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楡井慧君は、塾で一緒の男の子だ。
今は同じ高校に通っているけれど、中学から同じ塾だったので、どうしてもその印象が強い。
楡井君とは、志望する高校が同じことから、話すようになった。
彼は、一見ぶっきらぼうな感じなんだけど、話してみるととても親切な男の子だとわかった。
志望校に入学したはいいものの、高校生になった途端、わたしは男の子がらみのトラブルが増えてしまった。
例えば、勉強を教えてほしいと同じクラスの男の子から頼まれ、挙句の果てに自作の詩集まで渡されて、意見を求められたときもあった。
手紙でやんわりと迷惑だと書いたがどうにも伝わらず悩んでいたとき、塾の楡井先生に相談にのってもらった。
楡井先生は楡井君のお兄さんだ。
楡井君の親切は、きっとお兄さん譲りなんだと思った。
楡井先生の強い勧めで担任の先生に相談した。
問題の男の子と話し合いが行われ、解決したときはほっとした。
男の子がらみのトラブルは、それだけじゃなかった。
たった一度、宿題を教えただけの男の子の彼女からは、「男好きの八方美人」と言われた。
彼女は意地悪な顔でこうも言った。
「朝倉さん、あなた、男子からなんて呼ばれているか知ってる? 『なにを頼んでも断らない朝倉』よ」
わたしはその言葉の真偽よりも、その響きがとてつもなく恐ろしかった。
わたしは、男の子と話すのを避けようと思った。
その頃、楡井君も塾のポスターのモデルをしていて、女の子に人気が出ていた。
わたしは、楡井君にも近づかないようにした。
その楡井君が、記憶のない間のわたしに勉強を教えてくれたそうだ。
彼とは、学校で話したこともなかったのに。
楡井君、親切すぎる。
でも、どうして?
頭の中にハテナマークが浮かぶ。
けれど、そのあと和可奈から「図書委員の須田さんの話では、笙子、顔にご飯粒つけて学校に来たらしいよ」とか、「笙子ってば、芦田君に啖呵を切って、決別宣言をしたらしいよ」とか、楡井君のこと以上に衝撃的な、そしてハテナマークの満載のいろんな話が出てきたものだから、もう、あれこれと疑問に思ったり、気にしないことにした。
と、いうよりも、その一つ一つを、わたしはとても楽しんで聞いていたのだ。
自分の部屋の机の上にあった紙袋も謎だった。
「和可奈ちゃんからのプレゼント」とメモがあり、中には苦さで有名なゴーヤ茶のペットボトルが入っていたのだ。
ペットボトルにはマジックで「大吉」と書かれていた。
この文字は、和可奈が書いたそうだ。
わたしはすぐに電話を掛けた。
「あぁ、あれね。笙子が、塾の自販機であれが出たらお父さんにあげたいって言ってたの」
「わたしが、これをお父さんに?」
目が丸くなる。
「塾のわたしが通う校舎にある自販機なんだけど、一つだけ、なにが出てくるかわからないボタンがあるのよ。そこに、このお茶は入っているの。ゴーヤ茶が一番レアで、これが出ると成績が上がるって言われているの。だから出てくるのは嬉しいんだけど、苦くて飲めないし。だから、笙子からの申し出にのっかったわけ」
「ゴーヤ茶の効果、あったの?」
「うん。塾の英語の小テスト、満点だった」
電話越しに、わたしと和可奈は笑った。
わたしが知らないわたしは、かなり面白い。
そして、いろんな混乱を抱えながらも、わたしは再び高校へと戻った。
少し、不安だったけれど、友だちはみんな好意的で、そして引き続きといったことで、わたしの補習担当は、楡井君だった。
楡井君と顔をまともに合わすのは、中学ぶりのような気がした。
久しぶりに見る楡井君は、少し背が伸びたような気がした。
そして、なんだかとても優しい目でわたしを見ている。
「また、お世話になります」
「まぁ、うん。慣れているから」
楡井君は顔を真っ赤にしながら、もごもごと挨拶を返してくれた。
そんな中、家にお米が届いた。
新米だ。
お母さんの話だと、これは、わたしが商店街のくじ引きで当てたものらしい。
なんでも一等賞は掃除機で、お米は三等賞だったそうだ。
「笙子、お買いもの付き合って。新しい炊飯器を買いましょう」
お母さんに誘われて、二人で近所の電気屋さんへ行った。
電気屋さんも、わたしがお米を当てたことを知っていて、一緒になって選んでくれた。
そして、新しいピカピカの炊飯器で、当たった新米を炊いた。
炊ける途中から、お米の甘い香りが漂ってきた。
そして、炊きあがったつやつやと光るお米を、母は姉がいる仏壇へと供えた。
「ありがとう、香奈」
お母さんは、いつもそう言って仏壇に手を合わせる。
新しい炊飯器で炊いた新米は、じわっと柔らかく、口の中にやわらかな甘い味が広がった。
ほぉ、とため息が出る。
「これは、おいしいな、うん」
お父さんはそう言うと、珍しくご飯を二杯おかわりした。




