第三十一話:監督不行き届きのクリームサンドブッセ
「見習いの分際で、私に直接指導を願うとは、随分と常識のない奴だな!」
「この後の処分は、分かってるんだろうな?!」
「そちらこそ、身辺整理はお済ませですか?」
「なっ?! な、何を吐かすかっっ!!」
挑発的に声を荒げる班長と教官へ、私は居丈高に言葉を述べる。
五人組は班長や教官とは素知らぬ顔でこちらを威嚇しているが、時折、顔色を窺うように班長達へ視線を動かしている様から、知らぬ振りが茶番であるのは明白だ。
ラマジィは、アルである私の背中に縋り付き、生まれたての子鹿のように足を震わせていた。
「ちょ、ちょっと! アル! あ、シホちゃま?! や、ヤバくない?!」
「何が? ラマジィ、結構強そうだし、アルも強いんで楽勝だ」
「あ、あたしは筋力、ないんだ……。だから……」
「目が良さそうだし急所を狙えば余裕だって! それに攻撃魔術も使えるね? 緊張してるなら、私が全員を気絶させてから……っ!!」
突如攻撃してくる七人から、私はラマジィを庇いながら、それぞれの攻撃を僅かに体を動かし避けていく。
攻撃後の一瞬の隙に、私は敵の手元へ手刀や蹴りを入れて武器を落とさせ、すかさず武器を蹴って遠方へ吹っ飛ばす。
それを目で追う七人の中で、私の一番側にいた男の顔面に蹴りを入れ、それを足場に近い順から相手の急所へ拳と蹴りの連撃を放っていく。
男達は呆気なくその場に倒れ込み、気を失った。
「おし! ラマジィの番だ!」
「……は? え? な、何? い、今のマジ何?!」
一瞬の出来事にラマジィは事態を収拾しきれず、困惑して挙動不審に彷徨いている。
そこへコンセルさんが、蝙蝠のような羽を広げ、上空から下りてきた。
「シホちゃん! あ、もう終わったのか……。あーあ、見たかったな……」
「まだそれを言うかな。それよりも此処! 問題だらけでツッコミどころ満載過ぎだよ!」
「うっ!……ご、ゴメン……ッッ!!」
「ラマジィ! コンセルさんに不満、全部ブチ撒けろ!」
「えっ?! ええっっ?! む、無茶言うなって! 最高司令官様だよ?!」
コンセルさんの姿を見、更に困惑して迷想するラマジィ。
取り敢えず私がメモしておいた問題点をコンセルさんにぶつけていくと、文句を付ける私の姿がアルなことで安心したのか、ラマジィも感じていた不満を述べ始めた。
部隊長達にも知られず行っていた、五班班長等の連携が凄かったのかもしれない。だが、困るのは現場だ。
不満が羅列されていく中、犬の耳が垂れるかのようにコンセルさんは猛省して縮こまる。
その様子を、意識が戻った七人の男達が、愕然として見ている。しかし気を取り直し、コンセルさんへ敬礼をすると、反論を申し立てた。
「恐れながらリカート閣下! これは罠です! 自分達は嵌められたのであります! 此奴等は不敵にも女の武器を使い……」
「……そうか。それは大変だったな」
七人の男達へ、コンセルさんが同情の笑みを浮かべる。
その表情に七人が安堵の息を吐く。も、束の間。
「などと言うと思ったかッッ?! 貴様等は今、この場で解雇処分を言い渡すッッ!! その他、罪状は追って沙汰するッッ!! その身が無事で済むと思うなッッ!!」
コンセルさんが怒気を放ち、鬼の形相で男達に怒鳴り付ける。コンセルさんがここまで怒るのを見たのは、いつだっただろうか? 初、だろうか……?
ラマジィはコンセルさんの怒気に当てられ、顔色を失い、歯の根が合わずに腰を抜かして屈み込んでしまう。
「……コンセルさん、今は……」
「あ! わ、悪いっ! すまない、大丈夫か?」
私がコンセルさんの耳元に囁くと、コンセルさんは我に返ってラマジィの方へ向き直り、彼女の前に跪く。
ラマジィは、自分を心配するコンセルさんへ、恍惚とした表情で頬を染めて見入っていた。
「……リカート閣下ともあろう御方が、見習い女如きの言い分を真に受け、職務に心血を注ぐ我々を罰するとは……!」
「閣下! 騙されてはなりません! 真実は、我々にあります!」
「ほほう。『女如き』でありますか」
まだ足掻く野郎共の言い訳に、私の顳顬付近の血管がピクリと動く。
私は懐から水晶球を取り出し、音量を最大にして上空に映し出した。
上空に映し出される暴挙と、大音量で流れる傍若無人な言い分が、周囲の人々に見聞きされる。
「何でも第五班班長は、見習いが気に入らず、追い出すように指示していたそうで」
「な?! お、俺は知らん! コイツが勝手に……ッッ!!」
「班長?! 元は班長の命では?!」
「……第一班ッッ!! コイツらを捕縛し、牢に突っ込んでおけッッ!!」
調べれば呆気なくバレることを、何とも悪足掻きが過ぎる輩だ。
映像を見、顔色が変わっていくコンセルさんが連絡球を取り出し、部隊長を怒声で呼び出す。直ぐに駆け付けた部隊長と数人の兵士達は七人を捕縛し、コンセルさんに敬礼して連れ去っていった。
……それで、これからの訓練は、どうなるんだろうか?
私が思案に耽ると、コンセルさんが瞳を輝かせて親指で自分を指し、見習い達を呼び集めた。
「取り敢えず今は、俺が指導しよう! 先ずは一人ずつ、軽く俺とやり合おうか!」
「うわああ!! 最高司令官が自ら?!」
「すっげえ!! オレら、ラッキーだな!!」
「げ」
私以外の皆は、嬉しそうに両手の指を組み、コンセルさんへ羨望の眼差しを向け、歓声を上げる。
私はそっと皆の背後に身を隠すが、存在がバレている以上、意味がない。
「よし! シ……アドゥル! 記憶喪失だが、いけるよな!」
「無理です! 覚えてなくて、体が上手く動きません!」
「さっきの動きは何だったんだ?」
「……見てたなら、いらないのでは?」
「よく見てなかったが、動けることは分かった。いくぞ!」
コンセルさんが練習用の木剣を各自に持たせ、他の人の動きもよく観察するよう指導し、囲むように座らせる。
……いや、コレ、私が逃げないように囲ってないか?
結局、コンセルさんと剣を交える羽目になってしまう。正に、踏んだり蹴ったりである。
だがこれは訓練だ。全員と剣を交わすため、一人当たりの時間が短くて助かった。
そして無事、午前の訓練が終わり、昼食となる。が──……。
昼食も朝食と似たようなメニューで、コンセルさんを驚愕させていた。
コンセルさんは深く謝罪し、各所の清掃と兵士達の衛生面も徹底させ、料理の改善も約束してくれた。
こうして私は、何とか無事に約束の訓練時間を終え、城へと戻った。
だが、しかし。
時刻は既に十四時を過ぎている。菓子の時間は十五時半だ。急いで作らないと間に合わない。
私は急いで厨房へ駆け込み、菓子を作り始める。
アルの姿である私のせいか、周囲が此方を窺いながら話しているようだが、気にしている場合ではない。
メレンゲを作り、そこに卵黄を加え混ぜ、小麦粉を篩い入れ、サックリと混ぜる。
それを円形に絞り出し、粉糖を振り掛けて焼成する。
その間に、鍋へ牛乳と砂糖を入れ、沸騰寸前で弱火にし、焦げないよう掻き混ぜながら煮詰める。とろみが付いてきたら鍋ごと冷やせば、練乳になる。
そして、バターと砂糖をボウルに入れてよく掻き混ぜ、練乳と牛乳を加えて更に混ぜ、ミルククリームを作る。
焼いたブッセ生地半量に粉糖を掛け、粉糖を掛けていない方の上にクリームを絞り出し、粉糖の掛かった生地を載せれば、ミルククリームブッセの完成だ。
クリームは、チョコ味、コーヒー味、紅茶味も合わせて作ってみる。
「よし、間に合った! 急げ!」
私は大皿にそれぞれの味のブッセを分けて盛り付け、それをトレイに載せてクローシュで蓋をし、食堂へと早足で向かった。
「お待たせしましたー! 菓子の時間ですぞー!」
時刻は十五時二十九分。ギリギリセーフだ。
私はクローシュを外し、ブッセが載っている大皿をテーブル中央に並べ、味の違いを説明すると、早速自分好みの味を得ようと、皆の手が伸びてくる。
「シホさん、お話は伺いました。大丈夫ですか? 上がサクッとした歯応えなのにふんわりして、甘い紅茶のクリームが合いますね!」
「シホちゃん、本ッ当にゴメン! このコーヒー味とふわっとした生地が合うな! 流石、シホちゃん!」
「うむ。やはり忙しないスケジュールのようだな。だが、関連書で原因が判明した。この後、執務室で話そう。……アピカ、良いな? うむ! これはチョクラ神のクリームか! 流石チョクラ神、この生地の甘味と合わさり、更に濃厚な旨味を醸している!」
「勿論、シホさんが戻る方が最優先ですので! この生地の中のふわっとした優しい甘さとコクが堪りませんね!」
先生が私を心配し、声を掛けてくれる。
コンセルさんは第五班の粗悪さに気付かず、申し訳なさそうに頭を下げた。
魔王様はどうやら事例の載った本を見付けてくれ、この後、どうやれば戻れるのかの話し合いになりそうだ。
それはいいのだが、何故、皆、その後に菓子の感想を言うのだろうか。
三人は夢中で食べ、時折、悦に入った息を漏らしていた。