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ごめんね、もう少し  作者: 仲町鹿乃子
9・香奈→王子様orラスボスor騎士
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「生徒に手を出しちゃだめよ、宗田」

 宗田と繋いだ手を見ながら言う。

「……誰が、生徒だ」

「はい、先生。わたしがです」

「ばぁか。ずっと言ってろ」

「ずっと、言っていたいよ」


 空を見上げた。

 高い、広い、青い空。


「あのさ、宗田。長生き、してね」

 宗田の顔を覗き込む。

 わたしが知るより、少し大人の顔になった宗田を。


「それで、たくさん、たくさん、誰かを好きになってね」

 宗田に言ってやりたいこと――意地悪な気持ちもたくさんあったのに、こうなるとそんな気持ちは全て消えてしまうから不思議だ。


「朝倉も」

 宗田の声が震えている。

「幸せになって」


 えっ、と宗田の顔を見る。


「ばか、見るな」

 宗田が空いている腕で、目を拭う。

 宗田が、泣いている。


「幸せになって」

 もう一度、宗田が言う。


 ――幸せになって、なんて。


 だってわたしは、もう。


「朝倉が、どこにいても。……どこにいてもっ! 俺は、朝倉の幸せを応援するからっ!」


 ……宗田ってば。

 宗田ってば!

 もう、なにその、やけにオトコマエな体育会系の台詞は!


「宗田ってば、脳みそ筋肉君?」

「その筋肉に、勉強教えてもらっていたのは誰だ」

「はい、わたしです」


 手をあげる仕草にかこつけ、宗田から手を離す。

 そして、そのまま立ちあがった。


 けれど、わたしの手は再び宗田に掴まれた。


「どうしたの?」

「いかないでくれ、朝倉」

「なにを言い出すのよ」

「俺は、傲慢でバカで無知で、朝倉の言う通り、脳みそが筋肉だった」

「随分ないいようね」


「朝倉には、いつでも会えると思っていた」

「陸上部は仲がよかったからね」

「そうじゃなくて。そういう意味じゃなくて」


 宗田が黙る。


「朝倉はいつも、俺を応援してくれていた。見てくれていた。朝倉の視線を、俺は当たり前に感じていた。高校時代から、ずっとそうだったから、そのありがたさに気が付かなかったんだ。大学4年の春の大会に朝倉は来なかった。夏の陸上の同期会にも来なかった。秋の大会にも朝倉が来なかったとき、俺は、なんだか、見放されたような、捨てられたような気持ちになったんだ」


 宗田の話に驚く。


「宗田断ち」は、わたしが思う以上の効果があったわけだ。

 でも、どうしてだろう。少しも嬉しくない。


「朝倉は、それ以降も、陸上の集まりには来なかった。彼氏ができたとか、そんな話も聞いた。なんだか、すごく腹が立った。なんだよ、俺のこと好きだとか言っていたくせに、その程度だったのかよって思った。そこまでいって、ようやく目が覚めた。自分の気持ちに気が付いた」


 宗田がわたしの腕を掴んだままで立ち上がった。


「俺、朝倉 香奈が好きだ」


 まさかの告白に言葉が出ない。


「大切だったのに、気が付かなかった。朝倉は好きだと言ってくれたのに、俺は友達だと答えてしまった。あのときの俺は、本当にバカだった。見た目ばかりが女の子らしい子に惹かれて、なびいた。朝倉の優しくて、思いやりがあって、人を励ます、そんな素晴らしいところを、友人なら当たり前に享受できることとして、軽んじた」


 宗田の言葉がわたしの心にしみてくる。


「それでもまだ、俺はバカだった。朝倉には会えるって。いつでも会えるって。まさか、朝倉がいなくなるなんて、想像すらしなかった」


 しんと静まる。

 宗田もわたしも、なにも言えなくなってしまった。

 宗田の後悔は、まるまるわたし自身の後悔でもあった。

 すべて、過去のことなのだ。


 ――待って。


 そうなの?

 本当に、過去だけ?

 わたしには、過去しかないの?


 ――違う。


 違う!


 こうしている今だって、刻々と時は流れている。

 息を一つつくだけの、ほんのわずかな時さえ未来と呼べるのなら。

 わたしは今まさに、未来を生きている。


 だから、1分でも1秒でも。

 最後の最後まで貪欲に、後悔なんかしない生き方ができるはずだ。


 宗田に向かい、えへへと笑う。


「宗田。好きをありがとう。わたしも、ずっと、ずっと、ずーっと、宗田が大好きだった」


 宗田が眩しそうな顔でわたしを見た。

 そんな顔で宗田に見られたのは、初めてだった。


 高校生の頃の宗田。

 大学の競技会で遠くから見た宗田。

 そして目の前にいる、大人になった宗田。


 その全部を、悔しいくらいに好きだった。

 ずっと、ずーっと、大好きだ。

 そして、たぶん、この先も、わたしはずっと宗田が好きなのだ。


 宗田を好きな未来は、わたしが決めた、わたしだけのものだ。



 わたし、幸せだ。

 こんなに好きな人に出会えて。

 そして、その人から好きだと言ってもらえて。



 涙がこぼれそうになる。

 でも、ここでわたしが泣くのは反則だ。

 だから、思いっきりの笑顔で宗田を見た。


 笙子の姿でも、宗田がわたしを見つけてくれたように、きっとこの笑顔も届くと思うから。


 宗田が目を細めた。


「朝倉は、俺の、……俺たちの、太陽だった」


 宗田はそう言うと、わたしが大好きな、宝物のようなとびきりの笑顔を見せてくれた。







 図書室に戻ると、楡井がわたしのことを待っていてくれた。

 そして、わたしが席を外している間に和可奈が持ってきたという紙袋を、渡してきた。

 わたしは、それを鞄に入れた。


 楡井は、わたしに何も聞かない。

 宗田と何があったのか、何も聞いてこない。

 それなにの、家まで送ってくれた。


 まるで駆け足のように早く落ちる陽に、背中を押されるように、二人で歩いた。

 季節が変わるさまを、わたしは肌で思いっきり感じた。



 薄暗くなってきた玄関で、楡井に手を振った。

 夕暮れを背中に浴びながら、楡井が「また、明日な」と言った。


 だから、わたしも「また、明日ね」と言った。







 夕飯は、家族三人で食べた。

 そして、夕飯が終わった後も、わたし達は眠くなるまで、ずっと話した。


 和可奈から渡された紙袋を、そのまま笙子の机に上に載せた。

 中を覗いて、笑ってしまった。


 ありがとう、和可奈。



 真夜中になった。

 わたしは開けていた窓を閉めると、カーテンも閉めた。

 ……けれど、思い直し、少しだけ開けた。

 そこからは、綺麗な満月が見えた。

 薄雲が、ゆっくりと夜空を動き、淡く月を隠していく。




 わたしはその月を、ベッドに横になりながら、見られるだけ見ていた。


 街は眠っていた。








 静かな、夜だった。



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