第二十八話:ぜんぜんぜんぶアイツが悪いの究極選択
そして翌早朝。
序でにパート・ド・フリュイをフルーツソースで色付けし、小さめの型で刳り抜き砂糖を塗した物を別の袋に入れた。
ファムルもだがアルも可愛い物が好きだと判明し、なるべく菓子を可愛く装飾して好感度アップを狙う作戦だ。
パート・ド・フリュイはそのままだと物足りないが、小腹が空いた時に軽く抓める。焼き菓子もそうだが、食べ滓が出ないのが利点だ。
その上見た目の可愛さは、多少保存が利く私の菓子レシピ内では現状、他の追随を許さない突出振りだった。
「シホちゃまー! 出来たんで、いいっすかー?」
「有り難うー! 今、行くー!」
私はアルのいる加工室へと急ぐ。が、床に油のようなものが零れており、危うく転びそうになる。
……スアンピのヤツ、床掃除、サボりやがったな……!
スアンピは未だ料理人見習いのため、厨房の清掃全般を担当している……はずだ。
生活魔術という、呪文を唱えるだけで何でも片が付く便利な技があるというのに、点検を怠るとはいい度胸だ。
取り敢えず、今はいないスアンピへの対処は後回しにし、あまり待たせて計画に支障が出ては困る。私は急ぎ足でアルへと向かった。
「おおーっ! いつ見ても凄い量だね!」
「そりゃ、衛兵部隊っすし! ……まだ、見習いっすけど」
アルはいつか正規隊員となって稼ぎ、家族を呼べるような家を買うのが夢だそうだ。
その旨は魔王様に許可をもらっており、そのために日々精進していると語るアルの瞳が眩しい。
確か衛兵部隊の他にも、魔王様を守るための近衛部隊、その他のお偉方を守る……此処では城内の人々を守るらしい親衛部隊、隠密系の諜報部隊や監察部隊のような影で動く任務の部隊があるらしい話を魔王様やコンセルさんから聞いたが、最前線で大陸全土を守り、戦う、いわば一番危険が多いと思われる部隊を目指すのは何故だろうか。
「一番採用が多いっすし、家族を守るためにも重要だと思ったんすよ。魔王様のいる城は一番安全っすし。魔王様もっすね」
「確かに、魔王様がいれば守りは完璧だよね」
「それに、衛兵部隊が一番、戦闘する機会が多いっすし」
そういってアルは、ニカッと歯を見せながら破顔する。
成る程。アルも戦闘種族なのか。何故、私の周りには戦闘種族が多いのだろう。
私は菓子に関することには積極的だが、基本的には怠け者だ。
類は友を呼ぶのであれば、怠け者だらけになるはずなのだが、怠け者がリアレスカさんという、極端な人だけなのは何故だろうか。
何でも諺通りになるものではない、ということだろう。例外のない規則はないと、西欧故事にあったはずだ。
それに此処は魔王様の場所だ。そう考えれば戦闘種族が集まってくるのも頷ける。
私は自己完結し、いつものようにアルへ菓子を渡そうとする。が、渡す菓子を作業台へ置いてきてしまったことに気付いた。
「ゴメン! ちょっと待ってて!」
私は厨房の調理台へ戻り、用意しておいた袋を手にしてアルの方へ戻ろうとすると、近くで見ようとしたのか、アルが厨房内に入ってきている。
「あ! そこ、滑るから気を付け……」
「へ……ッッ!! おがあっっ!!」
案の定、アルは床で滑り、頭を樽にぶつけたのか、大きな音を立てて引っ繰り返る。
「あ、アルッッ?!」
私は慌ててアルの元へ駆け寄り、失神しているアルの容態を見ようと体に手を伸ばした。
すると私の中にある魔力が、アルの体へと引き摺り込まれていく。
……な、何だこれっっ?! どういう現象だっっ?!
「ま、まお……ッッ!!」
魔王様に助けを求めようにも声を出せず、私の体内にある魔力はアルの中に吸い込まれていった。
傍には、抜け殻となった私が倒れている。脈は正常で呼吸もしているので、直ぐにどうかなる状態ではなさそうだ。
しかし相変わらずアル自身の意識はなく、どうも私がアルの体を動かせそうだ。
私はアルの体内を巡り、アルの意識を探すが、意識下でのアルも気を失っているのか、暗闇の中、遠くに倒れている姿が見えた。
『アル! 起きろ!! このままだと危険だ!!』
アルの意識体を懸命に揺するが、どうも打ち所が悪かったらしい。アルはぐったりとしたまま、意識が戻る様子がない。
空気から体内へ魔力を取り込む様子も、体内で魔力を生成している様子もない。完全な魔力枯渇状態だ。
「シホ!! どうした!!」
「シホちゃん?! ……アドゥル! 何があったッ?! 何故、彼女が倒れているんだッッ?!」
どうやらギリギリで異変に気付いてもらえたようだ。厨房の出入口から、魔王様とコンセルさんが飛び込んできた。
しかし助けを求めて叫んだはずの私は意識なく倒れており、その隣には私が操るアルが、私の体へ項垂れ掛かるように蹲っている。
コンセルさんは倒れている私の姿に愕然としたのか、アルに向かって困惑混じりに眉を顰め、声を荒げて問い糾す。
すると魔王様がコンセルさんの眼前に手を翳して鎮めさせ、コンセルさんの脇を通り過ぎ、床に座り込んでいるアルへと真っ直ぐに歩み寄り、側に屈んで視線を合わせた。
「……シホ、だな? どういうことだ?」
「えっっ?! 彼女はアドゥルでは……? ど、どういうことですか?」
流石、魔王様。私の魔力をアルの中から感じ取ったようで、アルにいる私へこの奇妙な状況説明を求めてくる。
コンセルさんは魔王様の言葉に驚倒し、魔王様の顔を食い入るように見つめ、解説を請う。
私はアルの体を借り、状況の経過をなるべく主観が入らないように話した。
「……成る程。恐らくではあるが……ぶつけた箇所が悪く、魔力器官が異常を来し、自身での魔力生成不能な状態に陥ったか。だが生命の危機を察した本能が、己を救おうとするシホの魔力を取り込んだ、と推測するが……しかし……」
魔王様がアルの体へ魔力を注ぐが、それを全部、アルにいる私が意図せず吸収してしまい、アル自身の魔力を回復出来ない。
コンセルさんは倒れている私を抱き上げ、魔王様へと向き直した。
「……シホちゃんの体は? このままで無事とはいえないですよね?」
「……仮死状態で静止しているな。定期的に魔力を注いでいれば、多少の時間は保てるが……。シホ自身が体内で魔力精製をせねば、何れ枯渇してしまうであろう……。シホ、自身の体に戻れそうか?」
「それが……縋り付かれてるような感覚で、全く離れられません……」
魔王様とコンセルさんは心配そうに、倒れている私と、私が操るアルの顔を覗き込む。
私もアルの体から出ようと試みてはいるが、アルの本能なのか、凄まじい吸引力で私を逃すまいとしており、どうやっても出られない。
『アル! 私を離せば魔王様が治してくれるよ!』
アルの心に訴え掛けてみるが、全く反応がない。
「……やっぱり無理です……。どうしても離してくれません……」
魔力器官とは、そういう内臓があるわけではなく、脳の何処かからそういう指令を出す状態のことらしく、魔力で細胞を活性化させても治るものではないらしい。精霊でさえ、その仕組みは分かっていないようだ。
魔力を取り込めれば自然治癒するそうなのだが、自我の強すぎる私の魔力ではアルの魔力になれず、魔力を送り込んでもらっても無意識に私が吸収してしまい、アルを治したくても治せない。
私も、アルが治れば戻れそうだが、肝心のアルが治らなければ、この体から離れられそうにない。
負の連鎖に、三人で考え込む。と、そこで魔王様が、何かを思い付いたように呟いた。
「……確か、昔読んだ古文書に類似した症例が載っていた、か……。私はその本を探し、対応策を調べよう」
「……それじゃ、暫くこのまま様子見、ですか? 私はともかく、アルは衛兵部隊の見習いでは? 休んでも平気ですか?」
確か空き時間を利用し、筋力増強を兼ねて加工メイドをやっていると、アルが話していた気がし、私はその懸念を呟く。筋肉は鍛えていないと脂肪に変わってしまうのだ。
「あ、ああ……それなんだ、けど、さ……」
コンセルさんが魔王様へ視線を送りながら、言い辛そうに引き攣らせた頬を掻く。
「……衛兵部隊って、一番出動が多い部隊なんで……体が鈍って使えなくなると、他の隊員の手前、見習いとしても置いておけないんで……シホちゃんは……どう、だろ?」
「へ? ど、ど、どうって……」
コンセルさんが言葉を濁しつつ、私の顔(実際はアルだが)を見下ろす。
何だか嫌な予感しかしない。それならギューやコッケーと格闘する方がマシかもしれない程の、嫌な予感しかしない。
「……毎日、午前中だけでも訓練、受けてくれないか?」
……やっぱりかあ!! こんちくしょうっっ!!
私は頭を抱えて仰け反った。
だが、私にもスケジュールというものがある。あまり訓練させて、筋肉痛で菓子が作れなくなる可能性も考慮してほしい。
そういえば、この状態で菓子を作れるのだろうか。
「ちょ、ちょっと、待っっ!」
試しに、リアレスカさんへ渡す菓子を作成してみる。
このままだと、私よりも少々大きい手に太めの指で、扱い難い。
だが、自分の魔力で体の形状を作ることは出来たため、アルの手から少し食み出した魔力の手を作って作業すれば、細かい作業も出来、然程支障なく作れてしまった。菓子作りだからなのかは分からないが、逃げようとしなければ食み出るのは許容してくれるようだ。
……手から手が食み出しているという、その見た目は不気味だが、仕方ない。
私の、アルとも仲良くしたいという計画を考えると、訓練を受けなければ、見習いをクビになったアルが城に来なくなる確率は高く、計画が頓挫してしまう。逆に訓練を受けていれば、意識が戻った時の好感度上昇は間違いないだろう。
とはいえ、戦闘が中心である部隊の訓練などという、厄介で面倒なことはやりたくないに決まっている。
私は究極の選択を迫られ、頭を抱えて苦悶した。