3-2
笙子の部屋は、ひっそりとしている。
ひっそりとしながらも、主の帰宅を待っている。
「おじゃまします」
いつもの一言を言いながら、わたしは笙子の机の上に置いてあるコピーの束を手にした。
すると、持ち損ねた一枚の紙がするりと、床に落ちてしまった。紙はそのまま滑るように、笙子の机の下へと入っていく。
やれやれと思いつつ屈み、下に落ちたその一枚を拾い上げた。
――あれ?
よぎった景色に違和感を覚え、もう一度屈む。すると、引き出しと引き出しの間に、何かが挟まっているのが見えた。
白い封筒だった。
封筒は、引き出しの間に挟まれ、飛び出たように少しだけ顔を出していた。
わたしはそれをそっと引いた。封筒は、するりと簡単に引き出せた。
封筒には微かな厚みがあった。手紙が入っているようだ。けれど、差出人も受取人の名前もない。
書かなくても、互いにそれがわかっているということだろうか。
ふいに、どきんと心臓がなった。
手を胸にあてる。
笙子?
笙子がいる?
わたしは数秒その手紙を見詰めた後、封を開けた。
白い便せんが入っていた。それをゆっくりと開く。
7月12日 PM6:15
「え、これだけ?」
わたしは便せんや、封筒をかざしてみたが、その他の文字はどこにもなかった。
「この日付は、事故のあった当日だ」
この意味はなんだろう?
わたしと笙子は、あの日タクシーで両親の待つホテルへと向かっていた。
父の退職祝いを、叔父が働くホテルのレストランですることになっていたからだ。
予約時間は6時半。
「7月12日 PM6:15」は、ホテルに向かう途中の時間になる。
誰かと会うなんて、無理は話だ。
わたしは笙子と一緒にいたけれど、笙子が誰かと会うとか、携帯を気にするとか、そんなことはなかったように思う。
……どう考えたらいいんだろう。
壁にかけてあるカレンダーを漫然と眺めながら、ふと閃いた。
もしかして、この「7月」って、今年のことではない、とか?
この手紙には、日時は書いてあるけれど曜日は書いていない。
わたしは急いで自分の部屋へ行き、去年のスケジュール帳を出した。
7月、7月――。
手帳を、ぱらぱらと捲る。
心がはやり、捲る指が汗ばむ。
・7月12日~13日 家族で温泉
自分で書いた文字を見て、瞬時に記憶がよみがえった。
涙が出そうになる。
でも、ここで泣いたところでどうにもならない。
今は、笙子の手紙が優先なのだ。
去年のこの日は、家族で旅行に行っていた。
つまり、これは、去年でもないってことになるのかな?
ってことは、もっと前のこと?
そう考えたところで、それは違うって思えた。
違う、って。
この手紙を見た時の、あの心臓が跳ねるような反応は。
――笙子。
事故以来、わたしは初めて笙子を感じた。
これは、笙子を戻さなくちゃいけないと思いつつも、何の術も見い出せずにいたわたしにとっての一筋の光である。
――この光を、消してはいけない。
笙子は、この手紙に反応した。
学校で誰に会っても、街を歩いても、テレビを観ても、そんな反応はなかった。
だから、思う。
笙子がここに、この体に戻ってこられない理由は、この手紙にあるのかもしれないって。
胸に、そっと手をあてる。
「ごめんね、笙子。わたしに、自分の生活をさぐられるのは嫌だよね?」
姉妹とはいえ、家族とはいえ、知られたくない秘密はあるだろう。
でも、ごめんね。
笙子を戻すために必要なら、やっぱりわたしはやらなくちゃいけないよ。
わたしはその手紙を、そっとポケットに入れた。




