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第三十話:虐めの真相

 見習いを教えている正規兵の教官すら息を切らせている。

 私は周囲から冷たい視線を浴び、所在なく空を仰いでいた。


 ……周囲の視線が痛いんですが……魔王様、コンセルさん……。


 よくこんな状態で訓練を続けられる。思わずアルに、同情のような尊敬のような情を抱いてしまう。

 私は所在なく皆の息が整うまで、訓練場の隅でストレッチを行った。


 アルの実力が、見習いレベルではないことは確かだ。

 正規兵になっても下級ではなく中級から上級の働きが出来ると思うが、何故未だに見習いなのか。

 私が思案に沈んでいると、教官が汗を拭いながら此方へ歩み寄り、睥睨して私に声を掛けた。


「……アドゥル……。記憶喪失と聞いたが、前より元気じゃねえか……」

「はひ?!」


 突然の思わぬ言葉に私は混乱し、奇妙な返事を返してしまった。

 何だろう、その発言は。もしかしてアルは周囲を気遣い、疲れた振りでもしているのだろうか。そんな状態であれば、この見習い訓練にかなりの問題があるのは確かだ。


 施設内、これだけ人がいれば、目が行き届かない場所の一つや二つあるだろう。しかしその辺は、衛生面も合わせて専門の監視を置き、対処して然るべきではないだろうか。


 私が潜考していると、突如、教官が私の鳩尾に向かって訓練用の木剣を突き出した。

 咄嗟のことで、私の魔力(反射神経)で反応して避けてしまい、アルの筋肉には少々無理があったのか、筋肉が引きりそうになるが、何とか対応して動けた。

 しかしアレが当たっていたら徒では済まない。指導にしても行き過ぎではないか。

 私が諫言かんげんしようとすると、教官は眉根を寄せ、怒りに満ちた表情で怒鳴り付けてきた。


「誰が避けていいと言ったああ!!」

「避けなければ、危険であると判断いたしました!」

「そんな危険なほどの力は込めてない! 防御を鍛えろ! 腹に力を入れておけ!」

「急所には、過剰な攻撃であると判断いたしました!」

「口答えをするなッッ!! 誰が正規兵に推してやると思っているんだッッ?!」


 ……成る程。コイツがアルの正規兵登用を、はばんでいたのか。


 私は思わず怒りでブチ切れそうになるが、何とか兵士らしく敬語で返答する。

 かと思うと、教官が理不尽な命を声高に叫ぶ。さすがにキレてもいいのではないだろうか。しかしそれでは、今まで耐え抜いてきたアルの努力を無に帰してしまう。


 ……水晶球で記録してるし、今日は我慢して、後はコンセルさんに任せるか……。


「申し訳ありませんでした!」

「よし! 手を後ろに組んで立て! 俺がいいと言うまで動くな!」


 教官が勝ち誇った笑みを浮かべ、私に向かい、木剣で滅多打ちにしてくる。

 攻撃の重さから察するに、どうも木剣の中には金属の芯が入っているようだ。

 私は攻撃が当たる寸前に、その箇所へ魔力で防御を高め、アルの体に傷が付かないよう苦心し、教官が納得するまで微動だにせず、攻撃を受け続けた。


「……はあ、はあ……。よ、よし……。はあ……通常訓練に……はあ、はあ……戻るぞ……。ラマジィ!」

「は、はい!」


 教官に名を呼ばれた、見習い達の一人である同年代らしき女性が私の元へ駆け寄り、細胞活性魔術でアルの体を癒やそうと手をかざしてきた。

 掃き溜めに鶴とは、正にこのことだろう。

 小柄で愛らしくも美しく整った顔立ちに、細身だが女性特有の柔らかさがありそうな白い肌をしており、緩いウェーブの掛かった黒みのある深い青紫色の長い髪を後ろで一纏めにしていた。

 妖精族の血もあるのか、やや短めの耳は横に尖っており、長い睫毛のある目を伏せながら魔術を施すことに注力していた。


 成る程。魔術で怪我を治させ、証拠隠滅を謀ってたのか。

 ということは残念なことにこの美少女も、教官の仲間である可能性がある。

 得心のいった私は怪我が無いことがバレないよう、彼女の魔術を魔力に戻して体内に吸収していき、ふと我に返る。


 ……何気なく、以前の気分で魔力操作をやってしまったが、本当に出来てしまったぞ? そこまで出来なくなったんじゃなかったか? やっぱり成長しているのか?


 私が色々と黙考していると魔術を掛けている彼女から、悲痛な小声で語り掛けられた。


「……ゴメン、ゴメン……アル……。あたしのせいで……」

「……え?」

「あ! き、記憶喪失だったっけ! 変なコト言ってゴメン! あたしはラマジィ。アルとはココで、一番仲良しの友達ダチだ。改めてヨロシク、アル!」

「……ああ、よろっす……。……後でちょっといいかな?」

「……え? あ、アル?!」


 ラマジィという彼女がかざしている、その手に触れた私は魔術の不要を暗に示し、挨拶の後にそっと耳打ちをした。

 口調の違いに驚いたのか、魔術を掛けていたラマジィは顔をもたげて私へ視線を向け、金色を帯びた大きな薄紫色の瞳を見開き、小さく声を上げる。

 私はラマジィの口元へ人差し指を付け、話を外部へ漏らさないよう示唆し、取り敢えず今は二人で訓練に戻っていった。



 早朝訓練が終わり、朝食の時間となった。

 私は周囲をうかがい、人目を避けてラマジィと共に朝食を持ち、最高司令官執務室へと入っていく。


「え?! あ、アル! ココはマズいって!」

「今は大丈夫。先ず、こっちの事情を説明するよ」


 コンセルさんの執務室で勝手に茶を入れ、ラマジィをソファーに座らせてお茶を勧める。

 私は向かいに座って茶をすすり、朝食を取りながら、アルとの関係や私のこと、こうなった経緯をラマジィに説明した。


 因みに朝食のメニューだが。

 妙な匂いがする上に矢鱈やたらと口中の水分を奪う、丸パン。

 焼いただけで味がなくパサついている、鶏肉風の肉塊。

 肉の脇に添えてあるしなびた葉物を千切った、数枚の野菜。

 具材が見当たらず何の味かも分からない、やや黄色みを帯びたスープが、茶碗程度の器に一杯分。

 所々がびた皮のこぶし大……ほぼ外皮で食える箇所が少ない上にやはり味のない、丸ごと一個の果物。

 それらがトレーに載せられ、流れ作業で配られていた。


 通常でも不足しているが、運動中心の職場でこのカロリーと塩分量は有り得ない。塩分不足で倒れる量だ。

 それ以前に栄養バランスもカロリー計算も、あったものではない。

 私はラマジィへ説明をしながら、メモに追加していった。


「え……っ?! じゃ、じゃあ、今のアルは、あのシホちゃま?!」

「えーと……多分。そのシホ、だと思う」


 ラマジィはぽかんと口を開け、瞠目して私に視線を固定させた。

 そりゃ、そうだ。友達の中身が違う人だと言われれば、私でもこうなるだろう。


 ……それにしても『ちゃま』という友人敬称は、アルの周辺で流行っているのだろうか……?


 取り敢えず気にしないようにし、話を続けた。今度は聞き込みパートだ。


「……で、あの教官と親しい、班長だか何長だかがいるかは知ってる?」

「え? え、と……第五班班長が見習いを止めさせたがってるって話が……あるとか、ないとか……」

「ふむ。そこはコンセルさんに任せるか。それでアルに謝ってたけど、何があったか教えてくれるかな?」

「え……っ?! あ、あたしは……ベ、別に……」

「……何かがあって、アルが庇った。……だね?」


 ラマジィは私の言葉に体を強張らせ、己の体を抱え込むように掴み、私から顔を逸らす。真っ青な顔を俯かせて震えるラマジィは、微かに頷く動作をし、固く目を瞑った。

 この反応は恐らく、女性であるが故の虐待だろう。私もメモをする手に力が入り、今すぐにでもぶっ飛ばしに行きたい衝動に駆られるが、表沙汰になって困るのはラマジィだ。

 私は聞きづらくもある質問を、ゆっくりと口にした。


「……敵は、教官? それとも、班長? もしくは正規兵五人組か……別のヤツ……?」


 私の質問内容の『教官』と『正規兵五人組』で、ラマジィの震えが増す。

 恐らくは五人組がラマジィへ強引な危機に遭わせようとし、アルが駆け付けたか偶然出会でくわしたかで阻止したのだろう。そのせいでアルが苛められるようになったのではないか。

 今度は教官に狙われたが、ラマジィを心配して見張っていたアルがそれを止め、教官にも目を付けられたわけか。

 序列上、見習いは正規兵に逆らえず、奴らが調子付いたのだろう。


 見習いの存在を疎んじる班長が、上層部へ知られては困ることを全て揉み消している可能性が高い。清掃関係や食費等の着服もありそうだ。

 恐らくではあるが、教官がラマジィを狙ったのも、追い出し作戦の一環かもしれない。当然それだけの心情ではあるまいが。

 見習い排除という、同じ欲を持つ班長の威を借る教官は、先ずはアルを追い出そうとし、卑劣に過剰な暴行を訓練と称して行っていると思われた。


 コンセルさんに言えば解決するだろうが、何かしこりが残るよな。

 今のアルは私で、記憶喪失という設定だ。

 教官と五人組だけだとラマジィが困るかもしれないが、班長も混ぜてしまえば、表沙汰にならない可能性が高いのではないだろうか。


「……よし! 二人で全員、ブッ飛ばすか!」

「へ?!」


 私の大変良い笑顔に、ラマジィは呆然と私を凝視していた。


 私は、第五班班長と教官、そして五人組へ、魔術で手紙を出す。

 内容は『見習い兵士アドゥルとラマジィ、二人組への指導的実戦訓練』だ。

 来ない場合は最高司令官に通達する術があると追記しておいたので、無視は出来ないだろう。……まあ、後で全部知らせるが。


 そして朝食を終えた、午前中の訓練が行われる現時刻。

 見習い兵士達と、何事かと足を止める野次馬達が、遠巻きに様子をうかがっている視線の先。

 指定した訓練場には、班長以下全員が各々の武器を手に、敵意剥き出しで佇んでいた。

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