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ごめんね、もう少し  作者: 仲町鹿乃子
8・香奈→対決
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 声を上げる間もなく、口を布のようなものでふさがれる。

 踊り場の陰に、人が潜んでいたのだ。


「やっぱり来たのね、朝倉(あさくら)さん」


 知らない女の人が小声でそう言った。

 手に持っていたジュースが転がっていく。

 コインも。


 誰もいない薄暗い空間に、不気味にそれが転がっていく。

 階段は、とても静かだった。

 人の気配がしなかった。


 塾には、受付の後ろにすぐエレベーターがあり。

 わたしもそれに乗って来たし、みんな行き来にはエレベーターを使っているようだった。


 ここには、誰もいない……。


「あなた、嘘つきね。記憶がないなんていうから、田辺(たなべ)さんを使って講座に誘ったら、ほら、やっぱり楡井(にれい)先生の講座にだけに出て。色気出して。あなた、あれだけ忠告したのに、まだわからないみたいね」


 田辺さんを使って?

 この人が、村沢(むらさわ)先生か。


「あなたみたいな、勉強ばかりの子、楡井先生は同情で優しくしているだけだって、わからないの? つまり、教育の一環よ。教育の。なのに、あなた、楡井先生とだけ親しくして。わたしはね、あなたみたいな子を良く知っているの。あなたみたいな無神経な子はね、そういった先生の厚意につけこんで、どんどんといろんなことがエスカレートしちゃうのよ。取り返しがつかないほどに。だから、警告してあげたの。いわば、これは優しさよ? 楡井先生の授業に出るんじゃないわよって、あなたが出るのは分かっているのよって、手紙まであげたのに。ほんと、あなたのせいよ。わたしがどれだけ手紙を出したと思うの? おまけに、わたしのことを、あなたに怪我をさせるまで、追いこんで」


 この人、何を言ってるの?

 悪いけど、彼女の言ってることはめちゃくちゃだ。

 笙子にはこの脅しが通るのかもしれないけれど、25歳のわたしには、「はぁ?」ってな感じだ。

 とはいえ、塞がれた口が苦しい。

 なんとかならないものかと、もごもごと口を動かす。

 そういえば騎士楡井はどこにいるの?

 そばにいるって、信じているからね!


「ふふ。怖い? ここね、階段、結構段数あるのよねぇ」


 わたしがもがいているのは、恐怖のためだろうと村沢先生は思ったのだろう。

 嬉しそうな、甲高い笑い声が階段に響く。


「あなたみたいに、ひ弱な人、ここから思いっきり突き落したらどうなるかしら」


 そのとき、視界の端に、動く人影があった。


「あなた、あの事故で死ねばよかったのに。死んだのは、お姉さんなんですってね。お気の毒。なんで、あなたが生きているのかしら」




 ――なんで、あなたが生きているのかしら




 その言葉に、わたしの心が――そして、笙子(しょうこ)の体が、心が反応した。


 

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