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第三十四話:異次元空間のナポレオンパイ

 今日の昼食もシロップおじさんは絶好調である。

 朝の『和食』もめきめきと腕を上げているが、洋食に関しては完璧かと思えたその腕前を更に上げ、天にも昇る美味さで、やはり食べ過ぎてしまう。

 シロップおじさんも、魔王様とは別方面にチートである。


 少々食休みをしてから、厨房へと向かう。

 残っていた料理人達と歓談し、思わぬ事実が判明した。


 何ということだ! 厨房の床掃除は毎日、スアンピの担当だったのだ!

 まさか毎日やっているとは思わず、手を抜いていないか確認したくなってくる。

 私は厨房を彷徨うろつき、床を調査していると、スアンピが腕を組んで私を睨み付け、此方に歩み寄ってきた。


「あの時は偶々たまたま! 樽の影になってて浄化魔術が届かなかっただけだ! いつもは何処どこもピカピカなんだよ!」

「……魔術に頼りすぎて確認を怠ってないか? 魔術は便利だけど、自分の目でも確認しないと駄目だろ」

「……ぐっ!」


 スアンピが俯いて唇を噛み締める。周囲にいた料理人達も、私の言葉に同意してくれたようで、皆、頷いている。

 その中の一人であり、二十才半ばからアラサーくらいの、帽子から僅かに見える赤茶の髪に薄茶色の目をした料理人であるセリユさんがスアンピに近付き、口を開いた。


「そうだぞ、スアンピ。たった一度、と思うな。シホさんだから、お前をフルボッコするだけで済んだんだ。万一、料理中のシェフが転んだら、それが料理の失敗だったら、そう考えて作業するんだ。見習いという立場は、そういうミスを一度も出さないための訓練でもあるんだからな!」

「……はい……」


 私も結構な被害であったことを言おうとした時。とんでもない例を挙げられ、私は恐怖に身震いし、冷や汗を流しながら自分の体を抱き締める。


 ……シロップおじさんが頭を打ってしまったら! 暫く、あの絶品料理が食べられないじゃないか!


「そうだ! シロ……料理長がそれで意識不明になったら! どうするんだっ!!」

「……すいませんでした!」


 スアンピも私と同じような想像をしたのだろう。顔色を失い、体を震わせながら深々と頭を下げる。


 その後、セリユさんに頼まれ、二人で確認して回ることになった。

 点検をしながら周囲を見回すと、以前は普通の収納庫であった場所が壁になっており、二十センチほどの小さな扉が、視線の位置辺りに備え付けられていた。


「……スアンピ、これ何? 覗き穴?」

「何で厨房に覗き穴があんだよ、アホか。そこは、異次元空間倉庫で、そこに材料を入れておけば時間が止まって、いつでも新鮮に保存出来んだよ。魔王様から聞いてなかったのか?」


 スアンピの言葉に私はかぶりを振り、全く知らないことを伝える。


「奇怪しいな? シホはストレリイが好きだから、いつでも食べられるようにしてやりたい、って話だったと思ったけどな」

「ま、マジデカ!!」


 ストレリイとは、苺擬きのことだ。外見の愛らしさは元世界に敵わないが、味はそっくりで食べ応えのあるサイズである。


 とんだ隠し好感度上げ技に、私は額に右掌を押し当て天を仰ぎ、左手をやや後方に下ろし、上体を反らして右足を軽く曲げ、左足を後ろへ伸ばして、感動のポーズを取る。


 目の前で、扉よりも大きな材料が吸い込まれていく様には、少々不気味なものを感じるが、私はその姿勢のまま両手を組み、魔王様の執務室に向かって、感謝の祈りを送った。

 訝しげに私を見つめる、スアンピの視線が痛い。


「……取り出す時は、扉に手を触れて、欲しいものとその量を考えてから開ければ、床に移動してっから、器を置いといた方がいいぜ」

「有り難う、友よ!」


 私は早速、籠を床に置き、扉に手を当ててから扉を開けると、籠の中には苺擬きが適量入っている。何だか、魔術らしい魔術を見た気がし、私は感動で胸が高鳴った。


 私は左手を真っ直ぐ伸ばして掌を壁に当て、俯きながら開いた右手の指、人差し指を額に当てて足を交差させ、感動のポーズその二を取る。


 スアンピは最早私を放置し、確認作業の続きに入っていた。


 ……流石、魔王様!! チート過ぎる!! それに私のためとか、格好良すぎかよ!!


 私は苺擬きを作業台に置き、スアンピを急かして残りの確認を終わらせると、菓子を作るために作業台へと戻った。

 パイ生地は折角作ったので、フィユタージュ・アンヴェルセを使うことにする。

 パイ生地を四角く伸ばし、同じ大きさの長方形を三枚作り、フォークで穴を空けて一度軽く焼き、今度は重石を載せて焼いてから重石を取り、更に粉糖を篩って焼き上げ、両面をキャラメリゼしておく。


 クレーム・パティシエール……カスタードクリームと、クレーム・フエッテ……砂糖無しホイップを混ぜ合わせてバニラエッセンスで香りを効かせ、一番下になるパイ生地の上にクリームを絞り出し、切った苺を隙間なく置き、間の一枚は両面にクリームを絞り、苺を載せて重ねていく。


 一番上のパイの下側にクリームを絞って載せる。組み合わせたら側面にもクリームを塗り、乾煎りしたスライスアーモンドを貼り付け、上面の真ん中の列に苺を並べ、苺の両端にクリームを絞っていけば、ナポレオンパイの完成だ。


 ミルフィーユの条件限定版といえば、分かりやすいだろうか。

 全体にスライスアーモンドをちりばめ、クリーム、苺、パイ生地を重ね、上に苺を飾った物を、ナポレオンパイというそうだ。

 昔はサクランボを使って作っていたらしいが、取れる季節の長い苺に変わっていったらしい。

 間に苺とクリームを挟んだ物は、ミルフィーユ・オ・フレーズともいうそうだ。


 私はナポレオンパイを大皿に載せ、他の食器と共にトレイに載せてパイにクローシュを被せ、ティートローリーで食堂に運んだ。

 案の定食堂では、魔王様とコンセルさん、そして先生の三人が、待機姿勢で席に座っている。

 クローシュを開くと、現れたナポレオンパイの姿に三人が身を乗り出し、歓声を上げた。

 私はナポレオンパイを切り分けながら、魔王様に感謝の意を述べた。


「魔王様、有り難うございます! 作ってくださった異次元空間倉庫からストレリイをゲットしたので、パイを作ってみました!」

「うむ? 食事に夢中で聞いていなかったように思われたが、聞こえていたのか」

「……すいません。さっき、スアンピに聞いて知りました……」


 やはり魔王様の説明があったらしいが、私が食事に夢中で聞いていないようだと感じた魔王様は、後程改めて話すつもりだったらしい。


 ……何てこった! 魔王様のお言葉を聞き逃すとは! シロップおじさんの料理は絶品過ぎて罪深い……!


「そういえば料理人見習いだっけ? 彼が床掃除担当だったんだよな?」

「そう。だから昨日、滅多打ちにした。今日は説教も食らってたよ。大分反省してたんで、もうしないと思う」

「……し、シホさんに滅多打ちにされたんですか?! 命は?! 後遺症は?!」

「……ちゃんと反省したら、細胞活性魔術を掛けてもらうよう頼んでおいたんで、今日は元気そうでしたよ」


 何故か話題がスアンピの安否になり、私はナポレオンパイを切り分けて皿に盛り付けながら、スアンピが無事であったことを告げる。


「うむ。流石、シホだな。恐らくは後遺症が残らず、魔術で回復する範囲内を見極めた所業であろう」

「そうですね。シホちゃんなら、そこまで極めてそうだしな」

「最早、達人という域を超えてますよね。超越者、というべきでしょうか?」


 今度は私の戦闘能力へ話題が変わり、過分な評価が下されていく。

 確かに命には関わらないようにしたが、何でこう、戦闘の評価の方が鰻登りになっていくのだろうか。


「……何だか菓子の評価の方が、低い気がするんですが……?」


 私は切り分けたナポレオンパイへ、型抜きをして焼いたパイ生地にチョコを付けた物を添え、粉糖を軽く篩って苺ソースでアクセントを付けた皿を掲げながら、三人を見渡す。

 三人はその皿を見て喉を鳴らし、戦闘よりも菓子の方がどれだけ凄いかを懸命に語り始めた。

 その言葉に満足した私は、三人の前に皿とカトラリーを置いていき、自分の分も置いて席に座る。


「今日のパイ生地はひと味違いますから、味わって食べてくださいね。あ、ちょっと食べにくいですが……」


 私は自分の皿の上で実演しながら食べ方を説明していく。

 一つは、フォークで固定してナイフを小刻みに入れ、左右上下四ブロックに分けて食べていく方法。もう一つは、上の飾りを皿に避け、倒して切った物を上の飾りやクリームを付けて食べていく方法だ。


「ほう! いつもより軽やかな歯応えだが、ギュールの味わいが深く、コクのある生地だな! 濃厚なクリームとサクサクとしたギュールの生地が、良いハーモニーとなっている!」

「濃厚な中に、ストレリイの甘酸っぱさが口の中で混ざり合って爽やかにしてくれて、食べ飽きないですね! ストレリイのソースを付けると、また違った味わいになって、いいですね!」

「この、ギュールの生地に付いている苦みのある甘さが、カリッとして歯応えもいいな!」


 流石、魔王様とコンセルさんと先生だけあって、パイ生地を切るのも優雅だ。クリームを押し潰すこともなく、スッと切り分けて食べ進めていた。

 そのお陰でお代わりが早く、私がお代わりのパイを切り分ける時間の方が掛かってしまっている。


 ……まあ、赤い魔力の粒まで見えるようになり、それが気になっているのもあるが……。


 私は浮遊する粒を見ながら、嬉しさと共にパイを噛み締めた。

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