シホちゃん……その、調理器具は……?」

「あっ!!」


 道理でドアが開けにくかったりしたわけだ。

 私は魔王様に手渡された、ヘラとミルクパンを持ったまま移動していたのだ。

 移動する時、何かしら持って歩いているので気付かなかった。阿呆だろうか、私は。


 と、思うほど呆けてはいない。一応、策があってのことだ。


「コンセルさん、使うのって練習用の木剣だよね?」

「あ、ああ。そのつもりだけど……。流石にソレは困るな……」


 流石、魔王様側近。この調理器具を見、その素材に気付いたようだ。

 コンセルさんは冷や汗を流し、口角を引き攣らせて調理器具を注視していた。

 私はコンセルさんから木剣を貰い、魔力を駆使し、木剣を調理具と同じ形状に作り直していく。

 握り締めていた調理器具をアルとラマジィへ預け、私は木剣から作り上げたヘラとミルクパンを構えた。


「さ! 始めようか!」

「へ?! そ、それで?」

「本業でよく使う物の方が手に馴染むし、使いやすいんだよ。コンセルさんは木剣を使い慣れてるからいいけど……」

「……手本としての戦闘でもあるんだけどな……」

「それは、そういう人に頼まなかったコンセルさんが悪い。私はあくまで、菓子職人だ!」

「分かった! シホちゃんがいいなら、それで。皆は動きを見失わず、よく見ているようにな!」


 コンセルさんが見習い達に実践の薀蓄うんちくを語り、授業であることを主張している。

 私もコンセルさんの説明を聞いていると、不意に魔力を感じ、周囲に意識を向けた。

 すると盗視用水晶球が彼方此方あちこちに隠されており、その向こうに衛兵達が窺っている様子が感じられる。

 私は水晶球へさり気なくヘラとミルクパンの形状を見せ、本業が別であることを強調した。


「おし! シホちゃん、準備はいいか?」

「うん! ちゃんとアピっといた!」

「あ、ああ……。じ、じゃあ、始めるぞ!」


 掛け声と共にコンセルさんが私に近付き、木剣を横に振る。

 私はそれを後方に反って避け、そのまま一回転して、右手のヘラをコンセルさんの足元から上へ振り抜く。

 それを上部から振り下ろされる木剣で受け止められるがそれを受け流し、ミルクパンで連突きをしながら、円を描いたヘラでそのまま上段斜めに振り下ろす。

 コンセルさんは一歩下がって体を傾け、両方からの攻撃を避け、上部斜めからXの形に剣を振るう。

 後方に下がっても、恐らくは剣圧が来る。

 そう察した私は地に仰け反り、器具の柄を使ってコンセルさんの股下を擦り抜けてコンセルさんの背後に周り、ミルクパンを振り下ろそうとする。

 が、コンセルさんが振り返り様に木剣でそれを受け止め、鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。

 私はその手元をヘラで打ち落とし、力が分散したところを、ミルクパン共々、後方へ退しりぞいた。

 と、そこへコンセルさんは剣ごと私へ突っ込んでくる。

 横に避ける警戒が為されているようで、刺突自体の威力は然程さほど無さそうだと判断した私は、ヘラとミルクパンを構えて木剣へ振り下ろし、その威力で飛び上がり、再度背後を取ったかに思えたが、コンセルさんは既に此方を向き、木剣を構え直した。


「最高司令官。お二人の模擬戦は目視可能な者がおらず、士気が下がるだけかと思われます。緊急通達事項もありますので、即刻中止してください」


 一瞬の間隙かんげきを突き、タイミング良く、通る声が突き抜ける。

 私は声の方を目端で捉えた。

 睫毛が長く切れ長な二重。高貴さを纏う美しい顔立ち。凜々しさを感じる女性が颯爽と現れる。女性はコンセルさんへ簡易な礼をし、威圧感ある雰囲気を醸しながら進言していた。


 その通る声の主は、豪華な軍服風の白いジャケットにケープ付コートを羽織っていた。

 丸い耳をしているので、地人族だろうか。白金の真っ直ぐな髪を横で分けた、前の方が長いショートワンレンヘアーが、威風堂々とした雰囲気に輪を掛けているようにも見える。

 その紺の瞳は真っ直ぐに、コンセルさんを注視していた。


 何だか目の端で見られた気もするが、確かにこんな異色な人物は、気になりもするだろう。

 だが、侮蔑混じりの怒気を帯びていた気がするのは何故だろう。一瞬のことだったので気のせい、だろうか。取り敢えず、気にしないでおこう。


 コンセルさんが私へ視線を向け、戦闘の強制終了を示すように木剣を下ろす。

 私もヘラとミルクパンを下ろし、二人の動向を窺った。


「……ジアン……戻ったか。……ゴメン、シホちゃん! 教官! 後の指導を頼む!」

「は! 承りました!」


 どうやら急用が出来たらしい。

 コンセルさんは私に謝罪し、後を他の指導者に任せ、戦闘を制止させた女性と共に執務室とは別の方角へと移動していく。

 後を頼まれた教官は前の教官とは違い、人の良さそうな初老の男性だ。新教官は素早く立ち上がり、コンセルさん達に向かって最敬礼をする。

 コンセルさんが去ると、アルとラマジィ達が私に向かって押し寄せてきた。


「でらすげだなや! どきゃへちゅうたぎゃか?!」

「シホちゃま! マジやっぱスゴいよ! 補佐官様の言う通り、動きが全然見えなかった!」

「本当スゴいっす! 何処で習得したすか?!」


 興奮して訛りが出てしまったアルは、言葉を改めて言い直す。

 ラマジィの言葉から、先程の人物がコンセルさんの補佐官であることを知り、精霊王の補佐である魔王様の補佐なコンセルさんの補佐だという稚児ややこしい人物……ジアン補佐補佐補佐官と認識しておく。

 今回も手を抜いてくれたお陰でコンセルさんの動きに何とか対応出来たが、恐らくコンセルさんが凄そうに動いてくれた結果だろう。


 ……アルとラマジィの前で、恥を掻かずに済んで良かった! コンセルさん、有り難う!


 心の中でコンセルさんに感謝しつつ、私は本業が結構力のいる仕事だなどと言葉を濁した。


「じゃ、私は戻らないとだし、頑張れ!」

「らじゃっす!」

「また行くけど、模擬戦も見せてよ!」


 私の言葉にアルとラマジィが手を振って応えてくれるが、ラマジィの要望は辞退したい。

 私は持ってきたミルクパンとヘラも抱え、最高司令官執務室にある転移部屋から魔王様のいる執務室へと戻ってきた。

 と、魔王様が一言、のたまった。


「ジアンは間に合ったか?」


 ジアン補佐補佐補佐官が現れたのは、丁度任務が終了し、報告に来た彼女へ魔王様から衛兵部隊第五班の件の序でに、今行われている模擬戦を止めるよう、指示してくれたらしい。

 慌ただしくて申し訳ないが、大変有り難い。


「模擬戦は直ぐ、中止になりました! 有り難うございます! 助かりました!」

「……いや。私がシホを助けるのは当然のことだ」


 ……魔王様っっ!! 胸のときめきが止まりませんっっ!! とても先刻、自分とも対戦しろと言ったとは思えませんっっ!!


 魔王様は私が精製したココアパウダーで作ったココアを飲み、照れくさそうに頬を染めている。

 このココアパウダーを切らさないためにも、チョクラの精製は欠かせない。


「ちょっと待っててくださいね!」

「うむ?」


 私は感謝の気持ちを伝えるために厨房へ急ぎ、作業を始める。

 保存していたパイ生地を伸ばし、三角形に切り分ける。ミルクチョコをパイ生地に載せてパイ生地を被せ、端をフォークで押さえて閉じる。上部に卵黄を塗って焼成し、チョコパイを作る。

 残った卵白もメレンゲにし、アーモンドに似た香りのお酒を少々入れ、アーモンドプードルを篩いながら混ぜてホワイトチョコを包んで丸める。焼き上げて粉糖を塗し、ホワイトチョコ入りアマレッティを作った。

 アマレッティは、ビターアーモンドエッセンスか、アーモンドに似た香りがする杏仁を使ったイタリアのリキュールであるアマレットを入れるのだが、似た香りの酒を入れて風味が出たので良しとしよう。


 割と手早く作れる菓子で魔王様をお待たせしないようにし、チョコパイとホワイトチョコ入りアマレッティを魔王様に献上した。


「おお! チョクラ神がサクサクとした生地と此程合うとは! この、ほのかにユナモの香りがする菓子も、いつものクッキーとはまた違った味と歯応えに、聖なるチョクラが深みのある味わいとなり、実に感慨深い!」

「これは、魔王様のために作ったんですから、他の人には内緒ですよ?」

「無論だ! シホが私だけのために作った物は、シホ以外には誰にも渡さん!」


 チョクラ神と聖なるチョクラは魔王様が命名した、ミルクチョコとホワイトチョコのことで、ユナモはこの世界用語のアーモンドだ。魔王様によって色々と増える用語に、復習が欠かせない。

 ソファに移動し、この菓子を甘くしたココアで食していく魔王様と、紅茶で食べる私は、久しぶりに二人でまったりとした時間を過ごした。


「日に何度か、このような時間が取れると良いのだが……」

「魔王様は忙しいですし、コンセルさんが傍にいるから無理ですね」

「コンセルは下がらせれば良い」

「菓子があるのに下がると思いますか?」

「……それは……うむ……」


 魔王様は私の言葉に眉根を寄せ、顎に手を当て思い悩む。

 何を思い付いたのか、魔王様はゆっくりと熱を帯びた視線を私へ向けた。


「……では……菓子無しではどうだ? 二人で過ごす時間が欲しいと思うのは、私だけか……?」

「ま、魔王様……?!」


 まさか、菓子無しでも私と会いたいと、そう思ってくれているのだろうか。

 てっきり菓子あっての私、私と菓子は切っても切れないものだと考えていた私は、嬉しさと驚きがい交ぜになり、胸が熱くて苦しく、混乱状態に陥った。


「し、シホ?! そ、そんなに嫌だったか?!」

「え?! 何でです……あ……」


 いつの間にか涙が頬を伝っており、魔王様が慌てて私を気遣い、ハンカチが差し出される。

 私は有り難くハンカチを受け取り、知らずに涙が出るほど嬉しかったことを魔王様にゆっくりと伝えた。

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