第三十三話:五班一掃の効率的動作
……ああっっ!! 美味いっ! 美味すぎるっっ!!
念願の夕飯になり、私はシロップおじさんの絶品料理を口にし、思わず感涙しそうになる。
第五班食堂の料理を食すと、その凄さが更に際立って感じられた。
そういえばいつも魔王様の食事中、壁際に立っているコンセルさんが見当たらない。
ということはやはり、衛兵部隊第五班施設内での問題点が物凄く多かったのだろう。そうでなければ、仕事の早いコンセルさんがいないはずがない。
あの不味い食事も、どうやら材料費を横領していた第五班料理長の仕業であったらしく、他にも清掃員の減少など、様々な箇所の費用を五班の班長が隠蔽して着服し、五班上層がやりたい放題に経費を浮かして暴利を貪る状態になっていたようだ。
「詳細はコンセルに任せたが、緊急処置として此処の副料理長と料理人を数名、衛兵部隊統括臨時料理長として送り込んだ。料理長には暫く苦労を掛けるが、第五班だけでなく、衛兵部隊全体の今日の夕食は、さぞ美味いであろうな」
「おお! 良かったです!」
「いえ、とんでもありません。お役に立てれば幸いです」
魔王様の言葉に、シロップおじさんが恐縮して答える。
確かに副料理長達がいないと不便かもしれないが、この城には腕の立つ料理人が沢山いるので、それほどではないだろう、と思いたい。あ、スアンピ、伸(ブッ飛ば)さないと。
……それにしても、何故あれほどの状態になるまで、仕事が正確で早いコンセルさんが気付かなかったのだろうか。
私が首を傾げながら、シロップおじさんの料理を堪能していると、魔王様がコンセルさんを弁護するように話し始めた。
「部隊の管理は主に、部隊長と副長に一任されている。それでも暴けない際にはコンセルの補佐官の仕事であるのだが、私の都合上、暫し内偵を行ってもらっている故、これほどまで事態を悪化させてしまったのであろう。所属する兵士達には申し訳ないことをした」
コンセルさんが補佐官から受けた報告では問題ない状態であったことから、恐らくは補佐官不在の間に行われた犯行だと魔王様は推察する。
魔王様のことだ、給金は過分に出していたと思われ、問題がない状態であるのは当然だろう。
然も、班長同士でも監視し合っている状態だったらしい。
その隙を突いてまで犯行が成し得たのは、悪知恵の働く五班班長がある意味凄かった、ということだが、それ以上得て、何が欲しかったのだろう。
その知恵を良いことに使えば、凄い人にもなれると思うのだが、何故、犯罪に使うのか。
私は理解不能な犯罪心理に首を捻り、魔王様に語り掛けた。
「抑も、魔王様もコンセルさんも、悪くないですよね? 見張られている隙を突いてまで犯罪に走る連中が悪いんじゃないですか。いい年をした大人が、与えられた名誉ある役職を利用し、我欲で施設に異常を来すとか、人に悖る行為ですね」
「うむ、確かにそうだな。だが、それも人の業であり、枷でもある。それを正すのも、私の責務だ」
「枷、ですか……」
人が楽な方、得する方に向かってしまうのは、魔王様にとって、人に課せられた枷だと考えているのか。
人に悖るのではなく、人であるが故、なのだという。魔王様は、やっぱり考え方が卓越している。悟りを開いているのではないだろうか。
しかし、あまり仕事に関係する話をしてしまうと、魔王様の脳が仕事モードに突入し、消化に悪い。
私は反省して、話を切り替えた。
「今日のメニューも美味しいですね!」
「うむ。そうだな。流石、シェフだ」
「有り難うございます。勿体ないお言葉、恐悦です」
私は魔王様に破顔してシロップおじさんの料理を褒めると、魔王様も顔を綻ばせ、シロップおじさんを賞賛する。
それを聞いたシロップおじさんは、頬を赤く染め、照れくさそうに帽子を取り、頭を下げた。
夕食後、厨房へ素っ飛び、昨日の夜の掃除係がスアンピであることを確認した私は、スアンピを完膚なきまでにブチのめす。
暫く放置して反省させてから、翌日の仕事に響かせないよう、誰か細胞活性魔術が使える人に掛けてもらうように料理人達へ頼み、私は厨房にある自分のスペースへ向かった。
……まあ、半日で済んだし、手加減はしてやったが。同じ過ちを繰り返さないための躾は重要だ。
そこでまた、白い光の粒が浮遊しているのを目にする。
いつ消えるかと見続けていると、今度は随分と長い時間消えない。まだ消えないどころか、粒の数が増えていく。
私は目を閉じて光の粒から一度視線を外し、再び元の位置へ目を開けて視線を戻すと、やはり光の粒は増えた状態で残っていた。
驚愕して周囲を見ると、以前のように空気中を漂っていたり、物に宿っている光の粒が彷徨いているのが見える。
私は目に力が入っていたことを自覚し、力を弱めると、光の粒が一斉に消えていく。再び力を込めると、光の粒達が現れてきた。
……な、なな何だと?! また、魔力の粒が見えるようになっただとッッ?!
もしかしたら、アルの体内にいたことで魔力が成長したとか? て、何でだ? 無意識に魔力を酷使して成長、とかかっ?
私は突然の変化に、思い当たる節を探るが、嬉しさのあまり興奮し、頭が上手く働かない。
こういう時は一度、考えるのを止めよう。
私は厨房の皆に挨拶し、自室に戻って寝ることにした。
後日、私は浮遊する魔力の粒を横目に、コンセルさんが今の第五班の状況を話しているのを聞いていた。
内情腐敗の根源は、やはり第五班班長であることが、復元魔術によって再生された裏帳簿から判明し、他班長達と会議を行い、衛兵部隊の班分けを一新するなど、かなり苦労を強いられたようだが、現在は、末端も安全に過ごせる環境へと変容したようだ。
徒、未だに見習いであるアルの待遇が解せずに尋ねてみると、コンセルさんは苦笑し、呆れたような口調で呟いた。
「……その件で、シホちゃんが凄すぎるってことが、よく分かったよ……」
「へ? 何で私が? 私はアルを動かしただけで、能力はアルだし……」
「今のアドゥルは、ランニングで息切れしてるぞ。いやこれは、正規兵でもそうなんだけどさ……」
「……はいい?!」
私は驚愕のあまり、コンセルさんに詰め寄った。
「シホちゃんは、最小限で最大限に力を活かす、才能か経験値があるんだ」
「……はひ? というと?」
「普通だと、動く時に余分な力が入るから疲れやすい。けど、入れる力を最大限に生かせる箇所にのみ丁度良い量だけ力を入れることで、効率的で素早く動けるようになる。シホちゃんはそれを極めてるんで、アドゥルの体でも上手く動かして、班長達七人を呆気なく伸した。けど本来のアドゥルは、最弱の一人にすらまだ負ける状態なんだ。効率的な動作がまだまだ出来てないからだけどな。けど、シホちゃんが動かしてたお陰で、力の入れ具合が良くなってきたし、それを伸ばしていければ、正規兵になれるんじゃないかな」
つまり私は怠惰な性格のお陰で、使う力を最小限にし、疲れにくく動きやすい力の入れ方を会得していた、ということだろうか。
一般的にはあまり習得している人がおらず、皆さんはその方法を習得すべく、訓練に勤しんでいるそうだ。
だが私は格闘バカではないし、怠惰といっても全く動かないわけでもない。
恐らくは無意識に魔力で体を補助し、なるべく疲労しないようにしていただけではないだろうか。
……コンセルさんも私を過大評価しすぎるし、否定しても面倒になりそうだな……。
私は取り敢えず頷きながら、大人しく話を聞いていた。
「というわけで、見習いのお手本として、俺と一戦、交えないか?」
「はああ?! 何でそうなるんだ?!」
コンセルさんが満面の笑みで私に対戦を請う。アルが早く正規兵になれるよう、アルのためだとか、私の士気を上げようと言葉巧みに話してくるが、絶対コンセルさんの趣味だ。
普通に断ると罪悪感を刺激される。上手い逃れ方はないだろうか。
その時、必死で学んだ貴族の遠回しな表現を思い出し、私はコンセルさんへ貴族風笑顔を作って言葉を紡いだ。
「コンセル様は、本業がお忙しいでしょう。わたくし如きに貴殿の時間を頂くのは恐れ多いですわ。どうしてもと仰るのなら、わたくしの本業で、如何?」
「……ッッ!! い、痛い所を突くな、シホちゃん……」
私闘に割く時間があるなら隊をちゃんと見張り、前みたいにならないよう注意しろ。徒、菓子作りでなら対戦してもいい。という、実に心を抉る表現を口走ってしまった。
私は慣れない言葉を使い、後悔のあまりに動転し、心の中で翻筋斗を打つ。
実際、コンセルさんは傷心しているようで、顔を引き攣らせて頭を掻き、視線を泳がせている。
……よく分からずに、慣れない言い方はするもんじゃないぞ……っ!
「……一回だけ、だからね。……自己流なんで、手本にはならないと思う、けど……それでいいなら……」
「え?! ほ、本当か?! シホちゃん、サンキュー! 大感謝!!」
結局、言った私も心を抉られ、一度だけと約束し、見習い達の前でコンセルさんと対戦することになってしまった。
……上手く言い回しが使い熟せない貴族言葉は、逆効果でしかないので気を付けよう……! コンセルさんだから許してくれたが、正式な場でやらかしてたら、取り返しが付かないぞ?!
私は日常での貴族言葉を封印し、魔王様のお供をする際に上手く表現が出来るよう、先生に正しい使い方を習おうと決意した。
メリークリスマス!
良き日になるようお祈りしています!