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第三十五話:友達の日本米

 早朝、ファムルのモーニングコールで目覚め、支度をして厨房に向かう。

 今日はアルが作業してくれる日だ。

 あの事件からラマジィも、アルと共に作業の手伝いへ来てくれるようになった。

 魔王様に報告して、ラマジィにも給料を出してもらおうとしたが、ラマジィは作業はそこそこで、私に会いに来ているだけだから内緒にしてほしい、と言ってきた。


 それを聞いた私がどれだけ浮かれたか、お分かりいただけるだろうか。

 まるで羽が生えたように地に足が付かず、暫く満面の笑みに大変よい声で、周囲に挨拶して回っていた。

 魔王様から、本当に浮かび上がって移動していることを指摘されるまで、気付かなかったほどだ。


「シホちゃまー! 作業終わったっす! 今日、楽しみにしてるっすよ!」

「あたしも今日は楽しみで眠れなかったよ! シホちゃまと最高司令官様との模擬戦!」

「アル、いつも有り難うね! ……て、ラマジィ。約束って、今日、だっけ……?」


 二人に焼き菓子の入った袋を渡し、私はすっかり忘れ去っていたコンセルさんとの約束が今日であったことを告げられ、弾んでいた心が一気に沈んでいく。


「今から一緒に行くっすか?」

「食堂の食事、すっごく美味くなったよ!」

「らしいね。……けど、一応本業の作業があるから、後から行くよ」

「了解す!」

「待ってるよ!」


 二人を笑顔で見送り、作業台に戻った私は両手を突いて深い溜息を吐いた。

 昔ながらの京都弁と似ているような貴族言葉を先生に習いつつ、混合魔術の属性条件などを勉強しており、菓子に生かせる魔術がないかと模索するのに夢中で、すっかり忘れていたのだ。

 つい先日約束したはずなのだが、私の脳は本当に、菓子以外の記憶を保持する能力に欠けている。


 大体、衛兵部隊見習いの前でコンセルさんと模擬戦とか、勝てるはずがないのは明白なのに、何で約束してしまったのだろう。

 アルとラマジィが期待に満ちた瞳で私を見ていたのを思い出し、二人の好感度が爆下りするに違いない勝負に、私のやる気も爆下りしていく。


「シホさん、元気なさそうだけど、どうかした?」

「ああ、セリユさん。もうそんな時間だったんだ」


 作業する時間、どうにかアルとラマジィの好感度を下げずに済む方法を考え倦ねている内に、朝食の準備をするため、料理人達が集まってきていた。

 普段なら何らかの作業をしていた私が、台の上に手を載せたまま動かない様子を見た料理人達が心配し、代表でセリユさんが声を掛けてきたようだ。

 心配そうに私の顔を覗き込むセリユさんの背後には、いつも気軽に話してくれる料理人達も心配そうに此方こちらへ視線を向けている。中には、調理器具を手にしたまま此方を憂慮している人もいる。


「……そっか! ……いや、やっぱ流石に……けどな……」

「し、シホさん?! どうかしましたか?!」


 アルとラマジィの好感度を下げない手段を模索していると、他の料理人から聞いたのか、シロップおじさんまで心配して駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫です! ちょっと、今日の予定を考えてただけなんで!」

「ならいいですが……。私達で力になれることでしたら、遠慮なく仰ってください。そうそう! シホさんの望む、もっちりしたリトがようやく完成したので、今朝はそれを出そうと思っています!」

「な、なな何と!! 本当ですか!! 楽しみにしてますね!」


 私はすっかり機嫌を良くして部屋へと戻り、時計を凝視しながら朝食の時間を心待ちにした。



「こちらがメニューです」


 朝食は、メモに書かれたお品書きを渡されるという、すっかり高級料亭な風情を醸すのが定番となっていた。

 私もこのメモを専用のノートに貼って保存している。これがあると何度でも味を思い出せるので、何度でも美味いメモなのだ。


 本日のお品書きは、新種リトのご飯風炊きもの、アリギの味噌スープ仕立て、マクホの甘味噌煮、チュオとニキャロとクンクンボのセウレ漬けと書かれている。

 新種リトはうるち米で、アリギはワカメ、マクホは鯖。チュオはキャベツでニキャロは人参、クンクンボが胡瓜で、セウレは塩だ。

 つまり、炊きたてご飯とワカメの味噌汁、鯖の味噌煮、人参と胡瓜が入ったキャベツの浅漬けが、今日の朝食メニューだ。


 ご飯は多めに炊く方が美味しいと教え、残ったご飯は塩むすびや味噌にぎり、焼き味噌にぎりにすると美味しいと実演したところ大好評で、炊きたてご飯は賄い料理にも一役買っていた。

 醤油もそろそろ出来るそうなので、是非、定番の焼きむすびにもドハマりしていただきたいものである。


 新種の米を炊いたご飯は粒が立ち、一粒一粒が艶やかに光っており、日本米と形状が酷似していた。

 私は自作の箸でご飯を一口よそい、口に入れる。柔らかいのに粒が際立ち、もっちりとして水分の多さを感じさせるそれは、日本の米、そのものだ。

 品種でいうと、ササニシキよりも甘味が強く、あきたこまちよりもモチモチとした食感で、コシヒカリよりも粒がしっかりとしており、つや姫寄りかと思われるその米は、日本が誇る米に引けを取らない出来であった。


 ……ああ! 日本米だ! そのままで何杯でも食べられてしまうっ!! 味噌汁も、昆布と枯節でしっかりと出汁が取られ、何杯でも飲めてしまうじゃないかっ!!


 がっつりと食べてしまった私は、コンセルさんに食休みの延長を要求し、九時から模擬戦を行うことにしてもらった。……あ。逆に今、戦っていれば、負けた時のいい言い訳が出来たか!


 時間が差し迫り、私は腰を曲げて項垂れながら、魔王様の執務室へお邪魔する。


「……コンセルもコンセルだが、シホもシホだ。慣れぬ表現で断ろうとする故、そうなったのであろう」

「ま゛お゛う゛さ゛ま゛~……!」


 私は胸元で垂れ下げた手と共に、魔王様へ体を向ける。

 天冠(てんかん)と呼ばれる、額に着ける三角の布が似合いような雰囲気を漂わせている私を目の当たりにした魔王様は、一瞬体を引いて目を見開く。

 暫し沈黙を保った後、魔王様は瞑目して溜息を吐きながら、デスクの下を探るような動作を見せる。

 何事かと思わず覗き込むと、魔王様は大きな袋の中から黒く光るヘラとミルクパンを取り出し、私に手渡した。


「運良く、ガルヴォルンが取れる鉱山を発見した。オリハルコンよりも稀少な金属であるガルヴォルンは特定の元素と組み合わせることで、圧倒的な硬さを誇る金属となる鉱石だ。これならば……」

「いえいえいえ!! 武器は練習用の木剣と決まってるんでッッ!!」

「……ふむ。それは無念だが、菓子作りには使え。他にもホイッパーやボウル、オーブン用天板と型なども作らせた。外出用着を作らせるのも良いな」

「ソレハ……イツモ、アリガトウゴザイマス……」


 どうしよう。オリハルコンよりも稀少性が上の金属が出てきてしまった。

 魔王様のコートの黒い部分も、この金属を特殊な方法で加工し、糸状にして作らせているらしい。

 金属で作った服を何時も着ていて疲れないのだろうか? というか、私の服までそれで作らないでおくれ?!


 これ以上はないだろうが、稀少な金属でこんなに調理器具を作ってどうしろというのだろう。超絶な悪役が現れて世界を支配しようとしているが、調理器具じゃないと倒せないという設定でもあるのだろうか。

 だが、器具の使い勝手は気になるところだ。最も硬いのなら、ホイッパーやヘラなども同じ材質の物を使わなければ、他の金属だと削れてしまい、菓子に混ざってしまうかもしれない。

 これはこれで有り難く頂き、使い心地を魔王様にお知らせすることになった。


 重くて安定するオリハルコン製ボウルや、しなるダマスカス鋼のヘラに、軽いミスリル製のホイッパー、そして熱伝導が高いヒヒイロカネ製の型は非常に重宝しているので、今度の器具もどれかは使い勝手が良く、重宝するかもしれない。

 どんな菓子を作って試せば、分かりやすいだろう。


 ……って!! コンセルさんとの模擬戦に行くのが、余計、嫌になってしまうじゃないか!!


「……私との対戦も、楽しみにしているぞ」

「……魔王様まで……」

「コンセルだけ、というのは奇怪しいだろう。私はシホの恋人ではないのか?」

「恋人と対戦したいとは! 普通! 思わないんです!」


 私は声を荒げて主張し、ヘラとミルクパンを握ったまま転移部屋へ駆け込み、衛兵部隊にある最高司令官執務室へと移動した。

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