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第二十九話:衛兵部隊施設の衛生問題

「魔王様! 早く戻す方法を見付けてくださいね!」

「ああ。直ぐに文献を探索しよう」


 私は切羽詰まって魔王様へ縋るように泣き付くと、魔王様は真剣な表情で頷き、身をひるがえして厨房から出て行く。

 アルの体にいる私はコンセルさんから私の体を受け取り、アルの体で抱え上げて以前の自室に向かった。

 抜け殻状態である私の体を天蓋付きベッドへ寝かせると、今後の予定を話し合うため、応接セットのソファーにコンセルさんと座り込む。

 すると突然、コンセルさんが頭を下げた。


「シホちゃん! ……本ッ当に、ゴメン!!」

「コンセルさんが謝ることじゃないって。こんなことになるとか、誰も予測出来ないし」

「……アドゥルが、四人種の血を引いてるのも、関係ある……かな?」

「へ?! よ、四人種?! 何か凄いな!」


 アルの父親が地人族と獣人族の間の子で、母親が魔族と妖精族の間の子だそうだ。

 それでアルは、人種や魔力属性を聞いた時に口籠もっていたのか。

 確か人種毎に魔力の質は異なると、先生が言っていた。それが全種、均等に揃っていると、魔力は一体どういう状態なのだろうか。

 魔力のバランスで苦労しているとすれば、部隊で鍛えるのも大変だろう。


 私はメモを持ち、コーヒーをれて隣の部屋から戻り、コーヒーを注いだカップをソファーの前にあるテーブルの上、コンセルさんの前と向かいに置く。

 コンセルさんは何やら複雑な表情で礼を言い、コーヒーを口にした。


「あ! アルに何か、アレルギーとかは?」

「届け出はなかったな。飲食の心配はないと思う」

「それは良かった!」


 私は向かいのソファーに腰掛け、アルの体でコーヒーを飲んでみる。

 思ってはいたが、やはり反応はない。

 食わず嫌いなどの好き嫌いは、恐らく精神的なものなのだろう。精神が私である場合、飲食は好きに出来そうだ。

 私は懸念が一つ、減ったことに息を吐いた。


 何やら考え込んでいるようなコンセルさんが、申し訳なさそうに眉尻を下げ、足に手を置いて頭を下げてくる。


「……えー、と……ついでというと何、なんだ、けど……シホちゃんに頼みがあるんだ……」

「へっ?! な、何っ?!」

「……実は……見習いが所属してる、衛兵部隊第五班なんだけどさ……」


 私が慌てて説明を求めると、コンセルさんは部隊について解説し始めた。

 大陸の東側にある各部隊施設では、海岸沿いを含めた訓練所が数カ所あり、目的に応じて幾つかの隊に分かれ、隊の中でもいくつかの班に分かれている。

 衛兵部隊内の割り当ては、部隊長率いる第一班と副隊長率いる第二班など、第一班から第五班に分割され、それぞれに班長が指揮し、見習いの訓練指揮である教官は第五班の正規隊員から、班長とは別に選定されているのだそうだ。

 だが見習いが仮所属している第五班で、色々と問題が起きているらしく、隊長と副隊長にも調べさせているが、なかなか尻尾を出さない。


「経費の着服をしてる輩がいるらしく、施設内が結構荒れてる上に虐めも横行しているらしい。水晶球を隠し持ってそれらしい状況時に記録して、俺に渡してくれるかな?」

「……確かに兵士の立場で、着服やイジメは有り得ないな……。分かった。気にして記録しておくよ」

「シホちゃん、助かる! 有り難うな!」


 施設内の寮で生活しているアルは、記憶喪失になって病院から通っていることに設定し、私は朝六時から十三時までの訓練に参加しつつ、内部の犯行を探ることとなった。


 痛恨の極みは、城で朝食と昼食が取れず、施設内で取ることだ。


 ……ああっ!! シロップおじさんの料理があぁぁっっ!! 魔王様ッッ!! 早く戻す方法を見付けてくだされぇぇ!!


 その後私は暫く項垂うなだれたまま、コンセルさんと共にアルの部屋から衣類を引き取り、色々と設定に合わせた工作をして回った。

 体を馴染ませるために筋トレを軽く熟したり、ストレッチなども色々と試し、私はアルの体に慣れるよう、魔力の位置を微調整する。

 私の自室にある転移部屋に、訓練場へ一番近いコンセルさんの部屋である、最高司令官執務室を登録してもらい、そこから通うことになった。

 毎朝、転移部屋のある最高司令官執務室から出入りするのは、魔王城での事故で記憶喪失となったため、専属医がそこにいることも設定に加えられた。



 翌朝、眠い目をこすり、顔を洗って着替え、支度を整える。

 昨日の成果もあって、動きに違和感は然程さほど感じられない。

 転移部屋を経て、最高司令官執務室から廊下へ出る。壁から周囲を窺い、人のいない隙を見て即座に衛兵部隊区域用共同通路へと移動する。

 バレなければバレないに越したことはないだろう。


 かなり広い衛兵部隊敷地内には、見張り用の塔なども設置されており、各々の班毎に使用する同じ施設が完備されている。

 施設内には寮や食堂に休憩室、室内訓練場等があり、屋外にも広場やアスレチック風訓練場に実戦向け訓練場と、平地の訓練場がいくつか設けられていた。


 共同通路を過ぎ、第五班区域内の施設へ入ると、汗のえた匂いが鼻を突く。

 周囲には隊での練習着を身に纏った集団や、隊服を着ている者がおり、その各々からその鼻を突く臭さを圧縮したような匂いを漂わせている。……つまり、むくつけき野郎共の吹き溜まりのような場所だった。

 何か救助を要する事態があったとしても、こんな匂いを発する連中に助けられるのは躊躇ためらわれそうだ。

 それに此処が、病原発症地帯になる可能性が、限りなく高いのではないだろうか。


 ……ちゃんと風呂に入って石鹸で洗うか、浄化魔術で綺麗にしやがれっっ!!


 私は呼吸を最小限にし、早足で歩きながら必死にメモを取る。

 細い通路は匂いが溜まりやすいのかもしれない。さっさと見習い訓練場に移動しなければ、私の命が危うい。つまり、アルの命に関わる。


 ……しまった! ……見習い訓練場は何処だッッ……?!


 私が人気のない場所で立ち止まり、地図を確認していると……。

 背後に五人、妙な気配を出している者が二人ほどいるのを感じる。

 私はメモを見続けているていを装い、様子を窺いながらそのまま待機した。


「おい。アドゥル! 記憶喪失ってマジか?」

「自殺未遂で記憶、無くしたか? だったらラッキーだな!」


 下卑た笑いを織り交ぜた五人から、アルである私に声が掛けられる。

 私はその内容に疑問を抱き、思案した。

 家族と共に暮らす夢を持つアルに、自殺未遂をする動機があるのだろうか。アルはそんな様子を微塵も見せていなかった。

 ともかく。コイツらの言葉は、アルを結構な虐めに遭わせていると自白しているようなものだ。


 私に、苦みまで感じる饐えた匂いの籠もった異臭が近付いてくる。

 恐らく肩を掴もうとしたのだろう。私は体を少し左へ傾け、その手を避けた。


「汚い手で触るな。匂いが移る」


 私は視線だけ向け、手を載せ損ねた男を一瞥する。

 この五人のリーダー格がこの男なのだろう。茶色い短髪で背は高めだが、筋肉が無駄な箇所にも付いており、細かく素早い動きは出来ないと思われた。

 二番目はその左隣にいる、くすんだ緑髪の細吊り目男だろう。やや細めだが訓練で鍛えているのは分かる肉付きだ。だが、やや片足に体重を偏らせいる様子から、体幹が微妙にズレているのが分かる。

 上位二名がこのざまだ。後の三人は言わずもがなだろう。


 私はコンセルさんから教わった兵士情報を思い出し、視線を動かし確認する。

 全員が正規兵の制服であり、右肩の部隊章には衛兵部隊五班の特徴と平兵士であることが記されていた。平にしても随分となまくらな兵士達だ。

 五人は私が振り返らずに手を避けたせいか、驚愕の表情を見せるが、私の言葉に苛立ちをあらわにし、威嚇してきた。


「マジで記憶喪失かよ、おい!」

「それじゃあ、最初から調教しねえとなあっ! ……がっ?!」

「ぎ……っ!!」

「ぐほっっ!!」

「げはっっ!!」

「ごあっっ!!」


 私は各自が攻撃してくる動線を見切り、五人が自分達で攻撃を食らうよう、あくまで触れずに立ち回る。

 フェイントも入れて動きを誘ったため、各々が、眉間である烏兎うとや鼻と口の間のくぼんだ場所である人中、喉仏の下のくぼみである天突てんとつともいう秘中、鳩尾みぞおちである水月、あばら骨の下端である稲妻といった、人体の急所である場所に当たり、或いはその場に倒れ、或いはうずくまっている。


「自分、訓練がありますので、失礼します」


 私はアルから聞いた敬語を思い出し、そう告げて踵を返した。


「……ま、ア……て、めえっ!!」

「……お、覚えてろ……っっ!!」


 雑魚ザコの去り際は、何故同じことをいうのだろう。

 それにしても。アルの方が圧倒的に能力が高いとは、どういうことか。

 動かしているのは私だが、動いているのはアルの身体だ。

 動きを見極められる目もあり、私が思う動作を熟すだけの筋力もある。何故未だに見習いなのか、疑いたくなるほどの身体能力だ。


 取り敢えず今の状況も、水晶球に記録しておいた。だが虐めが表沙汰にならないよう、立ち回る者もいるはずだ。

 私は気合いを入れ直し、水晶球を作動したままにし、いつ、何が起きてもいいように録画し続けながら、見習いが使う訓練場へと向かった。


 訓練場には、見習いらしき集団が一列に直立していた。

 私は皆へ挨拶をして奥端に並ぶが、妙な緊張感に包まれた見習い達は軽く頭を下げるだけで、口を固く閉ざしている。

 教官が現れた途端、その緊張感が増し、見習い達の訓練が始まった。


 先ずは徒広だだっぴろい敷地の周りを走らされる。

 やはりアルの筋力は結構なものだ。見習いだけとはいえ、疲労困憊している者達ばかりの中。

 私は一人、次の課程を待つべく、その場に佇んでいた。

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