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物理の小テストは、終了した。
テストは終了したけど、物理はわたしを解放してはくれなかった。
バツだらけの答案を返されたわたしの前に、先生が立つ。
「まぁ、朝倉はいろいろあったからな。どうにかしたいと思ったけど。この点数じゃ、なぁ」
「……追試ですか?」
先生は気の毒そうにわたしを見ると、大きく頷いた。
返されたテストは、お世辞にも素晴らしい点数とは言えない。
素晴らしいというよりは、ある意味こうばしさを感じる数字だ。
「でも、今回は、返却したテストの直しができていれば、追試の点数は多少あれでも考慮するから。基礎的な問題ばかりだし、そう難しくもないだろうから。朝倉なら大丈夫、頑張ってくれよ」
先生は、言うとクラスを見渡した。
「他の赤点諸君は、そうはいかないからな」
わたしの赤点仲間と思われる同級生に向かい、先生は大声で言った。
物理。
わたしが高校の時に、こんな教科あったでしょうか? などと、ぼけてみてもしょうがない。
先生は「朝倉なら大丈夫」って言ったけど、朝倉にもいろいろいるんですよ。
テストを前にすれば、思いもよらないパワーが出るんじゃないかって思ったけど、甘かった。
ぱらぱらと教科書をめくり、ため息をつく。
先生は、基礎だと言うけれど、その基礎さえままなりませんよ。
「俺が答え、教えようか」
ふと見上げると、わたしの席の前に楡井 慧が立っていた。
物理は選択授業なので、いくつかのクラスが混ざっていた。彼がいるのは認識していたけれど、まさか話しかけられるとは思わなかった。
楡井はわたしを見下ろしている。
「それ、わたしに言っているの?」
楡井が頷く。
答えを教えてもらえるのはありがたいけど。この子と、こんな風に接してもいいんだろうか? 楡井が笙子のことを気にしているのはわかるけど、笙子がどう思っているかは、わからない。
「えっ、嘘だろ。18点?」
楡井がわたしの点数を凝視している。
ちなみに、テストは50点満点ではない。その倍だ。
「赤点だもん。そんなものでしょう?」
「まぁな。でもさ、朝倉のそんな点数を見るとは思わなかった」
半ば感心したような言葉の響きに、わたしは何かしらの含みを感じた。
委員が同じってだけじゃないのかも、この子。
笙子と楡井は、テストの点数を知る程度の付き合いはあったのかも。
なるべく笙子が戻って来た時に影響がない暮らしをしたいけど、でも、少しは何かしら動かないと解決策も見つからない。
「あの、では、お願いします。わたしに物理を教えてください」
「わかった。放課後、朝倉の教室に行くから、そこで勉強しよう」
楡井はそう言うと、側にいた男子と一緒に教室を出て行った。
楡井、親切男子か?
わたしは、自慢じゃないが、勉強を教えてもらうのは、得意だ。得意、というのは言葉に語弊があるかもしれないけど、それは素の自分に――朝倉 香奈に、とっては、日常茶飯事なことだったから。
教えてもらった相手は、宗田だったけど。
宗田は、運動バカの癖に、勉強までできて、おまけに面倒見までよかった。失恋するまで、わたしはどっぷりと彼にお世話になっていたのだ。
あのときが、楽しかったから。
宗田も、よく笑ってくれたから。
宗田も、わたしが好きなんじゃないかと希望を持ってしまったのだ。
そんな昔を思い出し、少し切なくなる。